Spree of the Naïve Honest
「――――は?」
スズシロの疑問符と静寂。そして一転に集められる視線。勿論その先には唖然と口を開いたままのスズシロ。やがて隣同志でひそひそ、
「え、これって」「つまり」「直人が」「スズシロさんに」「告白?」「結納?」「結婚!」「一姫二太郎?」「かかあ天下? 関白宣言?」
と囁き合う声がスズシロの耳にもはっきりと届いた。途端に紅潮し火を噴くスズシロの顔。
「何言ってんだお前――――ッ!!!」
スズシロが叫ぶ。直人に届くと同時全世界にも届く。
《申した通りですともッ! 僕は、スズシロ先輩、が、世界で一番、大好きだから結婚、を、申し込んだ、次第でありますぅッ!!!》
敵襲を攻撃しながら合間合間に直人が懸命に声を響かせる。
――な、何言ってんだこいつは。この大事な時に。こんなふざけた、……
頭が沸騰してぐらついて、倒れそうになる体を机で支える。その拍子にアンニの姿を見止める。アンニは眉間に皺を寄せて、何も言えずにじっと腕組みしている。
――ああ、そういうことか。
と納得。これはあくまでお茶らけた雰囲気にしてうやむやにしてやろうっていう、直人の(成功するか否か分からないが)土壇場で考え付いたふざけた作戦だ。そういうことだ。……だから……うん、なんてことないさ。ふざけてはいるけど、いいかもしれない。ならば私はそれに応えて援護を……。
なんか、意図が分かった途端に力が出ない。――がっかりした、のかな。不意に目頭が熱くなる。涙が溜まる。……こっちはお前の事諦めてんだよ。期待させんなよ、惨めじゃないか。
――一瞬だけど、嬉しかったのに。裏切られた気分だ……。
《その告白、待ったッ!!》
どこからかいくヱの声。ぎょっとして顔を上げる。姿はどこにも見えない。驚きで涙も吹き飛んだ。それどころか今日は朝から一度も見ていない。……何か裏で工作していたのだろう。
しかも、どうやら世界中に轟いているらしい。
《直人さん。貴方は分かっていない。頼みごとをするというのはですね、断るにしても受け入れるにしても相手に負担を強制する行為です。公然でプロポーズなんて、相手に〈圧力〉を与える行為です。一種の脅しです。された方は堪ったもんじゃありません。そうでしょう?》
《うぐ!? た、確かに……》
いくヱの叱責により直人の動きが鈍った。
いくヱさんよ、何言ってんだよ。直人も何ダメージ受けてんだよ。
スズシロの気持ちを一切無視して話は進む。
《それに、いいですか。〈結婚〉なんてただの〈契約〉です。でもね、〈契約〉っていうのは平気で人生を狂わせます。ハンコ一つで人生を棒に振った人は沢山います。貴方のその勢いづいたプロポーズに、スズシロさんの時間を、人生を、家族を、巻き込ませていいのですか? 貴方は今、その大事な〈契約〉を〈圧力〉でもって押し付けようとしているのですよ?》
《ぐッ!!》
直人の動きがさらに鈍る。
ゆっくりと飛翔してきた〈海月型〉にも気付かず、触手でバシリとはたかれて、海にめり込むように勢いよく叩きつけられ、水の柱が高々とあがる。
「直人ッ!!」スズシロが叫ぶ。
直人は一時海中に身を沈めたが、宙に舞った潮水が海へと戻らぬうちに水面に這い上がる。はあはあと肩で息をしながら、ぎりりと歯を食いしばる。
そこへ響く、いくヱの声。
《そう、苦しみなさい。スズシロの痛みは、そんなもんじゃありませんよ》
「おいコラ!! 追い打ちかけてんじゃねえぞ!!」スズシロがもう一度叫ぶ。
《……直人、聞こえていますか? もし、もしも、本当にスズシロを愛し、一緒にいたいと願うのならば……それを、全世界の前で、証明してみなさい。スズシロの好きな所を、十個言ってみなさいッ!!》
いくヱの声に、スズシロの目が点になる。その後スズシロの周りがざわついた。
「いくヱさんよ、お前は何を言ってんだ! ボケたのか? 更年期的なアレなのかッ!?」
《ふふふふ、スズシロ、その発言は普段なら謹慎処分モノですが、今は聞かないであげましょう。無礼講です!! さあ、言いなさい直人!! スズシロの好きな所を十個!!》
《……御意ッ!!》
顔を上げ、真っ直ぐで真剣な瞳を〈愚衆〉に向け、拳を作ってバチンと殴り飛ばした。
《先ずは!! ちっちゃくて可愛い所!!》
「お前他人のこと言えねえだろ!!」叫ぶスズシロ。
「ああ、直人のこと可愛いとは思ってんだ」
にやにやと呟いた来徒。頬に紅差すスズシロ。
《でも頭が良い所、そんな自分を絶対に自慢しない所!!》
「自慢はしないけど上司にまで高圧的なのはどうかと思う」
神室がついぼそりと呟いたら、スズシロにぎろりと殺意を纏った視線で縫いつけるように睨まれたので、慌てて目を逸らす。
《普段しっかりしている所! だけどちゃんと甘えさせてくれる所! 優しい所!》
「やめろぉ……やめてくれぇ……!」周りのにやにやとした視線に頭を抱えるスズシロ。
《子供っぽくて可愛い所! でも時々大人っぽい物憂げな顔をする所!》
水面をたんと飛び立つ直人の楽しげな顔を、指令室の面々は楽しげに見守っている。それとは対照的に、先程まで確かに円の中心にいた筈の、指令室の後ろの方に座っているアンニは、今、蚊帳の外に追い出されて、不快そうな表情でそれを睨みつけている。そんなアンニの様子を見ながら、傍らに立つヤンは嬉しそうにくくくと低い声で笑い、
「……クク、何だこれ、最高だな。アジア人の、こんなふざけた馬鹿騒ぎに、世界のアメリカ様が手も足も出ないなんて。愉快だ、愉快すぎる」
と、ついつい声に出てしまう。アンニにぎろりと睨みつけられると、ヤンはこほんと咳払いした。
《あと、普段僕に興味なさげな態度を取っている所、その癖ちゃんと細かい所まで気にしてくれている所!! さあ、これで十個です!!》
《まだです!! その二つはツンデレということで一つにまとめます!! いいですか、スズシロはツンデレなのです!! あ、ツンデレ、コレちゃんと訳せていますか? 世界中の皆さん、ちゃんと意味が分かっていますか!?》世界中に轟く、いくヱの声。
「おいコラてめえ!! 隠れてねえで出て来いよコラァ!!」じたばたと暴れ地面に八つ当たりするスズシロ。
《さあ、あと一つです! 言いなさい! 直人!!》
いくヱの叫びに呼応するように、直人はすっと大きく息を吸う。
「素直で、真っ直ぐな所ッ!!」
直人は叫んだ。感情を思い切りぶつけるように、無理をこじ開けるように。
その叫びは、確かにスズシロの心を震わせた。
だが、その心を傾かせる程には至らなかった。
顔が熱い。ドキドキしてる。凄く嬉しい。
でも……どうしても、信じきれない。
もしかしたら、いくヱとグルじゃないのかとか、これも作戦のうちじゃないのかとか思ってしまう。
直人がそんなことできる奴じゃないって思っても、信じたくても、猜疑心が邪魔をする。
……そんな事を考えていたら、随分と間が出来てしまった。
皆の視線が突き刺さる。その見知った人間たちの視線が、今はどうにも怖く感じる。
それだけじゃない。今、全世界がスズシロを待っている。
その重圧に耐えきれなくなって下を向く。そんな事をしても状況は良くならないと分かっているのに、せざるを得ない。
本当に、どうしたらいいのか、全く分からない。自覚していた筈の自分の精神的な部分の弱さが今はっきりと露呈させられている。
もっとも、今は戦闘中だ。直人は生死の狭間にいるわけで、こんなんじゃ駄目だって思っている(まあ、原因作ったのはあっちだけど)。思っていても、どうしていいか分からない。
体が動かない。……すまんな直人。私は本当に弱い人間なんだ。
なあ、直人……お前は、本当は、何を望んでいるんだ? 私は今、どうすればいいんだ?
直人の頭の中には、何者の声も注ぎ込まれてはこない。その沈黙だけで、スズシロが苦しんでいるのが、手に取るように分かる。
――本当にごめんなさい。
そう、心の中で謝る。しかし声には出さない。出してはいけない、と言うよりも、その言葉は、今、本当に伝えたいことではない気がしたから。
直人はインカムに自分の声をそっと注ぎ込む。
「スズシロ先輩。確かにこれは勢いでしかないかもしれません。これは、本当です。……そもそも、僕はこんな風にしか生きて来られませんでした。行き当たりばったりで、自分勝手で、周りに迷惑かけて。……自分がどんだけ卑怯な人間か、分かってます。大した取り柄のない人間だって事も、分かってます。
それでも――それでも、こんな僕を構ってくれた、それだけのことが嬉しかったんです。
スズシロ先輩が甘えてもいいって言ってくれた時、本当に嬉しかったんです。
自分の言っていることがどんだけみっともなくて、どんだけ情けなくって、どんだけ恰好悪いか、分かってます。先輩は立場上言ったことかもしれないけど、それを真に受けて……。
それでも、それでもッ!! 貴方のことが大好きなんですッ!!
貴方のことが大好きなんだって、確信したんですッ!!
あなたの好きな所なんて、百や二百だって言って見せます、でも、そうじゃないんです! 今言うべきことは、きっとそんなんじゃないんです!!
僕には、たった一つ、たった一つッ!! たとえ卑怯でも押しつけでも、全世界に向かって堂々と胸を張って言えることがありますッ!! 言わなくっちゃ気がすまないことがありますッ!!
貴方のことが、大好きなんですッ!!
世界で一番愛していますッ!!
唯一の自慢です、唯一の誇りです、それが、嘘偽りない、今の、僕の全てですッ!!」
直人の、卑怯にして真摯な告白は、すっと何の抵抗も無くスズシロの体に入り、血液から脳髄を伝わって全身に伝搬し、足の爪の先から頭の先まで共振させ、心臓が破裂しそうなくらいに鼓動した。さっきまであったもやもやが全て綺麗に吹き飛んで、よどみが消えて清流が一気に入り込んだ気分。温かさも冷たさも光も闇も何も感じない位に、何も考えられない位に高揚している。
――きっと『嬉しい』がメーターを思いっ切り振り切った(カンストした)んだ。
やがて少しずつであるが呼吸が鎮まった。呼吸が止まっていた事自体を今気付いた。呼吸が整うと、やっと我に帰った。夢から覚めた心地だ。そして一点に集中する視線。幾つもの目がスズシロを貫いている。幾つもの耳がスズシロの声を待っている。
心がすっきりすると、随分冷静になった。視界が晴れた。今まで怯えていたのが馬鹿らしくなったくらいだ。
――やれやれ、甘えろって言ったのは私だからな。
「おい、直人」
落ち着いたスズシロの声。
《……はい。スズシロ先輩》
それとは対照的な、直人の不安げな震えた声。
「……〈夫婦〉になろうってのに、いつまでそんな他人行儀でいるつもりだ? まさか、相手の名前も知らずに結婚を申し込んだのか?」
《いえ、あ、あの……えっと……――――優香、さん――――》
「そうだ。それでいい。……さっさと終わらせろ。直人。契約の証をこの指に結んでもらおうか。どうせ用意していないんだろ? 勿論、きっちりお前の給料の三カ月分のものを、だ」
スズシロはふっと笑った。
スズシロの声が響くしばしの間、意味がなかなか飲み込めなくて硬直する直人。それチャンスだと言わんばかりに〈蛸型〉がふわふわと飛んできて、足をいっぱいに広げて直人に襲いかかった……が、飲み込もうと覆いかぶさったのと同時に緑の光の線が幾筋もその体に入り、明々と光り輝き、爆発し粉微塵になって形を残さず宙に漂った。
「〈陣〉展開要請ッ!! 祝砲の用意だッ!!」
カッと目を見開いた直人の、水を得た魚の様な元気いっぱいの声が地球を震わせ、明るい笑顔が地球の裏側までも昼にしてしまう。
『うおおおおおおおおおおおおおおおお』
全ての感情がない交ぜになった、叫び声にも似た歓声が、世界中のありとあらゆる所から、人種や言葉の違いも関係なく、ただ一点に降り注ぐ。
《了解っ! 〈陣〉展開要請……承認っ!!》結衣菜の明朗な声も一緒に届く。
《いや、祝砲ってお前な……》スズシロの、滅多に聞けない恥ずかしそうで遠慮がちな声。
「万能重用型〈突偽〉、装置主題・〈陣〉、展開、陣形・〈天〉ッ!! 撃ち上がれッ!! 祝福しろッ!! おい〈愚衆〉共ッ! 僕とハニーの門出に立ち会えたことを喜べッ!!」
《ハニー!? おい待て、流石にもう止せッ! お前は一人でテンションあがってッかもしれないが、こっちは周囲のにやにやした視線が、その、恥ずかしいんだよッ!!》スズシロの怒号。
《いや、いいですよ直人さんっ! もっとやっちゃって下さいっ! 折角こんなハレの日ですもの、もっと騒いじゃってくださいっ! 貴方なら出来ますともっ!!》結衣菜が乗せる。
「了解ッ!! スズシロ優香さんのお義父さま、お義母さま、聞こえますかッ!? 金蔵直人と申しますッ!! これがどれだけ不躾なお願いか、分かっていますッ!! 恋愛をすっ飛ばしていきなり結婚なんて、不安かと存じますッ!! でも僕、恋愛は向いていないんですッ! そんな人間が人相応の幸せを享受しようだなんて、おこがましいかもしれません! それでも、貴方の娘様のことが、世界で一番大好きなんですッ!! お許しくださいッ!!」
《何と、ここでご両親に向けて挨拶!? これはあまりにちぐはぐだ!》実況口調の結衣菜。
《もういい加減にしろッ!! 周りが皆笑ってんだよッ!!》スズシロの悲鳴。
「恥ずかしがるハニーもいい。ころころといろんな面があって、本当に可愛いなぁ……」
直人が両手を天に突き出すと、体に纏う蛇の模様がもごもごと億劫そうに這いまわり、やがて体を離れ、空へと飛んだ。直人は天を仰ぎ見た。昨日までの空と、まったく違う空がそこにはあった。
――世界はこんなにも美しかったのか。
初めてそんな事を思う直人。昨日までは、疎ましく思いつつも祈らずにはいられなかった、そんな世界だったのに、今では、キラキラと輝くその景色に、吸い込まれそうになる位恋焦がれている。にやりと口の端を上げる。
「女の度胸と男の愛嬌が合わさるとな、最強になるんだ、見せてやるよ、これが愛(LOVE)だッ!!」
《うわ、これは私も鳥肌ものだっ! 恥ずかしすぎるっ!! しかも臆面もなく言っているっ!! むしろそんな自分に酔いしれているっ! 黒歴史、今まさに黒歴史だっ! 今の直人さんはそのすぐ後ろに黒歴史を作っているっ!? いや、これはもう背負っていると言ってもいいっ!!》
「優香さん(ハニー)ッ!! 聞こえますかッ!? 僕達の愛☆力を見せつけてやりましょうッ!!」
《止めろッ!! 自爆すんなら勝手にやれよッ!! なんで俺にも背負わせるんだよッ!?》
「照れないで下さいッ!! おい地球上の全人類ッ!! 全宇宙の敵味方その他大勢ッ!! その目に焼き付けろッ、その耳に残せッ、その肌に刻めッ!! この壮大な宇宙の片隅のちっぽけな地球の片隅のちっぽけな日本の片隅のちっぽけなこの場所に、永遠の愛を誓った金蔵直人とスズシロ優香という偉大なるちっぽけな人間がいることをなッ!!」
《ああしかも……こっちは実名公表してんだよ、おい……もう……お前、そこで死ねよッ!!》
「はぁーっはっはっはっはぁーッ!! 死ぬまで生きましょうッ!! ともにッ!!」
――聞いてまーす。
と、〈愚衆〉を使役しながら呆れ顔の〈静穏〉と、
『聞いてる聞いてる』
楽しそうに聞き耳を立てる、〈妖精〉を侍らす〈騒音〉。
「なんつー馬鹿騒ぎだ。俺の悩みは一体何だったんだ」
溜息をつきながら、やれやれという風にロジャーは呟く。
「俺も、随分難しく考えていたみたいだな」
「……難しい事を簡単に考えると取りこぼす。が、簡単な事をいちいち難しく考える必要は、確かにないな」
ミアも同様に呆れた顔をしながらも、どこか嬉しそうにロジャーを見る。
「随分晴れやかな表情じゃないか。何を考えていたのか分からんが、答えでも出たのか?」
「まあな。……そういうお前も、何か知らんが気合が入ってるじゃねえか」
「ああ。目の前でもがいている人間がいて、やる事なんて一つしかないさ」
「……また可愛くねえ女だなお前は」
「そういうお前は馬鹿みたいに面倒臭い男だ」
二人はにやりと笑いあって、まったく同じタイミング、超高速で海に飛び出した。
――と、何と他五名もミア・ロジャーの真横を同じ速さで並走している。驚き顔の二人に「こうなっては行くしかあるまい」「そーそー、気にしない気にしない」「処罰ならちゃんと受けるさ」「勢いで、つい」「あの、面白そうだったので」と各々思い思いの言葉を口にする。
小型船の傍らには、更に小さいボートが波を受けてゆらゆらと揺れていた。
その小型船内部には、怯える〈天使〉と、それを宥める夏美と、その横に、闊達そうに笑う巨漢・辰雄と、甲板に堂々と仁王立ちするいくヱの姿があった。いくヱは直人以外の接近を確認すると、〈愚衆〉を前に、高らかに笑った。そして、声高に叫ぶ。
「さあ、〈模倣〉ッ!! これが我々人類の選択だッ!! これが我々の誠意だッ!! 答えろッ!! 今度は貴様らの番だッ!! 貴様らの誠意を見せろッ!! 行動を示せッ!!」




