xxix――さてさて、これはこれで
じっと佇んだまま目を瞑る直人を前に、増員要員の五人は手をこまねいていた。そんな直人の許へ、少年の様な声が脳内に注ぎ込まれる。
《直人、二人は無事合流したようだ。それと、お前の蓄電率は九十六%だ》
「順調ですね。〈愚衆〉もいい感じで固まって同士討ちしてくれています。……こうなると、問題は〈妖精〉の動向ですね。一体何をしているのか、何を考えているのか分かりゃしません。じっとしていてくれりゃいいんですけど」
《ああ。でも、どちらにしろ展開・発動後はすぐに退避だ》
「あー、はいはい、分かっています。心配しないで下さい。……っていうか、今まで相当心配かけてきちゃったみたいですね、何となく分かっちゃいました。すみませんでし――」
《そういうのやめろ、縁起が悪い(フラグっぽい)》
「あ、そうですね」
《……ま、分かってくれるんだったらいい。反面教師になってくれたのなら、あの馬鹿の行動も少しは役に立ったってことだ》
《ッたく、好き放題言いやがって》
ロジャーの声が脳内に注ぎ込まれる。元気そうな声に、直人は安心しつつ苦笑。不図沈黙が出来る。そして、ロジャーとミアの会話が聞こえた。切り出したのはロジャーであった。
《知ってるか? 〈突偽〉使用者の男女の割合だがな――》
《二百対一だろ。お前が前に言っていた》
《いや……それはな、実の所先進国での割合だ。後進国では見事に十分の一が女だ。……それでいてな、後進国では、戦死者の実に半数近くが女だ》
《……それは知らなかったな》
《……なあ、あんたはこんな所にいるべきじゃねえよ。幾ら科学が進んで筋力による能力差が関係なくなったって言っても、現実はこの通りだ。女の体力じゃ、やっぱりこんなの無理なんだよ。あんたは、さッさと上に行っちまえ。……俺の知ってる〈突偽〉の女は皆死んだ》
《……今お前を担いでいるのは私だがな》
《おい、俺はふざけて言ってんじゃねえぞ。こんな所にいたって、本当に死ぬだけだ、損しかない。あんたは上に行ける、上に行ける能力を持っている。……それで、この戦争を終わらせてくれよ》
《そう簡単に終わらせられるなら、とっくの昔に終わっている。……しかし、お前でも女に向かって泣き言を言うんだな。それも知らなかった》
《フン、何とでも言えよ。お前らの所為で英雄になり損ねた》
――ついさっきまで犬猿の仲だったくせに、もう氷解か、随分勝手で虫のいいもんだ。しかし、もっとやり方があったろうに、不器用どころの話じゃねえぞ。
……まあ、大人なんてこんなもんだよな、安心したよ。――
二人の会話を聞き、そんな風に考えながら直人は目尻に皺を寄せにやりと口角を上げる。大人になりきれない大人の、生意気な子供っぽい笑み。
《よーし、直人、蓄電率九十七%だ、懲らしめてやりなさい》
「はい、了解しました、黄門様」
《ナ、ナオト、卑猥だな》
「《《そういうんじゃないから》》」
ミアの言葉に三人が同時に突っ込んだ。
くすりと苦笑の後、膝を曲げ前へ飛ぼうとした時、ぎゅっと後ろから何者かに抱き付かれた。
驚いて振り返ると、半裸の翼の生えた正体不明の少女(流石にそのままにしてはおけなくて、近くの店から拝借したコートを肩にかけている)が、体を震わせ目をぎゅっと閉じて、直人の背中に懸命に纏わりついていた。
どうやら懐かれたらしい。眉を八の字にして、もう一度苦笑。頭を撫でて、
「すぐ戻ってくるから、心配しないで」
と耳元でそっと囁く。するとようやく目を開けて、しかし心配げな表情はそのままで、直人の体を掴んだままじっと瞳を見つめて来た。直人はそっと少女の額にキスをした。少女はきょとんと戸惑った後、頬を染め、はにかんで、やがて手を離した。
「うん、いい子」
直人はもう一度頭を撫で微笑んで、
「この子の事、どうかよろしくお願いします」
と増員要員に託し、戦場へと飛んだ。
残された、男ども五人と少女一人。……
不図、その中の若い隊員が、スズシロと通信していた、代表格の隊員の肩を叩いた。
「……隊長、見知らぬロリっ娘の額にキスしても逮捕されない人間になりたいです」
「諦めろ」
空を駆ける直人。途中、ミアらと行き違う。猛スピードの最中、省エネの為捕捉・索敵能力も制限している為、殆ど表情も何も分かったものじゃなかったが、確かに二人に、
「後は頼んだ」
と背中を押された気がした。風を切り、にやりと不敵に笑う直人。
喜べ二人とも、僕があんた達を生きたまま英雄にしてやるよ。
街の南側の山を越えると、すぐ向こうに我を忘れぎゃあぎゃあと騒ぐ〈愚衆〉がいた。
索敵能力その他をすぐさまオン、肌で気配を感じる敵意、憎悪、恨み、嫉妬、そして恐怖。こんな事は初めてだった。どうしたというのか……むしろこれが彼らの本性だとでもいうのか。しかし直人は、その中にいて、平然としていた。いや、心地よいとさえ感じていた。
その方が、罪悪感が減る。
『普通じゃない』――その通り、しかし始めから普通に生きられないんだから仕方が無い。
『戦争が好きか』――ノーコメント。
『そうやって流されて、どこへ行こうというのか』――知らない、目の前の事で精一杯だ。
『惨めだ』――そうか?
『本当にしょうがないヤツだな』――ホントだね、あきれるくらいに。
そんじゃさッさと始めちゃいましょうか。
向こうには、じたばたと手をこまねく〈妖精〉がいた。何をやってやがるんだ、僕達を助けに来たんじゃないのか。そうだと分かったわけでもないのに、直人は自分勝手に苛立った。
「万能重用型〈突偽〉、装置主題・〈陣〉展開、陣形・〈法〉ッ!! 展開許可をッ!!」
直人は叫んだ。聞いた側は恐らく「気合が入っている」と感じたことだろう。
《了解、〈法〉展開要請……了承》
直人は凛と立ち、両腕を交差させ、前に突き出す。すると、全身タイツに緑色に光る、蛇の巻き付いた様な模様は、のそのそと直人の体を離れ、ぴゃっと地面を飛ぶ様に走り、興奮する〈愚衆〉の蠢く中を進み、二股に、それが四つに八つに十六に分かれ、そして緑色の線で描かれた円形の〈陣〉を張り巡らせる。やがて動きが止まり、どろどろの、描かれた線が仄かに妖しくぼうっと光る、のは前回とほぼ同じだが、なにせ新型〈突偽〉であるのだから、その規模は前よりも遥かに大きい。勢い余って〈妖精〉さえも巻き込もうとしていた。
これには流石に、放心していた〈妖精〉と〈騒音〉ははッと我に帰り、慌てふためいててんでばらばらに〈陣〉の外へと必死に逃げ出した。
《〈陣〉展開完了! 〈法〉発動まで残り五秒! 四、三、二――》
「さぁて、吉か凶か。好きにしろ。どっちでもいい、どっちにでも、勝手に転がれ」
直人は自分に酔いしれた指揮者の如く、背筋を伸ばし目を閉じて、両手を大仰に上げた。
同時に爆音。
大地は布団を引っぺがし、雲は驚き跳ね起きて、空は完全に覚醒し、山は驚きに心臓を鼓動させ、海は熱り立ち怒りに息巻く。直人の体はその振動を、すさまじい破壊を、喜びをもって全身で受け止めた。
大々爆発。――
ただそれだけである、ただの破壊。すさまじい規模の、ただの大殺戮。
緑色の〈陣〉から噴き上がった七色の光は、渦を巻き〈愚衆〉を巻き込んだかと思うと、収束し、一度色を黒に変え周りの光を全て吸い込んで、やがて真っ白の閃光を上げた。
土も水も空気も木も草も、〈陣〉の内にあるモノは境なく全て蒸発した。直人の全身に熱を込めた爆風が届く。その爆発の中心は、何もなかった、何もなくなった。そして気付いた様に、風が吹き返し、土埃がその何も無い場所に押し寄せた。
竜巻の様に、右巻きに渦を巻き、黄色い土を巻き上げた。渦の向きにも別に意味は無い。ただ始めに、偶々その方向に力が働き、後がそれに従っただけの事。高く、天を貫かんばかりに立ち上る砂埃の渦。目を開けても、風の柱によって視界は遮られて何も見えなかった。
凪ぐ。
〈陣〉内部にいた〈愚衆〉は、その死骸も、灰さえも残すことなく地上から、この世界から消えた。〈陣〉外部にいたものも、その衝撃に吹き飛ばされて、地に叩きつけられ、内臓が飛びだし、重なり合い押し潰され、無事なものは少なかった。その向こう側には〈妖精〉が群を成して空中で静止していた。流石は動きの速い〈妖精〉、ほぼ無事らしい。
《要員五名の増員許可出ましたっ!! 直ちに前線へ移動して下さいっ!!》
五人は結衣菜の声が脳内に響くとほぼ同時に、たっと飛びだした。
隊長を戦闘に、左右に二人ずつ段々に後ろに従い、魚鱗の形で前方へと走った。前へ前へと足を進めると、やがて直人の後姿が見えた。
……後姿?
おかしい。直人は〈陣〉の展開・発動の後、すぐさま後退すべき筈。何を突っ立っている必要があるのか。そんな直人の許に着いて、ぎょっとした。
〈妖精〉ではなく〈騒音〉が、直人のすぐ前まで迫っていたのだ。〈騒音〉の武装は〈妖精〉のそれよりも一層強固に見える。
「ああ、どうも。いくヱたんがやってくれたみたいですね」
直人は五人に悪戯小僧の憎たらしげな視線を投げ、のほほんと気楽に言った。
《直人、聞こえていますよ》
突然いくヱの静かで怒気を込めた声が脳内に注ぎ込まれた。
「うオッ!? い、いえ、始めに言ったのはスズシロ先輩ですからッ!!」
《あ、直人てめえッ!! 先輩を売る気かッ!?》スズシロの非難。
《二人とも憶えておきなさい、生活態度は立派な査定対象です。上官への暴言は事と次第によっては半端な懲罰じゃ済まされませんよ》
「《ぐへえッ!!》」
何やってんのこの人たち。隊長は呆れつつも、体の黄色く光る痣の様な模様を光らせて、きッと〈騒音〉を睨んだ。〈騒音〉も構え、憎々しげな顔で睨み返した。
「待って」
直人は小声でそれを制した。隊長は直人の顔を見た。口元に笑みを作り、余裕のある表情である。益々わけが分からない。直人はその生意気な表情のまま、〈騒音〉の群を見上げた。
「で、どうすんだ? やんのかい?」
――何と、話しかけた。このわけの分からない宇宙人に向かって。地球の、しかもこの日本の言葉で。そもそも言葉が通じるとも思えないが。
しかし〈騒音〉らは、暫く小声で何やら話し合った後、顔をしかめ忌々しく六人を見下げた後、何と〈妖精〉を従えて高く空へと昇り、一ヶ所に集まり、突如閃光を放ち、ふっと消えた。
《〈騒音〉・〈妖精〉、地球から離れました》
結衣菜の疲れ切った様な優しい声が脳内に注ぎ込まれる。驚いて呆然唖然と目を剥く五人と、ぷつりと緊張の糸が途切れたようにへなへなと地にへたり込む直人。
「あー、疲れたー、後はどうかお願いしますー」
先程までの生意気そうな直人はどこへ行ってしまったのか、途端に愛嬌のある、可愛らしい笑みを五人に向けた。隊長はその変化についていけず間抜けにあんぐりと口を開けた。
五人の内、一人背が高く髪の長い男がくすりと笑みを漏らす。釣られて他三人も笑う。
不図、山の下に動く〈愚衆〉が目に入る。皆戦意を喪失したのか、全身を染めていた赤は抜け落ちて、ごろごろのそのそと這いつくばっていた。決して数が少ないわけでもないが、これを全滅させるのは、はっきり言ってしまえば楽である。
しかし隊長は命を預かる身である。油断をするなと言おうとした矢先、
「勝負ついちゃったってカンジだなぁ。来た意味あったかな」
と背の低い隊員が呟いた。「コラ」と注意する前に直人が、
「そんな事ありませんよ。さっきの結構危なかったんですよ? 襲われても不思議じゃ無かった。本当にありがとうございました」
その背の低い隊員に笑って頭を下げた。その隊員は得意げに笑ったので、隊長は今度こそ「コラ」と軽く叱責した。そして、苦笑の後、表情を整え、前に出て直人を背にし、
「直人、君は後退だ。後は我々に任せろ」
「はい。ご武運を」
ぴゃっと飛んだ。残りの四人も慌てて後に続いた。ふうっと溜息をついて、立ち上がり、戦場に背を向けて走った。
〈騒音〉を前にして、しかし直人は落ち着いていた、何となくであるが相手が攻撃してこない事が分かっていた。不明な部分は多いものの〈騒音〉が階級社会であることは分かっていたし、〈騒音〉が〈妖精〉を好き勝手に操る事も知っていた。故に、地球にまで来た意味は結局よく分からなかったが、ああ無防備に近付いてきて、そして自分達が傷ついてまで何かをなすとは考えにくかった。
「ナオト、ナオト!!」
ミア達の許まで辿り着くと、褐色の肌の羽根の生えた少女が飛び付いてきて、抱き付かれ、頬をこすりつけられた。
――ああ、そっか――そういえば――えっと――忘れてた。――




