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the Spree of the Naïve Honest  作者: けら をばな
第二章・死にたくなけりゃ、さっさと戻れ
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xxviii――やってやるさ

 ロジャーは全身が赤く染まった〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉を前に、必死に交戦していた。明らかに圧されていた、攻撃が遥かに激化していた。現実逃避から帰って来たスズシロの声が届く。

《ロジャー、不味い、蓄電量がバケツの底くり抜いたみたいに勢いよく減少している。もっと下がれ、距離を取れ!! 危険だ!!》

「……スズシロさんよォ、ひょっとすりゃ、これはチャンスじゃねえか?」

《……おい、お前さんは何を言い出すんだ? このピンチに。馬ッ鹿、お前、さてはお前馬ッ鹿だな? ついにトチ狂ったか? お願いだから落ち着いてくれ。どうやら人生にリセットボタンは無いらしい、今気付いた》

「気付いたの今かよ。中学くらいで学んどいてくれ。いやいや、それはいいとして、俺は過去最高に冷静(cool)だ。ピンチはチャンスだと日本では言うらしいな。この〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉の進行方向を見てみろよ。上手くいきゃ、やつらの侵攻を街から逸らせられる」

 ロジャーはにやりと不敵に笑った。

愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉の群は、進行方向を変え、街よりも遥か東側の、宙に浮かぶ少女の許へと歩みを進めていた。ロジャーは歯を食いしばって電力を大量に消費しながら敵を落とし続けた。しかし当の少女は、その異常な状況を眼前に控えてもなお、泰然と宙に静止していた。

〈突偽〉の電力を使用し、水色に体を輝かせながら加速する直人。そこにロジャーから通信。

《直人聞こえるかッ!? そいつをそのまま北東に移せッ!!》

 好き勝手言いやがって糞が、僕はあんたの部下じゃねえぞ。

「分かりました」

 危うく舌打ちを送る所だったが、我慢し、空を()け、やっと少女の許に辿り着いた。

 少女はしかし、直人の姿を見止めると、はッと気付いた様に意識を取り戻して、瞳の色も元の黒色に戻り、同時に緊張の糸がぷつりと途切れ、〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉の群を前にふるふると体を震わせて、眉をへの字にさせて、目に涙を溜めた。途端に翼が萎れて、飛行能力が無くなり、

「ぴぃ」

 と鳥の様に力なく鳴いて、地に向かって落っこちた。今度こそ直人は感情のままに素直に舌打ちをして、

「なんなのもうッ!!」

 アクセルを思いっきり踏み込んだように、電力消費を大幅に上げて急加速。そして少女に届く直前で一気に逆噴射、する要領で急停止。

 少女の丁度真下に止まり、暫く自由落下しながら鉛直方向の速度を調整し、段々と速さを緩めて、少女を柔らかく、優しく抱きとめる。

「君、大丈夫……え?」

 直人は少女の姿を見て、改めて混乱した。布切れ一枚まとわぬ褐色の瑞々しい肌と、光によって銀色に輝いて見える真ッ白の長い麗しい髪、ほとんど丘を成していない胸の先端にある淡い色の乳首、ほっそりとした手足、怯え震えながら、ひっくひっくとしゃくりあげ、涙を流しているその姿は、美しい少女そのもの。なのだが、その背には人間とは大分違う、真ッ白な鳩の様な美しい翼があり、しかしつい先ほどまでぴんと凛々しく伸びていたのに、今ではその表情と連動するように震え萎み、畳まれていた。

 そして何より、その下半身には、――

《おい直人、そのロリっ()は大丈夫か!?》

「ロリじゃないです、どうやらショタです。何ともデンジャラスな、小粋な帽子を投げ捨てた完全体アームストロング砲が、下半身から『こんにちは、今日はいい天気ですね』って紳士的に囁いてきやがります、びっくりです。これ程のモノはうちの職員でもなかなか――」

《おいコラ、そんな話聞きたかねえよ。お前のは剥けてんのか剥けてないのか》

「いえ、僕は……ってッ!! 何聞いてんですかッ!! セクハラで訴えますよッ!!」

《お前が言いだしたコトだろッ!! いいかげんにしろッ!! ッたく!! ……でもどうやら冗談を言える位には無事らしいな》

「ええ。……でも、ちょっと嫌な感じがしますね」

 直人は〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉の群を見た。先程まではこちらに向かって激しくも統率を保ってゆっくり侵攻して来たのに、少女がこうなってしまった途端に、体中赤色の激しい動きのまま、てんでばらばらに暴れ始めた。すると、……

 何と同士討ちを始めた。

 お互いに(なぶ)ったり(なぶ)られたり、殺したり殺されたり、喰ったり喰われたり、()し合い、潰し合い、玉虫色の贓物が吹き飛び、虹色の体液が流れ出した。その光景はあまりに凄惨で、顔をしかめ、思わず目を逸らさずにはいられなかった。

「あー、ちょっとどころじゃなかったわー、ハード過ぎるわー、なんじゃこりゃー」

《くッ、なんてこったい、こりゃどういう事だッ!!》

 ロジャーの声が直人の脳内に届く。

「ロジャーさん、わけが分かりませんが、どうやら失敗です。スズシロ先輩、態勢を整える必要があると考えます。一旦街北部のミアさんと合流する事を提案します」

《ああ、それがいい。ロジャー、退け》

「だそうです。ロジャーさん、もうあなたは精一杯やりました。帰ってきてください」

《駄目だッ!! むしろ蟲どもが勝手に騒いでいやがる今やんなきゃいつやるんだッ!!》

「でも!――」

 ロジャーへの反論の途中、直人の許に〈団子虫型〉の〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉が無数の足を蠢かせて浮遊して、空中に浮かぶ直人たちの姿を正面に見止めると、足をいっぱいに広げて飛び付いてきた。すぐさま左手一本で少女を抱き締めて、右の拳を握る。するとそこから緑の閃光が(ほとばし)って、前に突き出すと〈団子虫型〉はいとも簡単にはじけ飛んだ。

《直人ッ!! そのままじゃ戦えん、一旦下がってそのショタを避難させろッ!!》

「了解、ロジャーさんもどうか――」

《俺はぎりぎりまで粘るッ! お前は下がれッ!!》

「くッ!!」

 直人は無意識に奥歯を噛みしめる。戻る事を一時躊躇(ためら)ったが、不図、少女の、泣きじゃくり怯えきった顔が目に入ると、きゅっと唇を噛んで、街の北部に向けて加速した。


 街の北部では、五人の増員要員とミアがなすすべなくじっと待機していた。

「スズシロ、このままじゃあの馬鹿(ロジャー)が危険です、どうか私に突撃許可をッ!!」

《ミア、お前の今の蓄電率は五十五%だ。六十以下ではあまりに危険だ。あいつが言う事聞いてくれることを期待するしかない》

「でもこのままじゃあいつの危険が危ないッ!!」

《そんなわけの分からん日本語使うようじゃ、尚更お前を行かせるわけにはいかんな》

「そんな――」

 そんなミアの許へ、直人が不思議な少女を抱えて戻って来た。顔には苦悶の表情を浮かべていて、声をかけようにも何を言っていいのか、その場にいた全員が分からなかった。

《ロジャーッ!!》

 突然スズシロの叫び声が脳内に注ぎ込まれ、全員の体がびくっと弾かれる。

「どうしましたか、スズシロ先輩ッ!!」

《ロジャーさんの左腕と右足首の損傷を確認っ!!》

 スズシロの代わりに結衣菜が答える。その場の七人の顔から血の気が引いた。


「チッ、ちょ~っとヘマったな。こりゃ大分きつい」

 ロジャーは茂みの中にじっと座っていた。全身を覆う黒タイツの、左腕下部と右足首の異常に膨れた部分(恐らくどちらも折れている)には、格子状の青い光がびっしりと集中していた。

〈突偽〉には治癒能力は無いものの身体機能を増幅機能はある。その為、怪我をした所で、確かに痛みはあるものの、骨が折れた程度で、動き・種々センサーなどの機能には問題は無い。しかし動く度に電力が大幅に消費してしまう。今の状況では決定的である。

「今の蓄電率の報告を」

《蓄電率四十二%です、今の状態で戦闘はかなり危険ですっ、戻ってきてっ!》

 結衣菜の報告中にも、周りの木々がみしみしと音を立てていた。

「あー、成程ねー」

 ――こりゃ、駄目だ、死んじまう。――

他人(ひと)ばっかに気を取られ、足元がお留守になって、こんな、さして愛着の無い街で死んでゆく、何とも、何ともお粗末だ、これが俺の最期か。最高に惨めだ)

 すぐ傍らで、ぎゃあぎゃあと喚き立てる音がする。そんな最中ロジャーは、むしろ気が楽になって、より冷静になれた。

 ……本当に惨めか? むしろ、ここで死ななけりゃ、どうなるっていうんだ。生れて以来(このかた)、夢なんて見たことない、これと言って目標もない。――

 生きて、何になるってんだよ、どうなるってんだよ。

 どうせ必死こいて生きても、別に何にも起こらねえだろ。適度に稼いだ金で、独り惨めに年老いて死んでいくのがオチだ。

 そンなら、今、ここで、清々しく、華と散ってやろうじゃねえか。なんなら、英雄にでもなってやろうじゃねえか、祀り上げて貰おうじゃねえか。

 そう決めてしまうと体が軽い。自嘲的な笑いを浮かべつつ、しかし怪我の痛みなど忘れてしっかりと立ち上がり、跳び上がり銃を構える。

愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉がロジャーを捕捉し、行動を開始する。と同時に、ロジャーは引き金を引く。

 確実に着弾。今から死のうというのに、ロジャーは不思議と落ち着いていた。

 いや、不思議ではないのかもしれない、むしろこれが普通なのだろうか、これが覚悟というものか。相手を見定め、動きをしっかりと捉え、予測し、必要最低限の威力の攻撃で確実に落とす。全身から力が抜けていた、ぴんと、よく響く琴の弦の様な適度な緊張の中にいた。

 始めから出来ていれば死なずに済んだろうが、しかし死を覚悟してから出来る様になったのだから仕方が無い。

《ロジャーやめんかッ!! 怪我の状態が酷い、動くたんびにドンびくくらい畜電力が下がっているッ!! 廃人になるなんて甘ったるいもんじゃ済まなくなるぞッ!!》

 脳内でがなるスズシロ。

「ヘッ、戦傷は名誉さ」

《おい、何をわけ分からんこと言って――》

《馬鹿言うな馬鹿ッ!! 今のままじゃ、怪我どころじゃ済まないぞ馬鹿(ロジャー)ッ!!》

 スズシロを遮って(本来なら許されない行為である)、ミアが脳内で騒いだ。

「あんまり馬鹿馬鹿言うな馬鹿(ミア)ッ!!」

 言いながら三つ並んだ敵を連続して撃った。

《いいや馬鹿だッ、おい(Hey)馬鹿(Rodge)ッ! 死にたくなけりゃ(If you don't want to be killed)、戻って来い(Get back)ッ、今すぐにだ馬鹿(as sonn as possible)ッ!!》

「それがどうしたってンだッ!! 戦場で死ねば誰だって英雄になれる、糞みてえな人生を生きるしか出来ない俺が、こうやって華と散る事が出来るんだ、これ以上の幸福はねえぜッ!!」


 ――ぶちっ。

 一つは指令室のスズシロの脳内から、もう一つは直人の脳内から、何かがぷっちんと切れる音がした。スズシロの表情を見て、結衣菜ら周りの者は血の気が引いた。直人の表情を見て、ミアらははっと息を飲んだ。


《おーい直人、このアホお前と同じ馬鹿なこと言ってっぞ。何とかしろよ》

《こんな風に見えていたんですね、反省してます。ロジャーさん、いいから戻ってきて》

 静かな、それでいて他人を小馬鹿にするような口調。性格の悪いスズシロはともかく、直人にも心外な事を言われ、苦笑せざるを得ないロジャー。

「おいおい直人、そりゃあ、ちょっと酷いんじゃ――」

《《さッさと戻って来い。殺すぞ》》

 ロジャーの頭に注ぎ込まれる、スズシロと直人の、ぞくっと背筋の凍る声。性格の悪いスズシロはともかく、性根の優しい直人がこんな声を出せるとは知らなかった。

「いや、あのな……」

《あんた、なんか勘違いしてやしねえか、誰があんたみたいな、どこにでもいる死にたがりいちいち祀りあげんだよ、馬鹿言うんじゃねえぞ。せいぜい新聞の端っこに顔写真が載って、嫌みに感情のこもったアナウンサーやワイドショーの目立ちたがり屋の屑どもに弄ばれんのがオチだ。それの何が名誉だ、ただの玩具(ジョークグッズ)じゃねえか、ダッチワイフにでも成り下がりてえのか》

「……おい、誰だよお前、あの純粋なナオトを返せよ」

 ふうッと直人の大きな溜息が洩れ聞こえ、しばし間が出来る。

《で、どうするんですか? 犬死か、ちゃんと帰ってくるか、選んでください》

 言葉遣いは丁寧になったものの、内容にも声にもまったく優しさが感じられない。

 初戦闘の時も思ったが普段と変わり過ぎだろ。と突っ込みたいのを溜息で抑える。

「……はいはい(well)、戻る戻る、そこまで言うんならな。白けちまった。しかし、ちょっと怪我の具合と電力が芳しくなくってな、逃げ切れそうにない、こいつらから離れるのが精一杯だ」

《……スズシロ先輩、提案があります》

《言え》

《はい。ロジャーさん、僕らがいる街北部にまで、身体・精神に異常の来たさない蓄電量まで、飛んで下さい。それでミアさんがスピードを上げてロジャーさんの許へ飛んで、そこからここまで運んで下さい、戦う必要はありませんから、今の電力でいける筈です》

「おいおい、そんな子供(ガキ)じゃないんだから――」

《直人、お前はどうする》

《僕は、省エネでゆっくり街の南部に進み、そこで〈(ジン)〉を展開・発動させます》

「ちょっと、話を――」

《陣形は?》

《〈(ホウ)〉で行きます。前より威力は上がっている筈ですし、相手が混乱しながらも固まっているのは好都合です。逃亡用に装填の時間は必要ですけどね》

「えっと、俺の――」

《よし、直人は蓄電率九十七%になり次第、前線へ移動。ミアとロジャーは今すぐ飛べ》

「そうじゃなくて――」

《ほら、今すぐにだッ!! 行け(Goだ)ッ!!》

「あーはいはいはいはい! 言う事聞けばいいんでしょッ! ッたくもう!!」

 ロジャーは死ぬのを諦めて、素直に生きることを選んで、スズシロに急かされ〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉に背を向けて、飛んだ。


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