xxvi――なにかがおこるさ
「大丈夫じゃないッ!! 冗談じゃねえこんなのッ!!」
ロジャーは叫びながら、じりじりと陸を浸食してゆく〈愚衆〉の群を睨みつけていた。
《ああ、現実さ、どうしたって冗談にはなってくれない。ロジャー、蓄電率八十二%だ、行っていいぞ》
「了解(wilco)ッ!!」
ロジャーは勢いをつけてタンと身軽に飛び出した。
《直人、聞こえるか。お前は蓄電率七十二%だ。無理をせず、ロジャーの取り逃したものだけを狙え、後ろにはミアもいる。いいな?》
「了解」
《……なぜにドイツ語?》
「……ごめんなさい、なんとなくです」
「〈妖精〉接近っ!」
「よし、早めに〈実数化〉だ。少しでも時間を稼げ」
「了解、〈妖精〉〈強制実数化〉まで、三十秒っ!」
〈愚衆〉の遥か後方に現れた、〈妖精〉の群。蜻蛉型の羽を高速にはためかせ、金色の瞳でまんじりとこちらをうかがっている。そして、肌の色は殆どが白か灰色だが、――
「おい、待て、おかしい……。〈騒音〉が混じってるって、どういうことだ?」
ぽつりぽつり、少数だが水色の肌の〈騒音〉が〈妖精〉の大群の中に混じっている。水色の肌の〈騒音〉は〈妖精〉より一つだけ階級が高い。
が、そこまで知り得ている者は地球に於いてごく限られている。少なくともこの場には一人としていない。
《そんなことどうだっていいさッ! 今はやつらの殲滅が先だ!》
ロジャーの、切羽詰まった通信。スズシロは努めて冷静に、
「ああ、分かっている。じりじりと下がりながらでも下がり過ぎずに時間をかけて省エネで〈妖精〉用の電力を残しながらなるべく〈愚衆〉の数を減らせ」
《そんな『ぼくのかんがえた、さいきょうのさくせん』実行できっかよッ!!》
「ああ、そうだな。とにかく、下がりつつ攻撃だ。時間を稼ぎ、直人が九十二%まで回復したら、もう一度直人の〈陣〉を展開・発動させる。〈妖精〉と〈愚衆〉を一度に巻き込ませる」
――その時は、街で発動させることになるだろう。
直人にそれを背負わせるのは酷だが、それ以外に方法は無い。
しかしそれ以外にも心配がある。増員申請の問題と、もう一つ、〈騒音〉の動向である。
〈妖精〉の知識は大したことは無い。だから〈愚衆〉同様簡単に誘い込むことが出来て、簡単に駆逐することが可能だった。しかし〈騒音〉以上となるとそうはいかない。
海岸を侵略し尽くし、のそのそと山を登り始める〈愚衆〉の群を、ロジャーはじりじりと下がりながら狙撃・迎撃した。山の頂上でちらりと後ろを向いた。後ろにも山が見える。
その向こうは、街だ。……
ロジャーは、生まれの所為か愛郷精神だとか土地や場所に対するこだわりは殆ど無い。住めば都で、自分が住みやすい所が良い土地なのである。しかしそれだけに、人間関係は重視する。
元来コミュニケーション能力の長けたロジャーは、この見知らぬ土地でいとも簡単に馴染み、居酒屋などで、一般人にも簡単に友人が出来た。――
そしてそれが皆、〈南側〉の住民である事は、偶然ではないだろう。
その者達の家を見捨てなければならないと思うと、やはりつらかった。やり用が無いと分かっていても、実際『街の崩壊已む無し』と言われた時は苛立ったし、直人の『仕方が無い』という発言にも失望した。
《蓄電率七十%、余裕はある、多少無理をしても大丈夫だが〈妖精〉接近中だ、気をつけろ》
チッ、偉そうに安全圏から見下ろしやがって。
スズシロの落ち着いた声が却ってロジャーの精神を逆立てる。落ち着くように深呼吸して、手に持つ銃に左手を添えて、三秒じっと目を瞑ると、銃全体が黄色に光った。
そこへアメーバのような透明で何本もの偽足をもった〈愚衆〉が上から降ってきて、形をうねうねと変えながらロジャーに覆いかぶさった。と思うとロジャーは既に上空に逃げていて、銃を正面に構え、引き金を引いた。
銃口から発射された黄色い弾は、射出と共に弾け、降り注いだ。そしてその弾丸は一度〈愚衆〉の体内部に埋まり、一息ついて爆発した。そんな焼け焦げる連中には目もくれず、じっと正面を見据える。
〈妖精〉の姿を確認。
〈愚衆〉は五列程の隊列を作っており、その未だ海の上にいる最後列の群にまで追い付いたようだ。
「――ちょっと待て、どういうことだ」
〈妖精〉の隊は、〈愚衆〉に届くと同時に下級〈騒音〉から命令を受け、〈愚衆〉に対し攻撃を仕掛けた。
〈妖精〉の多数の手に構えた前時代的な槍が、赤く光り出し、投擲すると、〈愚衆〉は、海と共にその身を焼かれて、次々に倒れて行った。〈愚衆〉は〈妖精〉を敵と認識していないのか、攻撃をされても振り返らずに、ただただ前へ前へと愚鈍に歩みを進めていた。
そうなると見事に〈妖精〉の格好の餌食になり、まるでそうすべきという風にばたりばたり次々と素直に斃れていった。
その異様な光景をスズシロらも、わけの分からないまま固唾を飲んで見守っていた。
(どういうことだ? いや、〈静穏〉と〈騒音〉は交戦状態にあるわけだから、別におかしくは……いや、絶対におかしい。どうしたってわざわざ地球にまで来てバトルおっぱじめてやがんだ?――しかも、選りに選って、なんでココなんだよ、ありえねえだろ)
隅から隅までわけが分からなくって、頭が痛くなり、
「もうやーめた♪」
……と言いだしたいのを必死に抑えていると、ロジャーからの通信が入る。
《見てるか!? なんか分からんが、敵さんが同士討ちしてやがるぜッ!!》
「『同士討ち』じゃァない。時に一緒くたになって仕掛けてくるが、あくまで敵同士だ」
《でもこのザマだ、何か事情は分からんが、こいつは使えるぜッ!!》
「待て、まだ分からん。早合点は危険だ、様子を見て――」
《そんなこと言ってるバアイかよッ! こんな機会二度もあるとは思えねえッ!! もしかしたら街を救えるかもしれねえんだぜッ!!》
矢ッ張り。――スズシロはそう思いながら水を得た魚のように生き生きとしたロジャーを苦々しく見つめていた。
「危険だと言っているんだ」
苛立ちを必死に抑えながらロジャーを説得するスズシロだが、それは届かない。
《街がどうなってもいいってのかッ!!》
「何の為に避難させたと思っているんだ!!」
《オイ、モノはどうなってもいいってか? あんたは替えの利かない能力があるからいい、でも人間は皆が皆、あんたみてえに裸で生きていける程強くねえんだぜッ、モノなり肩書きなりにすがって生きるしかねえんだッ! それが全部奪われちまったらどうなるか分かってンのかよッ!!》
「……そんなもん、お前なんぞに言われなくっても分かっている。でもな、仕方ないんだ。私達は出来ることだけをやればいい、それが不本意な結果になろうともな」
《じゃあ、俺は俺の出来ることをさせて貰うぜッ!! なァに、平気さ、あの状況からこっちに来やしねえぜ》
「だからそれは早合点だと――」
《あんたの『街は諦めざるを得ない』ってのが早合点さッ!!》
ロジャーはスズシロの制止を振り切って思い切り前に飛び出した。それを後援から眺めている直人。
「ロジャーさんッ、危険です!! スズシロ先輩、僕も前に出ます! このままじゃ危険すぎます! せめて助けに……あれは、何?」
宙に浮かぶ、背中から白鳥のように真っ白な羽を生やした何ものかが、直人らの前に突如として現れた。




