xxiii――単に、それだけの話
東の空から順に深い藍が滲み出でて、やがて橙色の光が差し込み、空を、雲を、そして海を染めて、その本体が姿を現し、夜が明ける。
『大規模襲撃』は残り二十分にまで迫っている。月並みの朝焼けが、今日はやけに美しく見える。と同時に、血を連想させる程に鮮やかで、襲撃に対する恐怖がない交ぜになって、不思議に幻想的で神秘的な風景として、直人の瞳に映っている。直人は後ろを振り返る。北側は未だ深い桔梗色のまま、夜と昼の境でまどろみに沈んでいるかのようである。
その下に茜色に染まった山が鎮座する。――山の向こうは街だ、今まで必死に守り通してきた街だ。それが今日、跡形もなく壊され、潰される運命にある、かもしれないという。警報が出た時分、それを予期し、覚悟して避難した人が、果たしてどれほどいたのだろうか。
いや、きっと逃げるのに必死でそんな事を考える余裕などなかっただろう。
今だって、逃げ延びた先で恐怖に震えている人もたくさんいるだろう。
せめて、その人たちの命だけでも守りたい、安心させてあげたい。……
だけど、全員助かったとしても、敵襲を退けることが出来ても、荒れ果てた街に戻って、何を思うのだろうか。
未だ増援許可は下りていない。――
本当は、期待してたんだけどな。
《聞こえるか直人、聞こえたらちょっとカラヤンっぽく目を瞑って気持ち良さそうに指揮しろ》
「ごめんなさい、そういうのにはちょっと疎いんで」
《じゃあ、ウェストサイドストーリーとかでウキウキのドゥダメルっぽく、踊りながら》
「いや、人物の問題じゃありませんって。第一、誰ですかそれ、どこの人かも分かりません」
思考をぶった切って頭に注ぎ込まれる少年の様な声。はあっと深い溜息、と同時に肩の力が抜ける、どうにも、いいようにやられている気がする。
「まあ、いいんだけどね」
《ん? 何がだ?》
「何でもありません。で、規模はどんな感じですか」
《ああ、先に言った通り、〈愚衆〉が大量に来て、その後〈妖精〉の軍勢も押し寄せる》
「……ねえ、スズシロ先輩――」
《無理だ》
直人の言葉は瞬時に遮られる。
《〈愚衆〉を片付けた後時間差で〈妖精〉を撃退すれば、と思ってるんだったら、はっきり言っておく、無理だ。街は、我々だけでは守ることは出来ない、諦めるしかないんだ。ならせめて、人命の保全を第一に、延いては自分達の命を第一に行動しろ、色気を出すな、危険なら即撤退だ、いいな》
強い調子で釘を刺される。この様なやり取りは十時間の間に幾度となくあった。
「でも、命は守られても、生活は――」
《命あっての生活だ。何度でも言わせて貰う、無理だ、諦めろ。制度の不備もある、というかそれが一番問題なわけだが、……今は何も出来ん。……いいか、お前がベストを尽くしたとしても、無理なんだ、しょうがないんだ。街が壊れたとしても、決してお前の責任じゃない》
不意に涙が目に溜まった。慌てて、ごみが入ったかのように目をこすって誤魔化した。恐らくばれているだろうが。それでも、鼻声になりながらも自分を少しでも慰めてくれたスズシロに向かって、
「はい」
とだけ、懸命に答えた。




