x――刺激が強い
直人はコンコンとノックを二回。ドアの上には第二会議室という札一つ。
「金蔵直人です」
「入って、どうぞ」
「失礼します」
中からいくヱの声がしたのでドアを丁寧に開け、頭を下げて第二会議室に入ると、スズシロの姿も見えた。いくヱは窓際の壁に凭れ、スズシロはどっかりと偉そうに椅子に座っていた。
二人の手にはコーヒーがある。いくヱはつかつかとカップを持って三つ目のコーヒーを直人の机の前に置いてくれた。上司が動くのにもお構いなくスズシロはどっかりと座ったままである。
「あ、ありがとうございます」
恐縮してそのカップを取る直人。
「ああ、そんなに硬くならなくっていいのよ。二、三聞きたいことがあるだけだから」
「そりゃ、役職が威嚇そのものの奴に個別に呼ばれりゃ、誰だって緊張するってもんだろ」
「……先輩、あなたは緩み過ぎだと思いますけどね。だるんだるんじゃないですか」
以前偉そうなまま物を言うスズシロをたしなめる直人に、つい破顔してしまういくヱ。
「それもそうですね。ではすぐに終わらせちゃいましょう。……先ず、ロジャーとミア、あの二人の事、どう思いますか?」
いくヱは笑顔のままであるが、目は直人の機微を余す所なく察知しようとしている。
直人はその視線に気圧されながらも、今日の戦闘の事を暫く思案。
「そうですね……。単純に、お二人がいた為に格段に楽になったのは確かで、かなり助かりましたよ。〈陣〉の発動なんて消費電力考えたらなかなか出来るものじゃありませんから。でもまあ、もうちょっとチームワークをしっかりして欲しいけど。安藤さんはどう思いますか」
いくヱはコーヒーに口を付け、微笑みながら頷いた。
「私は、あなた方に先程言った通りで、あれが全てです。あれに嘘偽りはありません。なんせ時間がありませんでしたからね。その割にはよくやってくれました。今回、襲撃の規模が小さくて助かりました」
ちくりちくりと棘のある言葉。
ああ、やっぱり言いたいことは山ほどあるけど我慢しているんだろうな。と半ば同情しつつ直人はコーヒーを口に付ける。先程砂糖を一袋入れたけど、直人にとっては苦いままだ。失敗したと思いながら、飲む。いくヱはちらりとスズシロに目をやる。
「今回の二人の動き、あなたはどう思いましたか? あなたがいち早く隙が出来ることを見抜いていましたでしょう」
「んあ?」
スズシロは急に呼ばれて驚いたのか、げほげほとコーヒーでむせた。そして白衣の袖で口の周りを拭き、ふうっと深呼吸の後、ちらりといくヱを見やる。
「最初はなんか変だなぁ位にしか思ってなかった。個別の訓練時に比べて、二人の動きがぎこちないというか、全力を出せていない感じがした。でもまァ、後で考えたらどうってことはない、要は二人ともお互いを信頼してないんだ。チームワークだなんだの事なんて私には分からないが、相手を信頼できていないっていうのは、連携モチベーションその他への影響が思いの外強い。まあ確かにあんたの言う通り急ごしらえのチームでしょうがない所が多いのは分かるが、あの二人の場合それ以外の要因が大きすぎる。……直人に危険が及ぶようだったら、俺はそれなりの行動に出るぞ」
スズシロの眼光が威圧するものに変わった。
「あまり一人の隊員に感けるのは感心しませんね」
いくヱの表情は変わらない。スズシロの眼光も変わらない。自分の事だと言うのに、直人は一人蚊帳の外。
「何とでも言え。私はあくまで科学者だ。あんたらみたいに全体を考えるような訓練は受けていない。この地をずっと一人で護ってきた奴と新顔と、おんなじには扱えん。……はっきり言って、俺からすれば『街なんかよりも直人の方が大事だ』」
直人は心臓を掴まれた様にどきりとして、コーヒーを吐き出しそうになるのを必死にこらえる。しかし軍の側のいくヱとしては、この言葉には流石に表情を曇らせざるを得ない。
「看過できませんねその言葉は」
「だ・か・ら、こんな仕事から私を外せってんだよ。向いてねえっつーの」
「……あなたにはこういった立ち回りこそ最適だと思ってたのですがね」
「おいおいなんだそりゃ! 第一そんな事、私自身が望んでねえだろ!」
「あなた自身が望んでいないからこそですよ。上に立つことなんて望んでいないのに、あなたはここの信頼できる方々に支持され、確固とした足場の上に持ち上げられた。人の上に立つ役職っていうのはそういうものです。どんな世界でもね。まあ、その話は後にしましょう」
いくヱはふうっと息をつく。眉間に皺を寄せ納得していない表情のスズシロを放っておいて、今一度直人に向く。そしてつかつかと歩み寄る。
「直人さん、最後に一つ。何故この地がこんな襲撃を受けるか、心当たりはありませんか?」
いくヱの視線が鋭くなった。それは明らかで、まるで察知させる事を厭わない程に。
「ええっと、それはいったい……?」
「どんな些細な事でもいいのです。原因が、この急激な大襲撃の増加の、切ッ掛けの一端でも掴めることが出来るなら――」
「おいコラ、何だその尋問口調は。そんなもん分かる訳ねえだろ。もしそいつが握ってんのなら隠す筈がねえ。危険な目に遭ってんのは誰でもない、そいつ自身なんだぞ?」
スズシロの口調は低く、怖い程に尖っていた。握っているのがコーヒーカップよりも拳銃の方がぴったり似合う程の怒りの表情だ。
「そんなつもりは……いえ、その通りでしたね、すみませんでした。私は本部から原因の究明も急務で仰せつかっている為、少し焦り過ぎました」
いくヱが頭を下げる。直人とスズシロは仲良く唖然。
直人としては単純に頼もしい本部からの増員だと思っていたし、スズシロとしては何らかの裏があるにしても、こうまであけすけに告白するとは思っていなかったからだ。いくヱはコーヒーを飲み干して、髪をかき上げて二人を安心させるように破顔した。
「時間を取らせてしまって、すみませんでした。お詫びという訳でもありませんが、後片付けは私はやっておきますから」
直人は、そんな事上司にさせられない、と言おうとしたが、スズシロが立ち上がって、
「はいよ」
と言って、構わず直人の袖を引っ張ってしまうので、タイミングを逸してしまった。
スズシロは直人の袖を引っ張ったままドアを開いて、直人がいくヱに挨拶する間もなく二人出て行ってしまった。そしてそのまま廊下をつかつかと歩く。スズシロは速足だが、その速さが直人の歩幅には丁度良かった。
「……ったく、何なんだアイツは」
歩きながらぶつくさと文句を垂れるスズシロに、どう声をかけていいのか迷った。あれやこれや考えた後、結局黙ってスズシロの後ろに従った。そんな所に、
「あ、そーだ。忘れてた」
思い出したように立ち止り、スズシロはどこから取り出したのか竹刀で直人の頭を一発。
「へぎゃッ!?」
「さっきは好き勝手言ってくれやがったなこの野郎。えーっと、三発だったっけ?」
「うわ、横暴ッ!!」
「そうだな。ま、竹刀だから一発で良しって事にしといてやるよ」
スズシロはにやりと笑い、余程気に入っているのか竹刀をぶんぶんと振りまわした。
直人はそんなスズシロに『木の棒振りまわす男の子と同じじゃないですか』とは思っただけで言わなかった。怒られるから、と言うのもあるが、それだけではなく――突然の『街なんかよりも直人の方が大事だ』は、少し刺激が強すぎた。




