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the Spree of the Naïve Honest  作者: けら をばな
第一章・愚人ども
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ii ――やるせなくても、叫びたくても、ただただ進む。

 空気を切って、直人は跳んだ。

 いや、正に飛んだ。猛スピードで化け物に接近。優に音速を超え、衝撃波がびりびりと辺りを震わせて、一瞬で二体の化け物の鼻の先にまで辿り着いた。

〈海鼠形〉に飛びついて、先ずは一発。

 手に纏う仄かな緑の光は、ぎゅっと握ると閃光に変じた。

 そのまま体の中ほどに叩き付ける。

 衝撃。

 体の端(口でいいのだろうか?)から紫や緑が混ざった液体が吐き出される。海岸を埋め尽くす吐瀉物。空気に触れると発火して、液体を蒸発させジュワジュワと湯気を出し、その卵の腐った様な臭気が直人の鼻に届く。それでも顔色一つ変えることなく、左拳を作り、閃光を飛び出させて、もう一発叩き付ける。

 体がぐしゃりとへこむ。それによって吐瀉物が押し出される。しかし、『先程吐き切った』とでも言いたげに、今度の吐瀉物は微々たるものである。それでも〈海鼠形〉は依然元気に体をくねらせている。

《何やってんだ。叩いたって無駄だ。切れ》脳内に注がれる少年の様な年上女性の声。

「了解」と心で短く応答。

 右手で手刀をつくり、歯を食いしばる。右手が朱色に妖しく光る。とその時〈海月型〉から細長く深い青色の触手が無数に伸びる。それを直人は背中の気配だけで察し、咄嗟の判断で体を素早く反転させ、光る手刀でばしばしと切り刻む。

 切れ味鋭く次々と触手を肉片に変え、ぼちゃりぼちゃり海へと落としていく。しかし、捉えきれなかった触手が直人を襲い、両手足首にぐるぐるに巻き付き、そのまんま振り回され、直人の体は海面に勢いよく何度も何度も叩き付けられる。

《直人さんっ!?》《あの馬鹿……》脳内に注ぎ込まれる、調子の異なる二つの女性の声。

『まったく勝手なのだから』――声にならない声。上半身を捻らせ、空中で全身を猛スピードでぎゅるぎゅると回転させると、触手はその回転に巻き込まれ、ぶちぶちと切れる。大本から離れたそれは、絡みつく力が抜け、先程同様ぼちゃりぼちゃり海面に落とされていった。

《おいこのショタ野郎。全国にテメエの触手プレイ動画晒されたくなかったら真面目にやれ》

「はいはーい。全国のお兄さんお姉さんの期待裏切って一瞬でグロ動画にしてあげますよ」

〈海鼠形〉の化け物が海水を干上がらせんばかりに吸い込むと、身体を倍以上に大きくし、体の先端から直人目掛け、腐ったワカメ(なんて見たことない。あくまで想像)の様な緑色の液体を勢い良く吐きだした。直人は動じることなく、光る左手で空を切ると、忽ち颶風(ぐふう)が起こり、液体を悉く吹き飛ばしてしまった。

 体を縮めたじろぐ(様に見える)〈海鼠形〉の化け物。

「精神ブラクラ注意」

 直人は太い眉を片方大仰に吊り上げ、笑い、右手で手刀を作り、勢いよく縦に切った。

 手刀の先から、ビュンと鋭く速い刃が飛ぶ。同時に強い衝撃波が発生し、廃校舎のガラス窓を容赦なくバリバリと割って、ゴガガガと耳を劈く轟音が辺りに響く。

 刃があっという間に〈海鼠形〉の体を真っ二つに割る。

 中から体液が、ぐちゃぐちゃ緑色の内臓が吐き出され、海岸、海一面を覆った。直人はそれでも容赦なく、四方八方手刀を切り刻み続けた。シュビッ、シュビッと空気を威勢よく切り裂く音。直人の両手が鎌鼬を作って、何度も何度も〈海鼠形〉の体を切り刻む。最早元の形が分からなくなる程微塵に細かくされる化け物。

《遊ぶな。もう死んでいる。もう一匹いるぞ》

 脳内に注ぎこまれる少年の様な声。怒っている様な、呆れている様な口調。

 振り返る。

 怯えたように(見えるだけ?)体をうねうねとくねらせる〈海月型〉。何を思ったのか、無数の触手(あれだけ切り刻んだのにまだ大量に残っている……)で、大きすぎる体を支え、のっしり堂々と立ち上がった。そしてそれ以外の体を支えていない触手(え、まだあるの?)を繰り出す。

 直人は先程よりも素早い動作で切り刻んで行く。

 不図その〈海月型〉がのっそりと体を仰け反らせたかと思うと、体から逆鉤(かえし)が何本もついた針を一本、勢いよく直人に向かって射出。

 今の今まで浮かんでいた直人の笑みが途端に消える。針は直人の首元を狙うが、体に届くすんでの所で、両手で握ってそれを止める。と同時に全身に電撃が走る。

 毒だ。針には細かな逆鉤(かえし)がついていて、手に刺さりそこから浸入したらしい。と考えた頃、身体は既に〈愚衆(ヴァルガー・クラウド)〉の体液に(まみ)れた緑色の海に落ちていた。

 体の自由が聞かない。海にぷかぷかと浮かびながら、辛うじて仰向けになって呼吸をする。

 その呼吸さえ苦しくなる。不意に〈海月型〉の化け物が、触手を口の中に入れてきた。

 何と、息をさせない気だ。叩いても駄目だったからか。意外に頭がいい。地味だけど。などと感心している場合じゃない。遠くなる意識の中で、真ッ青な天を望む。

『何だよ畜生。さっきは死なせなかったくせに、何がしたいんだよ。好き勝手遊びやがって。待ってろ神様。今から行ってぶちのめしてやる』――脳内に浮かぶ呪詛の数々。

《起きろ馬鹿ッ!!》《直人さん起きてっ!!》――その脳内に注ぎ込まれる、女性二人の祈りに似た叫び声。全身に力が戻る。口に突っ込まれた触手を噛みちぎり、ぺっと吐き出す。

『女の願いによって力を取り戻した男』――と言葉に描くと立派なものだが、実際は、

『うるせえ黙れ、自分勝手に利いた様な事ほざいてんじゃねえよッ!!』――これが直人の脳裏に浮かんだ、愚痴、呪い、叫び、怒り、つまりは力の源。

 水面に仁王立ち、水面をタンと蹴り、跳ぶ。高く高く、天にも届かんばかりに。

 しかし当然届かない。やがて呆気なく自由落下。天は嘲笑うかのように遠くなる。

 直人はギリッと噛み締めて〈海月型〉へと向かう。〈海月型〉は懲りずに触手を繰り出すが、直人は体を空中で器用に揺らしながら、スイスイと自由自在に避けて接近。

「死ねよ、下等生物(ゴミ)がッ」

 そう吐き捨てると、落下しながら、やたら滅法手刀で切り刻む。鎌鼬がビュンビュン荒れ狂う。ぶよぶよの肉片が飛び散る、腐った液体が飛び散る、それでも構わず突っ込み続ける。

 やがて、どしゃんと海面に降り立つ。

 ぼちゃりぼちゃりと海に注がれ落ちる、化け物の破片。

 直人は実に堂々と飄々と、凛々しい(おもて)を上げながら海面に仁王立ちする。

 ――世界を憎んで世界を怨んで、呪詛を吐いて、楽になれるならそうするさ。――

 ――そうした所で何も変わらねえだろ、そんくらい分かってんだよ。――

 ――何も変わらねえと分かっていながら、愛さずには、慈しまずにはいられない。――

 ――事情通面で世界を疎んでいる奴を見ると、怒らずにはいられない。――

 ――戦って、戦い抜いて、救いたいと思ってしまう。――

 ――大して褒められもしねえのに……自分でも嫌なくらい愚かだと思うさ。――

 ――それでも生きていく他ない……そうするしか出来ない。――

 ――馬鹿みてえに這いずり回って……自分でも嫌なくらい惨めだと思うさ。――

 ――それでも……――

 海面を歩き、岸に着いた頃、不図気を失って、どさんと砂浜に前のめりに倒れてしまった。


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