x ――守ってます②
〈愚衆〉――〈静穏〉の使役する地球外生命体、であるが(段違いに大きい事を除いて)地球上の無脊椎動物によく似ている。捕獲する余裕が無い為に、知能の程はまったく分かっていない。が、兎にも角にも、行動は破壊、捕食くらいしか見当たらない。繁殖行動も観測されていない。〈静穏〉側の出す特殊な信号(電波でも音波でもなく、地球の技術では観測不能。一部では波動関数を信号として発信、計測し合ってコミュニケーションを取っているのではないかと言う論争がある。が、それが生物に可能なのか、それは制御できるものなのか、そもそも波動関数が実在するものなのか、など地球側の科学技術では理解し得ぬ事ばかりである)により動いている。姿を隠す事が出来、しかもこの間、超光速で移動できる(正しくは光よりも速い位相速度で情報を運搬できる。この状態になる事を地球側は〈幽界化〉と呼称。これも、波動関数なり確率波などが何らかの形で作用されていると予測している)。〈幽界化〉している間は物質に干渉できない為、姿を現せて(〈顕界化〉と呼称)攻撃を開始する。
現在地球側も、強制的に〈顕界化〉させる技術だけは持っている。
――誰がこの技術を研究・開発したのか、一切の事が不明。そもそも、人間の論理レベルでは理解する事が不可能だとも言われている。
その〈愚衆〉の大行進が今、街にまで迫っている。それを見続ける以外に何もできないスズシロら室内の面々。どうして、こんな僻地にこれほどまでの敵襲が?――
《聞こえる? 電力充填量を把握したい》
スズシロの思考をぶった切る、山の上に仁王立ちする直人からの通信。
スズシロらの軍施設のある街(といっても人口三万程度)はその山のすぐ向こう。海岸の人間も、全員ここまで避難している。
つまり、絶対にここに足を踏み入れされる訳にはいかない。
「電力充填六十%!」数値を読み上げる結衣菜。
《ちょ、ちょっと、二十分は経ちましたよねッ!?》
「こんな……こんな筈では……」
目を合わせる、来徒・神室らの研究員面々。恐らく原因は、既に分かっていた筈のシステム不調。モニターを見つめる別の隊員からの、切羽詰まった声。
「……不味い不味いッ!! 〈妖精〉の小隊を接近を観測ッ!!」「主題・〈伏兵〉!」「ならば戦力自体は大したことないが」「強制〈実数化〉、三、二、一――」
〈愚衆〉の後方に現れた、〈妖精〉小隊。蜻蛉型の羽を背に生やせた、金色の瞳、見た目は〈騒音〉と何ら変わらない……が、肌は皆、灰色か白色。
〈騒音〉特有のガマ蛙の鳴く様な、正に雑音にしか聞こえないしゃがれた声を発しながら、連携を取りながら進む。
《……今一度〈陣〉展開許可を。〈愚衆〉と〈妖精〉、一度にやる》
「駄目です! 電力充填率六十%だと、計算上パフォーマンスは百%時の四分の一程度にしかなりません。何より直人さん、あなたの体に負担が掛りすぎますっ!!」結衣菜の叫び。
《やんなきゃやられるさ。僕には命に代えて街を守る義務があるのさ》
「おーい馬鹿、聞いてるか。頭冷やせ馬鹿。そんなことすりゃ本当に死ぬか廃人かだ」
スズシロの苛立った声。モニターの向こう側の直人はひょうきんに肩をすくめる。
《いたって冷静ですよ。……無駄死になんて嫌ですよ。せめて『お国の為に』ってね》
おどけた風に返す直人に、室内の面々は悲痛な面持ちでモニターを見る。
スズシロはその直人の態度に、ギリッと歯噛みした。
「てめえ、そんなタマじゃねえだろ。ナメてんのか馬鹿。てめえは何一つ分かっちゃいねえ」
《……分かっていないのはそっちですよ、スズシロ先輩。僕みたいなのが、僕みたいな徹頭徹尾選択肢も何もない詰まらない人生の人間が、ただ生きて、ただ死ぬだけの運命にしか無い人間が、そうやって目的持って死ねるのが、どれ程幸せか、分かっていませんよ。……分かる筈がありませんよ。幸せなあなたには――》
ドゴンッ! 一部モニターを見た人間もいるが、その実、音は室内からもたらされたものだった。スズシロが、前の机に拳を叩きつけた音だった。獣の様な瞳でモニターを睨みつける。
「……おい、直人。帰ったらぶん殴ってやるから、心しておけ」
《……帰れりゃしませんよ。僕は無事で帰れるなんて思っちゃいません。選んでください、あなたが。街を守るか、侵略されて全員死ぬか。あなたしか選べません。お願いします》
室内はしんと静まり返っている。モニターから流れる、〈愚衆〉が地面を這い、木々をなぎ倒す音と映像。それ以外に誰も口を開けるものがいない。まんじりと、スズシロの命令を待つしかない。
ッたく、なんでこうなるんだ。私はこんな死ぬだ生きるだのが嫌だから、こうやって研究開発員になったのに。……何の因果だ。
スズシロは目を瞑って、ふうっと溜息を一つ。その間、頭の中には数式が躍っていた。そして、ゆっくりと静かに口を開く。
「……畜電力七十二%までの充填を確認次第、〈陣〉展開を許可する」
おおッ!? という、歓声にも似た職員の応答。すぐさま全員その為の準備にかかる。
「畜電力七十二%なら、〈陣〉を張っても体への影響はかなり低いと予想でき」「畜電力現在六十二%ッ!」「電力六十七%にまで蓄電されれば、それ以降は滑らかに上昇すると――」
次々上がる気の入った声を遮って、結衣菜が通信を入れる。
「〈妖精〉急激に接近! 直人さんのいる場所まで、およそ三分っ!」
《先輩、こんなの無茶だッ! 〈妖精〉相手に省エネで戦って、温存しろっていうのかッ!?》
「ああ、その通りだ。理解が速くて助かる」
うろたえている直人に、スズシロは悠然としてコーヒーに口を付けつつ答える。
《そんなん出来る訳ねえだろ!! 〈妖精〉ヤッても、充電してる間に街が……》
「避難場所は、敵から見て街の奥だ。……コトがコトだ。街の一部くらいはくれてやる」
《無茶だ、滅茶苦茶だッ!! そんな事出来る訳が無いッ!!》
「……やれ」
低く重い声が直人の脳内に注ぎ込まれ、ぞくっと身震いする。敵前にあっても感じなかった、生命の危機とかそう言ったものとはまた別のもの。スズシロはそのまま続ける。
「お前が言ったんだろう。俺に決めろと、お前が言ったんだろう。俺は決めたぞ。俺がやれと言ったんだ、お前はもう、やるしかないんだ、お前がそう決めたんだ。……いいか、俺と街の人間の命をお前にくれてやる。街の人間全員、殺すか生かすか、お前が決めろ」
《そんな……》
「聞け、直人。俺は言った筈だ。お前ごときがお前の命背負えると思うなってな。丁度いい。今日はちょっとだけ背負わせてやるよ。自分の身は自分で守れ、だ。体育会系的なノリだ。自己責任論だ。今までどんだけお前が俺らに、守られてきたか、分からせてやるよ。やれ、お前には『選択』をやる。さあ来たぞ、〈妖精〉十五体ッ!」
《くッ!》
直人の許に、黒と灰の〈妖精〉が大きな刀を両手持ち、踊り、切り掛った。紙一重で避けて、拳を握り緑色に光らせ、腹部に思い切り浴びせつける。連打。〈妖精〉は呆気なく大破。内臓を飛び散らせ、ぴくぴくと痙攣した後動かなくなった。
「おーい、直人、省エネで頼む」
《はいはい分かりました分かりました!》
「直人、『はい』は一回」
《はいッ!!》
少し楽しそうなスズシロの口調と、半ばやけくそ気味の直人の声。




