第一話 オリエンタル・ドクター
残酷な描写や性的な描写に関しては、あんまり激しいものはありません。ただ、全くないわけでもありませんので、R-15とさせていただきます。ご了承ください。
「ねえドクター、」
「その呼び方は止めてください。まるでお医者さんみたいじゃないですか。」
「だって、ドクターはドクターなんでしょ?」
「まあ、そうですけどね。どっちかというと、ハカセの方が自分ではしっくりくるのですが。」
「ふうん。安倍晴明とかも博士だったしね。雰囲気かも。」
「ええっ?」
「違った?」
「いえ、あなたがそんなことを知っているとは、という意味の「ええっ」なのですが。」
「あたし、こう見えても文系なんだよ?」
「はあ。」
「気のない返事ね。」
「すいません。でもご存じですか?晴明は陰陽博士じゃなかったんですよ?」
「ん?え?違うの?」
「はい。彼は天文博士でした。」
「ちっ。そういうことか。」
そう言いながら、女は男のこめかみにMP5-SD6の銃口をさらに強く押し当てる。
「ところで、」
「なによ?命乞いなら聞かないわよ。」
「いえ、コーヒーでもいかがですか。さっき淹れたばかりですよ。味の保証はしませんが。」
「じゃあやめとく。」
「えええ、」
男はあからさまに残念そうな声をあげた。十畳弱のリビングのほぼ中央で、男はサブマシンガンを突きつけられたまま、ソファに座らせられている。室内には、二人の他には誰もいない。
「嘘うそ。飲みたい。」
女はそう言いながら、小首を傾げて笑って見せた。ほとんど癖のないショートヘアが揺れる。
「じゃあ、私はここでおとなしくしていますから、あなた、キッチンからコーヒーを持ってきてくれませんか。マグカップは、食器棚にあるのを適当に使ってください。」
「はあぁ?あんた何考えてんの?なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ。」
さっきの作り笑顔が一瞬で元の険しい顔になる。
「でも、私が取りに行くわけにもいかないですよね?」
なぜかうれしそうに男が言う。
「う…。確かにそう言えばそうかも。ってちょっと待ってよ。えーと……。」
「ダメですか?」
「少し待って。」
そう言って女は、男に銃口を向けたまま一歩下がると、ほとんど何のモーションも取らずに男の側頭部に右脚で蹴りを入れた。派手な音を立てて男が床に転がり、さらにその先へと男の眼鏡が滑っていく。
「そのまま。動くとそこで終わりだよ。」
「分かってますよ。私だって最期のコーヒーくらいゆっくり飲みたいですから。」
男は、この事態もある程度予測済みだったのか、特に驚いた様子もない。痛みに多少顔をしかめているだけだ。
「よろしい。」
女はそういうと、男の一人暮らしには不似合いな、大きめのカウンターを後ずさりのまま回り込んで、コーヒーサーバーの横に銃を置いた。そして、男の指示通り、棚から取り出したマグカップにコーヒーを注いだ。
「何見てるのよ。」
「いえ、見てるんじゃなくて見えないんですよ。眼鏡……。」
「動かないで。後で拾ってあげるから。」
「すみません。」
かたり、とビーカーをサーバーに戻す音がして、女がぱたぱたとリビングに戻ってきた。両手にはコーヒーが並々と注がれたマグカップ。紺のハイソックスを履いた足にはスリッパ。銃は肩からかけていた。テーブルの上にカップを置き、床から眼鏡を拾い上げる。
「ほら、眼鏡。」
「ありがとうございます。もう起きてよろしいですか?」
女は気づいていないようだが、体勢を起こさないと、女のプリーツの入った短いスカートを床から見上げるような感じになってしまう。
「いいよ。」
「スリッパに、履き替えたんですね。」
「あ、ごめん。勝手に借りちゃった。」
「あの、」
「何よ?」
「なんだかふつうの女の人なんですね。」
「ふつうで悪い?」
ギロリ、という表現しか当てはまらないような表情で、女が男を睨みつける。
「いえ、ちょっと……。」
そう言いながら、女にとがめられないよう、ゆっくりソファに腰を下ろす。女はと言うと、向かいのソファにどさっと腰を下ろした。
「ちょっと何?」
「いえ、うれしいな、と。」
「えっちょっちょっとたんまあんた頭蹴られておかしくなっちゃった?」
「あのくらいじゃ私の脳は壊れたりしません。ただ、状況はどうであれ、まあ言ってしまえば私の余命がどうであれ、今日はこの部屋に、ずいぶん久しぶりに女性のお客様がいらっしゃってるわけなんです。これでもこの部屋は、私の研究の砦なんですよ?孤独な孤独な、それでも死守すべき、たった一人の王国であるわけなんです。そこにこんな、可憐なお嬢さんが」
ゴキ、と音がして、男は銃の折りたたまれた銃床あたりで前頭部を殴られた。
「ふ、ふざけたこと言ってないで、さっさとコーヒー飲みなさいよ。」
「はい。いただきます。」
「あんたのコーヒーだってば。」
「じゃあ、あなたも。」
「分かったわよ、い、いただきま…す……。」
心なしか、MP5-SD6を振り回す侵入者の頬が紅い。しかし、侵入者がドクターと呼ぶその男は、マグカップを片手に、明るい日差しが落ちる庭の方を、窓越しに眺めている。きっと、表に出れば、さわやかな初秋の明るい空が広がっている。
二人はしばらく、無言でコーヒーを飲んでいた。そして二人して、明るい外の世界を思った。
「一つ、聞いていい?」
腕組みをして、ソファの背もたれに身を預けながら、女は訊ねた。
「なんでしょうか。」
「あんたがなぜ、裏切り者になったのか。」
「ああ、それですか。それなら簡単な話なんですけれどね。」
「あともう一つ、」
「もう一つ?」
「そもそもあんたがなぜ、組織のメンバーになったのか。」
男の方は、少し「おや?」とでも言うように眉を動かした後、何かに思い当たったように頷きながら微笑んだ。
「変わった殺し屋さんですね。それを聞いてどうしようというんですか?」
「別に、どうもしないよ。仕事は仕事。ちゃんとやるけどさ。でも、こんな仕事してると、ただ事務的にこなすんじゃ何か納得できないことも多くなって。」
男はまた、頷いた。
「そう言えば、聞いたことがあります。」
「何を?」
「ときどき組織に雇われているフリーのヒットマンの中に、教誨師と呼ばれる女子校生風の殺し屋がいると。」
ゴキ。また殴られた。
「女子校生風じゃなくて、本物の女子校生だよ。この格好だって、ほんとの制服なんだからね。」
「すいません。あなたが大人びてるから、てっきりたちの悪いコスプレかt」
今度は最後まで言う前に殴られた。タイミング悪く、「と」の子音のところで殴られた弾みで舌をかんだ。さすがに男は両手で口元を押さえ、少し、涙目になっている。
「確かにあの学園はあんたんとこの組織の影響下にあるけど、でも、れっきとした学校だし、あたしは本物の女子校生なんだから。」
女は少し力んだ様子で、そう言い放った。
「そうですか。本物の桜ヶ丘生だったんですか。たちの悪い、というのは撤回しますけど、私にとっても、桜ヶ丘は大事な学校です。ほんとにコスプレだったら、このコーヒーの味が悪くなるところでした。」
痛む舌を動かして、男はそう答えた。
「大事なって、あんた、関係者か何か?」
「はい。元教師です。桜ヶ丘の。」
女は無言でMP5-SD6を構える。
「待ってください。元、って言ったでしょう?今はもう、学校とは関係ありません。仮に今日、私が生き長らえたとしても、あなたの仕事のことは誰にも言いませんよ。」
「そう。まあ、そうね。慌てることもないわね。それより、私の質問には答えてくれるの?」
「そうですね……。お答えしましょうか。少し長くなりますけれど。とその前に、コーヒーのおかわりはどうですか?そう言えば冷蔵庫にゴディバのチョコレートも……」
チョコレートと聞いて、女の眼が光ったのを男は見逃さなかった。だが、よかったらどうぞ、と言おうと思ったときには、女の踵が頭頂部にめり込んでいた。両手で頭を抱えてソファから転げ落ちる。自分の視界の大半を一瞬占めた白と淡いグレーの縞しまは何だったのだろうかと考えながら、そのままうつ伏せで床に転がっていると、女が慌ただしくキッチンに駆け込み、冷蔵庫を物色する物音や、コーヒーを注ぐ音などが聞こえてきた。この状況にそぐわない、幸せな生活の響き。暖かい、思い出の中にしかなかった音。
「あはは」
男はごろりと仰向けになって、自室の天井を見上げながら笑った。当然、次の瞬間には女の冷たい銃口が額に荒々しく押し当てられる。同時に女は右脚で男の左肩を踏みつけてもいる。男は笑顔のままゆっくりと両手を上げる姿勢をとった。
「勝手に動いちゃダメなんだよ?」
「すいません。ちょっと昔を思い出して、懐かしくなって笑ってしまいました。」
「昔?」
「はい。もう、ソファに戻ってよいでしょうか。」
「ちょっと待って。まだマグ持ってきてないから。」
「じゃあ、このままお待ちしています。」
そうか、あれが縞しまの正体だったのか、と男は天井を見上げたまま納得した。
やがて二人はまた、ソファに座って話し始めた。チョコレートは当然ながら、大半を女が食べていく。
「あれは、まだ大学院のドクターコースに入って間もない頃でしたから、私も二五歳くらいだったと思います。ある先輩の紹介で、非常勤の教員として、桜ヶ丘の教壇に立つことになりました。そのときはまだ、ただの大学院生で、組織とは何の繋がりもなかったのです。」
女はいつの間にか、床に敷いたラグの上に直接座っている。ソファの座部に背中を預けるようにしながら、肘をテーブルに突き、手首を折り曲げた手の甲に右の頬を乗せている。その右手の人差し指と親指の間にはもちろん、チョコレートがつままれている。
「その最初のクラスに、由佳がいました。とは言っても、それが初めての出会いというわけではなく、親の知り合いのお嬢さん、というくらいの面識はあったのですが。ともかく、きちんと話をしたのは、桜ヶ丘に着任してからでした。ただ、向こうがいきなり私のことをお兄ちゃんなどと呼ぶので、かなり面食らった記憶があります。」
「妹属性?」
「その「属性」ということばの使い方が今一つ理解できないのですが、何かそういう近親相姦じみた異常性向は私にはありません。」
「おにいちゃ~ん。」
わざとらしい甘え口調で女が言うと、とたんに男の目つきが険しくなった。
「マグカップ一つでも女の子一人くらい殺せるんですけどね。」
「ご、ごめんなさい。」
女は、男が組織の一員だったことを思い出し、うっかり謝ってしまったようだ。戦力的には圧倒的優位に立っているにも関わらず。
「くっくっく…。ま、そういうところも由佳に似ているんですけどね。」
「はあ?」
男は一瞬で元の飄々とした表情に戻った。
「いえ、こっちのことですすいません。」
「ふん。で、その由佳さんてのがどうしたの?」
「まあ、よくある話なんですけれどね。由佳が高校二年の夏に、彼女の両親が組織内の抗争に巻き込まれて死に、由佳自身も組織に追われる身となってしまいました。学園はご存じのようにあんな状態ですから、潜伏する場所もなく……」
「ドクターを頼ってきたと?」
「はい。」
「ふうん。それであんたが組織に入るのと引き替えに、由佳さんのことを見逃してもらった、そんなところ?」
「正解です。」
「でも、あんたが入るだけじゃメリットないのに、よく組織がそれを許したね。」
「私には、ちょっとした特技があったもので。」
「特技ねえ。組織にとって利用価値があるくらいの特技ってことは、まあ、ろくなもんじゃないんでしょうね。」
「これもご明察ですね。まあ、ちょっとした、暗号術と言いますかね。」
「あんごーじゅつー?ふつうそれって数学者とかの仕事でしょう?」
「ええ。まあ、ふつうはそうなんですけどね。うちの家系、ちょっとしたオリエンタルマジックが使えましてね。暗号術と特殊な通信手段のセットで自分を売り込んだわけですよ。」
「なるほどね。それじゃますますハカセっぽいじゃない?ドクター。それで、その由佳って人を助けて、どうなったの?」
「どうもしませんよ。彼女はしばらく、ここで暮らしていましたけど、別にそれだけです。」
「それだけって、それだけってことないでしょう?若い男女がさあ……。」
「あなた、おばさん臭いですよ。」
女はがっと拳を振り上げたが、そのまま顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「しょ、しょうがないじゃない。女子校だし、ほっといてもどんどん耳年増になってっちゃうんだから……。」
振り上げてしまった手をそろそろと下ろしながら、口ごもりつつ言い訳した。男は銃床での一撃を予測して身構えたが、それがなかったことに少し、拍子抜けした。
「とにかく、あんたが組織に入った理由はわかったわ。それじゃなぜ、」
「組織に追われるようになったか、ですね。」
「うん……。」
「そうですねえ。入ったのも裏切ったのも、同じ理由、ですかね。」
「え、それじゃ、その由佳って人と何かあって?」
「いえ。――由佳はここへ来て数年経った夏のある日、ふいと姿を消してしまいました。」
「えっ」
「はい。それからずいぶん、手を尽くして探しましたよ。自分の力、自分が使える範囲の組織の力、使えるものはすべて使いました。それでも見つからなかったのです。」
「それじゃなぜ?」
「先月、ひょんなことから突然由佳の消息が知れたのです。由佳は、利害関係のある別の組織に売り飛ばされていました。」
「あ、それって、ランズエンドでしょ?」
「あなたは知らなくてもいいことですよ。でもまあ、要は、私のスキルと組織への貢献だけでは購いきれないと上が判断したってことですよね、由佳の自由を……。最初からそんな気はなかったのかもしれませんが。結局由佳は、由佳の両親の咎を背負わされ、償わされたわけです。それで、そこから先は、あなたも組織から多少は聞いているでしょう?」
女は、男の絶望の深さを思った。そして、絶望に抗した男の行動の意味を知った。
「ええ。組織を裏切り、外部組織へも攻撃を仕掛けた愚か者を始末してくれ、外部組織に対して他意はないことを示すために、ヤツはこちらで始末しなければならない、そう聞いているわ。」
「そうです。それで間違いありません。」
「あと、あたしの別の情報網からなんだけどさ。あの要塞のようなランズエンド本部から、女を一人脱出させたバカがいるって話も聞いてるわ」
女はだいぶ冷めてしまったコーヒーを飲み干して、ことりとテーブルの上に戻した。男は答えない。
「ねえ、」
「なんでしょう。」
「今その由佳さんてどうしているの?」
「さあ、どうしているでしょうねえ。」
男はにやりとして、こちらもコーヒーを飲み干した。
「ともかく、私にはもう、関係のないことです。」
「ほんとに関係ないのかしら?」
女は、ふっと軽く微笑みながら立ち上がり、空のマグカップを二つ持って、キッチンに向かった。
「はい?」
「しらばっくれなくてもいいのよ。あんたほどの男が、ただ死を待ちつつコーヒーを飲むようなロマンティストであるはずがないじゃない?」
「なんのことでしょう?私は、あなたとこうしてお知り合いになれて、お茶ができて、これが私の最期なら、まあ上出来の終わり方だと思っていますよ?」
「よく言うわよ。ランズエンドから脱出した女が回収された、って情報はまだないわ。今もあなたの手の者が彼女を護っているんじゃないの?」
「手の者も何も、私は一人で部下もいません。」
「そうね。そういうことにしておくね、オリエンタル・ドクターさん。」
「はい。そうしていただけるとありがたいですね。」
「……時間よ。」
キッチンから戻ってきた女は、俯きながらそう告げた。
「今日はお茶につきあっていただいて、ありがとうございました。これは、申し上げるべきかどうか悩みますが、」
「なに?」
「もう少しスカートの裾に気を配っっっ」
女はとびっきりの笑顔で今一度、踵を振り下ろした。男には運の悪いことに、すでにスリッパから靴に履き替えた後だった。
「これでもサービスしてんのよ」
「そんなことしなくても、あなたは十分魅力的ですよ、教誨師さん。」
「ふん。当たり前でしょ、そんなこと」
そう答える女の頬は赤く染まっている。
「さよなら、ですね。」
「あたしからは、いってらっしゃい、って言わせてもらうわ。」
「いい餞の言葉です。ありがとう。それでは。」
「うん。いってらっしゃい。」
数発分の、サイレンサー越しの乾いた発射音と湿った貫通音、そして薬莢がリビングの床に散らばる音。どさり、という重苦しい音。それと同時に、リビングの隣室から、高速に回転する何かしらの機構が急減速するような、そんな音が響いた。
「やっぱり……」
教誨師はMP5-SD6を構え直し、ドアノブをゆっくり回して、音がした部屋へと侵入する。そして、ふう、という軽い吐息が聞こえ、薄暗い部屋に、携帯電話のモニタが光った。
「森田、終わったわ。組織に連絡して、死体を回収させなさい。」
「承知いたしました。数分で到着するはずです。」
無線でのやりとりが終わるのを待って、教誨師はまた携帯電話の相手に話しかけた。
「森田、」
「なんでしょう?お嬢様。」
「東洋魔術の魔法陣、初めて見たわ。しかもかなり大規模よ。床一面。」
「迂闊に陣を踏んで術式に呑まれないうちにお戻りください。もう予定のポイントまでお迎えに上がっておりますので。」
「これきっと、あの人を護衛するための陣ね……。術主たるドクターが死んで、稼働を停止したんだわ……。」
「は?」
「いえ、こっちのこと。ねえ森田。帰りにゴディバのチョコレートを買って帰りたいわ。」
「お嬢様……。また、泣いてらっしゃるのですか?」
「う、うるさいわね。あ、さっそく組織の連中が来たわ。引き継ぎ後、現場を離脱します。」
女は引き継ぎを終えると、MP5-SD6をぞんざいに紺色のスクールバッグに収めて、リビングを出た。そして、まるで何事もなかったかのような様子で門扉をくぐると、玄関の方に向かって軽く会釈をした。その姿は、何かの用事で訪問した知人宅から帰って行く、一人の、ごく当たり前の女子校生にしか見えなかった。
ドクターの家の外周に沿って、女はいくらか裏通りを歩く。角を一つ折れた先に、黒いスポーツタイプの車とともに黒づくめの男が待っていた。見たところ執事風ではあるが、不機嫌そうに煙草をくわえている様は、やや品位に欠けるようにも見える。
「毎度のこととは言え、時間かかりすぎですよお嬢様。待たされる身にも」
その小言は最後まで続かなかった。ドクターの部屋で爆発が起こり、窓ガラスがすべて吹き飛んだからだ。室内にいた組織の人間のうち、何人かは犠牲になっただろう。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
思わず身を屈めた女の元に、黒ずくめの男が駆け寄る。
「うん。全然。ふふふ……。ドクターもえげつないな。最期のトラップってわけだったんだあの魔法陣。二重の目的で稼働していたのね。」
「お嬢様、あなたがなぜそんなにも晴れやかな顔をされているのか、少し解せないのですが。」
「いいのよ分からなくて。ほら、早く車を出してちょうだい。」
女はバケット型のナビシートに乗り込むと、四点式のシートベルトを締め付けた。
全部で文庫本3冊くらいになる作品の、第一部第一話です。なるべく定期的に続きをアップしていきたいと思います。