結婚式当日に、新婦と親友の『托卵・ATM計画』を全列席者の前で公開した結果~一生俺の給料で遊ぶつもりだったようだけど、悪いけど全部バラして社会的抹殺してあげるよ~
日曜日の朝、焼きたてのトーストの匂いではなく、婚約者・亜紀の傲慢な声で俺、佐藤健一は目を覚ました。
彼女はソファにふんぞり返り、スマホで高級ブランドのカタログを眺めている。俺の返事も待たず、彼女は続けた。
「ねえ、聞いてる? 披露宴の装花、カサブランカをメインに豪華にしたから。プラス三十万ね。一生に一度のことなんだから、ケチケチしないで」
彼女はカタログから顔を上げ、俺を値踏みするように睨んだ。
「あんた、私のこと世界一幸せにするって言ったじゃない。それとも、私みたいな美人と結婚できる価値が、三十万程度だって言うの?」
俺はキッチンで黙ってコーヒーを淹れる。
以前なら「そうだね、亜紀が喜ぶなら」と微笑んでいただろう。IT系企業のエンジニアとして働く俺の年収は八百万。決して低くはないが、都内のマンションに住み、亜紀の際限ない物欲を満たすには、残業代を削り出してようやくといったところだ。
「……分かった。明日、式場に振り込んでおくよ」
「よろしい。あ、それから、式の後の二次会だけど、健二が幹事やってくれるって。健二って本当に気が利くよね、あんたと違って」
亜紀は満足げに鼻歌を歌い始めた。
彼女が口にした「健二」は、俺の大学時代からの親友だ。大手商社に勤め、容姿もいい。彼を亜紀に紹介したのは俺だった。それが、人生最大の過ちになるとも知らずに。
この一ヶ月、亜紀の態度は目に余るものがあった。
俺が疲れて帰宅しても「夕飯はウーバー頼んだから、あんたが受け取って払いなさいよ」と命じられ、少しでも家計の相談をすれば「器の小さい男。私の維持費だと思えば安いでしょ」と鼻で笑われた。
彼女にとって俺は、愛する伴侶ではない。
自分の美しさを世間に誇示し、贅沢な暮らしを維持するための「高機能なATM」に過ぎなかったのだ。
*
異変に気づいたのは、三ヶ月前のことだった。
亜紀がシャワーを浴びている間、テーブルに置かれた彼女のスマホが震えた。通知欄に表示されたのは、健二からのメッセージだった。
『昨日のホテル、最高だった。早く旦那(笑)から奪いたいw』
一瞬、思考が止まった。
指先が冷たくなり、心臓の鼓動が耳の奥で爆音を立てた。俺は震える手でロックを解除した。そこにあったのは、ドブを煮詰めたような醜悪な記録だった。
二人は、俺がプロジェクトの納期で徹夜している間、俺が家賃を払っているこの部屋で肌を重ねていた。それだけではない。トーク画面を遡ると、さらに恐ろしい事実が浮かび上がった。
『健二、明日の健診も楽しみ。アイツにエコー写真見せたら、自分の子だと思って泣いて喜んでた。マジでチョロすぎて笑えるw』
『最高だな。アイツ、死ぬまで俺たちの養分じゃん。一生懸命働いて、俺たちの子を育てさせる。これ以上のエンタメはないわ』
彼女のお腹には、すでに新しい命が宿っていた。
そしてその父親は、俺ではなく、親友の顔をしたハイエナだったのだ。
泣き叫ぶ気力もなかった。ただ、一秒ごとに、俺の中の「佐藤健一」という優しい人間が死んでいくのが分かった。
俺はすぐに私立探偵と、この手の問題に強い弁護士を雇った。
一番の問題は、腹の子が俺の子ではないという証拠をどう掴むかだった。
俺は亜紀にこう持ちかけた。
「亜紀、君と赤ちゃんの健康のために、世界最高水準の出生前遺伝子検査を受けよう。最新の検査なら赤ちゃんの将来の病気のリスクまで分かるらしい。三十万かかるけど、全額俺が出すから」
案の定、亜紀は「へぇ、そんな高い検査をタダで受けさせてくれるんだ。いいよ、さすがATMくん」と鼻で笑いながら快諾した。
俺は専門の鑑定機関と連携しているクリニックへ彼女を連れて行き、採血させた。彼女はそれが、単なる「高級な健康診断」だと信じて疑わなかったが、その裏では俺と健二のDNAサンプルを用いた父子鑑定が、着々と進められていた。
復讐の牙は、確実かつ残酷に研がれ始めた。
*
披露宴当日。
六本木の高級ホテル。会場には亜紀の希望で、これでもかというほど豪華な装飾が施されていた。
純白のウエディングドレスを着た亜紀は、確かに美しかった。
だが、俺の目には、彼女が「白い悪魔」にしか見えなかった。
「緊張してる? 大丈夫だよ、私が隣にいるんだから」
亜紀が俺の腕に手を絡める。その温もりが酷く不快だ。
友人席には、健二が「親友」の顔をして座っている。俺と目が合うと、彼は爽やかに片手を挙げて見せた。その目は「今日もカボチャが金を払ってやがる」と嘲笑っているように見えた。
披露宴は順調に進んだ。豪華な食事が運ばれ、上司や友人の祝辞が続く。
そして、ついにその時が来た。
「それでは、新郎新婦の歩みを振り返るムービーを上映いたします」
司会者の合図で、会場の照明が完全に落とされた。
スクリーンに、幸せそうな俺たちの写真が映し出される。出会い、デート、プロポーズ。参列者からは「お似合いだね」「素敵」という声が漏れる。
だが、五分が経過した頃、動画が突然砂嵐になった。
BGMのピアノ曲が不協和音を立てて止まり、真っ黒な背景に白抜きで大きな文字が浮かび上がった。
『真実の愛(笑)― ATMと養分の物語 ―』
会場が凍りついた。亜紀が「えっ……?」と声を漏らす。
画面が切り替わり、俺の家の寝室で、下着姿の亜紀と健二が抱き合っている映像が映し出された。隠し撮りカメラの性能は抜群だ。
『ねえ健二、アイツの顔見ると吐き気がするんだよね。早く結婚式終わらせて、ご祝儀だけ回収しちゃいたい』
『俺もだよ。あんなバカ、俺たちの子供を育てるための機械だと思えばいいんだよ』
会場に響き渡る、二人の生々しい声。
亜紀の両親が絶句し、健二の両親は真っ青になって立ち上がった。
そして、動画のトドメとして、あの日彼女が「健康診断」だと思って受けた検査の、真の鑑定結果書がアップになった。
【出生前DNA鑑定書:新郎との父子確率は0% / 検体B(健二)との父子確率は99.9%】
「な、何これ!? 止めて! 誰か止めてよ!!」
亜紀が半狂乱になって叫ぶ。彼女はスタッフに掴みかかろうとしたが、俺が事前に配置したガードマンによって静止された。
俺はマイクを手に取り、一歩前へ出た。
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。……ご覧いただいた通り、この結婚は詐欺でした」
俺は、震える手で顔を覆う両親たちを一瞥し、冷徹に言葉を続けた。
「亜紀、そして親友の健二。お前たちが俺をATMと呼び、養分と呼んでいた録音データ、そして不貞の証拠は、今この瞬間、双方の職場の上司、そして親族全員のメールアドレスにも送信されました」
健二が「待て! これは誤解だ!」と叫びながら俺に殴りかかろうとする。
だが、彼は興信所の屈強な男たちに床に組み伏せられた。
「慰謝料千五百万。そしてこの式場のキャンセル料全額の請求書。弁護士を通じて、地獄の果てまで追い込みます。……お幸せに」
俺は高砂から降り、シャンパングラスを床に叩きつけた。パリン、と小気味よい音が響く。
俺は一度も振り返らず、式場を後にした。
*
それから数ヶ月の出来事は、俺にとって最高のリハビリになった。
まず、亜紀の実家が崩壊した。
彼女の父親は地元でも有名な教育者だったが、娘の「托卵計画」が親戚中に知れ渡り、世間体に耐えきれず早期退職。亜紀はその場で勘当された。
彼女は俺に泣きつき、毎日のように電話をかけてきた。
「お願い、許して! 私、どうかしてたの! 赤ちゃんには罪がないでしょ!?」
赤ちゃんに罪はないかもしれない。だが、その母親が「俺を破滅させるための道具」としてその命を使おうとした罪は、万死に値する。俺は一切の連絡を拒否し、着信拒否のリストを更新し続けた。
健二の方はもっと悲惨だった。
職場に「親友の婚約者に托卵を企て、結婚式を台無しにした男」というレッテルを貼られ、実質的な解雇。さらに、俺からの慰謝料請求に加え、式場側からも損害賠償請求が行った。
健二は、あれほど愛し合っていたはずの亜紀に対し、「全部お前が俺を誘ったんだ! お前さえいなければ俺の人生は完璧だった!」と罵声を浴びせ、最後には彼女の腹を蹴ろうとしたという。
クズ同士の愛など、金の切れ目が縁の切れ目だ。
現在、亜紀は家賃三万円の、壁が薄くカビ臭い木造アパートで一人暮らしている。
仕事は見つからず、日払いのバイトで食い繋いでいるらしい。
ある雨の日、俺は偶然、駅前で彼女を見かけた。
かつて、俺の金を湯水のように使ってブランド品で着飾っていた面影はどこにもなかった。ボサボサの髪、汚れの目立つコート。彼女はコンビニの軒先で、百円のパンをじっと見つめていた。
目が合った。彼女の瞳に、一瞬だけ希望の光が宿る。
「……あ、あなた……! 私……もう限界なの。食べ物もなくて……。お願い、少しだけでいいから助けて。昔のよしみで……」
俺は、彼女の顔をじっと見つめた。
そして、かつて彼女が俺に言った言葉を、そのまま返した。
「はぁ? あんた、俺に話しかける価値があると思ってるの? 身の程をわきまえなよ」
彼女が絶望に顔を歪める。
「あ、でも、パンが買えないなら、健二にでも買ってもらえば? あ、アイツも今、借金取りから逃げて行方不明なんだっけ」
俺は彼女を路傍の石のように踏み越え、雨の中に消えた。
背後で、彼女の嗚咽とも、絶叫ともつかない声が響いていたが、俺の心には一点の曇りもなかった。
俺は新しいマンションへ帰り、一人で静かにワインを開けた。
独り身の自由。自分で稼いだ金を、自分のためにだけ使う贅沢。窓の外には、輝く街の灯りが広がっている。
俺は、かつて彼女へのプレゼントを買うために節約していた貯金を使い、静かな海沿いの街へ一人旅に出る計画を立てた。
飲み干したコーヒーの苦みだけが、俺が「人間」として取り戻した自由の味だった。
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