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【短編小説】給料日と三日月のかたち

掲載日:2025/12/18

 その日は給料日だった。

 昨夜の三日月はまるで濃紺の背中についた黄色い爪痕みたいだ。

「よし死ぬか」と思い立った時、あの三日月の尖った端に縄をかけてぶら下がる事はできるだろうか。

 僕が左端に、君は右端にぶら下がって死ぬ時には、お互いがどういう形かよく触って確認してからにしよう。

 ちょうどバランス良くぶら下がれるといいな。


「君ってだれだ」

 僕は孤独なはずだ。

 僕はひとりだ。

 人間は誰だって孤独だと言うけれど、そんなことは孤独な人間にとってはどうでも良くて、喫緊の課題となるのは気狂いだ。

 孤独は人間を壊す。

 けれど孤独の途上で気付ける人間は存在しない。孤独は結果だ。


 その日は給料日だった。

「あのディズニーランドにいかないか。後楽園でもいいし、後楽園ならホールでもいい」

 でも誰もこない。

 それはきっと僕が狂ってるからみんな恥ずかしいのだ。

 仕方がない。

 僕だって気が狂ってる人から「登山に行こう」と言われたって行かないだろう。

 だって恥ずかしいから。


「恥ずかしい人たちで行けばいいのでは?」

「僕だって僕と出かけたくないのに」

 僕だって僕が恥ずかしい。

 鏡に移る自分がどんな形をしているのか、その恥ずかしさに耐えられない気がする。

 その自意識からして恥ずかしい。

 それに他人と言うのは自分を写す鏡だとか色々言うけれど、他人と関わらない事には自分がどういう形をしているのか確認する事は難しい。

 だから余計に恥ずかしい。

 そしてそうやって孤独は加速していく。

 気狂いは深刻になっていく。


「あいつはどうなんだ」

 そうやってSNSで他人を覗いたりしても大抵はロクな結果にならない。

 それを知らないなら君は鳩が飛びながらフンをするなんて思った事も無い存在だって事だ。

「そう言うことを言うから君は孤独なんだぜ」

 鏡の中の僕が言う。

「止せよ、僕は狂ってなんかいない」

 鏡の前で僕が言う。

 そして恥ずかしくなってうずくまる。


 その日は給料日だった。

 銀行を出てバイクにまたがり、繁華街の真ん中にある劇場を横切ろうとした時に警察官と目が合った。

 今になってしまうと見なければ良かった。

 警察官の存在を無視してしまえば良かった。

 でも僕という存在を認知した警察官を目視してしまった。

 その瞬間だけ僕は孤独から解き放たれた。

 そう思ったけれど、勘違いだろうか。

 でもいいんだ、狂っていたって。


 僕も警察官も孤独では無い瞬間だった。

 僕は違反者として、警察官は取締者としてお互いに関わっていた時間がそこにあった。

 それは別に僕が警察官とディズニーランドや後楽園ホールに行く訳じゃないし、警察署まで行く必要もないけれど。



 つまらない違反に数千円の金を払う。

 その金があったらディズニーランドや後楽園ホールを愉しめたのにと思ったけれど、やはり僕は孤独だし気が狂っている恥ずかしい人間なのでそんな事は起こりえない。

 もしかしたらこの金は僕がぼくの存在を確認する為に必要だったのかも知れない。



 それはあいつがバーやクラブでやたらと女の子たちに酒を奢るのに似ているのかも知れない。

 SNSで覗いたので知っている。

 あいつも狂っているのだ。

 安心していい。


 その日は給料日だった。

 昨夜の三日月はまるで濃紺の背中についた黄色い爪痕みたいだった。

 あの端に縄をかけてぶら下がる事はできるだろうか。

 僕が左端に、君は右端にぶら下がって死ぬ時にはお互いがどういう形かよく触って確認してからにしよう。

 給料日だったし、帰りにロープを買うのを忘れずに。

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