新星騎士と黒装束の男
競技場の裏手に並ぶピットの一角。
遠征を前提とするドラゴニクスでは、輸送用コンテナをそのままピットとして使うのが通例だった。
扉を半開きにしたコンテナの中で、レイは腕を組み、黙って作業を見守っていた。
床に膝をついたパトリックは、アーク用ブースターの調整を続けている。
外装パネルは外され、露わになった内部機構が淡く発光していた。
「……ここ、ほんの数ミリ角度を変えるだけで、立ち上がりが変わる」
独り言のようにつぶやきながら、工具を滑らせる。
その指先の動きに迷いはない。
まるで機械ではなく、生き物を扱っているかのようだった。
「すげえな……」
思わず、レイの口から感嘆が漏れる。
「同じブースターでも、そんなに違うもんなのか?」
「違うさ」
顔も上げずに、パトリックは答えた。
「ドラゴンは生き物だ。
機械はそれに“合わせる”もんだろ?」
レイは小さく笑う。
「俺には一生かかっても無理そうだな」
「ドラゴンを操ってるやつが言うセリフじゃねえよ」
鼻で笑うパトリックの声音は、どこか誇らしげだった。
レイの視線が、
つけっぱなしだったテレビのニュースに向く。
英雄ライナルトの特集だ。
その瞬間、記憶がよみがえった。
――子どもの頃。
観客席の一番上で、身を乗り出して叫んだ声。
『ライナルトさーん!
絶対、優勝してねー!
約束だよ!』
まさか返事が返ってくるとは、思ってもいなかった。
『ああ。任せておけ。
騎士はなにがあっても約束を果たす』
振り返った騎士は、そう言って笑った。
それだけだった。
それだけだったのに、胸が震えた。
(……あの瞬間だ)
騎士になろうと決めたのは。
ドラゴンに乗り、空を駆けようと思ったのは。
「よし、大枠はこれで大丈夫だ」
パトリックの声で、空想から引き戻される。
その時、ピットの奥から欠伸のような低い息遣いが聞こえた。
「起きたか、アーク」
声をかけると、相棒のドラゴン アークは首を動かし、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「疲れただろ。
テスト飛行、張り切りすぎなんだよ」
レイが喉元を撫でると、
その直後――ギュルギュルと盛大に腹の音が鳴った。
「すげえ音。
腹減ったか、アーク」
二人は顔を見合わせ、吹き出す。
「腹減ったで思い出したんだが⋯」
レイが言う。
「裏通りのチキン屋、明日から食べ放題始めるらしいぜ」
工具を止め、パトリックが顔を上げた。
「……マジか?」
「マジだ」
「それは熱いな」
真剣な顔に、レイが笑う。
「優勝したら奢ってやるよ」
「チキンだけか?」
「贅沢言うなよ」
そのとき、低い声が割り込んだ。
「俺にも奢ってくれるんだろうな?」
振り返ると、監督が立っていた。
「レイ、アーク。
どうだ、調子は」
「バッチリさ、おやっさん」
「ガオー!」
二人(?)が答える。
「誰がおやっさんだ。監督と呼べ」
両手でそれぞれの頭をわしゃわしゃと掴まれ、全員が笑い合う。
「具体的なミーティングは明日だ。
今日は頭休めとけ。
気分転換に外でも歩いてきたらどうだ?」
監督が外を指さす。
「そうしようかな、パトリックはどうする?」
「俺はもう少し詰めたいところがある」
「そっか。じゃあ一人で行ってくる。
アークの夜食もなんか買ってきてやるよ」
アークはよだれを垂らして喜んでいる。
「俺は、はちみつサイダーよろしく」
作業しながらパトリックが言った。
「はいよー」
手を振り、レイはコンテナを出た。
ーーー
夜の街は、昼よりも騒がしい。
屋台の灯りが連なり、人の波が道を埋め尽くす。
笑い声、音楽、焦げた油の匂い。
(アーク、ハニーパイ好きだったよな
……でも、レース前にそんなもの食べて大丈夫か?
おやっさんに怒られるかも……)
そのときだ。
「……っと」
角を曲がった瞬間、誰かとぶつかった。
黒装束の男。
怪しげな瞳が、こちらを射抜く。
「騎士、か」
断定する声。
「そうだけど……?」
男は競技場の方角へ視線を向ける。
「明日は――神の意思が、この街に触れる」
「は?」
「理が揺らぐ。
勇気の翼が、どこへ向かうか……見届けさせてもらおう」
そう言い残し、闇に溶けるように去っていく。
(なんなんだ……)
レイは肩をすくめた。
(まあいいや)
目の前に露店の明かりが目に入る。
(お、ハニーパイだ。
⋯まあこっそりあげれば大丈夫だろ
あ、はちみつサイダーも忘れないように)
ピットへの帰り道、紙袋を抱えるレイ。
先程の道を通りがかり、ふと立ち止まる。
胸の奥で、先ほどの黒装束の男の声が蘇った。
神の意志。
理が揺らぐ。
明日はレース本番。
高揚していた気持ちに少しの影が差した。




