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ドラゴンでレースしたら王都が滅びた  作者: じじじ
王国編

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22/23

王国の英雄②

8あ

「がんばれー! ライナルトー!」


 すすだらけの顔。

 涙と埃でぐしゃぐしゃになった頬。

 破れた上着の裾を握りしめ、子どもは必死に叫んでいた。


「ライナルトは――強いんだぞ!

 お前なんかより、ずっと!」


 震えた声。

 だが、逃げない瞳。


 瓦礫の向こう、血と油の匂いが混じる戦場で、その声は確かに届いた。


(……まずい)


 ライナルトは、息を詰める。


 視線の先――崩れた柱の影。

 そこに、小さな影が取り残されている。

 逃げ遅れたのだろう。

 混乱の中で、親とはぐれたに違いない。


 その前に、ナイフ男が立っていた。

 ゆっくりと歩み寄り、

 ゆっくりと刃を下ろし、

 ゆっくりとしゃがみこむ。


 その口元には、先ほどまでの戦闘とは不釣り合いな、軽い笑み。


「はは……」


 低く、くぐもった笑い。


「子どもはいいな。

 まっすぐで……」


 ナイフを持ったまま、男は子どもの頭に手を置いた。

 子犬を撫でるような、優しい仕草。


「かわいいこと言うじゃねえか」


 その瞬間――


 ――ぺっ。


 子どもが、思い切り唾を吐きかけた。


 一瞬、世界が止まる。

 ナイフ男の指が、ぴたりと止まった。

 笑みが、すっと消える。


「……」


 空気の温度が、明確に変わる。


「……ガキが」


 低い声。

 感情を切り落としたような、冷たさ。


「殺すぞ」


 子どもの肩が、びくりと震えた。


 ――その瞬間。


「やめろ!!」


 ライナルトが踏み込む。

 地を蹴る音。

 剣が唸り、一直線にナイフ男を裂こうとする。

 だが――


 ギィンッ!!


 火花が散る。

 反応は一瞬早かった。

 ナイフが剣を弾き、二人の距離が強制的に開く。


「……ちっ」


 ナイフ男が舌打ちし、軽く距離を取る。


「タフだねー、英雄さん」


 からかうような声。

 ライナルトは答えない。

 ただ、子どもと男の間に立つ。


(なんとしても守る……)


 剣を構え、重心を落とす。

 息が荒い。


 体のあちこちが悲鳴を上げている。

 だが、下がらない。

 ナイフ男が動く。


 速い。


 先ほどとは比べものにならない踏み込み。

 刃が連続で襲いかかる。

 

 防ぐ。


 受ける。

 

 弾く。


 だが、一撃一撃が重い。

 脇腹が裂け、肩が削られ、確実に体力を奪われていく。


「……っ」


 歯を食いしばる。

 視界の端で、子どもが身を縮めているのが見えた。


 そのとき――


 ライナルトは、遠くで“蒼”を見た。


 迷いなく、短く指笛を吹く。


 高く、鋭い音。


「?」


 ナイフ男が眉をひそめる。


「どうした?

 気でも触れたか?」


 再び、嘲るように笑う。


 ――次の瞬間。


 上空から、蒼色の影が舞い降りた。

 ユランだ。

 正確無比な急降下。

 風圧が瓦礫を巻き上げ、地を震わせる。


「行け!」


 ライナルトが叫ぶ。

 ユランは一瞬も迷わない。

 子どもを背に乗せ、一気に跳躍する。


「うわっ……!」


 驚きの声とともに、子どもは空へ。


「あとは……任せたぞ、ユラン」


 蒼い翼が、煙の向こうへ消えていく。

 ナイフ男は、その光景を見送りながら、低く口笛を吹いた。


「……あんた、ほんとに英雄だな」


 心底、感心したように。


「シビれちまったよ」


 そして――

 空気が変わる。


「じゃあ俺も――本気出しちゃおうかな」


 一瞬。

 剣が弾かれた。

 先ほどとは段違いの重さ。

 衝撃が腕を痺れさせる。


「…遊びはしめぇだ」


 次の瞬間、両脇腹に衝撃。


「ぐ……っ!」


 両手のナイフが、深く突き立てられる。

 膝が折れ、ライナルトは地に崩れ落ちた。

 覆いかぶさる影。


「とどめだ――」


 そのとき、ナイフ男の通信機が鳴る。


「カイル、そっちはどう?」


 女の声。

 ナイフ男は一度、ライナルトから手を離す。


「やあ、エリス。

 どうやら英雄さんが大活躍だったみたいでね」


 視線を落とし、血に濡れたライナルトを見る。


「うちらの“兄弟”が、かなりやられてしまった」


「英雄?ああ、ライナルトね

 ……あなたは無事?」


「ああ。無事も無事。絶好調。

 ――英雄さんにも、もうすぐ眠ってもらうところだ」


「待って」


 一拍。


「“強化可能個体”のリストに、彼の名前があるわ。

 ちゃんとブリーフィング聞いてた?」


「寝てた」


「……まったく」


 ため息。


「回収用のドローンを向かわせる。

 あなたは到着まで現場の保護をよろしく」


「了解ー」


 通信が切れる。

 ナイフ男は、再び笑った。


「だとよ、英雄さん」


 襟首を掴み、乱暴に持ち上げる。


「運がよかったな。

 まだ――“生きられる”ってさ」


 遠くで、低く唸る駆動音。

 回収ドローンが、夜空を切り裂いて近づいてくる。


 ライナルトの視界は、ゆっくりと闇に沈んでいった。

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