王国の英雄①
前方には、無数の赤い光――アンドロイド兵。
瓦礫と炎に覆われた競技場跡地。
悲鳴と爆音が交錯するその只中で、ライナルトはただ一人、剣を構えて立っていた。
(ここで止める)
逃げ惑う民衆の背。
瓦礫の向こうに残る仲間の気配。
そして、押し寄せる無機質な殺意。
守るべきものは、明確だった。
次の瞬間、ライナルトは地を蹴った。
――踏み込みは疾風。
剣が唸り、空気を裂く。
一閃。
最前列のアンドロイドが、胴体から真っ二つに断たれた。
切断面から火花が散り、金属音を立てて崩れ落ちる。
だが、その残骸が地面に触れるより早く、ライナルトの身体は次へ向かっていた。
無駄がない。
踏み込み、斬り、抜く。
流れるような動作。
呼吸と剣が、完全に同期している。
横薙ぎで二体。
突きで一体。
返す刃で、背後に回り込もうとした一体を断つ。
剣が舞っている。
まるで、長年この戦場を生き抜いてきたかのような――
洗練された殺陣。
アンドロイドたちは連携を取ろうとする。
だが、その前に間合いを潰される。
思考より速く、踏み込まれる。
(まだだ)
踏み込む。
斬る。
押し返す。
気がつけば、ライナルトの足元には金属の骸が折り重なっていた。
赤い光が、ひとつ、またひとつと消えていく。
一時の静寂。
――空白。
最後のアンドロイドが倒れ、赤い光が途切れる。
ライナルトは剣先を下げ、短く息を吐いた。
(……制圧、したか)
その瞬間だった。
――パチ。
――パチ、パチ、パチ。
乾いた拍手が、静まり返った広場に不釣り合いに響いた。
「いやー……」
軽い声。
場違いなほど、楽しげな調子。
「さすが英雄さんだね」
瓦礫の影から、ひとりの男が歩み出てくる。
黒髪の若い男。
細身の体躯。
腰には、左右に一本ずつ、無造作にナイフを下げている。
戦場に似つかわしくないほど、気負いのない足取り。
「優雅な剣裁きだ。
まさに王国の"騎士"って感じ」
ライナルトは即座に剣を構え直した。
(……新手)
だが、直感が告げていた。
こいつは――違う。
動きの質。
立ち方。
呼吸のリズム。
(機械じゃない)
アンドロイド特有の規則性がない。
それでいて、人間離れした静けさがある。
「貴様は一体――」
問いかける間も与えず、男は肩をすくめた。
「残念だけど、今は答える気分じゃなくてさ」
口調は軽い。
だが、目だけが笑っていない。
「誰かさんに、“兄弟”をたくさん倒されちゃってね」
その言葉が終わるより早く――
男の姿が、消えた。
(速い――!)
神速。
視界から消えたと思った次の瞬間、空気が裂ける音がした。
左右、同時。
ライナルトは反射的に剣を振り上げる。
――ギィン!!
金属と金属がぶつかり合い、激しい火花が散る。
紙一重。
ほんの一瞬遅れていれば、首は飛んでいた。
「おっと」
男が軽く笑う。
「今の、よく防いだね」
次の瞬間、左右から連続する斬撃。
角度が読めない。
速さが異常だ。
ライナルトは下がらない。
踏み込み、正面から受ける。
剣とナイフがぶつかり合い、連続して火花が弾ける。
一撃一撃が重い。
腕に鈍い衝撃が走る。
(……強い)
武術ではない。
これは――殺すための最適解だ。
動きの無駄のなさ。
そして何より、反応速度。
(人間の域ではない……)
違和感が確信へ変わる。
関節の動きが、人間の限界を越えている。
呼吸が乱れない。
疲労の兆しが、一切ない。
(⋯サイボーグか)
「やるねー。
さすが英雄さんだ」
男は楽しそうに言いながら、攻撃の手を緩めない。
斬る。
受ける。
押し返す。
一進一退。
だが――
踏み込みの一瞬。
ほんの、ほんの僅かな遅れ。
衝撃。
「……っ!」
ライナルトの身体が宙を舞い、瓦礫の山に叩きつけられた。
肺から空気が強制的に吐き出され、視界が白く弾ける。
(……今のは)
力負けではない。
反応速度で、完全に上を行かれた。
男が、ゆっくりと歩み寄ってくる。
「いやぁ……」
ナイフを軽く回しながら。
「さすがに、今のは効いたでしょ」
ライナルトは歯を食いしばり、剣を支えに立ち上がろうとする。
脚に力がこもらない。
そのとき――
「がんばれー!!」
戦場に似つかわしくない、甲高い声。
――子どもの声だった。
震えた声。
だが、真っ直ぐで疑いのない声援。
「ライナルト!!そんなやつに負けるな!!」
その声が、瓦礫と炎の中に響く。
(……まずい)
ライナルトの視線が、思わずそちらへ向く。
逃げ遅れた小さな影。
瓦礫の陰で、必死にこちらを見上げる子ども。
英雄を信じきった、無垢な眼。
その瞬間――
ナイフ男の口元が、釣り上がった。




