終わりの始まり
少し前――
「……遅い」
ダンは腕時計を見て、短く吐き捨てた。
「遅すぎる」
「姫様さ、大きいほうかな?」
キースがのんきに言う。
ダンは即座に視線を向けた。
「……お前、よくそれで婚約できたな」
「失敬な。繊細な気遣いだろ?」
軽口とは裏腹に、ダンの胸の内は騒がしかった。
(何かに巻き込まれたか?)
脳裏をよぎるのは、先ほど目にした黒装束の男。
――何かを探している様子だった、というウィルソンの報告。
(まさか……)
護衛を付けるべきだった。
カトレアにすべてを任せ、持ち場を優先した。
(判断ミスだ)
口には出さない。
だが、後悔と焦りが確実に積もっていく。
「キース」
ダンは振り向かない。
「探しに行くぞ」
言葉より先に、足が動いていた。
「了解」
キースも、すぐ後ろにつく。
「アポロ。セシリア殿下の匂い、覚えてるか?」
「ワン!」
アポロが短く吠え、地面に鼻を近づける。
ダンたちは人混みの中へ駆けていった。
一方――
その頃、当の本人は。
「これも美味しそー!」
屋台の前で、紙袋を抱えていた。
目当てだったファイアーブレス味のチキンは売り切れていたが、
代わりに串焼きや甘い菓子を次々と買い込んでいる。
「結果オーライね!」
アーシャが横で、ひげをぴこぴこさせながら覗き込む。
「そろそろ、レースも終盤かな」
セシリアはモニターを見上げた。
空を裂く二頭のドラゴン。
レイとライナルトが、最終局面。
デットヒートを繰り広げている。
「すごい……! どっちが勝つと思う?」
問いかける。
「……?」
返事がない。
「アーシャ?」
振り返った瞬間。
そこにいたのは――
信じられないほど冷静な顔をしたカトレアだった。
「姫様」
低い声。
「……戻りますわよ」
感情を押し殺した声音。
それが逆に、怒りの深さを物語っていた。
セシリアとアーシャは、同時に凍りつく。
「え、えっと……」
アーシャの耳がぺたんと伏せられる。
その光景とは裏腹に、会場は熱狂の最高潮。
「やりやがったぜ、ルーキー!」
「マジかよ、ライナルト!」
歓声と悲鳴が入り混じり、空気が震える。
二人と一匹は、反射的にモニターへ目を戻した。
――だが。
誰も気づいていない。
そのさらに上空に、異物が入り込んでいることを。
---
再び――
ダンとキース
「……いたか?」
「いや、見当たらない」
アポロが周囲を嗅ぎ回る。
次の瞬間――
ぴたり、と動きを止めた。
「……?」
アポロは、空に向かって吠えた。
「どうした、アポロ?」
ダンとキースが顔を上げる。
空。
雲を割るように、巨大な影。
「あれは……」
キースが目を細める。
「輸送機、か?」
答える暇はなかった。
――ハッチが、開く。
黒い点が、次々と落下してくる。
「……なんだ、ありゃ?」
ダンの声が、一段低くなる。
眼鏡のブリッジを押し上げ、目を凝らす。
「……アンドロイド」
はっきりと。
「武装している!」
次の瞬間。
「全員、伏せろ!!」
怒号と同時に――
ドンッ!!
ドドドドドッ!!
競技場各所で、爆発。
地面が跳ね、悲鳴が空を裂く。
その混乱の中。
セシリアを、アーシャとカトレアが庇う。
そして。
ゴールを越えたばかりの空。
爆風に煽られ、
レイは――アークから振り落とされた。
祝祭は、終わった。
王都は、この瞬間から壊れ始める。




