忍耐の山岳地帯
ピットから飛び出したドラゴンたち。
次に立ちはだかるのは、
切り立つ岩壁。連なる峰。
空は近いのに、どこまでも高い。
『――来ました! 第三区画・山岳地帯!』
実況の声が一段低くなる。
『乱気流、山岳波、突発的な天候変化!
ドラゴニクス最大の関門です!』
レイは息を整え、眼前のナビラインを睨む。
ルート表示は三次元。高度指定が細かく刻まれ、わずかな逸脱が致命傷になる。
「……風、読みにくいな」
アークの翼が大きく揺れた。
山肌にぶつかった偏西風が跳ね返り、
上昇と下降を繰り返す“山岳波”が空間を歪ませている。
上に行けば叩き落とされ、
下に行けば吸い上げられる。
――空が、罠だ。
前方ではライナルトとユランが、信じられない安定感で進んでいた。
乱気流を「避ける」のではない。
波として受け取り、加速に変えている。
「……化け物かよ」
思わず漏れる。
だが、差は詰まらない。
むしろ、じわじわと広がっていく。
「まだだ……ここで無理するな」
アークの呼吸は荒い。
ブースターは最終の平野地帯まで温存したい。
今は耐える。
その時だった。
右後方から、金属音と悲鳴が混じった音が聞こえた。
『ああっと! 一騎、バランスを崩した!』
一頭のドラゴンが、突風に煽られ岩壁へ叩きつけられる。
必死に立て直そうとするが、山岳波が追い打ちをかけた。
『――墜落! リタイアです!』
さらに数秒後。
別方向で稲妻のような閃光。
急激な気圧変動に耐えきれず、もう一頭が失速した。
『また一騎脱落!』
空が静かになる。
残っているのは――二頭だけ。
レイとアーク。
ライナルトとユラン。
名実ともに、一騎打ちだった。
「……ここまで来たら、行くしかねえよな」
レイは歯を食いしばる。
山肌に沿うように、あえて低空を選ぶ。
岩の影。風の裏。
ナビのラインぎりぎりをなぞるように進む。
突風。
アークの翼が煽られる。
「耐えろ!」
次の瞬間、下降気流。
内臓が浮く感覚。
レイの視界が一瞬白くなる。
それでも、離れない。
ライナルトの背中が、確かに近い。
ユランが咆哮する。
それに応えるように、アークも喉を鳴らした。
――だが。
山頂付近で、天候が変わる。
雲が裂け、冷たい霧が一気に流れ込んできた。
視界が半分以下に落ちる。
『急激な視界不良! これは厳しい!』
ライナルトは迷わない。
わずかな揺れだけで、最短ラインを切り裂く。
レイは必死だった。
視界がなく、風も読めない。
感覚だけで、アークの鼓動に身を預ける。
「……すげえな」
素直な感想だった。
技量。経験。余裕。
すべてが一枚上。
それでも、食らいつく。
山岳地帯の出口が、かすかに見えた。
差は――数竜身。
追いついてはいない。
だが、引き離されてもいない。
「……次だ」
息を荒くしながら、レイは前を見据える。
ここは耐えた。
なら、勝負は次の区画。
平野地帯――
真っ向勝負の、スピード勝負だ。
アークが低く吠えた。
まだ、終わっていない。
最後のピットイン。
決戦に備えるレイとアークだった。




