灰の王都
――ガラガラと瓦礫が崩れる音で目を覚ました。
砂利が転がる感触が、頬に当たる。
冷たい。
やけに現実的な冷たさだった。
「……?」
レイは、ゆっくりとまぶたを開いた。
視界が滲んでいる。
白い光と、黒い影が混ざり合って、形にならない。
(……ここ、どこだ?)
身体を動かそうとして、うまくいかない。
胸の奥が、ひどく重い。
何かを忘れている。
とても大事なことを。
「……あ」
遅れて、思考が繋がる。
(そうだ……今日は……)
国王杯。
初出場。
憧れの――ライナルト。
空を裂く翼。
ブースターの振動。
ゴールが、視界いっぱいに広がった、あの瞬間。
(あれ、俺……ゴールできたっけ……?)
記憶は、そこで途切れている。
代わりに、耳鳴りが戻ってきた。
遠くで、誰かの悲鳴がする。
レイは、ゆっくりと首を動かした。
そこは――競技場だったはずの場所だった。
観客席は崩れ、柱は折れ、
祝祭の色彩は、灰と煤に塗り潰されている。
「……なんだよ……これ……」
喉から、かすれた声が漏れた。
(レースは……どうなった?)
勝ったのか。
負けたのか。
それすら、分からない。
――そのとき。
「……アーク……?
そうだ!アークは!?」
心臓が跳ねた。
相棒のドラゴンの名を呼び、必死に周囲を探す。
だが、どこにもない。
瓦礫の山。
砕けた観戦席。
炎の跡。
(嘘だろ……)
その瞬間だった。
――赤い光。
闇の奥で、二つ、四つ、六つ。
規則正しく並ぶ、冷たい"瞳"。
レイは息を呑んだ。
人影が、こちらへ向かってくる。
いや――人の形をした何かだ。
金属の関節が鳴る。
剣のような腕部が展開される。
(……敵……?)
考えるより先に、身体が反応した。
――だが、遅い。
足が動かない。
恐怖で、腰が抜けた。
レイは、その場に崩れ落ちた。
「……く、そ……」
迫る影。
赤い光が、こちらを“認識”する。
剣が、振り上げられた。
――その瞬間。
閃光。
乾いた音が、空気を裂いた。
次の瞬間、
目の前の“それ”の頭部が、弾け飛んだ。
遅れて、衝撃音。
金属の身体が、前のめりに倒れる。
「大丈夫か!」
鋭い声。
視界の端に、誰かが飛び込んでくる。
迷いのない動き。
銃を構えた男。
差し出された手。
レイは、反射的にそれを掴んだ。
「……え?」
引き起こされる、身体。
その瞬間――
「伏せろ!」
別の声。
同時に、背後で閃光。
剣を振り下ろそうとしていた別の影の腕が、
爆ぜるように吹き飛んだ。
「おっと危ない」
軽い調子の声がした。
煙の向こうで、もう一人の男が笑っている。
長い前髪。
無精髭。
だが、その目だけは、笑っていない。
影が跳ねた。
――獣だ。
真っ黒いフェンリルが、金属の喉元に食らいつく。
関節が軋み、赤い光が消える。
「……え……?」
レイは、呆然と立ち尽くした。
「君さ」
笑っていた男が、銃口の煙を吹きながら言う。
「さっきのレースに出てた騎士だよね?
⋯レイくん、だっけ」
名前を呼ばれて、ようやく現実に戻る。
「……あ、はい……」
「いやー、すごかったよ。
正直、鳥肌立った」
軽い口調。
だが、周囲を見渡す視線は、完全に戦場のそれだった。
「……これは……一体……」
レイの問いに、最初に手を伸ばした男が答える。
「武装集団による無差別攻撃だろう。
詳しいことはわからない」
短く、冷静に。
「君は――ここから離れろ」
そう言われて、レイは唇を噛んだ。
「……無理です」
二人の男が、同時にこちらを見る。
「アークが……俺の相棒が……
まだ、どこかにいるはずなんです」
声が震える。
「それに……
チームの仲間も……」
一瞬の沈黙。
「……みすみす死ぬぞ」
冷たい言葉。
それでも、レイは目を逸らさなかった。
「……剣なら……使えます」
自分でも驚くほど、はっきり言えた。
「騎士の養成所で……習いました。
だから……」
軽い男が、肩をすくめる。
「はは……困ったね」
足元に転がる、金属の剣を拾い上げる。
「じゃあさ」
それを、レイに差し出した。
「その覚悟、本物かどうか――
試してみる?」
「おい」
制する声。
だが、軽い男は笑ったまま。
「一人で行くよりマシでしょ。
どうせ、ここから先は地獄だ」
レイは、剣を見つめた。
そして、無言で受け取る。
重い。
だが、手は離れなかった。
「……覚悟は?」
静かな問い。
レイは、短く頷いた。
「ああ」
その瞬間。
瓦礫の向こうで、
新たな赤い光が、いくつも灯った。




