思い出のオルゴールは錆びついて
木枯らし舞う季節になり、私は想い出を閉じ込めた古びたトランクを開ける事になった。中には昔交際していた時の手紙や年賀状を束ねたものや、埃を被った小さな木の箱が眠っていた。
箱の中の猫型の木彫人形。それは私と彼⋯⋯和也との思い出そのものだった。
和也は手先が器用で、いつも私を驚かせるようなものを作ってくれた。私たちがまだ学生だった頃、クリスマスが近づくと彼は目を輝かせて「最高のものを作ってあげる」と私に言った。
和也が私に差し出したのが、この手作りのオルゴールだった。
猫の尻尾を回すと、繊細な音色で私の好きな音楽が緩やかなテンポのオルゴールの音色で流れ出す。
和也は照れながら「世界に一つだけだよ」と笑った。人形の木肌は滑らかで、底蓋には二人のイニシャルが丁寧に彫られていた。最高のギフトに私は幸せだった。
忙しい日々。オルゴールの音色にゆっくり身を委ねる日は中々訪れる事はなかった。
だから年末になると私たちはオルゴールを鳴らし、未来を語り合った。音色はいつも、希望に満ちていた。
しかし‥‥運命は残酷だった。和也は卒業後、遠い町へ就職が決まった。
和也は慣れない環境下でも、まめに手紙や年賀状を送ってくれた。でも次第に連絡はメールで手軽に簡素になり、最後は別れを告げるメッセージになって終わった。理由を尋ねることもできず、私の心は真冬の湖のように凍りついた。
私はオルゴールをしまい込み、開けることはなかった。流れる音色が、幸せだった日々の記憶を呼び覚ますのが怖かったのだ。
何年もの月日が流れたある日、私にも再び春が訪れていた。気の合う優しい人に出会い、付き合う内に一緒に暮らす事になったのだ。
オルゴールや年賀状、想い出の詰まった古びたトランクは私の未練だった。優しい彼は私の過去を一緒に受け入れてくれた。
この人なら大丈夫、そう思い結婚して、新たな家族が増えた。そして引っ越す事になった私は過去の清算を思い立つ。
震える手で処分の為に猫型のオルゴールを取り出した。湿気と放置のせいで少し黴臭く、尻尾は回すが流れるはずだったオルゴールの音色は、永遠に止まったままだ。
廃棄を躊躇う私の横から幼い娘がやって来てパッと猫型のオルゴールを手に取った。
「猫しゃん!」
握りしめる娘の手からオルゴールを取り返すのが酷に思えて、仕方なく私は年賀状や手紙だけ処分した。
私ではなく、娘の為にオルゴールが音色を奏でる日が来るのかもしれない。
お読みいただきありがとうございました。




