100年前の英雄
こちらに転生してこちらの人間として生きていくうちに生前の記憶は薄れていった。
もはや自分があちらの人間だったのかこちらの人間なのか、意識しないと分からない程に。
あの老夫婦を見て思い出したことがある。
俺は生前葬儀関係の仕事をしていた。
理由は死に触れたかったから。
死者の声を聞きたかったから。
俺は毎日毎日何体ものご遺体に触れ、話しかけ、だけれども声など聞こえる事はなかった。
皮肉な事に今の俺にはそれが出来ている。
あの時の俺はそれをして何がしたかったのだろう。
ただはっきりと覚えているのは、あの自死をした少女の顔だ。
あの安らかな寝顔に憧れてしまった。
もう十分頑張った。
ただその思いだけで、俺は短慮を起こしたのだ。
俺の顔は安らかだっただろうか。
俺の死を迎えた家族は・・・恋人は・・・
家族・・・恋人・・・そんなもの俺にいたのだろうか。
今となってはどうでもいい事だ。
とにかく俺はここで生きるという呪いをかけられた。
ただ生きるだけだ。
そういえばある街に100年前に魔王と戦ったという勇者達の墓があった。
彼らに会えるだろうか。
彼らにもし会えたら魔王を倒した事を報告しよう。
そして俺の罪も。
俺はこの村の転送陣を使いその街へと飛んだ。
英雄の街、そう呼ばれていた。
100年前魔王と戦い、自分たちの命と引き換えに魔王に甚大なる深手を負わせ、魔王軍の侵攻を大幅に延ばした。
そんな英雄達が眠ると言われる街。
俺から言わせれば彼らは魔王城で死んだのだから眠るとしたら魔王城だろうと突っ込みたくもなるが
それを言ってしまっては元も子もない。
人の魂は死後帰るべき場所に帰るのだろうか。
それを確かめに墓地へと赴いた。
一際大きな墓が4つ並んでいる。
以前俺たちもここへきて4人に魔王討伐を誓ったものだ。
その時の俺には何も感じる事が出来なかった。
今もだ。
100年も経てば魂は、霊体は消えるのだろう。
俺の生まれた国の言葉で言うと成仏したのだろう。
何かを期待してここまできた俺は肩透かしを食らったような思いでこの場所を去ろうとする。
そこには一人の男が立っていた。
「あんたのその身なり・・・もしかして英雄様の縁の者かい?だったらここじゃ会えないぜ?」
「俺の身なりがどうか・・・いや、そんな事よりどういう意味です?ここは英雄墓ではないんですか?」
「そこはな、観光名所みたいなもんなんだよ。本当のお墓は別のところにある。静かに眠って頂けるようにな。」
「以前俺達が来た時にはそんな話は教えてもらえなかった。俺は魔王を倒した事を報告に来たんです。ぜひその場所に連れて行ってもらいたい。」
「なに・・・?あんたがあの・・・最後の英雄の生き残りか・・・そうか、随分変わっちまったな・・・あんたなら会ってくれるだろうよ。ついてきな。」
そう言って男は街を出る。
森の中を小一時間ほど歩いた後小さな泉と大きな木の家が現れた。
「ここが英雄様の墓所だ。4人で仲良く暮らせるようにってさ、時の領主様が命じて作らせたんだ。
ここでなら会えるかもな。」
「そう、ですか。ありがとうございます。中に入っても?」
「ああ、もちろんだ。今日はここに泊まっていくといい。明日また迎えに来るよ。」
「わかりました。ではお言葉に甘えて。」
家の中はきれいに整えられている。あの男がやっているのだろうか。
いや、それより、既にわかっていた事だがここにもいない。
感じられない。
100年も経ってしまえばこんなものか。
がっかりしても仕方ない。
幸いこの様に安らげる場所は王都のどこにもない。
今日はゆっくり休ませてもらうとしよう。
俺は泉の辺に腰を掛けただただ流れる時間時身を任せた。
気付くとここへ案内してくれた男が戻ってきていた。
「あれ?まだいらっしゃったんですか?俺に何か用でも?」
男は俺の隣に座ると口を開く。
「俺に用があるのはあんたの方だろ?俺を訪ねてきたんだろう?」
「あなたは・・・そうか、彼はあなたの子孫か何かか。」
「俺に子供はいない。作る前に死んじまったからな。有名な話だろ?」
「ああ・・・恐らく。俺は詳しくはないけど。」
「ま、親戚か何かがたまたま似ちまったんだろうさ。ところで俺に何の話だ?」
俺は魔王を倒した事を話した。
そして自分の罪を。洗いざらいこの英雄に話した。
「ふぅん・・・で?俺に何か言って欲しいのか?ま、魔王を倒した事に関しちゃ良くやったよ。俺達も苦労したしな。この世界を救ってくれてありがとよ。ただお前が仲間に対してやった事に関してはよ、俺は何も言えねぇよ。お前がそれをやらなければ魔王は今も生きているのかもしれないし、4人の命を犠牲にしてこの世界を救ったんなら儲けもんかもな。だがその4人がどう思ってるかまではな。俺にはわからんよ。」
「そう、ですよね・・・」
「なあ、何で俺だけここにいると思う?俺達もな、やったんだよ。命を使ってな。人間の生命力を消費した攻撃ってのはよ、あんたも分かるだろうが膨大な力を秘めている。3人の命を燃やして、俺はその刃で魔王を攻撃した。その結果魔王は長い眠りにつかざるを得なくなった。俺達が作ったかりそめの平和さ。3人の遺体は燃え尽きた。俺はな、そこで自刃したんだよ。仲間の元に行きたかった。だが結果はこれだ。俺だけがここに縛られている。100年な。ここは牢獄だよ。」
「牢獄・・・」
俺のあの屋敷と同じ様な物か。
「なぁあんた、死を操れるんだろう?俺を生き返らせた後にすぐ蘇生を解除すれば、俺も塵になるのか?」
「恐らく・・・ですが、俺にはその先が分からないのです。あなたの魂がどこへ向かうのか。どうなってしまうのか。」
「100年もここに縛られたんだ。次どこに行こうと何ともないぜ。なぁ、頼むよ。俺にそれをやっちゃあくれないか?」
少し考えた後、これも一つの成仏かもしれないと思い、
「わかりました。ではやりますね。」
【死者蘇生】
見る見る内に彼の肉体が復活する。
「おお・・・これが死者蘇生か・・・なるほど。もういいぜ。解除してくれ。」
「ほんとに、いいんですか?何か未練とか・・・」
「未練ならあんた達が倒してくれた。もういいんだ。やってくれ。」
「わかりました。では・・・」
俺は死者蘇生を解除する。
彼はゆっくりと塵になっていく。
「おお・・・これが本当の死か・・・ああ・・・仲間が見える・・・迎えに来てくれたのか・・・」
彼は塵となりゆく腕をあげ仲間の手を掴もうとする。
英雄が泣いている。
100年もこの地に囚われやっと救われる日が来たのだろうか。
これは本当に救いなのだろうか。
俺には彼の仲間の手など見えない。
「みんな・・・これでやっとみんなの元に・・・お前さん・・・ありがとよ・・・俺は行くぜ・・・俺には分かる。きっとあんたもいずれこっちに来れる・・・あんたも死者蘇生を」
何か言い掛けた時、彼の姿はもうそこには無かった。
彼だったものは風に散り大地に、湖に、木々に芽吹くのかもしれない。
彼が最後に残した言葉・・・俺も死者蘇生を・・・どうすればいいと言うのだろうか。