魔王討伐
俺は死んだ。
死に引き摺り込まれた。
いや、誰かのせいにするのは良くない。
とにかく俺は死に憧れ、そして自ら死を選んだのだ。
だが神は・・・いや、仏なのか・・・
とにかくその人智を超えた存在は俺の死を許さなかったらしい。
俺はこの世界に召喚され、そして人々を救う事を命じられた。
俺に与えられた力は闇術。
誰もが想像する相反する属性の法則から外れた存在。
力こそが全て。強い闇は光さえも・・・そして闇さえも飲み込んでしまう。
より強い闇が闇を飲み込む。
闇耐性に強いモンスターであろうと俺の闇の方が強く、そして深い。
そうやって俺たちは数多ものモンスターを滅ぼしてきた。
そして今目の前には魔王と呼ばれる存在がいる。
魔王の闇術も俺の闇耐性の前には意味をなさない。
それ程に俺は強く、深い闇を与えられた。
勇者アイル 戦士ゴードン 魔術師セリア 僧侶シャロン
それに加えて俺がいる。
負けるはずがない。
そう、負けるはずがないんだ。
なぜなら彼らは俺がいる限り不死身なのだから。
少し話を遡ろう。
破竹の勢いで進軍していた俺たちは魔王軍四天王の陣地にまで迫っていた。
陣地に入るともぬけの殻でモンスター一匹いやしない。
人間の領域から遠く離れた場所でようやく一息つけるかと油断してしまったのがいけなかった。
俺たちは見張も立てず死んだ様に眠ってしまった。
そんな時に俺たちは奇襲を受けた。
まずアイルの首が落とされ、そしてゴードンはモンスターの持つ巨大な棍棒で潰され、
セリアとシャロンも抵抗虚しく・・・殺された。
俺だけが自分に常に纏っていた闇結界のおかげで何とか助かった。
こんな雑魚共にやられる様な俺たちじゃない。
なぜこんなところで油断をしてしまったのか。
今思えば俺の人生は後悔の繰り返しだ。
だが沸々と煮えたぎる怒りが、俺の闇が辺りを飲み込んでいく。
気付けば全てが無に帰していた。
残ったのは3人の死体と、そして1人だったものの肉片だ。
途方にくれた・・・
4人を蘇生する為に戻る時間はない。
その間にもう蘇生不可能な状態になるのは生前の記憶からわかっている。
特にゴードンは今すぐにでも【修復】をしなければ蘇生は出来ない。
俺に残された道はこれしかなかった。
俺の真の職業【ネクロマンサー】の能力【死者蘇生】を使うしかない。
しかしこれは聖属性の死者蘇生とは違う。文字通りただの死者として動ける様にするだけ。
仮にこれを使ったとしても彼らはもう死者なのだ。
もう悩む時間も無くなった時、俺は決心した。
たとえ彼らに恨まれることになろうとも、この世界が救われるなら俺は・・・それでいい・・・
もし魔王を討伐した時に彼らに殺されるなら、それならばあの人智を超えた存在も俺を許してくれるだろう。
「みんな、すまない・・・」
【死者蘇生】
みるみる内に皆が復活していく。
死者として。
俺は皆に事情を話した。
自分の真の職業の事。
皆にネクロマンサーの死者蘇生を使いかりそめの魂を与えた事。
そして自分がそばに居さえすれば肉体は崩壊しない事。
その話を彼らは怒りや悲しみ、憎しみ、色々な感情が混じった表情で俺の話を聞いていた。
しばらくの沈黙の後、アイルがぽつりと魔王を倒そう。
そう言った。
ゴードンが無理に明るく振る舞いこうして生きているだけ儲けもんだ、後の事は魔王を倒してからかんがえればいいさと言った。
そんなゴードンにセリアとシャロンも少し笑顔を浮かべた。
みんな笑った。
俺に礼を言ってくれた。
だが目の奥は・・・死んでいた。
そこからの戦いは無茶苦茶だった。
なんせ彼らは死なない。
死への恐怖もない。
手が吹き飛ぼうと足が吹き飛ぼうと即座に俺が【修復】できるからだ。
そうして四天王の全てを倒し、今、目の前には魔王がいる。
絶対に死ぬことのない勇者と聖戦士達を前に恐怖に怯えた魔王が。
命乞いをする魔王の首を、
勇者が、
躊躇いもなく、
斬り落とす。
死んだ目で。
やっと終わった。
これからは平和な世界が訪れる。
今は死者の状態だが、きっと皆を元に戻す方法が見つかるはず。
いや見つけて見せる。
俺は彼らにそう言った。
魔王の首を落とし血に染まった青白い顔と、死んだ魚の様な目をしたアイルが俺に近づき剣を突きつける。
ああ・・・そうだった・・・俺は別にここで死んでもいいんだ。
世界を救ったんだ。この4人を犠牲にして。
あの時その覚悟で皆を死者蘇生したんだ。
その先を求めちゃいけない。
「そうだよな・・・俺を恨んでるよな・・・俺も殺してくれ。ここで終わるなら神も許してくれるだろう。」
アイルが無表情で話しかける。
「魔王を倒せた。俺の、俺たちの使命は果たせた。君には礼を言うよ。もう俺には怒りも悲しみも苦しみも・・・喜びもないんだ。何も感じないんだ。みんなもそうだろう?」
他の3人がアイルの側にゆっくりと近づき寄り添って
「礼を言うと言ったが、感謝の気持ちもないんだ。心がね・・・ないんだよ・・・涙も出ない・・・俺たちはここで終わりなんだ・・・そう、終わりだ。やっと楽になれる。」
「楽になる?どう言う意味だ?俺がいる限り君たちは生きることができるんだ!きっと元に戻す方法だって」
「生きる?これが生きていると言えるのかい?・・・いや、君を責めるつもりはない。君がいなかったら俺たちはとっくに死んでた。魔王を倒す事は出来なかった。だからね、もういいんだ。」
「君は生きろ。平和になった世界を生きろ。」
「君をパーティから・・・追放する・・・」
「なっ!アイル!待ってくれ!そんなことをすれば・・・」
アイルは塵の様に消え去っていく自分の手を見つめながら言った。
「ああ・・・心が戻ってきた・・・これが死か・・・そうか、使命を終えて迎える死はこんなにも穏やかなのか・・・ありがとう。さようなら。」
「待ってくれ!俺にも死を!死を与えてくれ!」
塵となって消えゆくアイルの最後の口元の動きは・・・
やはり
「生きろ」だった。