転生ヒロインは乙女ゲームを始めなかった。
サラ・ターナーは物心ついた時には母しか親が居なかった。
母はお針子をして生計を立てていて、サラがある程度自分のことを出来るようになるまでは家で仕事をしていたが、その後は職場の工房で仕事をするようになった。
サラも自分に出来る範囲で家のことをしてきたし、十歳を超えてからは清掃の仕事の手伝いをして地道に稼いでいた。
その暮らしが変わったのは十二歳の冬のこと。
いつものように家庭ゴミ回収のために猫車を引きながら歩いていると、明らかに貴族だろう馬車が止まったのだ。
機嫌を損ねないように道の端に寄って、目立たないようにとしていたのに、降りてきた男性はサラをまじまじと見てくる。
頭を下げたほうがいいのか、どうすればいいのか。
分からないで硬直していたサラに、男性はどんどん近付いてきて
「きみ、名前は」
「サラと、言います」
「お母さんの名前は」
「カーシャ、です」
その日、サラは己の出自を知った。
ターナー家は子爵家で、母の本名はカサンドラ。ターナー家の長女であったのだと。
長子が家を継ぐこの王国において、カサンドラは嫡子だった。
しかしカサンドラは決められた婚約者ではなく、とある平民の男を愛した。
身分違いの恋を成就させるためにカサンドラは失踪した。
二人で逃げ込んだ先は別の貴族家の領地にある、人の入れ替わりがそれなりにあるこの街で。
そこで二人で暮らし、自然とサラを孕み、産んだのだが、髪色を見て夫だった平民は激怒した。
カサンドラは金髪で、平民は茶髪だった。
なのにサラは桃色がかった金髪で生まれてきた。
それを不貞の証だと罵り、夫はカサンドラの説明を信じることなく出ていった。
サラの髪色はターナー家に時たま――三代に一人くらいはいる、血筋特有の色だった。
故に、男性――カサンドラの弟であり、現在の当主であるアルフレッドはサラを一目で血筋の者だと理解した。
同時に、現在市井にいるような血筋の者はカサンドラのみである。
故にサラがカサンドラの子だと理解した。
そしてカーシャはカサンドラが小さい頃名乗っていた愛称のようなものだった。
だからアルフレッドは二人を引き取り、家に連れ帰った。
長年頑張って働き過ぎたカサンドラはそこから体調を崩し、寝込むようになった。
元々そこまで体が強かったわけではないので当然とも言える。
その看病をしたいとも思ったが、サラは理解していた。
――彼女には今とは違う生を生きた記憶がある。
ここより遥かに文明の進んだ世界で、生きた記憶が。
だから、普通の子供よりもかなり大人びていた。
貴族というものもなんとなくは理解していたのもその記憶のおかげだ。
世間知らずな母のフォローも出来たし、幼いのに清掃の仕事を子供なりにでも出来たのもそうだ。
異世界の記憶にある常識が全て通用するわけではないと幼いなりに理解はしていたのでごちゃまぜになってはいるが、サラはサラなりに取捨選択して生き残った。
しかし、貴族としての教育でそのごちゃまぜは活きることがなかった。
貴族の礼儀作法はさすがに異世界の記憶にもなく、つまり平民としてしか生きた経験がないサラにとって、お辞儀の角度で表現する技法は理解しがたかったし、複雑な言い回しは脳にも舌にも馴染まない。
普通なら生まれた時から周囲に当たり前に展開されていて、理解などする必要もないものを、十二歳になってから始めるのだから当たり前だ。
だからサラは、ターナー家の令嬢でありつつも、将来的には商家に嫁ぐように根回しを進めると言われていた。
実際、サラも貴族としては生きられないと分かっている。
集団の中で、一人だけ浮いた存在がいるとしたら、集団はその存在を追放しようとするだろう。
出自を知られていたとしても、それでも同じ貴族として扱おうとされるだろうとは分かる。今現在がそうなので。
だから、貴族と結婚したくなかった。
十五歳からは貴族の通う学園に入れる予定だからと教育は詰め込み式で、サラもそれはもう頑張った。
ひとえに大好きな母に迷惑をかけたくなかったからだ。
サラがターナー家に迷惑をかければそれはカサンドラに迷惑と面倒をかけることと同じ。
故に、サラは馴染まない礼儀作法をなんとか男爵家の娘程度には身に着けることに成功した。
それだって意識して行わなければいけないので疲れるが、学園に通う三年間だけ我慢すればいいと思ったからまだ頑張れるのだ。
叔父たるアルフレッドは、三年の間に伝手のある商家に縁談を持ち掛けておくと言ってくれている。
カサンドラごと引き取ってくれる家ならばよいが、そうでない可能性は高いだろう。
せめて嫁ぐ前に数日だけでいいので母と二人で過ごせたらいいな、と思いながら、サラは王都にある学園へと旅立った。
寮の自室で荷ほどきをし、制服も受け取り、いざ入学、となった時になって初めてサラは今の世界が、異世界の記憶にあった「おとめゲーム」なるものの舞台だと気付いた。
入学を祝う花が飾られた学園の入り口は、そのゲームで見たことがあるものだ。
しかし、その記憶との差異がある。自分自身だ。
そのゲームに出てくるヒロインこそが「サラ・ターナー」なのだが、彼女はふわりと髪を流していた。
しかしサラは髪は三つ編みにしているし、全体的に地味に見える。
なんというかオーラがまず違う。
それくらいはさすがに自覚があるし、何より、ヒロインは学園生活への期待に胸ときめかせながら入学したはずだ。
サラはそんなときめき一切持ち合わせていない。
事情を知っている叔父たちとの生活でさえ気を遣うのに、ここにいるのは全員生粋の貴族だけだ。
しかも爵位は子爵で、そりゃ男爵よりは高いがどちらかと言えば低い部類。高位貴族から見れば半分平民みたいなものだ。
しかも実際サラは父親が平民なので本当に半分平民だ。
おまけに意識しないと貴族令嬢らしからぬ行動をしてしまう。
なので叔父の家で暮らす時以上に気を使って過ごさなくてはいけない。
無難に過ごして無難に卒業したいとしか思っていない。
なので、思い出しそうになった全容に、意識して無視をする。
だって、王族とか高位貴族と恋に落ちるとか、本気で有り得ない。
子爵家の令嬢としての教育でさえ辛かったのに高位貴族や王族の教育など冗談ではない。
生まれついての貴族でない自分が耐えられる理由がない。
子爵家令嬢としての教育でさえ熟せなかったのに、更にその上など、冗談ではない。
そもそも生活様式が違うお互いが恋に落ちる、とは?
母が稀有な例であることを教育されて知っているので、そんな稀有な例を自分がまた、なんてことは有り得ないと分かる。
それに、あちらとしても平民と近しい爵位の更に平民じみた娘などに懸想する必要はないだろう。
そして何より、そういった高位の貴族にはそもそも婚約者がいるはずで。
つまり自分が奪略者となる。
それは絶対嫌だった。
人から何かを奪ってまでして得をしたい人間ではない。
そりゃ求人だとか、買い物だとかで、数ある人間しか得をしないという状況で、競争になるのは構わない。
しかし既に相手の決まっている関係に割り込んで奪い取るのは嫌だ。特に男女の関係など有り得ない。
サラの貞操観念的にも、世間の常識的にも有り得なかった。
異世界での記憶に少し引っ張られるところもあるサラはその辺たいへん潔癖的だった。
恋人に浮気をされた友人を慰めたが、結局友人は心を病んで医者に掛かるようになった……そんな記憶もある。
なので、「おとめゲーム」の記憶に従うことはせず、今まで通り静かに地味に暮らそうとサラは決意した。
幸いにして入ったクラスは男爵家と子爵家の子女しか居なかったので、礼儀作法に関してとやかく言われることはなかった。
授業に関しても席が近い女生徒と話し合ったりして補完できたし、放課後は放課後で教師が職員室に居るのでそちらに質問にいくことさえ出来た。
なので、サラは思う存分学んだ。
礼儀作法を優先して学んでいたので、学べなかったことを学べるのは楽しかった。
一応礼儀作法を更に熟する授業もあったが、そちらには気が向かないなりにそこそこの成績を出した。
逆に、算術だとか経済、地理に関しては特に高い意欲を出した。
嫁げば必ず必要になるからである。
放課後もそれらの教師に教えを乞い、寮に戻って予習と復習に精を出した。
そうして入学から二か月ほどが経過した時、ふと気付けばとある令嬢から見られていた。
低位貴族は制服が黒を基調としたもので、高位貴族は白である。
なのでサラを見ているのは高位貴族の令嬢ということがすぐに分かった。
襟元のリボンの色からして同じ学年だということも察しがついた。
寄り親である辺境伯家の令嬢は確か同じ年ごろでなく、既に既婚者であると聞いているのでその家の娘でないことは確かで。
そうなると誰なのかなど、サラには見当もつかない。
なので視線には気付かない振りをしていつも通りに過ごした。
視線の主との距離感は時たま近付いてはまた離れを繰り返し、そうこうする内に夏の長期休暇目前となった。
第一期試験が終わり、そこそこの成績を取れたことにほっとしていたところで、気が付けば視線の主がすぐ近くまで来ていることに気付いた。
彼女はどこか覚悟を決めたような表情をしていて、手招きをしてきた。
周囲の低位貴族の子女たちが緊張する中、誘われているのだろうサラ本人がついていこうと歩き出せば高位令嬢も歩き出す。
それを友人たちが心配そうにしてくれているのは分かっていたので、一瞬だけ振り向いて手をひらひら振って心配ないよと伝える。
そうして中庭に近い廊下まで出た時、一人で来ているらしい令嬢は小声で聞いてきた。
「あなた、……「にほん」の記憶があって?」
にほん。
ああ、懐かしい。
「はい」
サラの言葉に、令嬢はぐっと唇を噛むようにして――
「ヒロインをする気は、あって?」
「いいえ」
「……そう。なら……いいのだけど」
どこか不安げな表情に、彼女は多分「攻略対象」の婚約者なのだろうと察しがついた。
自分が「おとめゲーム」の通りに生きれば、「攻略対象」と婚約者の関係は壊れてしまう。
だから、記憶のある彼女は、「おとめゲーム」のお話通りに行動しないサラに確認したかったのだろうと分かる。
「あの」
だから、説明をしようと思った。
「私、小さい頃から記憶があって。
平民として生きてきたので、その記憶と今の記憶でいっぱいっぱいなんです。
貴族としての礼儀作法とか教養とか、あまり出来なくて。
だから、叔父が用意してくれる、商家への嫁入りが一番いいと思ってるんです。
今よりもっと厳しい教育を受けることになる貴族への嫁入りは、正直きついので」
きょとん、とする彼女は、恐らくだが、貴族としての生活を最初からしていたので違和感がないのだろう。
けれど、サラにとって、貴族相手に喋る時はいつだって緊張が伴う。ティーカップの上げ下げ、カトラリーの使い方ひとつでさえ意識しなければいけないのだ。
目の前の、生まれついての貴族と違って。
「音を立てずにサラダを食べるのは難しいし、お肉を切るときナイフの音をさせないのも厳しいです。
ドレスの裾をさばくのも大変だし、駆け足じゃなくて速足というのも慣れません。
笑顔一つに意味を見出して解釈するのも疲れますし……向いてないんです。
子爵令嬢でもそうなんですから、もっと上の貴族夫人なんて無理です。
それに」
「それに?」
「私、略奪愛って嫌いなんです」
ぱちぱち、と長い睫毛に縁取られた目を瞬かせ、彼女は驚いたような顔をし――それから可憐に、小さく声を出して笑った。
「そう。それじゃあ無理ね。ごめんなさいね、疑って」
「いいえ。お互い大変ですよね」
「ええ。でも、こちらの婚約者が最近つれない態度で。
だから、もしかするとあなたが動いているのかしらと気になって。
けれど違ったのね」
「えっと……」
うーん、とサラは悩んだ。
悩んだが、今は同じ世界の記憶を持つ者として発言していいのだろう、と決意した。
「私相手じゃなくても、元々そういう……「恋愛ゲーム」に出演するような気性の方なら、アバンチュールしちゃうのでは?」
「そうね……きちんと調査して、相手にも、婚約者にも、脅しをかけることにするわ。
疑ったお詫びに、何か困りごとがあったら「マリア・グレンジャー」に用事があると呼び出してちょうだい?力になるわ」
そうして二人は握手し、別れた。
マリアは凛と背を伸ばして颯爽と歩き去っていく。
その背中の美しさに、サラは住む世界が違うなあと改めて思った。
その後、マリアを困らせているのが誰かはすぐ分かった。
探るつもりで噂をきちんと聞けば、伯爵家の次女であるところのエリザベス嬢が暴れまわっているという情報が手に入った。
マリアは楚々とした美人で、スレンダーな体付き。
エリザベスは華やかな美少女という感じで、凹凸の激しい体付きをしている。
エリザベスは己の容姿を有効活用し、婚約者がいるかどうかお構いなしに優良そうな令息に粉をかけまくっている。
マリアの婚約者はその網に引っかかったというわけだ。
サラは悩んだ。
それはもう悩んだ。
そこで、どうしようもないなと思ったので、休暇で戻ってすぐに叔父の妻に当たる夫人に相談したのだ。
恩義ある女性の婚約者が~という話にして、どうすれば解決すると思いますか?と。
夫人はふむふむと話を聞き、メモを取った。
「間違いなくエリザベス嬢があちこちに迷惑をかけているのね?」
「はい、叔母様。
家や派閥の異なる子女から複数話を聞いております」
「そう。ならばよろしくてよ、わたくしが話を広めてあげる」
にっこりと笑った夫人に、サラはきょとんとする。
「エリザベス嬢の家とは、実家がね、少し因縁があって。
わたくしも一応は伯爵家の娘。同格よ。
いえ、懐事情を考えればこちらのほうが格上かしらね」
ほほほ、と夫人は笑い、サラもほっとする。
マリアが困らないようになるならそれでいい。
いや、そんな軽率に浮気するような男は切ってくれたほうがいいのだが。
その辺はマリアがどうにかするだろうと丸投げだ。
「実家に手紙も書くし、社交の場でも、聞いた話なのですけど、と流して差し上げましょうね。
ちょうど避暑地で落ち合ってお話をするお家が幾つかありますし」
にっこにこの夫人。
もしかして、茶飲み話の一つとして献上しちゃったかな?と思わなくもなかったが、それで平和が訪れるならまあいいか!と割り切った。
それから。
休暇の間に何人かの商家の男性とお見合いをし、めでたく婚約を結んだサラは、秋になって涼しくなってきた学園に戻り。
戻った先で、寮から荷物が運び出される現場に遭遇した。
休暇の前ならあれこれ持ち帰って予習復習をしようという事だなと思えなくもないが、それにしたって衣類を詰めたのだろうトランクやら箱やらを屈強な使用人らしき男性たちが運び出しているのは異常だ。
ぽかんとしていると、同級生のマリエッタがすすっと近寄ってきた。
「エリザベス嬢、自主退学ですって」
「エッ」
「醜聞が広がりすぎちゃって、学園に通うとかそういう話じゃなくなったそうよ。
キープしてた婚約もエリザベス嬢の有責で破棄されて、平民落ちなさるんですって」
怖いわねえ、と、ちっとも怖がってなさそうに言うマリエッタは、同じ子爵家の娘で、彼女もまた商家に嫁ぐ身である。
彼女は単純に堅苦しいのが嫌いで貴族としてやっていきたくないのである。
なので、気楽にやっていけそうだぞと気配を感じ取ったサラと仲がいい。
サラも、砕けた態度で話すことを許してくれたマリエッタを親友だと思っている。
「私が家で話したからかなあ」
「それもあるかもしれないわね。
でも、色んなところで噂になったらしいわよ?
北方の避暑地でも、南の保養地でも。なんなら王都でも」
「じゃあ私だけじゃないかな」
叔母が向かったのは北方である。
しかも往復込みで二十日ほど留守にしただけなので、実質は一週間ほどしか居なかったことになる。
その間に退学に追い込めるほど話をばらまけたかというと、疑問だ。
疑問、なのだが。
(叔母様って、話し上手だからなあ)
淑女としてはしたなくない程度に感情を表情や声色に乗せ、聞く人を引き付ける話をするのがうまい。
一種の演劇のような感じで話すこともあるので、叔母の話は頭に残りやすいのだ。
その残った話を、ご夫人方があちこちにばらまいたらどうなるか…?
サラは頭を振る。
バタフライエフェクトについて考えても意味がない。
叔母という一匹の儚い蝶の羽搏きが、どれほどの影響を出したかなど、想像も予想も出来ない。
いや、叔母に話をしたサラでさえ羽搏いたのかもしれないし、サラに窮状を教えたマリアでさえも。
どの蝶がどのように動いたかさえ分からないが、嵐は引き起こされた。
たった二か月ほどもしない間に。
エリザベスの退寮を見守った後、マリエッタは情報収集!とウキウキで出ていき、夕飯の時刻まで戻らなかった。
だがその成果はあったようで、マリエッタは部屋に訪ねてきた。
実家から持ち込んだという健康にいい緑色の茶を片手に。
渋みの強いお茶を二人で飲みながら聞いた話として、何人かの令息も同時に自主退学したという。
病気療養を言い訳にしていたが、エリザベスとの関わりは確認済みだという。
彼女とその関係者ばかりが自主退学をしたのだから関係性は認められて然るべきだろう。
ちなみに、マリエッタは退寮する際に使用人たちから聞き込みをしたという生徒からも話を聞いている。
いずれお見舞いにいってよろしいかな?と聞いた同級生に対して、使用人は「いずれ坊ちゃんから手紙なりを出されると思うので」と濁されたという。
余程重たい伝染病にでも掛からない限りそんな断り方はされない。
しかし夏の間はそんな伝染病は殆ど流行らないし、流行ったとしても男爵家程度ならともかくそれ以上の家は特効薬を買える。
それを、特効薬を使うでもない、休学にするのでもない、取り急ぎとばかりに学園を出ていった、となれば、ああ貴族籍から抜かれるかどうかするんだろうなと察しがつく。
貴族にとって醜聞は命取りである。
しかも今回は社交界に噂が飛び回ってしまっている。
しかもしかも、該当者の家は婚約を白紙撤回している。
となると、阿婆擦れに引っかかって不貞をしたのは事実であると見做される。
婚約は契約である。
その契約を蔑ろにするような男が次期当主かぁ、と思われてしまったわけだ。
この蔑みの視線をどうにかしてイメージの回復をはかるには、嫡男を廃嫡し、次男以降に家督を譲る他ない。
その嫡男の扱いとて、婿に出すことさえ出来ないし、分家を立てて嫁を、となっても嫁の当てがない。
ならばどうなるか。嫡男と婿入りする息子以外と同様に、市井に放り捨てる以外ないのだ。
「それにしたって拗れに拗れる前でよかったわよね~!
私たちは学園の外に婚約者がいるからいいけど、学園内に婚約者がいた人たちは戦々恐々としてたもんね」
「そうなの?私は人からちょっと聞いただけだから……」
「だってすごいのよ。十人くらいまとめて言い寄ってて、引っかかったのはなんと七人!
第三王子殿下にまで粉かけてたんですって。有り得ないわよね」
「それは不敬ねえ」
まるで「おとめゲーム」のヒロインね、とサラは内心でぼやく。
そのヒロインたる自分が役目を放棄し地味に生きてしまった反動だとしても、暴れん坊過ぎだよね、と。
夜の商売をしている女性でも思わせぶりな態度をする相手はかなり厳選する世の中である。
見初めてもらい、引き取ってもらうのだから、ホイホイ相手を増やせば「自分だけの女」感がなくなって見捨てられるからだ。
それをエリザベスは好き勝手食い荒らして全て手中に収めようとした。
なるほど、破滅はいずれしただろう。
「でも第三王子って婚約者を自ら見初めて口説き落として婚約したって話だったような?結構最近だから覚えてるわ」
「うん。だから即座に断られたし距離取られたんだって。
それで余計悔しくなって他の高位貴族を……ってなったんじゃないかって従姉も言ってた」
マリエッタの従姉は本家に当たる侯爵家のご令嬢である。
低位貴族と高位貴族で学舎が違うので、なるほどそちら筋でなら情報も精度が高かろう。
サラ自身はエリザベス本人を知らないが、手に入る情報からその人物像がどんどん組めてきた。
まあ、なんというか。
「災害みたいな方だったのね」
「そうね。でもこんなの中々いないって話だから安心ね。
十年とか二十年単位で見れば居なくはないって話だけど、じゃあもう居ないってことだもの」
けらけら笑うマリエッタにサラも笑う。
二人目、というか元祖になりかけた女が目の前にいるんだけどね、などと思いながら。
世界の因果律など知ったことではないが、定められた事をしないと別の人が同じようなことをするのだな。
そんなことをサラもマリアも思ったが、結局のところ早々に事態が終結してしまったので。
マリア自身も婿を失ったが、別の素性も性根も確かな婿を捕まえて無事家を継ぐ事が出来そうだし。
サラ自身はノーダメージだが、折角の学びの場が荒らされることはなくなったと安堵できて。
蝶の羽搏きは嵐を生んだが、その後の平穏というものも生んでくれたので。
全体として、良い結果になったのは言うまでもない。
そもそも現代日本人でまともな感性してたら浮気相手になろうとか思わないよね(´・ω・`)
貴族社会で生きてるなら生きてるで格上にケンカ売ろうとも思わないよね(´・ω・`)
エリザベスは格上にケンカ特売しちゃったけど(´・ω・`)