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9.
「ほら、沙咲良、左前の四駆の助手席、吉岡だよ」
香那実が顔を近づけ、小声で言って来た。
「あ…、うん、そうだね」
コーヒーショップでの話が楽しくて、すっかり夕暮れ時になっていた。
私達は路面電車の電停のベンチに座っている。
目の前の道路は、赤信号で、数台の車が止まっている。
左の方に止まっている車の助手席に、吉岡先生が座っていた。
わりと落ち着いた、安心した色をしている。
「運転してるのは奥さんだね、けっこー美人だね」
運転席でハンドルを握っている女性は、晴れやかな色をしている。
まるで、悩み事が解消されたような。
「なあ」
小声で香那実が話しかけてくる。
「本当は、後部座席に高原が座ってて、吉岡の首を絞めてたりするんだろ?」
私はオーバーリアクションで首を振る。
「無い無い、お前の妄想は、そんなに分かりやすい世界なのか」
「じゃあ、誰が高原を殺したんだよ、何で腹を裂かれたんだよ」
独り言のように香那実は呟く。
私は視線を上に向けて囁く。
「物的証拠がそこにあると思った」
「はあ?」
「でも、そこには無かった」
「何言ってんだ?脳みそ全部が狂っちまったのか?」
「お前、障害者差別だぞ」
「まあまあ」
香那実が私の頭を撫でる。
さっき、あの車について、質問のされ方が違ったら、私は、本当の事を答えたのだろうか。
私は頭を撫でられながら、左目を閉じる。
10.
私には、他の人には見えない何かが視える。
それは、私の脳の障害が生み出した幻だ。
初めてそれが視えたのは、病院のベッドの上だった。
黒いモヤのようなモノ。
壁に張り付いた染みのようなモノ。
無言で叫ぶ目玉。
人の形をした空洞。
哀しみで歩くため息。
絡み合う笑いの無表情。
そんな、言葉にしにくい何かが視えていた。
そして、そんなモノ以外にも視えるモノがあった。
人の周りに、色や輝き、陰や濁りが視えるのだ。
俗な言い方をすれば、オーラとか言うのだろうか。
何となく、この事は、誰にも、香那実にも話していない。
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この後、解答編的なパートになります。
そこにあるのは、沙咲良による彼女なりの合理的な解釈です。
それが真実なのかどうかは、分かりません。
ここまで、沙咲良が視たモノ、喋った事、思った事で、嘘は一つありません。
沙咲良の脳の一部は、誰を犯人だと推理しているのか?
すでに、あなたは合理的に辻褄を合わせられている事でしょう。
さて、誰が犯人っぽいですか?
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