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三十七話




 光陰矢の如しとはよく言ったもので、NTRの二人を救うためのゲームに飛び込んだあの日から、すでに一ヵ月が経過している。


 ゲームのラスボスとして立ちはだかったウサギは俺たちの手によって戦闘不能にされ、その後は直接的に人間へ危害を加えたという罪で、悪魔たちの中でも下位の存在に降格されたらしい。


 反対に、そんなウサギの悪行を摘発したクマはさらに昇進したようで、いまや悪魔界ではかなり上位の存在に位置付けられているとのことだ。


 ちなみにクマの連絡先であるあの電話番号は今でも繋ぐことができて……というか、それ以前に連絡しなくてもクマのやつは頻繫にウチへ遊びに来るようになった。


 いったいどういう風の吹き回しなのかは分からない。

 クマは何故か美少女に擬人化して俺の家に入り浸るし、放課後はクラスメイト達の前で俺に抱きついて周囲をからかっていやがるので、正直いってクソ迷惑だ。インをだまそうとしたウサギよりタチが悪い。


 ……ちなみにクラスメイト達から呼ばれている俺の最近のあだ名は『ラノベ主人公くん』だ。

 NTRのメンバーたちと交流する姿がよく見られていたせいもあるだろうが、確実にこのあだ名になった決定打はあのクマ公のせいだろう。

 全くもって不本意である。


「準備できたよ、いこっ!」

「……はい」


 制服に着替えたロリと一緒に家を出ると、この季節特有の肌寒い風が頬を撫でた。

 先輩も『さむい~!』とプルプル震えながらマフラーを巻きなおしている。


 まぁ、見た目がロリとはいえ式上先輩も容姿が優れている方だし、学生としてウチの高校に通うようになった『赤髪美少女サキュバス』ことムチ子もツンツンしつつよく俺に突っかかってくるので、状況だけ考えれば確かにラノベ主人公とか言われてもしょうがないとは思う。


 むしろエロゲ主人公とかじゃなくてホッとしたくらいだ。


「ねっ、そういえば後輩くん。家にムチ子君がいなかったけど?」

「あぁー……アイツ風紀委員だから、今日は校門前で持ち物検査するって言ってましたね。だから早めに出たのかも」

「げげっ。ガジェットの部品、没収されちゃうかな……?」


 どうしようどうしようとワタワタしながら、バッグの中の部品を胸ポケットやらワイシャツの中にやら隠すピンク色のロリ。



 そう、彼女との会話からも分かる通り、式上先輩とムチ子はこの世界に来て以降、俺の住まう主陣家で生活をしているのだ。


 全国民に狙われるレベルの指名手配犯になっていたあの世界から、ゲームクリアの報酬で此方の世界に逃げ込んできたはいいものの、彼女たちはこっちにはそもそも存在しない人間(あとサキュバス)


 というわけで戸籍やら諸々の問題を片づけた結果、ウチの親の判断でとりあえずしばらくは主陣家で引き取ることに決定して。

 

 もちろん俺はラノベやエロゲの主人公なんかじゃないので、当然両親は二人とも家で生活している──のだが、何を思ったのか二人は『若い子たちのお邪魔にならないように』などとニヤニヤしながら意味不明な事を口にして、祖父母の家に泊まったり休日は旅行に行ったりと、よく家を空けるようになってしまった。


「ハァ……」

「おや? 朝からため息なんてよくないぞ後輩。アメちゃんいるかい?」

「これはどうも……」


 常に飴を持ち歩いているロリっ子から一粒受け取り、それを口の中に放り込みつつ、心の中でもう一度嘆息をついた。


 別に空気とか読まないでくれてよかったんだけどな、あの両親……。

 おかげで俺はあの平行世界で鍛えられた一人暮らしスキルを(料理以外)遺憾なく発揮するハメになったし、今朝のように朝弱い式上先輩をお世話したりするのも日課になってしまった。

 

 まぁ料理に関しては先輩の独壇場だったり、めちゃくちゃ吸収力が高くてすぐに高校までの学習内容を網羅してしまったムチ子に勉強を見てもらったりとかもしてるので、実際は持ちつ持たれつかもしれない。


「おはようございまーす。持ち物検査実施中なのでカバンを開いて並んでくださいーい」


 先輩と並んで歩いていると、いつの間にか高校の校門前に到着していた。

 数多の生徒たちの持ち物検査を素早い手際でこなしながら、周囲に声をかけているムチ子の姿が目に入った。


「よぉ、おつかれ」

「ん? ……あぁ、主陣くん。おはよう」


 すっかり制服姿が様になっているムチ子に声をかけたものの、彼女の対応は素っ気ない。

 この世界に来てからはほとんど人間として生活している彼女は模範的な常識人になり、俺の呼び方もフルネームではなく苗字だけになってしまった。


 なんだか特別感が薄れて少し寂しいような気もする。


「な、なによ。検査おわったんだから早く行きなさいって」

「もうあの呼び方はしてくれないのか? ムチ子ォ」

「ちょっ!? こっ、こんなところでその名前呼ばないでよ!」


 ムチ子は戸籍云々のアレで一応日本人名が与えられ、学校でもその名前で通っている。

 たしか……何だっけ。

 田中花子?


佐遊馬(さゆば) 栖樹(すき)……! いい加減覚えなさいよ、もう」


 あー、そうだった。確か『サキュバス』から文字ったらしいけど、大概へんな名前だな。

 友達からのあだ名はスッキーだったか?


「アンタはそれで呼ばないでよ? ムチ子もダメだから」

「さ、寂しいぜそれは……! 俺からエネルギー(意味深)を絞ろうとしてた距離感近いお前はどこ行っちゃったんだよッ!」

「やめなさいってば!?」

「いでっ!」


 頭を引っ叩かれた。

 そんな……俺たちの関係性はここまで冷え切ったものになってしまったのか……?


「……い、家じゃ普段通り呼んでるでしょうが……」

「──」

「なによそのキモい笑顔!? 馬鹿にしてんの!?」


 いつも通りツンデレてくれるムチ子に安心感を覚えて笑顔になってしまったのだな。


「おーい。朝からイチャイチャを見せつけんの勘弁してくれー」

「ん? ……おっ、海夜。おはよ」


 後ろから男子の声が聞こえたと思って振り返ってみれば、そこにはクラスメイトの海夜蓮斗がいた。

 どうやら傍目には俺たちがイチャついているように見えていたらしい。反省せねば。


「一緒に教室までいこうぜ、主陣」

「おう。じゃあムチ……佐遊馬さん、先輩、また」

「はいはい」

「また昼休みにねー、後輩くーん」


 お昼にまた一緒に集まって飯を喰らう約束をしつつ、俺は海夜と並んでその場を後にした。

 そのまま昇降口でスリッパに履き替えて進むと──



 そこにいたセミロングの女子と会話をしている、黒髪ポニーテールの少女が目に入った。


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