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三十話


 ──インに催眠を掛けながらも、俺は別の事を考えていた。


 無事にゲームをクリアして生き返った後のこと……ではない。

 インと戻るべきあの現実ではなく、俺が破壊してしまった式上先輩の未来のことだけが、ずっと俺の頭の中を支配している。

 俺がいなくなって、インもいなくなって、そうして残されるNTRのメンバーは彼女を除けばムチ子だけだ。

 現状では式上先輩の味方をしてくれる存在はたった一人だけしかいない。


 そんな四面楚歌な状況で彼女たちは本当に生きていけるのだろうか?

 世界中が敵になったいま、一介の学生に過ぎない式上先輩と、まだ魔力が回復しきっていないサキュバスのムチ子だけで、この世界に太刀打ちできるのか?


 無茶だ。

 そんなの無理に決まっている。

 大体ムチ子だって本当ならもう協力する理由なんてないんだ。

 彼女が義理堅い……というより仲間想いなおかげで、式上先輩は辛うじて孤独にはなっていないものの、女性である式上先輩はムチ子に精気を与えることができないし、追われる身である先輩を庇いながら生きていくのは、いくら人間社会に縛られない存在であるサキュバスのムチ子でもやはり困難だろう。


 せめて俺がいれば──いや。


 彼女たち二人を、平和な俺たちの世界に招き入れることが出来れば──

 


「……うぅっ、ぁっ♡ こ、ぅ……っ♡」



 ──我に返った。


「ちょ、ちょっと後輩君! 催眠の強度が高すぎるよ!」

「あっ……ご、ごめん!」


 無意識に振り続けていた五円玉をしまい込み、催眠をやめた。

 

「わっ、私ぃっ♡ コウとこんな……ひうぅぅっ♡♡」

「インッ!」


 瞳にハートマークを浮かばせて、体をビクビクさせているインのもとへ駆け寄ると、彼女の体が()()()()()事に気がついた。


「これは……っ」


 焦って彼女の胸ポケットからスマホを取り出すと、そこには【ゲームクリア】の文字列が表示されていた。

 視線をインに戻してみれば、彼女の体全体が半透明になりかけている。


「あぇ……わ、私……っ?」

「……イン」


 催眠による誤認性行為が終わって我に返ったインが自分の体の異常に驚いているなか、俺は彼女の肩に手を置いて目を見合わせた。



「先にあっちで待っててくれ」



 俺がその言葉を口にすると同時に、インの体は眩く光り、足元から徐々に消滅──もとい転送され始めた。

 

「こ、コウ……」

「心配すんなって。俺もすぐに行く」

「そうじゃなくてっ」


 向こうの世界へ転送されることの不安や、俺のゲームクリアの心配ではなく。


「ムチ子と、式上先輩のこ──」


 俺に伝えたかった言葉を言いかけたその瞬間、彼女の体は完全に消え去り、元の世界へと帰還してしまった。


 

 一瞬の静寂。


 

 インが消え去っていく様子を傍観していた後ろの二人は、何も言わない。


「……イン」


 彼女が言いかけた言葉の全てを想像することは出来ない。

 ただ分かったのは、彼女が最後に考えたのは自分の事でも俺のことでもなく、この世界でずっと共に過ごしてきた仲間のことだった、という事だけだ。


「……行きましょう、追手が来る」

「……う、うん」

「とりあえず隣接してるビルに飛び移ります。……ムチ子」

「はいはい。ほらロリっ子、飛ぶから捕まって」


 彼女にとっても大切な人たちだったこの二人と、俺はあと三分半しか一緒にいられない。

 そんな短い時間しか、俺は彼女たちの味方でいることができない。

 日付が移り変わったその瞬間、俺はこの世界から消え去ってしまうから。



「……後輩、くん」

「大丈夫です。()()()()()……絶対に俺が守りますから」



 ずっと一緒にいる。

 何があっても自分が守り”続ける”。


 そんな事すら口にできず、相も変わらず悪魔たちの手のひらの上で躍らされている自分が、どうしようもなく情けなかった。



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