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十九話





 静寂が支配する部屋の中で、少女の荒い呼吸だけが木霊していた。

 苦しそうに肩を上下させながら、彼女は親にすがる子供のように俺の服を掴んでいる。

 カタカタと身震いする彼女の艶やかな黒髪はその毛先までが揺れていて、今のインが『怯えている』という事実を否が応でも認識させられてしまう。

 

「コウ、ごめん……」


 ゲームをクリアするためには、残機が残り一つとなった俺とセックスをするしかない。

 それを告白したインは自分の放ったその言葉で、自らがやらなければいけない事を改めて再認識してしまったらしく、こうして泣き喚く直前まで追い詰められてしまった。

 俺はセックスをすると爆発して死ぬ。

 インは俺とセックスをしなければ生き返れない。

 生き残れるのはどちらか片方のみ──なんて、いかにも悪魔たちが考えそうなことだった。

 

「オレ……コウのこと、ころしたくないんだ……」


 感情が昂った影響なのか、インは元の男口調に戻りかけている。

 強制的に付与された少女としての人格が霞むほどに、元のインが顔を出しているのだ。

 それは”こんな状況”にでもならない限り、あの無表情な鉄仮面は剥がれないということであり、またそんな強固な呪いが剥がれるほどに今の()が追い詰められているということでもあって。


「……イン」

「な、慰めようと……しないで。オレはお前が殺されるのを傍観してたんだ。事故に巻き込んだから、ちゃんとコウの手助けだけするって決めてたのに、死にたくなくてお前の残機が減るのをただ見てた……」


 オレが全部悪いんだ。

 オレに生き返る権利はない。

 コウの仲間でいる資格だって存在しない。

 こうして近くにいるだけでも烏滸がましい人間なんだ。


 そう自分を卑下し、俺に懺悔し続けるインの姿は、とても痛々しくて目を背けたくなる光景だった。

 姿形こそ女にはなっているが、彼は変わらず俺の親友だ。

 でも、大切な親友が自分に罪を独白し、涙を流しながら俺に謝り続ける姿なんて見たくはなかった。

 そんなことは……させたくなかった。


「ごめんコウ……本当に、ごめんなさい……」

 


 ──俺に、いったい何ができる?


 どうすればこの状況を打破できる? 何をすればこの詰んだ状況を瓦解させることができる?

 親友を生き返らせ、彼を悲しませないために、俺自身も死なずに済む方法はないのか?

  

「イン、俺は……」

「っ! じ、自分の事はいいから生き返れとか、そんなこと言うつもりじゃないだろうな……」


 やはり親友にはお見通しらしい。

 けど、これ以外に何かあるだろうか。正解ではないが最善ではあるはずだ。


「嫌だ、ぜったいやだ……オレはバレンタインデーまでコウを守る。絶対コウを殺したりなんかしない……」


 インは頑なに譲らない。俺のクリア条件であるバレンタインデーまでの生存を優先して、自分の命を諦めてしまっている。

 

「なぁイン、俺だってお前を見殺しにしたくはないんだ。

 だいたいこうなったのは暴走したバスからお前を助けられなかった俺の責任で……」

「ちがっ、あれはオレが──」



 あぁダメだ。このままじゃきっとお互い譲らない。

 俺はインに生き返ってほしいが、きっとインは俺に生き返ってほしいと思っているんだ。

 自惚れなんかじゃない。目の前の親友を見ていればそんなことはすぐに分かる。

 コイツを納得させて、更に俺自身も納得させるには、二人とも生き返る道を探し出すしかない。

 でもインに俺を殺させるようなクリア条件を与えるような悪魔どもが主催のこのゲームに、そんな残機を減らさずにセックスをするような裏ワザなんて……。

 

「……ここで少し待っててくれ」

「こ、コウ? なにを……」

「電話で悪魔と話してくる。すぐ戻るから」


 そう言ってインを部屋に取り残し、俺は一旦家を出た。


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