3 出会い
お見合いは3度目だ。毎回緊張する。
前の2回とも洋服だったが、今度は着物を着た。母が作ってくれたうす紫色の訪問着。20代の頃に着たらなんだか、老け込んで見えたが、この年齢になるとしっくりとくるものだ。
ホテルの、日本料理屋さんの一室。どきどきしながら両親と待っていると、すっと襖が開いた。
現れたのは、部長と、その後ろから部長よりもかなり年が上だろうっていう女性と、写真で見た穏やかそうな男性が入ってきた。ああ、お姉さんと甥っ子さんね…。
父が座りなおし、挨拶をした。母も慌てて正座をしなおして、両手を畳につけ丁寧にお辞儀をした。
少し遅れて、私もお辞儀をしたが、どのくらい丁寧にしたらいいものか、中途半ぱなお辞儀になってしまった。
だが、どうやらそのお辞儀は見られていないようだった。なぜなら、先方も慌てて座り、深々とお辞儀をしていたからだ。とはいえ、甥っ子さんは、立ったままでお辞儀をしている。
テーブルの周りを囲み、少し和んでくると、甥っ子さんの紹介を部長が始めだした。
「私の姉の長男の、桜井茂くん」
「はじめまして、桜井茂です。よろしくお願いします」
今度は、深々と頭を下げた。
「あ、はじめまして、柴田瑞希です。よろしくお願いします」
そう言うとしばらく、間が空いてしまった。
「桜井さんは、小児科の先生なんですって?」
いきなり母が切り出した。おいおい、いきなりすぎるだろう。多分、沈黙をどうにかしたかったんだろうけど…。いや、一番にそこを聞きたかったのかもしれないが…。
「はい。大学病院のほうにいたんですが、今は開業しまして…」
「まあ、すばらしい。どちらに病院はあるんですか?」
「町田です」
「あら、じゃあ、近いわね~~」
父は、一言も発しない。まあ、何をしゃべっていいかわからないのだろう。相手のお母様も一言も発しない。しゃべるのは、部長か茂さんだ。
「茂さんのご趣味は?」
母が聞いてしまった。ああ、確か部長が無趣味だって言ってなかったっけ?
「そうですね。音楽鑑賞と、あと、たまにゴルフを…」
え…?
え?って言う顔を、部長とお母さんが同時にしたのを私は、見逃さなかった。どうやら、ほらをふいているのだろう。
「瑞希さんのご趣味は?」
茂さんが聞いてきた。
「お料理と、ヨガを…」
「まあ、お料理が得意なんですか?」
はじめて、お母さんが口を開いた。
「いえ、得意ってほどでもないんですけど、あの、お料理をするのは好きな方です…」
へんな答えだ。私、あがっているんだな…。
食事が運ばれてきたが、着物だし、緊張でのどに食べものが通らない。それはどうやら、部長以外のみんながそうだったようで、部長だけがばくばくと食べていた。
茂さんはというと、私よりも緊張をしているのではないだろうか?お茶ばかりを飲んでいる。
「すみません、ちょと…」
茂さんは席を立つと、ずっと正座をしていたのか、よろけて、
「あ、すみません…」
と、軽く会釈をして、襖を開けて行ってしまった。
「ごめんなさい。きっと、トイレですわ」
お母さんが慌てて、そう付け加えた。
し~~ん。また、沈黙。もくもくと食べだした5人。
しばらくして、茂さんが戻ってきた。
「その、正座はくずしてくださいね」
と母が、言った。
「あ、すみません。正座なれていないもので、くずさせてもらいます」
と、茂さん。
「部長さんもくずしてください」
と、母がそう言うと、部長も、
「それでは、お言葉に甘えて」
と、足をくずした。すると父も、ようやくあぐらをかいた。私は正座をくずすわけにはいかないだろうと、そのまま正座をして、足先の感覚はなくなっていった。
ご飯を食べ終えると、部長が、
「じゃあ、あとは、お二人に任せて、われわれは退散するということで」
と、言い出した。
「え?」
あとは、若いものに任せてって、ドラマでは見たことがあるが、過去2回のお見合いではそういうの、なかったんだよね。
一回目は、4人で会った。父は来なかった。母と、相手のお母さんがべらべら話し、じゃあ、次はお二人でお会いしたら?って言われたものの、もう、会った瞬間から生理的に受け付けず、断ったんだ。
2回目の時には、はじめやっぱり4人で会って、次に二人で会う約束までして別れて、二人で会ったものの、やっぱりだめだってお断りしたんだ。
だから、こういうパターンは初めてだ。
「それじゃあ」
父と母と、部長と相手のお母さんは出て行ってしまった。
「あ、」
って言ったきり、3分くらい、茂さんは黙ったままお茶をすする…。やば~い、何か話さなくっちゃ…。
「あの……」
「はい?」
私が何か聞いてくるだろうと、顔を上げ、沈黙がやぶれてほっとした表情で私を見たが、何も聞くことがなく、ああ、困ったって顔をしたんだと思う。茂さんの方から、
「ここは出て、ホテルの庭でも散歩しませんか?」
と、言ってきた。
ほ…。外ならほら、花が綺麗ですねとか、なんとか、話題があるだろう…。と安心して、庭に行ってみると、さすが冬だ。花なんてどこにもありゃあしない。
それでも、歩き出しながら、どうにか話題を見つけようとしたが、
「今日は曇ってますね」
「そうですね」
「寒くないですか?」
「はい」
って、そんな会話しかなりたたない。
無理だ。お見合い自体が無理だ。心の中で何度も、
『無理だ~~~~~~~~!』
と、叫びまくる。
「コーヒーでも、飲みますか?」
「はい」
と答えたものの、まだ、一緒にいなくちゃならないの?ってがっくりきた。
ホテルのラウンジに行き、コーヒーを二つ注文してくれた。
こんなとき、桐子ならどんな話をするのだろう。ああ、仕事人間なら、仕事のことを聞けばいいのかな。
「あの、どうして小児科医になったんですか?」
私の中では、子供が好きだからとか、そういう答えが来ると思ったが、
「小児科医って、今、少ないんです。だからかな」
という返答だった。
「あ、そうなんですか」
…って話が終わってしまった。そこからどう膨らませばいいのか?
「お料理は何が得意ですか?」
「え?得意ってものはないです」
ああ、しまった!また、話を終わらせてしまった。
コーヒーを飲みえ終えた頃、茂さんが話し出した。
「瑞希さん。あの、自分はこういうとき、どんな話をしたらいいのか、わからなくて、見合いも初めてなんです。忙しくて、女性とお付き合いをすることもあまりなくて、二人きりでそれも、初対面の女性と話をするのは、どうも苦手で…。すみません」
「あ、私も苦手です」
「そうみたいですね。ははは。そういうところは気が合いますね」
初めて、笑った顔を見た。思わずつられて、笑ってしまった。
「あ…」
茂さんは何か言いかけて、やめてしまった。
「え?なんですか?」
気になって聞くと、
「いえ、あの、笑顔が写真で見た笑顔と同じだなって思って…」
へんに照れくさかった。
「今度は、もっと、楽なところに行きませんか?映画とか、どうですか?」
「ええ、いいですね」
思わずそう答えたけど、なんだか、もう1度会ってもいいなって、思えたんだよね。翌日、会う約束をし、何を観たいか考えておいてくださいと言われて、その日は別れた。
家に着くと、待ってましたとばかりに、聞いてくるかと思いきや、父も母もそっけない感じだった。
いや、わざとらしく、そっけなくしているのは、見え見えだ。私が話してくるまで、聞かないようにしてるみたいで…。
私はなによりも早く着物が脱ぎたくて、自分の部屋へとあがっていった。
着物を全部脱いだときの、開放感はたまらない。
「あ~~~~!」ってベッドにドッスンッて横になる。それから、「う、寒い」と寒さに震え、手早く洋服を着た。
着物を持って、一階におりていくと、聞きたそうにじれている母が、足早にそばに来て、着物を受け取った。そこへ、修二が帰ってきた。
「ただいま~。あ!姉貴帰ってる?どうだった、どうだった?見合い」
母は、よくぞ帰ってきた、よくぞ聞いてくれたとばかりに、興味津々の顔で、リビングに戻ってきた。
父は、新聞を読みながら、自分はそんなに興味ないよ…というそぶりを見せ、でも、耳はダンボになっているようだった。
「次に会う約束をしてきたよ」
「あら、そう~~、そう~~!」
母は、高い声でそう言うと、続きを聞きたそうにしていた。
「へ~~、次はどこで会うの?」
修二の質問に、これまたよくぞ聞いてくれたって感じで、母は目を輝かせた。
「映画観る」
「なんの?」
「まだ、決めてない。私が選んでいいんだってさ」
「優しい人じゃない」
「優柔不断なんじゃないの?」
と、母と、修二が同時に言った。そこに父がぽつり。
「いい人そうだけど、もし気に入らないようなら、断ってもいいんだぞ」
「何言ってるの。もっと、先行きいいこと言ってよ。お父さんは~~」
じれったいって感じで、母がくぎをさす。
父にとっては、いくつになっても、娘が嫁に行くのは嫌なようだ。なんなら、一生うちにいてもいいぞって、前に冗談半分で言っていたこともある。だから、過去2回のお見合いが、父の仕事先の人の勧めだったのにもかかわらず、断ると、上機嫌になっていたのだ。
母は気が気じゃない様子だったが、無理強いするのはやめようと思ったのだろう。今回は前回と違い、あれこれ言ってこないもんな…。
部屋に戻り、パソコンで検索をした。今、特に観たい映画はなかったが、アクション、ホラー、恋愛、アニメ、SF、いったい初デートにいい映画っっていうのは、どんなものなのか、すごくすごく悩んでしまった。
こんなことなら、茂さんに決めてもらうべきだった。ああ、やっぱり修二が言うように、優柔不断な人なんだろうか?だから、私に決めさせるのか?
性格まではまだ、わからないが、今までの二人と違い、生理的に受け付けない人ではなかった。ちょっと、ほわってした暖かい感じのする人で、小児科では子供たちに、受けがいいんじゃないのかなとか、お母さんたちにも安心されるんじゃないかなとか、そんな印象があった。
結局、映画は無難に飽きないであろう、アクションものにすることにした。
めずらしくその日、桐子からメールが来なかった。絶対に「どうだった?」って、すぐにメールをよこすだろうと思っていたのに。
「ま、いっか。月曜に会ったとき話そう」
疲れこんだ私は、お風呂に入り、出ると、すぐに寝てしまったようだ。
朝起きたら、髪が爆発していた。
ひょえ~~~!約束の時間までに、間に合うだろうか?慌てて、髪をぬらしドライヤーをあてる。朝ごはんなんて余裕もない。
化粧をして、服を選ぶ。服、いったい何を着たらいいのか?いきなり、ジーンズは、カジュアルすぎるだろう。でも、ワンピースっていうのも、気取りすぎてないか?だいたい、まだ寒いし…。
クローゼットをあけ、しばらく考え込む。すると、携帯がなった。
「わ、茂さんか?いや、携帯教えてないし…」
「はい?」
慌てて出たら、桐子だった。
「今日、暇?会えない?」
「ごめん。これからすぐに出なくちゃならなくて」
「あ、じゃ、また今度でいいわ。じゃあね」
桐子はすぐに、電話を切った。なんだったんだろう?う~~~ん。申し訳ないけど、今はそれどころじゃない。
セーターと、ちょっとひざ上のスカートを選び、急いで着替えた。それから、パールのネックレスとピアスをして、コートを着て、ブーツを履いた。
「行ってきます!」
玄関を出ようとすると、クロが走って飛びつこうとした。
「クロ!だめ」
母が飛んできて、
「クロちゃん、今日は瑞希デートなのよ。お散歩なら、お母さんと行こうね」
と、首輪を持って、飛びつくのを制止してくれた。
「ごねんねクロ。じゃ、行ってきます」
「はい、気をつけてね」
リビングから父がかすかに、行ってらっしゃいと言ったような、言わないような…。
外に出ると、晴れていた。けっこうあたたかい。クシュン。やばい。まさか、花粉か?いや、まだ花粉が飛ぶには早いよね。
約束の時間ぎりぎりに着きそうだ。茂さんは、約束の時間より前に来るタイプか、ぎりぎりなのか?
元彼は、いつも遅れてきたな。それも、平然と遅れてるのに、ゆっくりと歩いてきたっけ。いやいや、元彼のことなど、どうでもいいじゃないか。
緊張でのどが渇く。緊張?何に緊張しているのか?久々のデートだからか?
店のウインドーに映る自分をチェックする。髪は?格好は?変じゃない?電車に乗って窓ガラスに映った自分もチェックする。
早めに行って、トイレにも行きたかったけど、そんな時間ないな…。
約束の場所に着いた。あたりを見渡したが、茂さんの姿はなかった。ちょっと、ほっとする。
ああ、それにしてものどが渇いた。ショッピングモールの中にあるスタバに目がいった。映画の前に時間は少しある。
でも、映画を観る前に飲むと、映画の最中トイレに行きたくなるのが嫌で、私は映画の前も、映画の最中も飲み物はとらないようにしている。だけど、今はさすがにのどが渇く。
待ち合わせの時刻から、10分がたった。きょろきょろ…。あれ?もしかして、場所を間違えたか?それとも、時間を間違えたか?
さらに5分が経過する。映画まで、あと20分しかない。約束を破るような人じゃないだろう。あれ?一週間間違えたかな?
「あの…」
いきなり、知らない人が声をかけてきた。
「?」
何かの勧誘か?それも、トレーナーにスタジャン、ジーンズという、こんな高校生みたいなのがなんで声かけて来るのよ。間違ってもナンパじゃないよね。
私が、怪訝そうな顔をすると、
「あ、柴田瑞希さんですよね?」
と聞いてきた。
「え?そうだけど。なんで私の名前?」
「あ、すみません。俺、榎本圭介っていいます」
声が、突然大きくなった。びっくりした。あれ?待てよ?…榎本って言った?
「桜井茂のいとこになります」
「ああ。…ええ?」
「茂にいが、あ、茂にいっていつも呼んでて…。今日、来れなくなったから代理できました」
「ええ?来れないって?どうしたの?」
病気?怪我?
「茂にいの患者さんで、喘息の子がいるんですけど、発作が起きて、2時間前に茂にいの病院に来たらしくって」
「はあ…。患者さんが…」
「はい。それで、吸引したり、いろいろしたらしいんですけど、結局前にいた大学病院に入院することになって、そのお子さんに連れ添って、茂にい大学病院に行ってるんです」
「はあ…」
「30分前に茂にいから電話で聞いて、父が、もう柴田さんは約束の場所いってるはずだし、お前車でひとっぱしりして、代わりに映画おごってこいって…」
「父って…。まさかと思うけど、榎本部長?」
「ああ、はい」
で~~~?榎本部長の息子さんがなんで、代わりに映画を観に来ているのよ?
「茂にいのお見合い相手だから、絶対にそそうのないようにって、言われてきました。あの、すみません。こんな年下相手で、つまらないと思いますけど、俺、精一杯頑張りますので」
な、何を?頑張ると言うのだ?
「……」
開いた口がふさがらないとは、このことか?部長は何を考えてるんだ?わからない…。
「何の映画、観る予定だったんですか?」
「アクションもの…」
「え?奇遇ですね。俺、アクションもの好きです」
観る気満々だ。断れそうも無い…。
「映画まで時間ありますか?急いできたんで、のど渇いちゃって…」
「20分くらいあるよ」
「あ、じゃ、スタバでなんか買ってきますよ。柴田さん、何がいいですか?」
「キャラメルマキアートの、冷たいの…」
「ああ、俺も、あれ好きです。じゃ、行って来ますね。そこのベンチで待っててください!」
「……」
なんて、気が利く。というか、なんて行動が早いんだか?茂さんとは大違いだ。若さかな?
それにしても、いくつなんだろう?高校生かな?部長に男の子がいることは聞いたことあるけど。ああ、そうだ。去年あたり、受験生だったとか言ってなかったっけ?あれ?じゃあ、大学1年くらいか~~。
「あ、それ、弟です」
キャラメルマキアートを飲みながら、その子は答えた。
「え?部長二人も、男の子いるんだ」
「あ、3人です。俺、次男ですよ」
「え?そんなに子供いたんだ~~」
「兄が、今、23歳。俺が21歳。弟は19歳だったかな?」
21歳か…。一回り下ね。
「柴田さんの名前、瑞希っていい名前ですね。花みずきからとったんですか?」
「違うと思う。字が違うし」
「ああ、そっか」
「くす…」
「え?なんかおかしかったですか?」
「ううん。圭介君ってさ。かっこいいし、もてるんだろうなと思って。今日は、いいの?彼女以外の人と映画なんて彼女怒らない?あ、こんなおばさん相手じゃ、怒らないか…」
「彼女いないすよ。さすがにいたら、引き受けてません」
「え?そうなの?もてるでしょうに」
「もてないっすよ。それに…」
「それに?」
「自分で自分のこと、おばさんとか言うの、やめた方がいいっすよ。瑞希さん、自分で思ってるよりずっと魅力的だと思いますよ」
は~~~~~?
12歳も下の子に、何言われてるんだか?それに、12歳も下の子にそんなこと言われて、何をドキってしてるんだか?おかしいよ、私…。
思わず、ドキってしたのを、見破られないよう、
「もう行かなくちゃ始まっちゃうね」
と、時計を見た。
「そうですね」
彼は私の顔をチラッと見てから、自分の時計も見た。もしかすると、この子は、女性の扱いになれてるのではないか…。ふと、そんなことを感じ、こんな子供にどぎまぎしてる自分にあきれてしまった。
「いつもこれ、映画を観るとき食べるんです」
映画が始まる前に、圭介くんは1番大きいポップコーンを買ってきた。
「瑞希さんも食べてください」
と、私の方に、差し出す。やば~~~。その無邪気さがすごく、かわいい。
映画の最中は、手と手が触れそうになり、ほんのかすかに、彼の手の暖かさを感じた。
「わ!」
心でドキッてして、手をひっこめようかなとも思ったけど、彼の方が先に、ひっこめてしまった。
かすかに、視線に入る彼の横顔が綺麗だった。
それにしても、部長と同じDNAとは思えないほどの、端正な顔立ちをしている。いわゆる「イケメン」ってやつだ。
小顔で、少し色白。鼻が高く、目はきりりとしている。口元は驚くほど真っ白な歯が笑うと見えて、それだけでくらっとくる。髪は今風の子とは違い、真っ黒でさらさらだ。
きっと、お母さん似だよ、うん…。
結局私は、ずっと隣にいる圭介君が気になってしまい、映画の内容もほとんどわからなかった。
映画館を出ると、昼ごはんの時間を過ぎていた。
「何か、食べてから帰りませんか?」
「あ、うん。いいよ」
「この辺、よくわかんないんすけど、ここ、このイタ飯屋でもいいすか?」
「うん」
お店に入り、窓際に座る。日曜日だけど、ちょっとランチの時間が過ぎているから、すぐにお店に入れた。
注文をして、待っている間、お母さん似でしょ?と聞いてみた。
「いえ、隔世遺伝みたいで、俺、おじいちゃん似なんです」
「へ~~。イケメンのおじいさんなんだ。お父さん似じゃなくて、良かったね」
「あはは、どういうことですか?俺、イケメンっすか?」
「え?自覚ないの?そんなことないよね」
「瑞希さんて面白いすね。もしかして、初対面でもまったく、大丈夫な人ですか?」
「いや、すごい人見知りするよ」
「うそだ~~~」
本当だ。圭介くんとは、全然、大丈夫だ。逆にはじめて会ったのに、楽しくてしょうがない。やっぱり彼は、女なれしてるんだ。この年でもう…。そうに違いない。
「今、彼女いなくても、前にはいたでしょ?」
「ああ、はい。去年別れました。2年付き合ってて、すんごい好きだったんですけど…」
「そうなの?好きなのに、別れちゃったの?なんで?」
「ああ、う~~ん。なんか、すれ違いが多くなって…。こっちが働いてる時間と、向こうが働いてる時間とか違ってて、会う時間も全然なくて」
「圭介君、働いてるの?」
「ああ、はい。専門学校でて去年から。IT関係の仕事なんすけど、けっこう忙しくて。土日は一応休みなんすけど、向こうは、土日仕事だったんですよ。店員さんしてたから」
「そっか。やっぱり会えないと、駄目になっちゃうのかな?」
「あ、茂にいも忙しいですけど、ほら、えっと…。結婚しちゃえば、毎日会えるわけですから大丈夫っすよ」
「あ、ああ、いや、結婚はまだ、わからないよ。付き合ってみてからじゃないと…」
「あ、そうですよね。見合いしたからってすぐ結婚するわけじゃないですよね」
茂さんのことをいつからか、忘れていた。映画を観始めたころからかな。
「俺、車で来てるんで、送っていきます」
「え?いいの?」
「いいんです。暇だし。ドライブがてらに」
駐車場にいき、助手席に乗った。こざっぱりと整頓されてる車。
「もしや、部長の車?」
「いえ、兄と共有してる車です。今日は瑞希さん送るからっていうんで、兄よりも俺に、優先権があって、先に乗ってきちゃいました。あ、シートベルトしめてくださいね」
「うん、あれ?」
「それ、ちょっと硬いんです。あ、俺、ひっぱりますから、じっとしててください」
ドキ!…だから、シートベルトをしめてもらうぐらいで、ドキってするな、私!
「あ、家どの変すか?カーナビに入れちゃうんで、住所いいっすか?聞いても」
住所を教えると、そのへんは行ったことないなって言いながら、カーナビを操作する。それから、音楽を流して、発進をした。
カーステから聞こえるのは、どうやら、オリジナルで作ったMDらしい。今の流行の歌が次々と流れてくる。
「誰の曲聞きますか?いつも」
「う~ん、そうだな。ミスチル、コブクロ、ゆず、スピッツも好きだし、そんなところかな」
「俺も、ミスチル好きっすね。カラオケでも歌いますよ」
「へ~~」
「このMDにも、入ってますよ」
「そうなんだ」
「天気いいですね。ドライブしますか?」
「うん、いいね」
そのまんま、いろんな歌を聴きながら、時々、圭介君が熱唱してくれながら、私たちはドライブを楽しんだ。
「圭介君、すごく運転うまいね」
「ああ、はい。よく言われます。運転大好きなんすよね」
「へえ…」
運転してるときの、ハンドルを握る手がすごく綺麗だ。
信号待ちをすると、顔をこっちに向けて、私の顔を見る。ちょっとドキってする。…だから~~、何度も言ってるでしょ。12歳年下の子にドキってして、どうするの。
圭介君の横顔の向こうに、夕焼けが見えた。丸い太陽が、沈んでいく。そのときに流れた歌が、ミスチルの「花火」で、私の大好きな歌だから、感動してしまった。
「この曲、好きなんです」
彼が言った。……やばいシチュエーションだな。
…もう、そのとき、私の心の奥は、わかっていたはず、気づいていたはず、この恋に。勝手に何度もときめいて、顔が赤くなって、にやけていた自分に。
この日の夕日も、この歌も、一生忘れることのできない、思い出になることも、もしかして魂は知っていたかもしれない。
たとえ、顕在意識の私が全否定したとしても、私のハートはこのときすでに、恋に落ちていたんだ。