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31 奇跡

 爽太が生まれて4日目、私は爽太と退院した。

 圭介の運転する車に乗り、私たちのアパートに帰った。部屋には、ベビーベッドが置いてあり、そこにそうっと爽太を寝かせた。

 ベビーベッドに寝ている爽太を、見ている圭介に、

「3人の生活が、これから始まるね」

と、私が言うと、

「そうだね」

と圭介は、嬉しそうに爽太の小さな手を握った。

「あ!見て、すっげえ!」

 爽太は、圭介の指をぎゅって握っていた。

「けっこう、力あるよ。こんなにちっちゃいのに…」

「うん」

 圭介は、嬉しそうだった。それから、しばらく爽太に指を握らせたまま、爽太になにやら、話しかけていた。 

 そんな圭介を私は見ながら、圭介が起こした奇跡を思い出していた。そう…。それは、奇跡としか言いようがない出来事だった…。



 あれは、去年の10月のこと。 

 いつもは圭介の検診の日にも、結果を聞く日にも、私は病院について行っていたが、赤ちゃんがいるから、風邪なんかうつされたら大変だって、圭介は私を家に残し、一人で病院に行った。

 私はつわりもまったくなく、全然大丈夫だったのに、圭介はあれやこれやと、気を使ってくれていた。


 一人で、待っているのも、さみしくて、すぐ近くの実家に遊びに行った。

 玄関にクロがかけてきたが、抱きついては来なかった。頭がいいなって本当に思う。

「あら、一人?圭ちゃんはどうしたの?」

「一人で、検査の結果を聞きに病院に行ったの。総合病院だから、いろんな菌をもってる人がいるから来るなって言われちゃった」

「そう。でも、お母さんも行かないほうがいいって思うわ」

「うん。家にいても、暇だしさ~~。ねえ、お料理でもしようか?夜ご飯、圭介と食べていっていい?圭介にも、実家にいるよってさっき、メールしておいた」

「いいわよ」

 夕飯の買い物に、母と一緒に行き、戻ってから二人で、リビングでゆっくりとしていた。 


 ピンポン、ピンポン、ピンポ~~ン!突然、何度もチャイムが鳴った。それから、玄関をドンドンたたく音。

「瑞希!いる?」

 圭介だ。何事かと思い、母と慌てて玄関に行き、鍵をガチャって開けると、圭介がすごい勢いで入ってきて、靴をはいたまま家に上がり、私を抱きしめた。

「瑞希、やった!やったよ!」

「え?何?何が?」

 私も母も、なんのことだかわからず、戸惑っっていた。

「無くなってた。がん細胞全部消えてた!」

「…!」

 圭介に、抱きしめられたまま、私は全身の力が抜け、立っていられないほどになった。


「本当に?圭ちゃん…」

「本当です!」

 圭介が母に向かい、さっき私のことを抱きしめるので、床にほっぽった紙袋を取って、その中から、なにやらガサガサ出し始めた。

 だが、私がへなへなと座り込んだので、圭介は慌ててまた、紙袋をほっぽらかし、私の体を支えた。その紙袋を母が拾い上げ、中身を出すと、レントゲン写真が出てきた。それから、検査の結果の用紙。

「それ!見てください。っていっても、見てもよくわからないんですけど」

 圭介はそう言うと、私を支えながら、リビングに入ろうとした。

「圭ちゃん、靴は脱いで」

 母にそう言われて、圭介は私を支えながら、ぽいっぽいっと靴を玄関に脱ぎ捨てた。


 圭介に抱えられて、リビングのソファに行き、腰を下ろした。母もソファに座り、圭介も私の隣に座った。

「竹内先生が、奇跡が起きたよって言ってくれました。また、来月検査はしますが、でも今の段階で、どこにもがん細胞が見当たらなくなっていると、言ってました」

「……」

 母と私は、顔を見合わせた。

「転移していた…癌は?」

 母が聞くと、圭介は即答した。

「それも、消えてました」

「……」

 母とまた、私は目を合わせた。

「竹内先生も婦長も、すごく喜んでくれてました。でも、今の医療ではありえないことで、奇跡とか、がん細胞がまったく消えたとか、そういうふうには公には言えない。癌であったことが、誤診だったとしか言えない、とも言ってました」

「……」


 夢でも見ているのかと思った。圭介の言っていることが、途中からわからなくなった。顔もぼやけてきた。そして気づいた。ぼろぼろに私は泣いていた。

「ひいぃっく…」

 圭介が、私が泣いているのを見て、また私を抱きしめた。私は、どんどんどんどん、涙が溢れて、声をあげて泣き出した。母も、泣いていた。

「奇跡ね…。まさに、奇跡ね…。ああ、信じられないけど、本当のことよね…」

「はい…」

 母にそう答えながらも、圭介はしばらく私を抱きしめていた。

「これ、この検査の結果を持って、圭ちゃんの家に行って来たら?」

「はい。じゃ、瑞希は、ここにいて…」

「え?」

「大泣きしてて、大変そうだから。報告したら、直ぐに戻るよ」

 そう言うと、圭介は、すごく軽やかに家を出て行った。


「そういえば、圭介、ここ最近、朝起きても頭痛していなかったし、顔色も良かったし、食欲もあったし…」

「髪の毛もいつのまにか、黒々と生えちゃったものね~~。すごいわね」

 母が、涙を拭いて、笑いながら言った。

「さあ!瑞希!今日はお祝いだわ!修二と、お父さんにも電話して、早めに帰ってもらいましょう。お寿司取りましょうね」

 母は、そう言うと、早速まずお寿司屋さんに電話をした。

 それから、父や、修二にも連絡した。父は、どうやら、うむとうなずいたまま、しばらく黙り込んでいたらしく、修二は、電話の向こうで奇声をあげているのが、受話器から聞こえてきた。

「@*△$!」

 もう、言葉にはなっていなかった。


 お料理をしていると、電話が鳴った。圭介のお母さんからだった。

「今、圭介が来て!検査の結果を聞いて!それで、今日お祝いをしようかと」

 圭介のお母さんは、嬉しさでいっぱいの声で話していた。その声が大きかったので、受話器からもれて聞こえてきた。

「はい、うちでも今、お祝いの用意をしてるんですよ。よかったら、うちにいらっしゃいませんか?」

 母が、そう提案した。

「うかがいます、うかがいます。じゃ、主人と、圭介と一緒に行きます」

 夜、3人で来て、我が家でお祝いをした。圭介もお酒を飲んでいた。みんなで、何度も何度も、乾杯をした。クロも、尻尾を振りまくり、圭介の横で嬉しそうにしていた。


 それから、しばらくして笹塚社長のもとに圭介が報告に行くと、すぐにでも会社に戻って来いと社長は言ってくれた。圭介は、仕事にすぐに復帰した。

 会社のみんなは、圭介の病気のことを知っていたので、復帰すると、みんな喜んでくれて、やはり会社でもお祝いをしてくれたようだ。

 圭介は、すぐにはばりばり働くのも控え、定時にはきちんと帰ってきたが、少しすると、徐々に残業も増えていった。だが、社長の配慮もあり、以前のような状態にはならず、10時頃までには、帰宅できていた。

 

 11月、週末に圭介と紅葉を見に行った。私は、つわりがないとはいえ、遠出はつらいので近くの公園や、森に行っただけだが、それでも、赤や黄色く色づいた木々を眺めながら、二人で感動した。

 日記はあいかわらず書いていて、紅葉も写真に撮った。


 12月、クリスマスにディズニーランドには行けなかったが、小さめのツリーを買い、飾りつけ、圭介とケーキを食べて、プレゼントを交換し合った。

 圭介は、とても可愛いネックレスをプレゼントしてくれた。

「素敵、可愛い!ありがとう~~」

 早速、ネックレスをして鏡を見た。

「これ、買うの恥ずかしくなかった?」

と聞くと、圭介は全然って笑って答えた。

 私は圭介に、とても似合いそうなシャツをプレゼントした。すぐに圭介がそのシャツに着替えると、めちゃくちゃ似合っていて、かっこよかった。

「圭介、かっこいいよ~~!」

 私が喜んで、そう言うと、

「瑞希は、俺にべたぼれだから、まいっちゃうよな~~」

と、圭介はにやって笑った。そうやって、いつも、茶化したことを言うけど、実は、照れ隠しなんだって事は、もう前から知っていた。圭介の耳は赤くなっていた。

 シャンパンを開け、二人で乾杯した。

「二人きりのクリスマスは、今年で最後だね」

「え、なんで?」

 圭介が、不思議そうな顔をした。

「だって、来年には、赤ちゃん…」

「あ、そっか。3人になるのか!」

 圭介は、思い切り嬉しそうに微笑んだ。


 大晦日には、年越しそばを食べながら、紅白歌合戦をこたつにはいって二人で見た。そのあとの、除夜の鐘の音も聞いた。

 年が明けてから、お互いの家に挨拶に行った。みんなで、おとそを飲み、陽気に過ごした。

 圭介のお母さんは、

「まさか、こんなお正月が迎えられるなんて…」

と、泣いていた。圭介のお母さんは泣き虫になった。というよりも、とても、感情を表に出す、感情豊かな人になった。

 うちの実家に行くと、おなかの大きい、美樹さんも緑ちゃんと来ていた。緑ちゃんはどうやら、圭介のことがお気に入りらしく、まとわりついていた。

 柚ちゃんもお正月の挨拶に来た。なんと、6月に修二と結婚する。私たちを見ていて、結婚がしたくなったようだ。

 それから、圭介と近くの神社に初詣に行き、安産のお守りを買った。


 2月、静岡で桐子が結婚をした。

 私は、大きなおなかで圭介と結婚式に出席をした。桐子は白無垢、だんなさんは羽織袴だった。それを見た圭介は、

「瑞希の白無垢も見たいな~~。もう一回結婚式しない?」

と、冗談を言った。う~~ん、実は私も圭介の羽織袴姿見たいなって、思ったんだよね。

 桐子は私と圭介がお祝いを言いに行くと、私たちを見て、涙ぐんだ。

「圭介君と二人で、式に来てくれるなんて…。すごく嬉しいよ。ありがとう…」

 そして、私と抱き合った。

 

 圭介は、何回か、私の検診についてきた。エコーを見て、赤ちゃんの心臓が動いているのを見たときには、涙ぐみながら、

「すげえ、生きてる、心臓がちゃんと動いてる!」

と、感動していた。

 圭介は、検診のたび、喜んだり感動するので、産婦人科の先生や助産婦さん、看護士さんに名前や顔を覚えられていた。そして、あの持ち前の人懐こさで、みんなと仲良くなっていた。


 3月には、性別がわかるので知りたいですか?と先生から言われたが、二人とも、生まれるまでの楽しみにしていたくて、断った。

 私は、その頃、貧血だから、注意をしてくださいと言われていて、よく、二人で近くの中華料理屋さんに行き、レバニラを食べていた。

 ある日、混んでいてカウンターしかあいていないので、大きなおなかで、よっこらしょと座って食べていると、隣に座ったおじさんが、カウンターの中のお店のおばさんと話しているのが、つい耳に入った。

 圭介は、食べるとき無心で食べるので、聞いていたのかわからなかったが、私はお箸を止めて、つい、聞き入ってしまった。


「家にいるとテレビばかりを観ちゃってね…」

と言うおばさんに対して、そのおじさんは、

「僕はね、ラジオをよく聞くんだよ。この前もね、面白い話をしていた」

と、語りだした。

「ある作家さんがゲストで出ててね。あるとき、自分は癌で、余命数ヶ月と告げられて、それから、自分の思いを文章に書き、死を受け止めたらしいんだ。そうしたら、それから世界がまるで、変わってしまったって言ってたよ。見るものが、すべてきらきらして、ああ、空ってこんなに美しかったかなとか、木って、こんなに綺麗だったかなとかね」

「へ~~~。もう、あとわずかの命って思ったら、どんなものにも感動するようになったのかしらね」

「そうだね~~。きっと、そうだ」

「でも、それは作家さんだから。ふつうはなかなか、思えないでしょう」

「うん、いっぱい自分の思いを文章に、書いたんだろうね~~」

「それで、その人、生きててラジオに出てたんでしょう」

「そうそう、癌が消えちゃって、あるとき病院に行ったら、誤診でしたって。それからずっと、元気らしいよ。」

「へええ。そんなこともあるのね~~」

 話を聞きながら、私は去年の夏、圭介と毎日、見るもの見るものに感動していたのを思い出した。 

 そして、その前に、ああ、そうだ。二人で、死を怖がって、泣いたっけな。それから、自分たちの思いを吐き出したっけ…。そんなことを思い出していた。


 中華料理屋を出ると、圭介は、

「さっきの、隣に座ってたおじさんの話、聞いてた?」

と、私に、聞いてきた。

「うん、圭介も聞いてたの?」

「うん…。なんか、その作家の言ってること、わかるなって思ったよ」

「うん。私も。聞いてて、去年のことを思い出した」

「俺たちも、いっぱい泣いたりしたね。感情出してさ」

「うん」

「それから、死ぬってことを受け止めて、毎日を大事に生きはじめて、瑞希と毎日、毎日、感動してた」

「うん…」

「見るもの全部に、感動したよね…」

「ふふ…、今でもでしょ?食べるのも、いっつも味わってるよね」

「だって、もったいないじゃん、味あわなくちゃ。今をしっかりと、味あわなくちゃさ」

「うん…」


 それから、手をつないで、ぶらぶら歩いた。

「瑞希と会ってから、1年たったね」

「1年しかたってない?もう何年も前から、ずっと隣にいるみたいだけどな」

「いたのかも」

「え?」

「生まれる前からとか、ずっと…」

「ふふ。そうだね。」

「もう、こうやって一緒になる運命だったんだよ」

「うん」


 4月。満開の桜を近くの公園に行き、二人で見た。

 圭介はよく、私のおなかに向かって話しかけた。どんなに桜が綺麗なのか、どんなふうに風に吹かれて散っていくのか…。

 木に咲いている桜だけでなく、圭介は風で散っていく桜も好きだった。根っこの方に小さな桜の花が咲いているのを見つけて、

「おお、すげえ。こんなところでも、咲いてんじゃん。すげえな~~。上ばっかり見てたら、気づけなかったな」

と、そんなことを言っていた。

 圭介といると、本当にいろんなものを発見でき、そして、なんにでも感動できた。


 時々、公園に行くと、しばらく二人で黙って、風を感じ、匂いをかぎ、空に浮かぶ雲を見た。

 木々の間からきらきらと光る木漏れ日や、ちょっとずつ芽吹く枝の若い葉っぱや…。草の間にこっそり生えている、かわいらしい花や、その周りを飛ぶ、小さな虫たちや…。公園で遊ぶ、子供たちの笑い声。

 それら、すべてを感じ取り、満喫した。そして、圭介は感じたことを、時々私のおなかに手を当てて、おなかの赤ちゃんに話していた。

「聞こえた?今の風の音。それから、子供たちの笑い声。早く出てきて、一緒に遊ぼうな…」

 そのときの、圭介の顔はこのうえもなく幸せそうだった。会えないかもしれなかったわが子に会える、そんな喜びをかみしめているように見えた。


 圭介の声を聞くたび、おなかの赤ちゃんが反応した。足を動かして、答えているかのようだった。

「すげえ、今動いたよね!」

 足の裏の形がわかるくらいに、おなかの赤ちゃんは元気に動いた。圭介に、見て見てっておなかを見せると、赤ちゃんの足にさわり、すげえ、すげえって圭介は感動していた。

「生きてるんだよな、すげえな。瑞希のおなかの中でさ~。ああ、なんかずるいよな…」

「え?何が?」

「だって、瑞希は今も、赤ちゃんといつも一緒じゃん。いろんなものを一緒に見たり感じたり、それをいっつも一緒にできるんだろ?」

 おなかを触って、私もよく話しかけていた。特にお風呂に入るときには、いっぱい話しかけていたので、それを知っている圭介は、やきもちを妬いたのかな?

「もっと、でかい風呂なら、3人一緒に入れるのに!」

「3人?」

「俺と、瑞希とおなかの赤ちゃんと。だって、瑞希お風呂でよく、話してるじゃん、赤ちゃんと…」

「生まれたら、いっつもお風呂は圭介に任せるから。そうしたら、赤ちゃんと入れるじゃない。もうちょっとの辛抱だよ」

「ええ?瑞希も一緒に入れる?そんとき」

「入れないって…。だから、圭介と赤ちゃんで…」

「なんでえ…。あ~~あ…」

 そう言うと圭介は、ほんの少しふてくされた。


 その分、圭介は、寝るときに、いっぱいおなかの子に話しかけていた。早々絵本まで買い込み、絵本まで読んであげるという、本当に子煩悩なパパをすでに、発揮していた。

 でも、やっぱり圭介も私も、今という時間を楽しんでいた。

 

 そして、5月。

 きらきらと木々が芽吹く季節。

 爽太が生まれた…。



「ねえ、圭介、私が願っていたこと、次々と叶ってたよ。いつの間にか知らぬ間に…」

「うん」

 圭介は、爽太に指を握られたまま、私の話に耳を傾けた。私も、ベビーベッドに寝ている爽太の顔を覗き込んだ。

「ほら、無理やり圭介に治って欲しくて、未来をイメージしたでしょう。あの時、私、圭介と紅葉を見て、クリスマスを過ごして、初詣に行って、桐子の結婚式に出てって、イメージしてた…」

「ああ、そんなこと言ってたこともあったね」

「それ、全部叶ってるよね」

「はは、ディズニーランドはまだ行ってないから、今年の冬に爽太も連れて行こうか?」

「爽太連れていくなら、もっとあったかい時がいいな」

「うん」

 圭介は、まだ爽太の顔を愛しそうに見ていた。


「それとね、圭介には言わなかったけど、圭介とこうやって一緒に暮らすのも、圭介のお弁当を毎日作るのも、一緒にご飯食べたり、テレビを観たり、そんなのもイメージしてた」

「ありきたりのことなのにね。それ…」

「うん、でも、私にとっては、すごい夢だったよ」

「うん、俺にとってもそうだったな。思い描くだけでも、辛かったよね」

「うん…」

 圭介の肩に頭をくっつけて、続きを話した。

「それから、子供と3人でいるところも、イメージしたことある」

「そうなの?」

「うん。3人で、海に行くの」

「ああ、いいね。俺もそれしたいや。あ、そのときには、クロも一緒に」

「うん…」


 なんだか不思議だった。今は、そういう未来のことを思っても、当たり前に叶うような気になっている。だけど、

「でもね、圭介…」

「ん?」

「私ね、未来に、こういうことしたいって思っても、でも、今が1番大事」

「うん」

「こうやって、圭介のあったかい空気を感じているのが、すごく幸せ。今、目の前にいる圭介や、爽太を見ているのが、すごく幸せ。今、目の前にある風景がとっても、とっても愛しいんだ」

「俺も…」

 圭介は、そう言うと、私にキスをした。

「ずっと、ずっと、この瞬間を大事にするよ。今に俺たちは生きてるんだもん。ね」

「うん!」



 1年後…。


 ワンワンって喜びながら、浜辺を走るクロと、圭介。半分びしょぬれだ。それを私は眺めていた。爽太は、さっきから、砂遊びに夢中。

「瑞希、水ちょうだい」

 圭介が息を切らして、こっちに来た。クロもハアハアいってる。圭介に水のペットボトルを渡して、クロにも、お皿に水を入れてあげた。

 圭介がゴクゴクって水を飲んだ。ああ、あいかわらず、水を飲む姿まで、さまになってるよな~~。

 そんなことを思いながら、圭介の動くのどぼとけに見とれていた。

「ああ、うめえ!」

って、口からこぼれた水を腕で、ぬぐう。そんな姿もかっこいい…。


 見とれている私の足元で、砂遊びをしている爽太を、圭介が抱き上げて海のほうに歩いていった。そして、高い高いって、青空高く、ほおってから抱きとめ、

「きゃっきゃ!」

と、喜ぶ爽太のほっぺにキスをした。

「どうだ、爽太、空がすんごく綺麗だろ。それに見てみろよ。海もでっかくって、すんごい綺麗だろ?」

 圭介がそう言うと、爽太はわかっているのか、うんうんとうなずいた。

「爽太、世界っていうのはさ、すばらしいだろ?生まれてきて、良かっただろ?」

「うんうん」

 爽太は、圭介に抱っこをされて、嬉しそうだった。爽太は本当に、パパが大好きだ。

 クロが、圭介の足元にじゃれついた。爽太は、クロの方を見て、にこにこした。 爽太はクロが大好だ。そして、クロも爽太が大好きだ。

 私も、圭介のとなりにいった。爽太が、私を見て、またニコニコ微笑んだ。そう、爽太は、ママのことも大好きだ。そして、ママも、爽太が大、大、大好きだ。


 爽太、君はこうやっているだけで、みんなを幸せにしてくれるね。

 爽太を抱っこした圭介と、クロと一緒に大きな海を見ながら、私はつぶやいた。

「圭介、また、一つ夢が叶ってるね」

「うん。叶ってるね」

 圭介の肩にもたれて、圭介と、爽太のあったかい空気に包まれる。こうやって、きっとずっと私は、圭介のあったかさを感じていくんだろうな。

 そんなことをふと思ったが、すぐに今、目の前の風景を感じ、この瞬間をぎゅうって、私は大事にかみしめた。 


 

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