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2 決断

 私は週末、家で過ごすことが多い。数少ない趣味の一つには料理があり、体を動かすのが得意ではない私が、唯一している運動はヨガだ。あ、でもヨガって運動とは呼べないのかな?

 ゆったりと起きて、朝けん昼の食事をとる。かっこよく言うと、ブランチかな。

 それから、家から自転車で5分という近さにある、スポーツセンターに行く。スポーツジムとは違い、ここは市のスポーツセンターで、格安でヨガを受けられる。ま、来てる人の大半が、おばあさんなんだけどね。


 スポーツセンターのすぐ横には公園があり、子供を連れてくるお母さんたちの溜まり場になっている。

 土曜日だというのに、よく出てくるものだって思う。親子3人という家族もいれば、母子どうしでやってきて、子供そっちのけで、話し込んでるお母さんがたの姿も、たくさんいる。年は多分、私よりも若いんだろうな。20代かもしれない。

 横目で見ながら、「ああいう中には、絶対に入れそうもないわ」と思う。


 私は人見知りをするので、初めて会う人が苦手だ。

 会社に入ったときも、同期の中でなかなか仲いい人ができずにいた。でも、4~5ヶ月もするうちに、だんだんと気の合う人でご飯を食べるようになり、いつの間にか、グループができてたけどね。

 桐子は、実は苦手な部類に入るタイプだった。大人びてて、しっかりしてて、綺麗で、おしゃれで。

 はじめは、違うグループにいたのだが、いつの間にか、一緒のグループにいるようになったな。何年か同じグループで行動しているうちに、とても仲良くなっちゃったんだよね。


 ヨガには一人、30代で独身の人がいる。なんとなく、どちらからともなく話すようになり、今は、ヨガの後、お茶をするようになった。

 彼女の名前は「藤子」藤に子と書き、「とうこ」。桐といい、藤といい、私は木の名前に縁があるようだ。

 藤子は、保険会社の営業をしている。ノルマもあり、なかなか大変な仕事のようだ。

 実はバツ一で、子供もいるが、なんと子供はもう中学生だという。土日も部活があるとかで、土曜日、安いヨガの教室に来ているというわけだ。

 藤子には、彼氏もいる。4歳年下と言っていた。

 あれ?藤子は今、何歳なのかな?1度だけ彼を見たことがあるが、なかなか落ち着いた雰囲気の人で、藤子と同じくらいに見えた。藤子が若く見えるからかな?

 子供が、もう少し大きくなってから結婚を考えようかとも言っていたけど、結婚より、恋人の方が楽なんだよね、とも言っていた。子供がいる余裕なのか?


 私なんて、子供をこれから生むこと考えただけでも、焦ってしまう。今から彼を見つけて結婚して、子供生んで、いったいいくつになってからの、子育てになるんだろうか?

 母親も、これ以上年取ったら、孫の面倒見れないからねと脅してくる。だけど、最近は、「彼氏は?結婚は?」と聞いてこなくなった。あきらめたのか、あまり言うと、私がプレッシャーを感じると思ったのか?


「お茶していく時間ある?」

 藤子に、昨日の話を聞いてもらいたかった。

「うん、あるよ。大丈夫」

 いつものように、二人で自転車をこぎ、ファミレスへと向かう。ランチの時間帯を過ぎてるからか、いつもわりかし、空いている。

 窓際の席に座り、二人で、

「は~~。疲れたね~」

と、言う。ヨガは、激しい運動ではないけど、意外と、疲れるのだ。

 いつものように、ドリンクバーを頼み、自分の好みのドリンクを持ってきた。藤子は、アイスティーを。私はホットコーヒーを。


「昨日さ、部長からいきなり肩をたたかれてさ」

「え?なに?もしや、首切り?」

「う~~ん。その話もあったんだけどね。部長がね。見合いの話を持ってきたんだよ」

「あら!いいじゃない?どんな人なの?」

「35歳。小児科医」

「ええ?いいんじゃない?お医者さんでしょ」

「う~~~ん」

「な~に?、迷ってるの?例の林さんかな?」

「違う違う。論外…」

「じゃ、昔の彼でも、引きずってるかな?」

「昔の?」

 ああ、2歳下の…。それはないな。そう。私は、その彼のことを、本当に好きだったのかなって、あとから思ったほどだから。


 そう考えてみると、私は本当に誰かを好きになったこと、あったのかな?

「会社を辞めるの?」

「迷ってる。辞めてもすることないしね」

 コーヒーが今日はやけに苦い。

「じゃ、一緒に働く?保険の仕事、どう?」

「それは辞めとくよ。私には向いてないもの。藤子見てても、きつそうだし」

「そっか、ま~ね。ノルマとかあるしね。私みたいに、養わなきゃならないのがいたら、簡単には辞められないけどさ」

 グサ……。


 そうなんだ。私には背負ってるものも何もない。自分ひとりだ。だからこそ、なんだなかいつも、寂しいような、このままじゃいけないような、ぽかりと胸に穴があいてるような、そんな感じがするんだ。

 このままでいいわけないとか、このままでは何も変わらないとか、そんなことばかりを思って、未来が不安でしょうがない。


 でも、思い切って「えい」って、人生を変える勇気もなかった。だから転職だってできなかったんだ。

 ただのOLは嫌だと、学生の頃には思っていた。手に職をつけたいとか、自分にしかできないような仕事がしたいとか。でも、何も見つからずに事務職をしていた。

 留学して英語ぺらぺらになると思ったら、全然だったし。本当は学校卒業しても、留学する予定だったけど、なんだか怖くなってやめちゃったんだ。1ヶ月でも、不安と怖さで、途中体もおかしくなったしな。


 私の人生ってなんだったのかな。薄っぺらだな。何かをやりとげたこともなければ、特技も何もない。部活動とかもしたことないんだ。夢も何もなかった。

 ううん。高校生の頃は、あこがれていた。ツアーコンダクターとか、そういうの。英語べらべらにしゃべって、いろんな国に行って…。

 だけど、一ヶ月の留学でも、へこんだから、あきらめちゃったんだよね。私には無理だって。

 そんな薄っぺらな人間なんだよ。あ~~~あ…。


「藤子は、夢ってあった?」

「夢?あったよ」

「何?」

「お母さん」

「え?」

「幸せな結婚して、子供生んで…。平凡でしょ。うち、親が離婚してるから、子供の頃からの夢だったんだ。だから早くに、結婚して、私も離婚しちゃった。ははは。でも、お母さんになる夢は叶ったかな」

 そうか…。


 結婚は、学生時代、夢見なかったな。かっこよく、仕事している自分を想像してた。

 学生の頃には結婚より、大恋愛にあこがれていた。心の底から愛して、愛されてっていう恋愛がしたいって。それも叶ってないのか…。


 藤子と別れると自転車で家に帰ってきた。門を開けると、犬のクロが尻尾を振って飛びついてきた。

「クロ!だめ。自転車倒れる!」

 クロは、ボーダーコリーだ。真っ黒だから「クロ」。

「お母さん、また、クロ勝手に庭に放してる!」

「あら、いいじゃない。散歩に連れてってあげてよ」

「また私?修二は?」

「修ちゃんなら車でどっか行ったわよ。デートじゃないの?」


 修二って言うのは、5歳下の弟だ。もう付き合って5年になる彼女がいるが、結婚はまだしていない。

弟いわく、姉の私をさしおいて結婚はできないから、早く嫁げというのだが、どうも、まだまだ、結婚する気がないだけのような気がする。


 私には兄もいる。兄の名は雄一。結婚して、子供もいるが、去年移動になり仙台にいる。日本各地に支社がある会社に勤め、2~3年ごとに、移動になる。それも大変だわ。

 子供は女の子。名前は「緑」ちゃん。2歳。かわいい盛りだが、なかなかうちには来ないので、母が文句たらたらだ。どうやら、お嫁さんの実家には良く行っているらしい。ま、それもしょうがないことかなって思ったりもする。私でもそうするかな。


 修二は、専門学校の講師をしている。彼女はなんとそこの学生さんだった。 学生の頃からの付き合いで、あ~あ、生徒さんに手を出したかって、兄とよく修二に言って、からかっていたっけ。まさか、5年も付き合うとはね。

 体育関係の専門学校で、彼女は今、幼稚園にいき、園児に運動を教えている体操教室の先生だ。元気で明るくて、かわいい。修二にはもったいないくらいだ。たまにうちにも遊びに来るが、いい子なので、父や母のお気に入りだ。兄のお嫁さんとも仲良くしている。

 私は人見知りがあり、どうも、仲良くなれない。別に嫌ってるわけではないから、彼女が変な風に誤解してなきゃいいんだけど…。


 そんな感じで、うちの兄弟の中で1番問題あり、将来が安定していないのは私なのだ。だから、父も母も、私のことが1番気がかりだろう。

「は~~~~~~~~」

 散歩の途中、ため息がもれた。クロがびっくりして、こっちを見た。


 公園のベンチに座るとクロも、ハッハッて息を吐きながら、私の足元にちょこんと座った。

 クロは今年でいくつになるっけ?もううちに来て、3年はたったかな。人間でいうと、何歳かな?

 ペットショップで買ったのではなくて、修二の友達の愛犬が子供を生んだからってもらってきたんだよね。だから、もともとは修二の犬なの。なのに、週末散歩に連れていくのは、私なんだよね。そりゃ、暇しているけどさ…。

 だけどね、クロはいい子で、大好きだから、この散歩の時間は至福のときだったりする。


 前に、2回ほど柴犬を連れてきた、男の人と話をしたことがあって、どうやら20代後半の人で独身のようだった。だけど、名前を聞くのもなんだし、散歩の時間もわからないし、ちょっといい感じの人だったんだけどね。

「出会いってあるようで、ないよね。クロ」

 自分が高校生くらいならさ、そんな出会いも期待するけどさ。


 クロの頭をなでていると、

「わんちゃん~~~~~!」

って、3歳くらいの女の子が寄ってきた。お母さんが慌ててかけてきて、

「だめよ。噛まれたらどうするの?」

って子供の腕を掴んだ。

「クロは、噛んだりしないですよ。姪っ子の2歳の子にも優しいですし」

と私が言うと、そのお母さんは、

「え?あら、ごめんなさい」

って、あやまった。

「わんわん!」

 女の子がクロの頭をなでた。クロはおとなしくしている。

「かわいいでしょ」

と言うと、女の子が、

「かわいい、わんわん!」

って、にこって微笑む。その笑顔もたまらなくかわいい。

「さ、もういきましょう。パパが待ってるわよ」


 向こうの方で、赤ちゃんを抱っこしている男の人が、こっちを見ていた。女の子のパパで、この女性のだんなさんだ。ああ、4人家族か…。理想的な家族だな。

「パパ~~。わんわんいた~!」

って、おたけびをあげながら、女の子は走り去っていった。その後ろからお母さんが、

「走ると危ないわよ」

と、大声でこれまた叫びながら、追いかけていった。

 週末の家族連れの風景だ。なんでもない、ありきたりの家族だ。でも、私にはまぶしすぎるくらいだ。


 ヒュ~~~~~~~。冷たい風が吹いた。 今日は天気も良くて、外にいてもそんなに冬の寒さを感じない日だったけど、さすがに、ベンチに座っていると、寒さにこたえる。いや、一人身を感じて、心が寒くなったんだろうか。


 家に帰ると、母があったかいハーブティを淹れてくれた。それを飲んでいると、胸の奥にまであたたかさがしみてきた。

 部屋はストーブで暖かく、足を綺麗に母にふいてもらったクロが、擦り寄ってくる。

 このまま、このあったかい家にいちゃいけないんだな…。いつまでも甘えていてはいけないんだな…。いきなりそんなことを思って、

「お母さん、私お見合いしようかな」

と、唐突に言ってしまった。

「え?お見合い?」

 すっとんきょうな声をだし母は、言った後に自分の口を押さえた。どうやら、自分のすっとんきょうな声に驚いたようだった。

 ああ、言っちゃった。でもいいや。もし嫌なら断ればいいんだもん。


 その見合いで、私の人生は変わる。一変したのだ…。

 そんなこと、そのときには露とも知らず、その先にある出会いも、その先に経験することも、そのときにはな~~んの予感もなく、母のすっとんきょうな声に笑っていた。

「でも、あまり期待はしないでね。お見合いしても結婚するかはわからないから。ただね、仕事は辞めようと思う」

と、母に告げた。すると母が、

「え?辞める?」

って、またすっとんきょうな声を出した。今度は目もまんまるで、その顔を思い出すといつでも笑えるくらいだった。


 母が父にも話したらしく、その日の夜、父が私の部屋をノックした。会社を辞めること、見合いの相手は誰かを、詳しく説明すると納得したようだ。

「部長さんのすすめるお見合いなら、問題ないだろう」

 そう言うと、父は部屋を出て行った。

 そうだろうか…?部長が、自分で言うのもなんだが、仕事一筋で、うんたらっていう部分は省いて父には話したので、私自身は少し不安が残っていた。

 まあ、いいや、いいや、気に入んなかったら断ればいいんだもんね。


 月曜日、朝1番に部長のところに行き、

「昨日の話ですが、お受けします」

と、小声で言った。部長はいきなりなので慌てて、

「え?何?どの話を?」

と、聞いてきた。…ああ、そっか。契約社員だの、会社を辞めるだの、いろんな話をされたんだっけね。

「お見合いのお話です」

 さらに、声のトーンを下げ、周りには聞こえないように部長に言った。

「え?そんなに早く決めていいの?」

「あ、はい」

「そうか、そうか。いや~~、姉も喜ぶよ」

 部長も小声でそう言うと、

「じゃ、その件については、また後ほど。悪いね、柴田さん。これから会議があるから詳しいことは、またにして…」

と、わざとらしく、今度は普通の声で言うと、席を立って会議室へと向かっていった。


 お見合いを受けようって思う…、と昨日桐子には夜、メールをした。

>いいんじゃない?行動行動よ。人生変えたいならね。

 そんな返事が来た。人生を変えたいか…。本当だよね。

 前の彼と別れてから、どこか保守的になっていた。自分から何かに飛び込むのも、やめていたかもしれないな。


 見合いの話はどんどん決まっていった。部長も周りに話を聞かれないように気を使い、メールでのやりとりをするようになった。部長、メールできるんだ…て、初めて知った。

 桐子はとっとと、退職届けを出してしまっていた。3月いっぱいで会社を辞めて、4月には静岡に戻り、旅館の仕事をするという。は、早い…。思い立ったら即行動の人だからな~~。

「瑞希もとっとと、退職届け出したら?どうせ、結婚が決まったら辞めるでしょ?お見合いうまくいかなくても、居づらいでしょ?」

 そのとおりだ。でも、まずは課長に話をしなくっちゃ。課長は部長から聞いているだろうけど、私の口からも言わないとね…。


 課長に応接室に来てもらい、お見合いのことと退職のことを話した。やはり、聞いていたようで、驚いた様子はなかった。手続きの仕方は総務の人に聞いてね、とだけ残し、部屋を出て行った。

 私もどうせなら、桐子と同じ日に会社を辞めよう。3月いっぱいで、辞めることにした。

 一歩前に踏み出したら、事が進むのは早い。あっという間に、お見合いの日取りも決まっていった。


 相手の写真も見せてくれたが、見た感じは普通の穏やかそうな人だった。 公園で見た、まぶしい家族のお父さんのような、アットホーム的な、そんな感じの人に見えたから、仕事人間には見えなかったが…。会ってみないとわからないよね。

 私の写真も、渡してもらった。仕事始めに少しおしゃれをして、会社に行った時、桐子と撮り合った写真だった。

 本当は2~3年前の若い写真を渡したかったが、修二に、

「そりゃ、詐欺でしょ。だいいち、会ったらばれるから、やめとき」

って、言われた。それもそうか…。 

  

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