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22 反対

 その週は、あっという間に過ぎた。圭介は体がなんでもなかったって安心したせいか、仕事をばりばりし始めて、会社でもほとんど無言で、もくもくとパソコンに向かっていた。

 夜は残業をしていたが、無理はしないようにと思ったのか、泊まったりすることはやめて、遅くても11時には切り上げていたようだ。

 私は、お弁当を圭介の分だけ作っていった。きちんと結婚が決まり、みんなに報告してから、どうどうと二人分作るからというと、圭介も、うん、わかったと、納得していた。

 圭介は、パソコンをうちながら、デスクでお弁当を広げて食べていたが、私が昼から帰ると、メールで、

>すげえ、うまかった!

と、送ってきてくれた。


 朝、母親が起きてくる前からお弁当を作っている。家に帰っても、こっそりと男性用のお弁当箱を見られないよう、母が寝室にいってから洗っていたりする。もし、見られたら絶対、圭介のだってばれるだろうなって思っていたからだが、ちょうど、洗っているのを修二に見られて、

「俺のを作ってるってことにしたら?」

と、言ってくれた。

「でも、そんな優しいお姉さんじゃないって、母さんわかってるか」

とも、言われてしまった。失礼な。いや、でも実際そうだけど。頼まれたって修二のなんかは、作りたいとも思わないが…。


 毎日朝早かったので寝不足が続き、土曜日は寝坊をした。

「ああ、明日、圭介が来るって、親に言わなくちゃ…」

 そう思うと気持ちは、さらに重くなり、なかなかベッドから出られなかった。でもな~~、ここで、親に言わなくっちゃ、前に進んでいかないんだよな。外もやっぱり曇り。うう、気がめいる。

 どうにかこうにか、一階におりて行った。遅い朝食なのか、早い昼食なのかわからない時間帯に、ご飯を食べた。

 母が作っててくれているわけはなく、いつも自分で冷蔵庫を開けてあるもので作る。たまに同じ時間に修二がおりてくると、修二の分も作ってあげるが、今日はもう出かけたようだ。


 母は、寝室に掃除機をかけていた。父は、リビングでコーヒーを飲みながら、新聞を読んでいた。

 何も言わずに、キッチンに行き、ご飯を適当に作っていると、掃除機をもった母が来て、

「あら、遅かったわね。このへん掃除したいんだけど、ご飯なの?」

と、ちょっと嫌みったらしく言ってきた。

「うん」

「じゃあ、あとで掃除機かけといてくれる?」

 ああ、しまった。面倒なことを頼まれた。リビングはクロの毛があって、掃除が大変なんだよね。


「今日は、ヨガに行くの?」

 あ、ヨガ。最近忘れてた。

「うん、行ってくる」

「そう、じゃ、買い物には行かないわね」

「なんで?」

「ほら、今横浜で福引してるじゃない。一緒に買い物にでも行こうかと思って」

「私は、福引が終わって、バーゲンが始まってから行くから」

「あら、そう」

 母は、少し残念そうに言うと、

「服、見てもらいたかったんだけど、明日は用事は?」

と、まだ、食い下がってくる。

「あ、明日?」

 ちょっと、声がひっくり返ったかもしれない。

「何かあるの?」

「うん、実は、その…。圭介が来るって言ってた」

 あ~~あ、言っちゃった!

「あら、遊びに?クロの散歩かしらね。明日晴れたらいいわね、クロ」

 クロは、それを聞き、尻尾をぐるぐる回した。…いやいや、クロ、君の散歩をしにくるのではないんだよ。

 でも、まさか、結婚の申し込みに来るとは言えず、そのまんま、何も言わず、私は無言でご飯を食べた。


 午後、ヨガに久しぶりに行き、籐子さんに会った。久々だし、お茶しましょうって帰りにいつもの、ファミレスに行った。曇り空だが、雨は降ってなかったので、二人とも自転車で来ていた。

 アイスコーヒーを飲みながら、籐子さんに、今まであったことを報告すると、

「ええ~~~~~?!」

 籐子さんは、思いっきり驚いていた。

「結婚の申し込み?12歳年下?」

 その驚きようは、はんぱなかった。そうだよね、そのくらい驚くことだよね。なんて思いながら、アイスコーヒーをストローでくるくるかき混ぜ、氷の音をカランカランさせていると、

「写真は、写真はないの?」

と、聞いてきた。

「あ。社内旅行のがあるけど、持ってきてないよ」

「え~~?今、持ってないの?」

 籐子さんは、がっかりしていた。


「あ、写メ撮ったんだ」

 圭介と、海に行った時、クロと撮ってあげてたのがあったのを思い出した。それを圭介にも送ると、めちゃ喜んで待ちうけ画面にしていたんだっけ。

 自分の写真をか~~?って聞くと、クロとのツーショットが嬉しいからって言っていたけど、あとから聞いたら、私が撮った写真っていうのが、嬉しかったようで…。

「これ、うちの犬と写ってる」

 籐子さんにそれを見せると、

「ええ?若い。高校生みたいよ。可愛い~~」

と、さわいだ。うん、確かに…。パーカーとジーンズ姿で、めちゃくちゃ、思い切り笑っているその顔は、高校生にしか見えない。

「スーツ着たら、一応、社会人には見えるんだけどね」

 そう言うと、スーツ姿も、今度撮って来いと言われてしまった。


「明日楽しみね~~」

「ええ?楽しみじゃないよ、気が重いって…」

「なんで?圭介君が何を言うか、楽しみじゃない?」

 籐子さんは、他人事のように言う。いや、他人事なんだろうけど。

「そうか、そういう楽しみ方もあるか…」

「そうよ~~。きっと、緊張してるわよ~~。来週ヨガに来る?来たら教えて!ああ楽しみ!」

 人の真剣な結婚話で、遊ぶなよ~~と思いつつ、少し気が軽くなった気がしていた。


 翌日。…ああ、翌日。…ああ。…ああ。とうとうきた日曜日…。圭介は約束の12時きっちりに、チャイムを押した。

 結婚の申し込みだと知らない母は、のん気に、

「は~~い」

と、玄関に行った。圭介が来ることを知っていた修二が、久しぶりに圭介と話でもするかって、自分のデートの時間までずらし、家にいた。

 父も、圭介と話ができるのを楽しみにしていて、お昼ご飯を一緒に家で食べるか、外で食べるか、ぎりぎりまで、考えてたらしいが、

「家にしようよ」

と私はそう提案し、簡単なサラダと、お吸い物と、炊き込みご飯を作り、母がお魚の煮物を作った。どうやら、何の異常もなかったとはいえ、少々母は、気を使って、お肉でなく魚にしたようだった。

 ただ、このご飯が無駄にならないことを、私は願っていた。


 母が、玄関を開けに行くと同時に、クロも玄関に走って行った。私はキッチンにいて、サラダをもりつけていたので、出遅れてしまった。

 ドアを母が開けると、一目散にクロが圭介に抱きつこうとしたが、圭介がスーツで決め込み、ネクタイまでして、直立不動で立っていたので、クロは飛びつくのをやめ、く~~んと、その場で、止まってしまった。

 クロだけでなく、母も、動きが止まっていた。


「おや、今日も仕事だったのかい?」

 母の後ろから父が、そうやわらかく聞くと、母もようやく動き出し、

「いらっしゃい、圭ちゃん。仕事帰りなの?大変だったわね」

と笑って、圭介を、迎え入れた。そのあとに、戸惑ったのは圭介だった。

「あ…」

と、言ったきり、圭介は黙ってしまい、一番後ろにいた私のほうを、凝視した。

「何も、言ってないの?」

と、どうやら、目で訴えている。

「ごめん」

と、心でつぶやきながら、両親に見られないよう手で謝った。


「お邪魔します」

 玄関に上がり、きちんと靴をそろえて、リビングへと圭介は入っていった。母は、その行動を見ていてどうやら、ただ事ではない様子、と感じたらしい。女の感か。しかし、父は、わかっていない様子だった。

「さあさあ、一緒に昼でも食べよう」

 父は、満面の笑顔でダイニングの方へ、圭介を通そうとしたが、圭介は、お昼を食べる前に大事なことを済ませて起きたかった様子で、父に向かって切り出した。

「いえ、その前に、話があって…」

「え?」

 父は、まだ気づかないのか、すっとぼけているのか、にこにこしながら圭介に聞いた。

「お昼を食べながらじゃ、駄目かな?」

 さすがに、食べながら話すことではないだろう…母は、私の横で、感づいているようで、

「リビングに座る?お茶でも淹れて来るから」

と、キッチンへと行ってしまった。


 2階から、そうっと修二がおりてきたようで、そのまま、キッチンに行って母に、何かを話していた。

「はあ…」

 小さなため息をつき、圭介は、そのままリビングでも直立不動でいた。

「まあ、座って、圭介君」

 そう父が言うと、やっと、

「はい」

と、圭介はソファに腰を下ろした。

 父の顔は、まだまだのん気。多分、圭介が結婚の申し込みをしに来るだなんて夢にも思っていないのだろう。それよりも、何か、相談事でもあるのかとか、そんな感じで、少し喜んでいるようにも見えた。

 ああ、こののん気な顔が、いったい、どう変化するというのか…。見ものだ。なんて、のん気なことを思っている場合ではない。


 母が4つお茶を淹れてきて、リビングのテーブルに置いた。それから、父の横に座ると、「さて。話は何?」というような顔で、圭介の顔を見た。

 私も、圭介の隣に座った。

 ダイニングの食卓にそっと座った修二が、新聞を読むふりをしながら、こっちを見ているのがわかった。

 いつもなら、修二、邪魔って言いたいところだが、今日は、味方でいてくれ、頼むからと、心の中で、修二に思いを投げかけていた。


「あの…」

と、切りだしておきながら、圭介はお茶をすすった。

「あ、あち!」

 思い切りすすったようで、やけどをしていた。

「大丈夫かい?」

 父は優しく言ったが、母は、そんなのどうでもいいから、早く本題に入ってっていう感じだった。

「あ、大丈夫です、すみません」

 圭介は、思いきり深呼吸をすると、

「い、いきなりですみません、瑞希さんと、結婚をさせてください!」

と、でかい声で、頭を下げて一気に言った。

 父は、まだにこやかな顔だった。母は、顔がこおりついていた。修二は、自分の耳を疑っているかのように、小声で、

「何だって?」

と、つぶやいた。


 しばらくすると、父が、状況を把握したようだった。口が四角くなり、ぽかんと開いたままふさがらない様子…。母は、こおりついた顔を、必死で動かしながら、

「お父さん」

とだけつぶやいて、父の方を見た。父も、母の顔を見て、しばらく二人で、黙って見つめあっていた。

 それから、父が、冷静さを取り戻した。

「圭介君、その…。何を言っているのか、自分でわかっているのかな?」

「はい。もちろんです」

 圭介は元気に答えた。

 何を言っているのかがわかっていないのは、父の方だ。まだ、ぽかんとした顔をしている。

 修二が、椅子を少しこっちに傾けてきた。


「瑞希さんとは、お付き合いをさせていただいています。それで、結婚を二人で考えて、今日、挨拶に来ました」

 圭介は、さっきとは違い、すごく落ち着いた態度に変わっていた。

「お付き合い?い、いつからだね?」

 その正反対に、父は動揺を隠せないようだった。

「少し前からですが…」

「そ、そうだろうね。瑞希はこの前まで、茂君と交際していたくらいだからね」

 父は、自分で冷静さを取り戻そうと、必死の様子が見て伺えた。


 母はというと、ずっと、苦虫をつぶしたような顔でいた。ああ、聞きたくなかったとか、ああ、大変な状況になってしまったとか、そんな表情だ。

「お付き合いしてから、まだ日も浅いんでしょ?ちょっと、結婚を考えるのは早すぎないかしらね?圭介君」

母は、いつも圭ちゃんと呼ぶのに、このとき、圭介君と呼んでいた。

「早すぎるとは思っていません」

 圭介は、きっぱりとそう言った。

「圭介君、まだ、21だったよね。君くらいの年齢には、年上の女性にあこがれる時期もある。でも、それは一時のことだ。そのうち、あこがれてただけだったと、わかる時期が来る」

 父が、圭介を諭すように、落ち着いて言い出した。

「それにね、瑞希だって、一時の感情に流されているだけなんじゃない?いくら、茂さんが駄目だったからって、そばにいた圭介君と結婚しようなんて、ちょっと安易すぎないかしらね」

 母は、諭すようにではなく、刺すように言ってきた。出た。これ、いつものパターンだ。


 私は、こんなとき、なんて答えたらいいのか、どう反抗したらいいのか、嫌だってだだをこねたらいいのか、それとも…?と、考え込んでしまった。

 圭介は、そんな私の方をチラッと見て、私が考え込んでいるのを知り、

「僕は、一時の感情とか、そんなので、瑞希さんと結婚しようなんて思っていません。きちんと、結婚するなら、いえ、一生を共にするなら、絶対に瑞希さんがいいって思ったから、結婚を考えたんです」

と、正面を向いて、堂々と言ってのけた。


 その横顔を私は、見ていた。くらってした。

 あの、高校生のような笑顔で写真に写っていた男の子と同じ人?と疑ってしまうくらい、今の圭介は大人で、しっかりしていて、頼もしく見える。

「結婚、瑞希さんと付き合おうって決めたときには、考えてなかったです。というか、考えることもできないくらいでした。でも、僕の体を心底心配している瑞希さんを見ていて、しっかりしないといけないとか、瑞希さんのこと守っていかなきゃいけないとか、なんか、自分の中で、考えがどんどん変わっていったんです」

「……」

 母も、父も、何も言い返せずにいた。

「それで、あの、人生のことを考えるには、まだ若いのかもしれないし、まだ、瑞希さんのことを守っていくのには未熟かもしれないんですけど、でも、僕なりに精一杯考えて出した結論なんです。だから、安易に言ってるわけではありません」


「は~~~~~~」

 感心のため息を思わず、出したのは修二だった。お前、すごいわって顔で、圭介を眺めていた。

 私も心の中で、は~~~~~って、嬉しいため息をもらしていた。

「僕は、結婚をするなら、瑞希さんしか考えられないし、だったら、今しても、何年後かにしても、同じではないかなって…」

「圭介君、それは違う。今は瑞希のことしか考えられないかもしれないが、何年後かには、他の女性が現れてだな…」

 父が、そう言いかけると、

「じゃ、おじさんは、結婚を決めたとき、どうだったんですか。何年後かには違う女性と出会うかもしれないとか、そんなこと考えましたか?」

と、圭介に、逆に質問をされてしまった。

「目の前にいた人と、一生一緒にいたいって思ったから、結婚を決めたんじゃないんですか?」

 そう言われて、父は、一瞬、母の方を見てから、圭介を見て、

「うむ」

と、静かに、うなずいたまま、腕組みをして黙ってしまった。


 母は、しばらくそんな様子の父を見てから、じれったさを感じたようだ。

「圭介君のご両親だって、賛成してくれるわけがないわ」

「いえ、うちの親でしたら、大賛成です」

「ええ~~?」

 両親も、修二も大声を出して、驚いてしまっていた。

 その声でリビングの犬用のマットの上で、ねころがっていたクロが、顔をあげた。でも、すぐにまた、顔を伏せ、目を閉じた。

 どうやら、真剣な話をしているのを知っているのか、ずっと、クロはおとなしく寝ていた。というよりも、寝たふりをしている感じだ。時々、圭介の声にあわせて、耳がぴくぴく動く。


「賛成してるの?12も上のおばさんが嫁いでくるのに?」

 母は、そうのたまった。いくらなんでもひどいじゃないか、その言いよう。父がそれを聞き、まあまあと母をなだめた。修二が小声で、

「ひでえ…」

と、つぶやいた。でも修二、あんたも似たようなことを、いつも言ってるよ…。

 圭介は、少し苦笑いをしてから、

「うちの両親は、瑞希さんのことをすごく気に入ってて、あ、こんな言い方失礼ですよね…。えっと、逆に瑞希さんとの結婚を、応援してるというか、いえ、勧めているというか…」

という圭介の言葉に、母は、動揺を隠せなかった。

「でもね、でもね」

 母は、反対する理由はないかと、探しているようだった。


「まあ、そうだな。今すぐに、結論を出さなくても、もう少し、お母さんと話をさせてくれないかな、瑞希。お父さんは、お付き合いしているのも知らなかったわけだし、今はまだ、動揺しているんだよ。冷静に考える時間をくれないかな」

 父は、ゆっくりと私に向かって、そう言った。

「はい…」

 私が、初めて発した言葉だった。

「け、圭介君、あの…」

 母はまだ、動揺していた。

「今日は、その…、このまま、帰ってもらってもいいかしらね。食事、申し訳ないんだけど、ちょっと、瑞希とも話したいし、家族だけで食事をしたいんだけど…」

「ああ、はい。わかりました。今日はこれで帰ります」

 すっくと、圭介は立ち上がった。やっぱり、ご飯の用意をしたのは無駄に終わったな、と思いつつ、私は玄関まで見送りに行った。


 母は、リビングから出てこなかった。でも、修二と、クロがひょっこりと顔を出した。

「圭介、かっこよかったよ。まじ。俺は二人の味方だから」

 修二は、圭介の肩をたたきながら、小声でそう言った。

「あ、嬉しいです」

 圭介も、小声でそう言うと、私のほうを向き、

「あとで、電話するね」

と、またも小声で言った。それから、クロの頭をなでて、

「お邪魔しました」

と、大きな声で言うと、圭介は玄関を出て行った。

「は~~~~」

 力がぬけて、ため息をもらすと、修二が、

「姉貴、今からのほうが、大変だと思うよ」

と、脅かしてきた。いや、本当に、そうだよね…と、リビングにはいっていくと、クロと、修二もついてきた。


「瑞希…」

 父が、何か言いたそうだったが、何を言ったらいいのかって顔をしていた。母が、重く、

「は~~。まさかね、あんたが圭介君と結婚とはね」

と、ため息混じりに、そうつぶやいた。

「12歳も下なのよ?わかってるの?親戚の人とか、ご近所の人とか、何ていうか…」

「んだよ、それ」

「修二は、黙ってなさい。お母さんは瑞希と話しているの」

「世間体の方が、娘の幸せより大事?」

 私はつい、頭にきて、そう言ってしまった。

「娘の幸せを思っているから、言ってるの。世間からいろいろと言われて、のちのち、苦労するのは、あんたなのよ。そいういこと、全然あんたわかってないけど」

「わからない。なんで、いっつもお母さんは人の目ばっかり気にしてるの?人の目を気にして、ものを考えても、幸せになんてなれるわけないよ」

 思わず、声が大きくなった。


 父が、優しい表情で、私に話しかけてきた。

「瑞希、お母さんは、お前のことを考えているんだよ。世間っていうのは、大事だ。まだ、若いとわからないかもしれないがな」

「確かにさ、12歳年上の女性はあんまりないかもしれないけど、でも、最近じゃ相撲や、野球選手なんて、年上女房いるじゃん」

 修二がそう言うと、母は修二に向かって、言い返した。

「お相撲さんとか、野球選手じゃないでしょう、圭介君は。普通のサラリーマンで、うちだってそうよ。圭介君だって、もっと、年相応の人と結婚した方がいいのよ。まだ若いし、結婚するには早すぎる。結婚してから後悔しても遅いでしょ」

「離婚も今、いるよ、けっこう」

「修二!結婚する前から、離婚するかもしれない結婚なんて、勧められる?」

「でもさ、結婚してみなきゃわかんないだろ?はたからみりゃ、すんげえお似合いのカップルが離婚とかってあるぜ」

「あんたは、2階行ってなさいよ」

 そう言われても、修二は動こうとはしなかった。


 私は、泣きそうになったが、ここで泣いたら駄目だ、圭介もあんなにどうどうとしてたんだもん、弱気にはならないって、自分に言い聞かせていた。

「は~~~、33にもなって、結婚がまだで、やっと結婚かと思ったら、そんな一回りも下の子つかまえてきて、あんたは何を考えているのやら…」

 そう言って、母は頭を抱え込んでしまった。

「まあ、年齢差は、最近でも女性が年上っていうのは、あるからな。ただ、圭介君は、若すぎるとお父さんも思う」

 父が、ぽつりと、言葉を選びながらそう言った。

「じゃあ、いいよ…、私。結婚できなくても…」

 開き直ったわけではない。結婚が目的ではないからだ。


「え?何?あきらめんの?姉貴」

 1番驚いたのは、修二だった。

「違うよ、圭介が若すぎるなら、もう少し結婚は待ってもいいってそう思って…」

と言うと、母は、また、ため息をついた。

「いったい、そうしたらいくつになるの?子供は?どうするの?」

「いいよ。いくつになろうが。でも、私は結婚するしない関係なく、圭介と一緒にいたいだけだから。反対されようが、別れる気はまったくないから」

「籍いれちゃえば?もう成人してるし、親の同意は必要ないじゃん」

 修二があっさりとそう言うと、母が、

「何を言い出すの、あんたは。いくつになったって、あんたたちは、私の子供でしょ!」

と、どなった。

 いや、もう33だ。子供って言われる年齢でもない。結婚するかしないかを決めるのは、まったく本人の意思で決めていい年齢かもしれない。


「なんの問題もないと思うけどね、俺は。だって、姉貴と結婚してもいいって言ってるんだぜ。それも、あんなに性格も良くて、きちんと働いてる、わっかい青年が!相手のご両親まで、賛成してるんだぜ。なんの問題があるんだよ?周りがとやかく言おうが、本人がちゃんと生活してさ、幸せに暮らしてりゃ、文句言うやつなんている?いたら、言わせときゃいいんだよ」

「そんなことないでしょ、もし、あと5年もして圭介君の気が変わったらどうするの?」

「はあ?それ、母さんの悪い癖だよね。そんな先の心配してどうすんだよ。そんなの相手の年齢関係なく、駄目になる夫婦もいれば、いろんな夫婦がいるんだよ。そんなさ、取り越し苦労してないで、結婚賛成する方で考えてみれば?」

「そんなに簡単に言わないで!」

 母が、切れだした。父は、まあまあと母を静めたが、母の気はおさまらず、そのまま、むかむかした様子で、リビングを出て行ってしまった。


 父は、少し泣きそうな、でも、怒っている私の顔を見て、

「お母さんとは、お父さんがあとで話すよ。今はちょっと、冷静になれそうもないから、あとでね。お父さんは、反対してるわけではないよ。お前が幸せになることが1番だからな」

と、優しく言ってくれた。それから、

「圭介君は年のわりに、しっかりしているな~~」

と、つぶやき、リビングを出て行った。


「修二、ありがと」

「いんや…。なんか姉貴すげえって思ってさ」

「何が?」

「今までなら、こんな大冒険できなかったんじゃねえの?」

「大冒険?」

「無難な人生送ってきたじゃん。どうしていきなり、こんな180度も変わっちまったわけ?」

「そんなに、大冒険してるつもりはないよ。でも、結婚っていうか、ずっといたいって思える人に出会っただけ」

「ふうん。圭介の影響か。ま、なんとなくわかるかな」

「え?」

「圭介って、なんか、人の人生を変えちゃうくらいのすごいパワーがあるっていうか…。いや、今日の圭介は、かっこよかった。男の俺でも、しびれたもんね~~」

「うん、私も」

 惚れ直した。しびれた。かっこよかった。

「ま、いいんじゃないの?姉貴にはああいう強引で、強い男性がさ…」

「……」

 何も言えなかった。


 母と父は、ダイニングで、もくもくとご飯を食べていて、修二も、

「あ、やべ、待ち合わせの時間に遅れる、早く食べよう」

と、ご飯を急いで食べだした。私も席に着き、黙って、ご飯を食べた。

 しんと静まり返っているのも、気まずく感じたのか、母がテレビを途中でつけた。お笑い芸人の大騒ぎをしている声だけが、ダイニングに響いていた。


 夜、圭介が電話をくれた。

「どうだった?あのあと」

「うん…。なんか、あのまんま、進展なし」

 夕飯までがしんとしていて、やっぱり母がテレビをつけた。動物の番組をしていてクロが一人、いや、一匹で、それを見て喜んでいた。

「そっか…。ま、しょうがないかな。突然だったし。また、挨拶に行くよ。何度でも賛成してくれるまで行くから」

「うん。ありがとう。今日の圭介ね、頼もしかったよ」

「惚れ直した?」

「うん、めちゃめちゃ、惚れ直した。やばいくらいだよ」

「あはは…、やっぱり?それ以上惚れたら、まじ、やっばいよ、瑞希」

 圭介のそんな明るい笑い声に救われた。


 圭介の家族はどうやら、うちの両親が反対してるのを聞き、自分たちも挨拶に行くと、言い出したらしいが、それは、圭介が止めてくれた。

「来週の日曜日、また行くよ。じゃ、おやすみ。また明日ね」

「うん。おやすみ」

 電話を切ったあとも、圭介の声の余韻に浸っていた。ああ、本当に大好きだな。大大大好きだな。

 母に反対され、落ち込んで、重くなっていた気持ちが、ふわふわって軽くなり、どんなことがあっても、大丈夫ってそんな気になっていった。

 

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