21 急展開
家の前に、圭介が車を止めた。
「寄ったほうが良いかな、迷惑かけちゃったんだし…」
「大丈夫だよ。また、うちに寄ると遅くなっちゃうかもしれないし、早く帰って、休んだほうがいいよ」
「うん、ごめん、お母さんによろしく言っといて。じゃ、また明日ね」
「うん、気をつけてね」
圭介は、にこっと笑って、車を発進させた。曲がり角まで、車を見送り家に入った。
ワンワン!クロが、リビングから走ってきた。
「クロ、ただいま」
クロは、なぜか私にではなく、玄関のほうに行き、あれ?なんで圭介はいないの?って顔をした。一緒にいたのが、わかったのか?
「お帰りなさい」
リビングから、母がやってきた。
「今日も、車で送ってもらったの?」
「うん」
「あんまり、迷惑かけちゃ駄目よ。まったく、いくら泊まっていきなさいと言われたからって、本当に泊まってくるなんて…。そういうのはね、丁重にお断りして…」
「じゃ、昨日の電話で言ってくれたらよかったのに」
「あんたが自分で、きちんと断んなさいよ」
なんだか、今日の母は機嫌が悪い。母はけっこう、体裁を気にする方で、相手に失礼だとか、そういうのをよく言ってくる。
「圭ちゃんは、大丈夫なの?」
「うん、もう今日はだいぶ…」
「圭ちゃんもね~~、具合が悪くなるたびにあんたに送らせるんじゃ、ちょっと困っちゃうわよね」
「違うよ、一回目は社長命令だし、今回は私が勝手にしたことだし、圭介は関係ないから」
「やけに肩を持つじゃない?でも、たいがいにしなさい。そんな若い一回りも下の子と仲良くしたって、周りの人がどう思うか…」
「?今日はやけに、あれこれ言うよね」
「昨日ね、隣の奥さんが、回覧板を持ってきてね、ほら、隣の百合ちゃん、二人目がもう直ぐ生まれるとかで、今度生まれるまで隣に帰ってくるそうよ」
「へえ。よかったね」
「よくないわよ、隣の奥さんね、あんたが夜、車で送ってもらったり、圭ちゃんと車で海にいったりしてたのを見たらしいのよ。それで、ずいぶんと若い人と仲が良いんですねって。同じ会社の人みたいですとは、言ったんだけど、お付き合いをしてるんですかとか、あんたがいくつになったかとか、もう、うるさくて…」
「いいじゃん、言わせておけばさ」
2階からおりてきた修二が、口を挟んできた。
「だいたい、圭介が来て、母さんも喜んでたじゃん。それを今になって、なんであれこれ言うんだか…」
「だって、自慢げに、うちの娘はいい人と結婚できただの、孫がよく遊びに来て、楽しいだの可愛いだの、お宅はあまりお孫さんが来ないですねとか、瑞希ちゃんはまだ、結婚しないのかとか、若い人とお付き合いしてるから、結婚が遅いんじゃないのとか、あれこれ言われて、もう、お母さんすんごい、嫌な思いをしたんだからっ」
本当に嫌だって顔をして母が愚痴を言うと、また修二が、
「だから、言わせとけって。昔からそうじゃん、ほっとけばいいんだよ」
と、軽く母をあしらった。
ああ…、車でどっか行ったり、送ってもらったりするだけで、そんなふうに言われて、母は嫌な思いをするのなら、付き合っているなんて言ったら…。
それどころか、結婚なんて、言い出したら…。うちの家族は賛成してくれるだろうなんて、たかをくくっていたんだろうか、私。
「さ、そろそろ出かけようっと」
修二が、その場を早く逃げ出そうとしたようだ。
「どこ行くの?」
「ドライブ、柚と…」
「あんたのことも、言われたのよ。下のお子さんご結婚は?お付き合いしている方はいるの?って」
「いるって言った?」
「言ったけど、じゃあ、結婚ももうすぐね、楽しみですねって」
「うるせえ、ばばあだな、人んちの子が結婚しようがしまいが、どうでもいいじゃんか」
「しー。しー。お隣に聞こえたらどうするの。それよか、外で会ったらちゃんと、ご挨拶してよ」
さっきまで、1番声を張り上げていたのに、いきなり母は小声になった。
「へーへー。んじゃ、行ってくる」
バタン。修二は、玄関まで見送りにいったクロの頭をなでてあげてから、家を出た。く~~ん、少し寂しそうにクロが、リビングに戻ってきて、クロ専用マットの上にねっころがった。
「誰か、良い人いないのかしら」
「え?」
「あんたよ」
「……」
とても、今、「圭介がいる」とは言えそうもなかった。圭介、今日はさっさと帰って、正解だったかもしれない。
それにしても、修二の「うるせえ、ばばあ」は気持ちよかったな。私もほんと、そう思うよ。それに、近所のそういう話を真に受け、世間体だのを気にする母も、どうかなって思う。
そうなんだ、あまり言わないようにしているみたいだけど、たま~~に、隣の奥さんと話をしたりすると、とたんに母は、
「30過ぎて、家にいるなんて…。嫁にいけないなんて…」
と、ため息をつく。今日みたいに、ヒスをおこすこともある。
クロには悪いが、私もさっさと退散しよう…。
2階に上がって、しばらく、ぼ~~っとベッドで横になっていた。すると、圭介が電話をくれた。
「今、何してた?」
「ぼ~ってしてたよ。圭介は?家に着いたの?」
「うん。それで、家に着いたら、おふくろにつかまって、一回瑞希の家に、きちんと挨拶に行けって言われて」
「え?」
「あ、まずは、俺が一人で行ってから、おふくろと親父が挨拶に行こうかなって。なんかおふくろ、のりのりで、結婚式の日取りまで、決め兼ねないよ」
「ま、まじで?」
「うん、大安がいいだの、式場はどこにするだの、今日、俺がいない間に、親父と話してたみたいで…」
「え~~~?」
そんな~~。うちは、とてもじゃないけど、圭介と結婚するだなんて、そんなの言えそうもないような状態だったのに…。
「あれ?困る?」
「う、う~~ん、私は嬉しいんだけどね。うちの、母親が…」
「え?俺のこと駄目だって?」
「いや、お付き合いしてるとか、そういうのもまだ、言ってないけど、ただ…」
「うん。何?」
「さっき、ぐちぐち言われちゃって…」
「何を?」
「いや~~、いろいろと…」
「瑞希、瑞希の家族は賛成してくれるって言ってたじゃん」
「そ、そうなんだけど、お母さん、圭介のこと気に入ってたから。でも…、結婚相手としては、わからないかも…」
「年下だから?」
「う~~ん、うちの母親、すごく世間体とか、気にするから。父はそうでもないんだけど…」
「世間がどういおうが、大事なのは本人どおしだろ?」
「そうなの、私もそう思うの。母もそういうことを言うときもあるの。でも、たま~~に、近所のばばあ…、いや、奥さんからいろいろ言われると、とたんに世間体を考え出すの」
「そういう、ばばあがいるんだ」
ああ、圭介まで、ばばあって…。
「圭介のお母さんは、そういうの気にしないの?」
「うち?うちのは、わかるでしょ。人の言うことよりも、自分の考えを貫き通す。もう、誰の言葉も聞きゃしないよ。だからある意味、怖いんだよ」
「う、わかる…気もする」
「うちの母親にかかったら、瑞希のお母さんも考えが変わるかもな~~。いや、変わらなくても、強引だから、どんなに反対されても、俺たちを結婚させるんじゃないかって気もするな~~」
お母さん、頼もしいと言うか、怖いと言うか…。味方になればいいけど、もし、お母さんに反対されてたら、どうなっていたか…。
「瑞希、俺行くからさ。挨拶に…。もし、反対されても、それでも、何度でも行くよ」
「本当?」
「うん」
「……」
「何?なんで無言?」
「ううん、圭介、意外と頼もしいなって…」
「意外はよけいでしょ。一応、あの強引な母親のDNA受け継いでるんだから」
「あはは、そっか~~」
そうか…、そういえば、物怖じしないところとか、似てるかも…。
「じゃ、日にちどうする?」
「え?ああ、挨拶に来る日?」
「そうだよ。いつにする?」
「来週の週末…とか、早すぎるかな」
「わかった。じゃ、仕事が土曜に入るかもしれないから、日曜で。日曜に行くって言っといてね」
「え?」
「ね。じゃ、また明日」
ブチって、電話を切られた。言っといてねってどう言っておけばいいのかな…。
あ~~~、もう、圭介にまかせよう。とにかく、圭介が来るってことだけ言おう。
それにしても、すごい速い展開だな。結婚っていうのは、こうやって、決まっていくのかな。でも、でも、圭介は、まだ21なんだよ?いいのかな~。
その夜11時頃、久しぶりに桐子からメールが来た。
>まだ、起きてる?
お風呂から出て、髪を乾かしていたときだった。
>うん、まだ起きてるよ。
こういう、短い文章だから、お酒でも飲んでたかな?
また、携帯が振動した。メールでなく桐子からの、電話の着信だった。
「はい、もしもし」
「ごめんね、こんな遅くに。ちょっといいかな」
桐子の声は、声を潜めた感じだ。
「いいよ、どうしたの?」
「うん…。あ、なんか久しぶりだよね。ちょっと、忙しくって、やっと落ち着いた感じなんだ。瑞希元気だった?」
「うん、桐子は?」
「元気だよ。そうだ、お医者さんや圭介君とはどうした?」
ああ、全然報告してなかったな…。
「茂さんとの交際は、きっぱりお断りした」
「そうなんだ、圭介くんとは?告白したの?」
「うん…」
「え?告白したのね~~。すごいじゃん。…で?でも、ちょっと暗いね…。あんまりいい結果じゃなかったのかな?」
「ううん、圭介も、同じように思っててくれたんだけど…」
「え?やっぱり~~?もう、絶対そうだと思ってた」
「うん、ただ…」
「ただ?」
「なんか、急展開で、結婚まで、するかもしれないんだけど…」
「どひぇ~~~~~?」
どっひぇ~~~って、驚きすぎでしょ…。
「何それ。どういう展開の速さ?あれ?もう、うちの旅館きてから、そんなに日にちたつ?え?まだひと月もたってないよね」
「え?そうだっけ?もう、何ヶ月も過ぎた気がしてたよ」
「そんな短い間にいろいろとあったんだね」
「うん」
「あれ?なのになんで沈んでるの?もう、マリッジブルーですか?」
「違う違う。うちの母親がね、なんか反対しそうで…」
「お母さんにはまだ、話してないの?」
「まだ。会ったことはあるし、お母さん、圭介のこと気に入ってるけど、付き合ってるとか結婚の話は、まだしてないんだ」
「そっか、まあね、無理もないかな、12も年離れてるもんね。圭介くんの親も、簡単には受け入れてくれないかもしれないし、ここは正念場…」
「あ、圭介の親はノリノリなの」
「は?」
「私と圭介を結婚させようって、ノリノリなの」
「は?そうなの?」
「うん」
「じゃ、半分はクリアーしているんじゃない!」
「ま、ね…」
「じゃ、悩むことないよ、前に進むのみ!でしょ」
「うん。あ…。桐子は、どうしたの?」
「う~ん、あはははは」
「何よ~~、どうしたのよ」
「いや、瑞希の急展開に、圧倒されて…。なんか私の悩みはちっぽけだなって思ったわ」
「え?」
「私も、前に進む。ゴーゴーだな」
「ん?恋の話だった?もしや…」
「ちょっとね、縁談の話が来て、母親も薦めてて」
「え?だって、桐子。コック長…」
「そうなのよ。でも、瑞希と違って、告白もまだだったからさ。あっちの気持ちもわからない。何気なく、縁談があるってこの前、言ってみたんだ。それはよかったですねって言われてさ。がっくりしてたんだけど…。だめもとで、告白してみるわ」
「うん、大丈夫だよ、桐子なら」
「はは…。私が弱気になるとはね」
「みんなそうだよ。恋したら、いつもの自分とは変わっちゃう」
「そうだね~~。うん、よし!元気でた。頑張る。だから、瑞希も頑張ってね。反対されても、その恋逃しちゃ駄目だよ」
「ありがとう」
「また、電話するよ。告白した結果報告させて」
「うん」
「じゃあね、おやすみ」
「おやすみ」
桐子との電話を切り、ちょっと心が軽くなっていることに気づいた。
みんな、いろいろあるんだ。桐子も、これから勇気を出すんだな。うん、私も勇気を出そう。私には、圭介がいてくれるんだし。圭介のお母さんもいる。強い味方がいるんだもん。頑張れるよ。
翌日、会社に着くと、圭介がもう仕事をしていた。
「おはよう」
「おはよ」
圭介は、見るからに元気そうだった。
「昨日の夜、社長が遊びに来たんだ」
「え?」
「でさ…」
それから圭介はすごく、声を潜めて、
「おふくろが、俺らが結婚することになっても、瑞希のこと辞めさせないわよね…っていきなり言い出して」
「え?!!」
すごい声をあげたので、一瞬、オフィスにいた人が全員、こっちを見た。圭介は黙って、カシャカシャキーボードをたたいた。
>社長が、それでびっくりしてたけど、でも、辞めさせたりしないって、言ってた。
と、メールを送ってきた。
「そ、それって、私たちのこと…」
>おふくろが、結婚式のスピーチは、よろしくって言い出して、さすがに親父が、まだ早すぎるって。
「……」
私は圭介の顔を、口があいたまま、見てしまった。開いた口がふさがらないとは、こういうことを言うんだろうな。
「おふくろに、俺も早すぎるって言った。なんなんだろうな、あの人は、ほんと…」
軽くめまいもした。うちじゃ、結婚のけの字も話してないと言うのに…。
そこに社長が「おはよう」とやってきた。ああああああ…。社長はもう、私たちが付き合っているのも、知っているんだよね。
「圭介、調子は?」
「あ、もう完璧っす」
「胃カメラはいつだっけ?」
「あ、明日の午前中」
「そっか、じゃ、今日もあまり無理するな」
「はい」
社長はそれだけ言うと、自分の席に行ってしまった。あれ?それだけ…?圭介と、なんだ~~ってお互い、顔を見合わせた。
お昼は、元気になった稲森さんと一緒に、外でランチをした。
「風邪、もう大丈夫ですか?」
「ああ、うん。なんとかね」
そう言うと、スパゲッティーをフォークでくるくるまわしながら、
「私、彼と別れたわ」
と、いきなりつぶやいた。
「え?」
こっちも、いきなりの展開?
「は~~、土曜に会ったのよ。彼と、娘さんと3人で。なんか、結婚したらこの娘さんに、ずっと気を使わなくちゃいけないと思ったら、一気に冷めちゃって。昨日、電話して別れたわ」
ええ?そんなに簡単に?っていうか、そんなもんだったの?稲森さんの彼を思う気持ちは…。心の中で、つぶやいたが、口にはしなかった。だけど、
「ああ、私って、男運がないのかな。前のは、姑、今度は、小姑。良い条件の男があらわれりゃしない」
という、稲森さんの言葉につい、反応してしまった。
「条件で選ぶんですか?相手を好きかどうかじゃないんですか?」
稲森さんは、あきれたって言う顔で私を見て、
「あなた、33よね。そんなこと言ってるから、婚期逃しているんじゃないの?」
と、言ってきた。ムカ!そんなこと言われたくないわ。
「でも、この人が本当に好きで、ずっと一緒にいたいって、そんな人が現れて欲しいって思ったりしませんか?そう思うのって、そんなに変なことですか?」
ちょっと、私はムキになった。
「そんなときもあったわね。前のだんな、付き合いだしたときには、そう思ってたわよ。だから、一緒に暮らしたんじゃない」
少し、水を飲んでから、稲森さんは続けた。
「でもね、そんなの一時の感情よ。だんだんと、お互い冷めていくのよ。そうしたらあとに残るものなんて、我慢か、忍耐か…」
なんだか、そんな話は聞きたくなかった。
「そんな経験しちゃうと、なかなか、結婚に踏み切れないわよね。きっと、トラウマになっているのかしらね」
それは、私もだ。元彼と別れてから、なかなか男の人と付き合えなかったし…。
「また、そんな燃え上がるような、恋もしてみたいわね」
帰りがけ、稲森さんは、ぽつりとそんなことを言った。でも、稲森さんは、この前まで生き生きとしていた。
おしゃれをし、お化粧もきれいにして、毎日のようにデートをし、そのときの稲森さんは、生き生きしてたではないか。自分では気づかなかったのかな…。
やっぱり、娘さんが現れたことで、前の離婚のことを思い出してしまったのか。また、同じ思いをしたくなかったのかもしれないな…。
一回、深く傷つくと、2度と傷つきたくないって思うよね。
その日、圭介と6時に会社を出て、一緒に駅まで帰った。
「なんか、食べていかない?」
「え?でも、圭介、明日胃カメラ」
「うん、だから遅くには食べれなくて、早めの方が良いんだ」
「あ、そっか」
圭介と、和食のお店に入った。肉とか脂っこいものは、なんとなく避けた方がいいかなって思ったからだ。
圭介は、ほっけの定食、私はお刺身の定食を頼んだ。
「あ~~あ、明日憂鬱」
ほっけの身を崩しながら、圭介がつぶやいた。それにしても、綺麗に骨と身を分けられるものだ。しばらく、それを見ていると、
「はい」
と、圭介は私のご飯の上に、ほっけをのせてくれた。
「え?」
「食べたいんでしょ?」
いやいや、そういうわけじゃなくって…。
ま、いっか。なんていうか、本当にこういうところが、可愛いよな~~。
「可愛いよね~~、瑞希ってさ」
ええ?私のほうが~~?
「お刺身、食べない?」
「え?いいの?俺、赤みの刺身好きなんだよね」
圭介は、すごく嬉しそうにそう言った。やっぱり、君の方が可愛いよ…。
ご飯も半分を食べたころ、稲森さんの話をしてみた。
「他の人には、言わないで欲しいんだけど」
「うん、言わない」
圭介は、まじめな顔になった。
「条件?結婚の?」
「うん」
「瑞希にもあるの?」
「前はね…」
「ふうん、今は?」
「今は、う~~ん、自分の気持ちが大事だなって思う。好きで、一緒にいたいかどうか」
「うん…」
それから、桐子の恋の話をした。
「へえ、桐子さんも恋してるんだ」
「桐子は、あまり結婚とか意識してないみたい。恋を楽しんでるって言ってたよ」
「ふうん…」
そう言うと、圭介はしばらく黙って、味噌汁をすすったり、お漬物を食べたりして、
「ご馳走様」
と、すべてのお皿をからっぽにして、満足そうにお茶をすすった。こういうところが、気持ち良いって思ったりして。
「うちに料理教わりに来るって、ほんと?」
「ああ、うん。お母さんと約束した」
「そっか、じゃ、瑞希の手作りのご飯食べられるんだ」
「あまり期待しすぎないでね」
「ええ?なんで?瑞希がつくるって言うだけで、俺、嬉しいけど」
く~~。可愛いことを言ってくれるじゃないか。
「お弁当も、作ってもらおうかな。あ、もし朝、大変じゃなかったらさ」
「いいよ」
「瑞希の分も作ってきて、一緒に食べるってのはどう?」
「ええ?でも、そんなことしたら、付き合ってるのばれちゃう」
「いいじゃん、結婚するんだし」
そんな簡単に言われると…。でも、ちょっと嬉しい。あ、でも、稲森さんに、何て言われるかな~~。怖いな~~。
「結婚したら、毎日瑞希の料理食えるんじゃん。すげえ!」
「ええ?」
くす。笑ってしまった。
あれ、待てよ…。結婚したら、毎朝、圭介の可愛い寝顔が見れるんじゃん。もう、思いっきり見とれることもできるし。
待てよ、隣に寝るってことは、毎日、圭介のあったかい空気に包まれて、それから…。
「瑞希!」
「え?」
「顔がにやけてる。やらし~~、何考えてた?」
「な、何も!」
やば~~い、にやけてたか!
最近、圭介といても年の差を感じない。私の精神年齢が低いんだろうか?
結婚したら、どうどうと手をつないだり、腕を組んだりして歩けるんだな。もっと、いちゃいちゃもできるのか…。
いやいや、今からしてもいいのかな?いやいや、やっぱり周りの目が…。ああ、私も母と同じで、周りの目は気になる方だ。
「それじゃ、また明日ね。多分、午後にはいけると思う」
圭介が、わざわざ、私鉄の改札まで来てくれた。
「うん、検査頑張って」
「ええ?何を頑張るの~~。ああ、へこむ…」
「大丈夫だよ。すぐに終わっちゃうよ」
「うん、早くに終わらせて、早くに瑞希の顔見に行くよ」
じゃあねって改札を通り、電車に乗った。圭介の、後姿をずっと眺めていた。ああ、明日、なんでもありませんようにって祈りながら。
翌日の午前中はなんだか、静かだった。圭介がいないから、静かな感じがしただけかもしれないが。もう、隣に圭介がいるのが、当たり前になっているんだな~~。
昼を過ぎても、圭介が来なかった。だんだん、不安になってくる。私の心配性がどんどん私の心を暗くする。
2時過ぎて、圭介がやっと来て、すぐに社長のところに行った。
「すみません、遅くなって」
「ああ、どうした?もう、結果でたのか?」
「はい、すごいですね!自分の胃の中見ちゃいましたよ。真ピンク!まったく、異常なしっていうか、すごい健康だって」
「そうか、良かったな~~。安心だな、これで…」
「はい!心配かけてすみませんでした」
ぺこってお辞儀をすると、自分のデスクへと歩いてきた。
圭介の声がでかかったので、社の全員に聞こえてて、
「良かったな、圭介~~」
と、みんなから背中をたたかれたり、頭をくしゃくしゃにされたりしていた。くしゃくしゃになった頭のまま、席に着くと、私に、満面の笑みを向けてきた。
「良かったね」
「うん!一安心。ほっとした~~」
圭介は、目を細くして笑って、
「瑞希にも心配かけて、ごめんね」
と、小声で謝った。小声だが、多分周りには聞こえてたはず。でも、周りはあまり、その会話を気にしている感じではなかった。
3時になり、缶コーヒーを自販機で買ってくると、廊下で稲森さんにつかまった。
圭介が検査をしたり、具合が悪いことを稲森さんは知らなかったようだ。ああ、そういえば、稲森さんも風邪引いて休んでいたっけ。
「圭介、去年も具合が悪くなったことあったな~~」
「そうみたいですね」
「それにしても、圭介はあなたに、なついてるわよね。犬っころみたい。なんか、見ててほほえましいわ」
それから、稲森さんは、年下もいいかもねと言い残し、オフィスへ入っていった。まさか、圭介がよくなったわけじゃないよね。一抹の不安を残し、私もオフィスに入った。
圭介はもう全然元気だからと、その日ははりきって残業をすることにしていた。
「お先にね」
そう言うと私に、お疲れ様って圭介は元気に挨拶してくれた。
ああ、良かった…。本当に、良かった…。帰りのエレベーターの中で、私は胸をなでおろし、自分は心底、圭介のことを心配していたことを、また改めて実感した。
家に帰り、検査のことをなんとなく母に言っていたので、なんでもなかったよと、報告をした。
「そう、良かったわね」
ただそれだけ言うと、母はテレビを観るのに集中した。この前の一件からなんとなく母は、圭介の話をするのを避けているようだった。
私は、日曜に圭介がうちに挨拶に来るってことは、まだ、切り出せずにいた。
「はあ~~~」
母がお風呂に入っている間、リビングのソファに座りため息をつくと、クロが擦り寄ってきて、尻尾を振った。
「君は、賢いな~~」
クロの首のふさふさした毛をなでまくると、もっと、なでて~~っていう感じで、何度も催促してきた。今度は、体に抱きついてみた。あったかかった。犬臭いけど…。
でも、そのふわふわな毛と、あったかさに包まれ気持ちが落ち着いていった。犬って癒し系だよな~~と思いつつ、ああ、圭介に似てるわってつくづくそう思った。