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20 星空

 翌朝、布団を上げ着替えて、髪をとかして和室を出ると、キッチンからコーヒーのいい香りがしてきた。

「おはようございます」

 キッチンに入ると、お母さんが、

「おはよう。ね、朝は、トーストで良いのかしら?それとも、ご飯の方がいい?」

と、聞いてきた。

「あ、トーストで…」

と、答えて、顔を洗いに行った。

 家の中は、キッチンで朝食を作っている音しかしなかった。


 顔を洗って歯を磨いて、もういっぺん髪をとかして、キッチンに戻った。

「瑞希さん、肌きれいね~~。ノーメイクでも全然平気ね」

 私の顔を覗き込み、お母さんがそう言った。

「いえ、お母さんも、綺麗です。色が白くって、羨ましいです」

「ああ、北海道生まれだからかしらね~~」

「え?そうなんですか?」

「うん、もう北海道の両親も亡くなって、親戚もあまりいないから、帰ることもないんだけどね」

 そうか…。そういえば、前に圭介がおじいさん似だって、聞いたことがあるけど、そのおじいさんのことかな~~。


 朝食の用意を手伝っていると、圭介がおりてきた。

「あら、めずらしい。早いじゃない」

「うん、目覚めちゃって」

 目をこすりながら、圭介はダイニングに来た。髪はこの前のように、寝癖だらけだ。ああ、そんなところも可愛いよ。

「おはよう」

 圭介が私の顔を見て、嬉しそうに言ってきた。

「おはよう、気分は?大丈夫?」

「ああ、もう全然大丈夫。すんげえ、気分いいし」

 朝から、テンション高いな~~、と思いつつ、なんだか嬉しくなった。

「朝食食べたら、俺が、車で送るね」

「え?でも、大丈夫なの?圭介」

 コーヒーを注ぎながら、お母さんが聞いた。

「うん、全然。今日は頭も痛くないや」

「そう、じゃ、送ってあげて」

「うん」

 そっか~~、圭介の運転する車に乗れるのは、嬉しいな~。


 朝食を3人で済ませると、お母さんが冷蔵庫からジャムの入ったビンを持ってきた。

「これね、さっきトーストにぬったマーマレイド。うちで作ったものなの。たくさん作ったから、もって行って」

「ありがとうございます」

 ジャムもお手製なんだ。さすがだ~~。

 圭介が、髪をきちんと整え、さっぱりした顔でリビングに来た。それから、ポッケの車のキーを取り出した。

「んじゃ、そろそろ行く?」

「うん」

 玄関に行くと、お母さんが、

「また、いらしてね。それから、ご両親によろしくね」

と言って、にっこり微笑んだ。

「はい、ご馳走様でした」

「ああ、来週にでも、お料理、習いに来て」

「何?それ?」

 圭介が、そう聞くと、

「ふふ、内緒よ」

と、お母さんが、いたずらっぽい目をしてそう言った。ああ、この目つきは、圭介に似ている。


 外は、曇り空だったが、雨は降っていなかった。

 圭介は、私がシートベルトを締めようと、ちょっと悪戦苦闘していると、

「貸して」

と、シートベルトを持って、締めてくれた。

「これ、この前兄貴が送っていったときも、自分でできなかった?」

 圭介が、すごく顔を近づけたまま、聞いてきた。

「できたよ~~。ちゃんと自分で…」

 そう、この前はできたんだけど…。すると、いきなり、ふわって圭介の唇が触れた。

「え?!」


 あまりにも、突然すぎて、びっくりしていると、圭介は、もう、車を発進させようとしていた。

 キス?突然すぎるから、びっくりするじゃん。ていうか、っていうか…。あたりを見回したら、誰もいなくって、ああ、誰にも見られていなかったとほっとした。

 お母さんも玄関までは送りに来たが、駐車場までは来なかったから良いものの…。

 突然すぎるよ…。心の準備も何もなかったし、それに、一瞬過ぎて何が起きたんだか…。私は相当、困惑してしまい、黙り込んでしまった。

「瑞希さん」

 え?なんで、さんづけ…?

「初めてのキスじゃないでしょう?」

「……!」

 何言ってんの、っていうか何を、聞いてるの?


 圭介は、こっちを見てから、ハンドルを握りなおして、

「やっべ~~、なんかそうやって意識されられると、照れる」

と、笑って言った。なんだか、馬鹿にされたような気もして、思いっきり、平然とした態度をとり、

「今のはね、キスにはいらないから。触れただけじゃない」

と、クールに言ってみた。だが、

「へえ、そんなのでも、動揺しちゃうんだ」

と、逆に言われてしまった。

「もう!なんか、にくたらしい!」

 圭介の腕をぺちってたたくと、圭介は、笑って駐車場から車を出し、走り出した。


 圭介の隣は、本当に安心した。正吾さんの隣は、めちゃ緊張したが。それに、やっぱり圭介の運転は心地いい。

 ハンドルを握る圭介の手は、今日も綺麗だ。あの手を、ずっと、握っていたんだな~~、なんてぼ~~っと思ったりもした。

 それから、圭介の横顔を見る。瞳も黒くって、すごく綺麗だ。鼻はすうって通っていて、口元は涼しげ。眉毛はけっこう、きりってしてて、黙っていると、きりりとした印象だ。

 でも、笑ったとたん、目じりが下がり、すごく可愛くなる。

「ね、さっきから、なんでずっと、こっち見てるの?見とれてるの?」

「うん、見とれてるの」

 わざと、そう言ってみた。すると圭介はやっぱり照れて、

「あ~~、見とれるのはいいんだけど、ちょっと運転しにくいかな…」

と、こっちも見ずに、そう言った。

「くす…。そう?じゃ、見とれるのは、あとでにする」

 そう言うと、圭介は、ちらっとこっちを見て聞いてきた。

「どっか、ドライブに行く?」

「うん!」

 嬉しくなった。圭介といられるだけでも嬉しい。会社でも隣にいて、私ずっと圭介の隣にいるんだな~~って思ったら、それだけでも、嬉しくなっていた。


「やばいよね~」

 私が、つぶやくと、

「え?何が?」

と、圭介が、聞いてきた。

「あ!そっか~~。もしかしてさ、圭介のやばいって、いつも言ってるのも、同じ理由かな?」

「え?」

「そうなの?」

「そうなのって言われても、瑞希のやばいって言ってる理由知らないから、同じかどうかわかんないよ」

「ん~~~」

 教えようか、内緒にしておこうか、しばらく考えたが、これも素直に言ってみたら、どんなふうに反応するか見てみたくなった。


「あのね、私のやばいっていうのはね…」

「うん…」

 まっすぐ前を見ながらも、興味津々っていう感じで、圭介は耳を傾けてた。

「圭介のことを、好きになりすぎてて、やばいなって…」

「あはは!」

 いきなり、笑うとは思わなかった。でも、圭介はすごく可愛い笑顔を見せた。

「圭介は違った?」

「一緒!」

 圭介は、また、あはははっと笑った。

「だって、瑞希のこと一つ知るたびに、好きになるじゃん。どんどん好きになっててやばいなって、俺、まじ思ってたもん」

「同じだ…」

 そうか、その「やばい」だったか…。


 なんだか、それを聞いてて、だんだん恥ずかしくなってきた。かなり、恥ずかしい会話を二人でしているんじゃなかろうか?でも、いっか。付き合いたての恋人なんて、こんなだよね。多分…。

 多分と言うのは、こんな熱々モードは、今までに経験したことがないからだ。元彼とだって、こんなふうには、なったことがなかったし…。

「雨降ってきたね」

 圭介が、ワイパーを動かして、つぶやいた。

「これじゃ、海とか行ってもな~~」

「車、走らせてるだけでも、いいよ。私…」

「え?」

「圭介の隣にいられたら、幸せだから…」

 私は、自分で言って自分で照れた。でも、圭介のほうが、もっと照れていた。

「ああ、じゃ。このまんま走らせようかな…」

 そう言いながらまっすぐ前を見ていたけど、圭介は耳まで真っ赤になっていた。


 圭介が、音楽をかけて、しばらく二人で黙って聞いていた。

「あ、この辺…」

 圭介が、沈黙を破った。

「あった。ここ…。プラネタリウムあるんだよ。寄っていかない?」

「プラネタリウム?見たい!」

 実は、まだ生まれてこの方、プラネタリウムに行ったことがなかった。

 圭介は、「子ども科学館 駐車場」と書かれてあるところに車を止め、後部座席から傘をとった。

「1本でいいよね」

 そう言うと、傘をぽんとさして、私を入れてくれた。相合傘をしながら、足早に建物の中に入って、さっさと、

「プラネタリウム、大人2枚」

と、圭介は切符を買ってしまった。


「はい」

 切符を私に1枚渡してくれて、圭介は中へとどんどん入っていく。

「圭介、いつもお金払わせてる…」

「ああ、いいよ。このくらい、全然」

 もしかしたら、背伸びをしてるんじゃない?とも思ったが、

「じゃあ、昼ごはん、私おごるからね」

と、言うと、

「え?まじ?やった!」

って、圭介はそう言って、軽く喜んだ。


 なんていうか、圭介といると、すごく楽だ。気を使わないで済む。元彼とは、私は2歳上っていうだけで気を使い、大人でいないととか、でも、たまに甘えないと駄目かなとか、いろいろと一緒にいても考えちゃって、疲れちゃってたな。

 圭介はなんだろうな?私、素のままでいられる。甘えないととか、大人でいないととか、そういうのないな~~。 ああ、もしかして、圭介の方が、気を使っているんじゃ…?


「あれ?」

 ふと、顔をあげると、目の前を歩いていた圭介がいない。しばらく辺りを見回してると、

「なんで、そっちに行ってるの?プラネタリウムこっちだよ」

と、圭介が走ってきた。

「ごめん、下向いて歩いてて、わからなかった。あれ?でも、誰かのあとをついていた気がするんだけど…。別の人だったかな?」

「もう~~。何それ…」

 圭介は、そう言うと、

「いっつも手、つないでないと駄目だな」

と、私の手をぎゅって握った。

「ちゃんと、ついてきてよ。いないから、すんげえ、びっくりした」

「ごめん…」

 あ~~あ、どっちが大人なんだか…。圭介、あきれちゃったんじゃないかな~~。


 プラネタリウムには、雨の土曜だからか、家族連れがたくさんいて、けっこう混んでいた。

 その中で、二席空いてる席を圭介が見つけて、まず、私を座らせてくれた。こういうところ、紳士だよね…、とか思う。

 時々強引、でも優しい。女の扱いに慣れているのかとも思う。何人の人と今まで、付き合ってきたんだろう?

 元気な女の人が出てきて、プラネタリウムの説明をしだした。それから、暗転して、天井いっぱいに星が現れた。

 360度、夜空…。

「わあ…!」

って、思わず声が出た。圭介が耳元で、

「ね、けっこうすごいでしょ?」

と、ささやいた。


 息がかかるほど、すぐ近くに圭介の顔があって、ドキドキした。圭介はまだ、私の手を握っていた。その手がすごくあたたかかった。

 満点の星を見ていると、宇宙の中に私と圭介の二人しかいないんじゃないかって思えるほど。ふと、星に吸い込まれるんじゃないかって気になった。

 もし、吸い込まれるなら、そのときにも圭介と一緒にいたい。絶対にこの手は、離したくない。そう思うと、無意識に圭介の手を握る手に力が入った。

 圭介が、顔を近づけてささやいた。

「ずっと隣にいるから」

 ドキ!私の心を読まれたのかと思った。きっと、私は真っ赤になっていた。


 圭介の顔を見た。圭介も照れているんじゃないかって思って見てみたけど、暗くてわからなかった。だけど、圭介の横顔の輪郭が綺麗で、しばらくじっと、見とれていた。

 この横顔を、見ていたいな。ずっとずっと、見ていたいな。あの星の光が地球に届くくらいの、長い何万光年っていう気の遠くなるくらいの時間、見ていたいな。

 そんなことを、思いながら、ずっと圭介の横顔を見ていた。圭介はずっと星を見ていた。私が圭介の顔を見ているのわかっていただろうに、それでも、圭介はずっと、星を見ていた。


 会場に明かりがともり、一瞬目の奥が痛くなった。

 手をつないだまま、プラネタリウムを出る。傘を傘たてから出し、圭介がぽんと開いた。そして、駐車場まで、ゆっくりと二人で歩いた。

「すごかったね、星。私、プラネタリウム初めてだったんだ」

「ちゃんと、見れたでしょ」

「うん…」

「あ、間違った。ちゃんと、見とれることできたでしょ?」

「…うん?」

 見とれる?星にかな?

「俺、顔に穴が開くかと思ったよ」

「え?何それ?」

「ははは。だから、俺の顔、十分、見とれることできたでしょ?」

「ええ?」

「思いっきり、見とれちゃってたでしょ?瑞希」

「ええ~~?何よ、それ!」

 圭介の傘を持つ腕を、ぺちってたたいた。


 車に乗り、おなか空いたねって、すぐ近くにあったファミレスに入った。圭介は、本当に美味しそうにご飯を食べる。見ていて、気持ちがいいくらいに。

「今日は、元気なんだね。よかった」

「うん、すごい元気!瑞希がいるからかな」

 そう言ってにこっと笑い、また食べだした。3回、ドリンクをおかわりして、

「ああ、満足」

と、圭介がのけぞった。私が、コーヒーを飲むのを、待っていてくれて、それからお店を出た。

「ご馳走様!」

 お店の前で、圭介がにこっと笑った。こういうところが、可愛いんだよなって心底思った。


 車に乗ると、圭介は軽快に話しながら、私の家へと車を走らせた。

「圭介…」

 圭介が、途中、黙ったときに話しかけた。

「え?何?」

「今日の星空、本当にすごかった。宇宙にね、圭介と二人っきりになったみたいだったよ。ほら、手、つないでいたし…」

「うん」

「圭介、なんであの時、ああ言ったの?」

「え?」

「ずっと、隣にいるからって…」

「ああ、だって、ぎゅって手を握ってきたから」

「私が?」

「うん、なんか、不安にでもなったのかなって…」

「……」

 なんだかな~~…。私の心が黙ってても通じちゃうのかな。以心伝心?それとも、超能力者?


「まじで、ずっと、隣にいるからさ」

「うん…」

「っていうか、ずっと、隣にいてよ」

「うん…」

 圭介の横顔を見て微笑むと、ちらっとこっちを向いて、手を握ってきた。そして、しばらく私の手を握ったまま、圭介は運転をしていた。

 いつの間にか、雨は上がっていた。空に青空も見えていた。



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