16 彼の家族
ダイニングに行くと、順平君がもう食べていた。
「あ、お先に食ってます」
ご飯をほおばりながら、順平君はお箸をぷらぷらふった。
「順平、はしたないからやめなさい」
面白いな~~、この三男は…。でも、緊張をほぐしてくれて助かる。
「柴田さんは、ここに座ってね」
お母さんにうながされ、順平君の前の席に座った。
ピンポ~ン。
「あ、お父さんだわ」
そう言うと、ばたばたと玄関にお母さんは走っていった。
「お帰りなさい。お父さん、また圭介具合が悪くなって、早退して来たのよ」
「え?圭介が?」
そう言うと、部長がリビングに入ってきた。
「あ、お邪魔してます」
席を立ちお辞儀をすると、部長がびっくりして立ち止まった。
「それで、柴田さんが送ってくれたの」
と、後ろから部長の鞄を持って、お母さんが入ってきた。
「ああ、そうだったんだ、いやあ、柴田さん悪かったね~~~」
「いえ、なんかこちらこそ、夕飯までごちそうになっちゃって…。あ!」
「え?」
いきなり、大きな声を出したから、部長がびっくりしてしまった。
「すみません。家に電話するの忘れてました。食事いらないって電話しないと…」
「あら、そうよね、夕飯の支度しちゃうものね。ごめんなさいね、私もうっかりしてたわ」
「いえ、ちょっと、電話してきます」
そう言って、携帯を持ち廊下に出た。
母に、圭介くんの家で夕飯を食べていくと伝えると、
「ええ?どういうこと?」
と、母はかなり驚いていたが、
「詳しくは帰ってからね。じゃあ」
と、さっさと私は、電話を切ってしまった。
部長が、スーツから普段着に着替えてきて、キッチンの方へ行き、冷蔵庫からビールを持ってきた。お母さんが、部長のご飯と、お味噌汁をよそって、ダイニングにきて、
「あら、やだ、ビール?飲んだら運転できないじゃない」
と、部長に釘を刺した。
「運転?」
部長が、不思議そうに聞いた。
「そうよ。柴田さん送ってもらわなくっちゃ」
「あ、あの、私、電車で帰りますから…」
「ああ、じゃ、俺が送ってく」
「順平?まだあんた、若葉マークでしょ~~。何言ってるの」
「大丈夫だって!」
「駄目よ、柴田さん乗っけてて事故にでもあったらどうするの?」
「俺、運転うまいよ!まじ」
「駄目!」
「ああ、いいよ、いいよ。僕が送っていくから」
開けてしまった缶ビールを、テーブルの真ん中にずらして、部長がご飯を食べだした。
う、申し訳ないな~~…。
「じゃ、そのビール俺が飲む」
「あんたは、未成年でしょ~~」
「んなの。大丈夫だって、俺、もう19だし」
「でも、未成年なのよ!」
この親子の会話は面白い。
ガチャ…、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
「あ!いいところに!」
どうやら、長男の登場のようだ。お兄さんか~~。といっても私よりもだいぶ年下。でも、圭介のお兄さんって言うだけでも、「お兄さん」っていう感じがしてならない。
リビングに入ってきて、知らない人が食卓にいるのを見て、かなり驚いた様子だ。
「正吾、お帰りなさい。あなたご飯食べたら、柴田さん送って行ってくれる?」
「は?」
突拍子もないことに、驚きを隠せない様子。そりゃそうだ。いきなり家に帰ったら、知らない人がご飯食べているし、いきなりその知らない人を、送っていけって言うんだから。
「柴田瑞希さん、圭介と同じ会社の人で、今日具合の悪い圭介を送ってくださったのよ。ほら、挨拶なさい。」
「ああ、どうも。圭介がお世話かけて…」
「い、いいえ」
長男、正吾さんはとてもまじめそうな人だ。大人しそうで、圭介とも、順平君ともまったく違う。正吾さんは、いや、正吾君っていった方がいいのかな、上着だけを脱いで、リビングのソファーに置くと、食卓についた。
「これで全員そろったな」
部長が、もう自分のお役目は終わったようだと思ったのか、開けたビールをくいっと飲んだ。
「ああ!」
順平君がそれを見て、ちぇっていう顔をした。
「20歳になったらどうせ、お父さんの晩酌に付き合わされるんだから、いいじゃないの」
お母さんが、そう言うと、
「それは、絶対にかんべん」
と、順平君はばくばくとご飯を食べだした。そして、
「ごちそうさま~~」
と順平君は、さっさと席を立ち、リビングのソファーに座りテレビを観だした。
「順平、音は小さくね」
お母さんもやっと、正吾さんのご飯を用意して食卓についた。
「圭介、また倒れた?」
正吾さんが、お母さんに聞くと、
「そうよ、ちょっと忙しすぎないかしらね~~」
とお母さんは、正吾さんに向かってそう答えた。
「まあ、会社で1番若いんだし、しょうがないだろう」
部長が、多分後輩の笹塚社長の肩を持とうとしたのだろう、そんなことを言った。
「しょうがないよ。ITの会社に入っちまった運命かな」
正吾さんも、さすが事情を知っているようだった。
「でも、あなたは、けっこう家に帰ってきてるじゃないの」
「俺の場合は、家で仕事してたりするから」
「ふうん、そうね。家でもずっと部屋に閉じこもってるわね。でも、まだ家のご飯が食べれるだけましよ。圭介はコンビニのお弁当とか、カップラーメンとかですませてるみたいだから。お弁当だって持たせてたんだけど、そのうちいらないって…」
「笹に気を使ってるのかな?笹は一人暮らしで、だれもお弁当作ったりしないからな」
「母親の弁当なんて、恥ずかしいだけだろ」
テレビを観ている順平君が口を挟んだ。
「ええ?じゃあ誰のならいいの?彼女とか、奥さんとか?」
お母さんが、順平君に向かってそう聞いた。
「圭介は、早くに結婚した方がいいかもな~~。無鉄砲だし、限界っていうのを知らないで、仕事もしちゃうし、その辺をセーブしてくれたり、手料理をしっかりと食わせてくれるような、しっかりした奥さんがいたほうがいいと思うよ」
と、部長が言った。そうか!早くに結婚した方がいいって、部長は思っているのか!ご飯を食べながら、私はちょっと心の中でガッツポーズをした。
「年上がいいわね。あの子の場合、甘えん坊だし、しっかりした年上がいいわよ」
お母さんも、話にのりだした。ああ、お母さん、一回り上でもいいでしょうか…?
「そうだな、あの子の場合は、大きくどんと構えてくれるくらい、器のでかい人じゃないと」
ああ、それはちょっと、無理かもです~~、部長…。そう、心の中で、答えていたが、
「う~~ん、理想は、柴田さんみたいな人だな~~」
と、部長がいきなり、そう言うので、びっくりしてしまった。
「ええっ?」
すっとんきょうな声とともに、食べてたご飯が、器官にいってしまったらしく、私はむせてしまった。
「大丈夫?ほら、水飲んで」
お母さんが慌てて、水を入れたコップを、持ってきてくれた。
「お父さん、とんでもないことを言うから、柴田さんが困っちゃったじゃないの。ねえ、ごめんなさいね」
「いえ、ごほ…。ごほ…」
「でも、俺も圭介には年上がいいと思うよ。今までの彼女みたいな、年下や、タメだとさ、わがまま聞けないからさ」
「1番のわがままなやつが、何言ってんだ」
順平君に、クールに正吾さんがそう言った。
正吾さんは、あまり、表情を変えず、もくもくとご飯を食べている。ポーカーフェイスなんだろうなってそう思った。
「本当にもう、お父さんは…。茂のことといい、柴田さんに失礼だわ」
「ああ、本当に悪かったね」
部長が、ビールを飲む手を止めて、私に少し頭を下げた。
「いえ、いいんです。本当に…。その、私のほうこそ、その…」
好きな人ができて断っちゃったんだから。でも、その話を誰もしないってことは、茂さんが気を使ってくれたのか、誰にも話していないんだろうな。
「会社にはいないかな、柴田さんのタイプは」
部長が少し、くだけた感じでビールを飲みながら聞いてきた。
「いえ、えっと…」
困った…。会社どころか、部長の息子さんのことを好きになっているんですとは、とても言えない。ああ、いつか言わなきゃいけないんだろうなって思うと、考えただけでも頭がくらくらする。
「いないかな~~。けっこう、独身がそろっているだろう?」
「はあ…」
「お父さん。柴田さん困ってるわよ」
「ああ、悪い悪い。はっはっは」
部長は立ち上がると、冷蔵庫を開け、もう1缶ビールを持ってきた。
「柴田さんも、飲むかい?」
「いえ、私は…」
圭介が具合が悪いのに、飲めるわけがない。
プシュっていい音を立てて、缶ビールを開けると、おいしそうに部長はごくごくって飲み、そのうちに、陽気になったようだ。
そう、部長はあまりお酒に強くない。ビールだけで、十分酔える人だ。それも、陽気になる。
「いや、本当に、茂は、結婚する気がないんだな、ありゃあ…」
「まあ、しょうがないんじゃない。仕事で頭がいっぱいなのよ」
「そんなやつと見合いをさせて、すまなかったな~~」
ああ、まだ言ってる…。気がひけるよ…。
「そういえば、おい、正吾も今、付き合ってる人いないんだろう?」
「え?」
いきなり、自分にふられて、正吾さんは一瞬びくってした。
「兄貴、いるよ」
順平君が口を出した。
「ああ、そうよ、私も知ってるわ」
お母さんも、冷静にそう言った。
「どうなのよ、相手の人、年上でしょ?」
え?年上なの?
「なんだ、知らなかったのは、僕だけか…」
部長が少し、がっかりしていた。
「もう、30になるんじゃないの?えっと、楓さんだっけ~~?」
茶化したように、順平君が言った。ああ、30…。それでも、私より若いわ。
「まだ、29になったところだよ」
冷静に、正吾さんはそう言った。
「じゃあ、6っつ上?」
「うん」
お母さんの質問にも正吾さんは冷静に、下を向いたまま、軽くうなずいた。6つか、えっと、私と圭介の年の差の半分だね。
「そうか、いたのか…。もう29歳だと相手の人は結婚を考えるんじゃないのか?正吾」
これまた、冷静に部長が、正吾さんに聞いてきた。
「別に。結婚願望ない人だから」
「あら、そうなの~~?じゃあ、もしかして、正吾、結婚できないかもしれないじゃないの」
え、それはないんじゃないかな、だって正吾さん、まだ23でしょ。
「は~~。なんだかね、うちはみんな結婚できるか心配だわ。あ、柴田さんのところは?お兄さんご結婚」
「はい、もうしています。2歳になる女の子もいて、今、仙台にいます」
「そうなの~~。2歳っていったら、可愛い盛りじゃないの。じゃあ、お母さんも喜んでいるでしょう」
「いえ、あの、あまりうちには来なくて、遠いし、どっちかって言うと、お嫁さんの実家に行くみたいで」
「やっぱり~~?ああ、息子ってそうなのよ。うちもそうなるかしら。ちゃんと、うちにも孫ができたら、遊びに来てくれたらいいんだけど、ねえ、正吾!」
「え?俺?俺は、結婚する気ないから、俺に言っても無理」
そう正吾さんが、クールに言うと、
「もう、これだから。順平もあんなじゃ、結婚なんて考えられないし、やっぱり圭介だわ。あの子1番家庭もちそうだわ」
「うん、圭介なら、家族サービスとかよさそうじゃね?犬とか飼って、家族で公園とか、海とか、旅行とか絶対、行きそう」
順平君はもう、テレビよりも、こっちの話に夢中のようだ。
「ねえ、そんな感じするわよね。柴田さん」
え?私にふる?お母さん……。
「そ、そうですね。そういうの、好きそうですね…」
思いっきり好きだろうな~~。
「柴田さんみたいな人がいいわね。それで、ちょくちょく家に来てくれたら嬉しいわ。一緒に住んでくれとは言わない。でも、ちょくちょく、来てくれたら…。孫も連れて。そういうのを夢見てるのよ。もう、圭介にしか託せない夢だわ」
お母さんは、ふうってため息をついて、お茶をすすった。それ、私もしたいです。でも、私で本当にいいんでしょうか?なんて、聞けない。
「失礼だけど、柴田さんおいくつ?」
「33です」
「え?そんな?」
驚いたのは、順平くんだった。そんなって何?そんなって。
「若く見られない?20代に見えるわよ」
「いえ、そんな…」
「ほんと、圭介の隣にならんでも、そうね、7、8歳しか離れてない感じかな。でも、一回り離れているのね」
「はい…」
ああ、落ち込んできた。
「一回りも下の圭介じゃ、柴田さんから見たら子供よね。恋愛対称になんてなりっこないし、結婚はありえないわね」
「げえ、まじで、結婚させようって思ってたの?」
順平君がソファから転げ落ちた。多分、わざと…。そうだよね、普通、恋愛対象にはならないって、思うよね…。
トン…。すごく静かに下りてきたから、わからなかったが、圭介が階段を下りてきていた。
「あら、圭介、もう大丈夫?」
「うん、うるさくて、寝れないし…」
「あら、2階まで聞こえてた?」
「圭介!信じらんねえよ、この夫婦、圭介と、柴田さんくっつけようともくろんでる!やばいから、ここらで、一発言っとかないと、柴田さんも丸め込まれちゃうよ」
順平君は、半分、楽しそうに圭介にそう言った。圭介のことは、呼び捨てなんだな。
「ああ、なんか聞こえてた」
「圭介、冗談よ、そんな、ねえ。ごめんなさいね。いえ、ついね、圭介にも彼女いないし、柴田さんもいないならって、ほら、圭介には絶対に年上の方がいいって思ったし…」
「ああ、圭介、柴田さんは、正吾に送らせるからな。それより、もう大丈夫か?」
話を変えようとしているのが、みえみえの部長だ。多分、圭介の知らないところでそんな話をして悪いとでも思ったのか。
「あ、兄貴が?」
「ああ、親父、ビール飲んじゃったしな」
正吾さんは、いたって冷静。
「そっか…。もっと具合よくなってたら、俺が送ってったんだけど…」
「何言ってるの、あなたが送っていったらまた、あなたを誰かが送ってくることになるわよ」
「ははは、エンドレスになっちまう」
順平君は大笑いした。
圭介は笑いもせず、食卓について、
「兄貴さ、彼女いたよね」
といきなり、正吾さんに話しかけた。
「ああ、うん」
「じゃあ、大丈夫だよね」
「何が?」
「あ、でも彼女年上だっけ?」
「何が言いたいんだよ、お前」
そんな会話を続けている二人を、周りのみんなは、静かに見守っていた、というか、圭介のあまりにも神妙な態度が、みんな気になっていたのだ。
「瑞希のこと、駄目だよ。好きになっちゃ」
「はあ?お前、あほか?何で俺が?」
「一応、言っておかないとさ」
何言ってるの?ってのどまで出かけた。でも、ここで、興奮した方がかえって、怪しいよね…。黙って、知らん振りをしていたが、順平君が圭介の方に来て、
「あ、すげえ、まじなんだ。圭介の方は、柴田さんのこと…」
と、少し悪ふざけをしている感じで、言ってきた。圭介はそんなの、無視をしてお母さんの方を向いた。
「おふくろさ、ポカリ忘れてんだけど」
「あ、ごめんなさい、忘れてた」
お母さんは席を立ち、冷蔵庫に取りにいって、圭介にペットボトルを渡しながら、
「そう、そうなの…」
と、意味深にうなずいた。
圭介は、ペットボトルを受け取ると、すぐにふたを開け飲みだした。相当、のどが渇いていたようだ。
「ははは、あれだ、あれ…。まあ、柴田さん、そんなに圭介の言ってることも気にしなくていいから。うん。ははは…」
部長の笑い方は、どうにもわざとらしく、それとは反対に、お母さんの方は目を輝かせていたようだった。
「ま、今日は正吾に送ってもらって、今度違う機会に、ドライブでも誘ったら?ねえ。圭介。圭介ね、運転うまいのよ。柴田さんどっか行きたいところある?連れて行ってもらうといいわよ」
「え?」
お母さんの、のりのよさにのけぞると、
「あ、出たよ。やっべえ。ああなると、止まらないからな」
と、順平君が茶化すように言った。
「まあまあ…」
部長が、お母さんの前のめりの体制を直すような感じで、さえぎった。だが、
「いいよ。またどっか、ドライブ行こう」
圭介は、あっさりとそう言った。
「また?」
みんなが同時に、聞いてきた。やばい?えっと…。
「それよりさ、瑞希、まじ今日はサンキュー。助かった」
圭介は、まったくみんなの反応を気にせず、そう私に微笑みかけた。この、周りをまったく気にしない、マイペースさは、お母さん譲りか。
「じゃ、送ってくるから」
正吾さんが立ち上がり、上着を取って、上着のポケットからキーを出した。
「ごちそうさまでした」
そう言って、私も立ち上がると、
「本当にありがとうね、柴田さん。また、これにこりずに、遊びに来てね」
と、お母さんが優しく言ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
「じゃ、正吾、きちんと安全運転するんだぞ」
部長がそう言うと、
「ああ、大丈夫」
と、これまた、クールにそう言って、正吾さんはリビングを出た。圭介も一緒に玄関に来た。
「兄貴、頼んだよ」
「ああ」
ほんと、正吾さんは、クールで無口だ。
玄関で、私は圭介と目を合わせ、少し微笑むと、圭介も、声を出さず明日ねって口だけを動かした。 どうやら、明日には会社に来れそうだな。
この前、圭介が運転していた車に乗り込む。シートベルトが固いんだが、どうにか、自分でベルトをすることができた。それを見てから、正吾さんが、車を発進させた。
正吾さんも、やはり、色が白かった。それに、圭介よりも痩せていた。手も細く、指も長くて細い。圭介よりも、一回り痩せさせた感じだ。
圭介の隣はあったかいが、正吾さんの隣は緊張した。何を話していいかもわからなかった。正吾さんも同じだったのか、ラジオをつけた。
「圭介、まじかもしれないですよ。どうしますか?」
しばらくすると、正吾さんがぽそって話しかけてきた。
「え?何が…?」
「ああ、柴田さんのこと、多分、本気で好きなんじゃないですか?」
「え?」
見る見るうちに、顔が赤くなっていき、やばいって冷静を装うとした。
「ど、どうかな、冗談半分かも…ね」
「いや、すんごい真剣な顔してたからな。あいつは顔にもろ出るタイプで、あんなに真剣な顔をしたときには、本当に真剣なんですよ」
圭介も運転が上手だが、正吾さんも上手だった。圭介より、さらに丁寧な運転。
「あまり、柴田さんも、冗談で受け止めない方がいいですよ。きちんと断るときは断らないと。結局、傷つくのは圭介ですから」
「弟さん思いなんだ」
「そういうわけじゃないけど…」
少し間をおいてから、
「あいつは、あんなふうに、いつも明るいし、馬鹿言ってるけど、けっこう傷つきやすいんです。それに、根に持つタイプかもしれないから、これは、柴田さんのためにも言ってるんですけど」
と正吾さんは続けた。
「ええ?根に持つ~~?」
ちょっと、笑ってしまった。
「健気に、思いつめるところもあります。いつもなんに対しても、本気だから…」
うん、なんとなくわかる。
「順平は、本当に何も考えてないですけどね、圭介は意外と、周りのこと気にしたり、相手のこと考えてものを言ってたり、相手に気を使わせないようにする気配りって言うか、配慮が絶妙だから、周りとしては、何にも考えてない、無邪気な子供に見える。でも、内心は大人ですよ」
「うん、なんだか、わかる気がするよ」
「そうですか?ただのアホだの、馬鹿だのって、思ってるやつもいますからね」
なんだか、正吾さんは、圭介のことを理解しているんだなって思うと、嬉しいような気がしてきた。そういえば、圭介も、正吾さんのことをほめていたっけ。
「純粋で健気な分、傷つきやすいから、もし、あんまり圭介のこと何とも思ってないなら、気を持たせるまねだけはしてほしくないなって…。生意気言ってますけど、俺」
「はい、わかります。私も圭介くんのことは、傷つけたりしたくないです」
「わかってもらえたんなら、いいですけど…」
カーナビに、私の家の住所が入っていると教えたので、カーナビを見てすんなりと家まで送ってくれた。
「ありがとう」
と、車から降りた。
「それじゃあ」
と、ハンドルを握ったまま、正吾さんは軽く頭を下げ、そのまま、発進して車を出した。
家に入ると、ばたばたと母が玄関にかけてきた。母が走るので、クロも嬉しくなり、尻尾を振ってついてきたようだ。
ハッハッハッ…。クロはベロを思い切りだして、尻尾をぐるぐるとまわし、私に抱きついてきた。
「クロ…、重い…」
今日は、けっこう疲れていて、クロの体重がいつもの倍に感じた。
「なんで、あんた圭ちゃんの家に?」
「圭介がね、会社で具合悪くなって」
「え?大丈夫なの?圭ちゃん」
「うん、もう私が帰るころには、起き上がってたし、明日には会社に来れそうだった」
「そう…。何、それで、夕飯までいたの?あんたずうずうしくない?」
「だって、圭介のお母さんが、食べていってねって…。断るのも悪いから」
「でも、断らなきゃ…、部長さんのお宅でしょ~~」
「うん、でも、車で送らせるからって」
「え?部長さんが送ってくれたの?」
「ううん、圭介のお兄さんが…」
「あら、圭ちゃんお兄さんいるの?おいくつ?」
あからさまに母は、目を輝かせた。どうせ、私とお付き合いできるかもと思ったのだろう。
「23歳」
「ええ?そんなに若いの!」
駄目だって思ったらしく、これまたあからさまに、がっくりしていた。
「お風呂はいって寝るね」
そう言うと、私は2階に上がり、着替えを出した。
それにしても、長い1日だったな…。圭介の家族全員に会っちゃったんだけど、みんないい人だった。話しやすいかどうかは、別として…。
でも、圭介が家の中でも明るく、家族から好かれているのは、よくわかった。
お母さんが、私と圭介が付き合うことにのりのりだったのは、冗談なんだろうなとか、正吾さんの言葉がずっと頭の中をくるくるしてたりとか、結局その日は、寝れたのが、夜中の2時過ぎだった。