14 恋は偉大
ハンバーガーを食いつきながら、圭介がもごもご話し出した。
「やっぱ、元気なかったのは、茂にいが原因っすか?」
「元気ないように、見えてた?」
「はい。っていうか、俺のことも避けてたって感じですよね…?」
今度は、コーラをぐいって飲んで、
「すみません。俺、気にはなってたんですけど…。俺のこと避けてないですかって、聞きづらくて…」
「そうだったの?」
「なんか怒らせることしたかなとか、なんか嫌われることしたかなとか、気になってたんですけど…」
圭介は、一呼吸おいてから続けた。
「でも、もし嫌いになったなんて言われたら、その、俺、立ち直れそうもなかったので…」
「え?」
そんなことを、気にしていたのか…。
「あ、でも、茂にいのことで、元気なかったんすよね…?」
「ううん」
「え?違うんすか?」
「うん」
「あ、じゃあ、何で?やっぱ、俺、何かしましたか?」
「うん。君、何かしちゃったのよ」
「ええっ?」
圭介は、すごいのけぞり方をして、そのあと、頭を抱え込んだ。
「何だろう、えっと、すみません。思いつかないんです。ずっと、もし嫌われたとしたら俺、何したかなって考えてたんすけど…」
「考えてたんだ」
「はい、あ。やっぱ、あれっすか?俺、飲んで記憶なくしたとき、とんでもないこと、したとかっすか?」
「あら…」
「あら?あらって…?」
「いや、いい線いってるなって…。で、何か思い出した?」
「………」
だらだらと、汗をかいている様子が手に取るようにわかる。可愛そうに、きっととんでもないことをしたのだろうと、あれこれ頭の中で、イメージしているに違いない、相当、最悪なことを…。
「そうそう。お風呂にね」
「え?」
「出たときに、圭介が入ってきそうになって、そこは覚えてる?」
「え?はい。覚えてます。えっと、ちゃんともう瑞希さん、パジャマ着てました。大丈夫でした」
「覚えてるんだ」
「その辺は、しっかりと思いださなきゃって」
「え?なんで?」
「いや、だって、もしその辺で、とんでもないことしてたら、大変だからって…。それで、一生懸命に思い出して」
「思い出したんだ、じゃ、そのあとは?」
「お風呂でて、2階にあがったんです」
「うん」
「それで…、お兄さんの部屋に入って、寝ました」
「え?」
「え?」
「……」
目を丸くして、私が圭介の顔を見たので、どうやら、その辺の記憶が怪しいと言うことがわかったらしい。
「何か、俺、しましたか?」
「私の部屋に来たかな…、そういえば」
「え?」
「覚えてない?」
「……」
圭介の顔が、若干青ざめた。
「お、覚えてないっす。でも、俺、瑞希さんの部屋だけ思い出して…」
「部屋を?」
「なんか、すっきりしてる部屋で、カーテンとか絨毯がベージュで、あ、観葉植物があった」
「ふ~ん、なんで、部屋の中を知ってたのかな?」
「で、ですよね…。中に入ったから…、ですよね?」
圭介はやばいって顔をして、しばらく下を向いたままになった。
「でも、部屋しか思い出せないんです。その…」
黙って、圭介は一回つばを飲み込むと、
「俺、襲ったりしてないですよね?」
とあほなことを、聞いてきた。は~~~~?なんだ、何を唐突に!馬鹿じゃないの?とも思ったけど、でも、顔面蒼白になっているから、ちょっと、可愛そうな気もしてきて、
「大丈夫、圭介はただ、ベッドに座ってただけだし」
と、安心させようとしたが、圭介はかえって焦ったようで、
「え?ベッド?」
と、顔をひきつらせた。
「いや、あの、だからね、髪がぬれたままだったから、私がドライヤーで乾かしてあげて、それで、少し話をして、それで、部屋に戻っていったの」
「……。髪?俺の?」
「うん」
いきなり、圭介は真っ赤になった。え…?真っ赤になるようなこと…?
「あ、そうなんすか…。うわ、覚えてないや…」
黙って、圭介は、今度は両手で頭を抱えてしまった。…必死に思い出そうとしているの…?
指の間から見える圭介の顔は、少しにやけてて、耳が真っ赤になっていた。…もしかして、喜んでんの?
「ちょっと、悔しい」
「え?なんで?」
「だって、そんなラッキーなこと、覚えてないなんて…」
「ラッキー?髪を乾かしただけだよ。美容院に行ったら、してもらうでしょ~~?」
「そうだけど、でも、瑞希さんに髪、触られてたんだって思ったら、その…」
「何?何よ?ちょっと…。こっちまで恥ずかしくなるから、やめてよ」
みるみるうちに、私まで真っ赤になっていくのがわかる。
そうか…。そうだよ。今になって気づく。圭介の髪を触れたなんて、ラッキーだ。超嬉しいことだ。
っていうか私がラッキーだから、なんで圭介がラッキーなのよ?
「なんだ、そっか。ああ、損した。覚えてないなんて…。あれ?でも、なんでそれで、瑞希さん怒ってるの?」
「それは、あまり関係ないの」
「え?」
「話のほうがね…。まあ、いろいろと…。なんで忘れちゃったのかなって、覚えてないのかなって…」
「え?そうなんすか?なんかもしかして、俺、大事なこと忘れてる…とか?」
「ああ、いい線いってるね…」
「え?」
今度は、しかめっつらをして、頭を抱えてしまった。
「やっべ~~~、だめだ。まったく思い出せない。俺、何を話したんすか?」
「教えない…」
「え?何で?」
「なんか、悔しいから」
えええ?って顔で、私の顔を覗き込む。
「やっべ~~、まじやべ~~~。それ、結構重要っすよね。相当なこと俺、言ったんすか?」
「言ったというか、聞いたというか…」
「瑞希さんも、何か話したんすか?なんか大事なこと…」
コクンって、圭介の顔を見ないでうなずいた。
「……」
顔を見なくっても、圭介の表情が固まったのがわかった。
圭介は、しばらく黙り込んで、
「それ、俺が喜ぶ…こと?」
と聞いてきた。
「さあ、どうかな」
「俺が、ショックなこと?」
「どうだろう、たいしたことないことかもね、だって、忘れちゃうくらいだし」
「ま、待ってください」
慌てて圭介は、コーラを飲むと、ゲホゲホ咳をして胸をたたいてから、
「俺、夢だと思ってたんですけど、ずっと…」
と話し出した。
「え?」
夢…?
「瑞希さんに、こくられている夢です」
「なんて…?」
「う、その、はっきりと言葉までは覚えてないんすけど、でも、告白されて俺が、すげえ嬉しくって、で、俺も瑞希さんのこと好きだって、言ってて…」
「それで?」
「それだけなんすけど…。こう、もやがかかった感じで、はっきりとしないんすけど、でも、とにかく俺が喜んでいるのは確かなんです。で、朝起きて、すんげえラッキーな夢見たなって思って…」
「いつ?」
「え、瑞希さんちに、泊まった翌朝…」
「ああ、ああ~~~~。そうか~~~~~」
夢だって思ったのか~~~。いや、私も夢だったかもって、思ったりもしたけどさ…。
「あ、あれ、…現実?」
「……」
黙って、コクンってうなずくと、
「まじで?」
圭介は、目をまんまるくして驚いて、
「あ~~~、なんだよ。俺、何?一ヶ月もいい夢を見たって思い込んでたの?」
とちょっとにやけながらも、頭を抱えてそう言った。
「……」
どうも、顔も見れなくなってきた。
「え?じゃ、なに?そこんところを俺が忘れてて、瑞希さん怒ってたの?」
「……」
また、黙ってコクンってうなずくと、
「……。可愛い」
と、ぽつりとつぶやかれ…。そして、しばらく、笑いをこらえている圭介が突然、またこっちを向きお直して言った。
「じゃ、あれ?待って…」
「?」
「両思いなんだ、俺」
「…うん」
「まじ?」
「…まじ」
だ~~~~~!って圭介は、今度はガッツポーズをした。
「まじかよ、あ、やべ、これも夢とかってないよな」
お約束って感じだよね、圭介は、ほっぺたをつねってみせた。
「いて~~~。まじだよ」
「あの、圭介、声のトーンを下げようよ、みんな見てるよ…」
くすくすと笑いながら、周りの人が見ていた。多分、今までの圭介の、いろんな表情や、ポーズも見ていたんだろうな。かなりオーバーだったもんな~~、リアクションが…。
「ああ、すみません、俺、興奮してて…」
また、ゴクって圭介は、コーラを飲んだが、どうやらあまり入ってなかったらしく、紙コップのふたを取って中の氷をほおばった。
ガリガリ…。圭介はしばらく氷を食べていたが、気持ちも落ち着いたらしく、あたりを少し見回して、
「店、出ましょうか?」
と、注目を浴びていて、恥ずかしくなったのか、小声でそう言った。
店を出ると、雨が降り出していた。
「あ、傘、会社だ」
「じゃあ、入っていく?」
私の傘をぽんって開くと、
「俺、持ちます」
と、圭介が傘を持ってくれた。歩き出したら、ほとんど傘を私のほうに傾けていたので、圭介の反対側の肩が濡れていたのがわかった。なんだか、そんな圭介も愛しいと思った。
圭介は無口だった。私もなんとなく気恥ずかしくて、無口になった。すぐとなりにいる圭介の肩が触れたりするたびに、胸の鼓動が鳴った。
「ああ、夢じゃなかったんだな~~」
心の中で、つぶやくと同時に圭介が、
「夢じゃなかったんだ…」
と、言ったので、びっくりした。
「夢だって思ってた。だって、そんなことありえないってどっかで思ってて。瑞希さんにもし、好きになってもらえたら嬉しいって思ってたけど…。12も年下だし、そんなのありえないって…」
「私も思ってたよ。12も年上で、好きになってもらえるわけがないって」
「そうなんすか?」
「だから、絶対に想いを告げることもないなって、そう思ってたんだけどね」
「はい…」
「でも、やっぱり、きちんと気持ちが伝えたくなったんだよね」
「はい」
はいって…、何をかしこまっているんだか…?
「ありがとうございます」
「え?」
「きちんと気持ち、伝えてくれて…」
「……」
「すみません、それなのに、俺、覚えてなくて…」
「覚えてたじゃない、ただ、夢だって勘違いしてたけどね」
「すみません。そりゃ、怒るの無理ないですよね」
「まあ、ね…」
「あ、すみません、ほんと、俺、馬鹿ですね」
「ふふ、もういいよ」
本当にしょげているのが、伝わってきて、そんなところまで可愛いなって思ってしまう。
駅に着くと圭介が、
「今度は、あれですよ、瑞希さんが夢だったとかって思わないでくださいよ。それとか、記憶なくしたりしないでくださいよ」
と言ってきた。
「あはは、大丈夫、そんなに飲んでないし、もう酔いも冷めてるよ」
「じゃあ、ここで」
「うん。お疲れ様」
「はい」
車だと、わりと近いんだけど、電車だと圭介はJRで、私は私鉄だから、まったく乗り場まで違ってしまう。
駅で別れると、私は私鉄の乗り場へと向かっていった。ふいに、視線を感じて振り返ると、まだ、圭介はこっちを見ていた。手を振って笑って、それからペコってお辞儀をした。私も軽くお辞儀をして、手を振った。
周りからはどう見えるかな、やっぱり会社の同僚とか、先輩後輩とかかな。恋人には見えないだろうな。だけど…、恋人…なんだね。
ワインを飲んでいたからか、恋人の言葉に酔ったのか、しばらく顔がほてったまま、私は混んでいる電車に乗って、さらに車内の暑さで赤くなり、家路に着いた。
さあ、これから、どうなるのかな。部屋から雨の降る外を眺めて、そんなことを思っていた。
「雨もいいな、相合傘できるもんね…」
雨嫌いの私が、雨を好きになっていた。恋は偉大で、圭介はもっと偉大だ…、なんてあほなことも、ぼ~~っと雨を見ながら思っていた。