12 幻?
私が言ったんだから、今度は貴方の番です。そんな感じで、私は圭介が話すのを黙って聞いていた。本当は怖かった。耳もふさぎたかった。「やっぱり聞くのや~めた」って、途中で逃げ出したかった。
「そうなんだ…」
ちょっと、脱力した感じで、圭介が言った。
「知んなかった…」
また、力が抜けたようだ。本当にすごい力を入れて、聞いていたんだな。今の私みたいに…。
「…。えっと…」
圭介は、ぽりって頭を掻いて、あ、まだ濡れているって顔で髪を見て、それから、ぽつりぽつり、言葉を選んで話し出した。
「俺、結婚とかやっぱり、まだ考えられない」
「うん…」
私の口から、ようやく言葉が出た。あたりまえだよ、そんなの気にしないで。って頭の中では言っている。でも、言葉にはならない。言葉にしたら、途中で泣きそうだ。
「でも…」
「……」
でも…?
「同じことを、きっと、思ってると思う」
「…え?!」
同じって…?
「瑞希って、すごいんだ」
「な、何が…?」
「俺の、好みそのものっていうか」
「え?!」
好み…?圭介の…?
「はじめは、親父から会ってこいって言われて、茂にいの代理でさ。顔見ないとわかんないからって、写真を見せてもらって。なんか、社内旅行とかのかな」
「うん…」
「写真見て、まず、驚いて…」
「何で?」
「わかんないけど、なんか、こう…、すごい惹かれて…。でも、そういうのも、なんだかよくわかんなくて、とにかく、茂にいのためにも、行かなくちゃって待ち合わせに行って…」
「うん」
「会って、話して、一緒にいて…」
「うん」
「すんげえ、やばいじゃん。なんか、声とか、雰囲気とか、話し方とか、どことっても、好きだなって思えてきて」
「……」
驚いて、私は言葉にならなかった…。同じことを、圭介は感じていたんだ。
「でも、茂にいの代理だし、見合いの相手だし、こっちは、12も下だし好きになっても、見込みないしって言うか、勝ち目ないし…」
「……」
「もう、会えないんだよなって思って。でも、一目見られたらなとか、偶然会えたらなとかって、家の近くまで来たりしてさ、あ、ほら、住所ナビに入ってたし。でも、一歩間違えたらストーカー?だよな。はは…」
「私?私のことだったの?!」
「え?」
「私にだったの?会いにきたって、その…」
「そう、好きな人って、瑞希のこと。わかんなかった?」
「……」
わ…、わかんなかったよ…。
「俺、これでも、すごいアピールしたんだけど」
「……」
「茂にいじゃなくて、俺を見てくれないかとか、いや、やっぱり、祝福しなくちゃとか、好きな人の幸せを願うのが本当の愛だとか、でも、偶然同じ会社に瑞希はいってくるしさ、運命かって思ってみたり、俺、もうここ数ヶ月、頭ん中ぐるぐるしてたよ」
そんなの、知らなかった。そんなの全然、表面に見せなかったよ。気づかなかったよ?
「熱い視線でさ~~、想い伝われ~~ってやってたんだけど…」
「え?」
熱い視線って…。え…?
「ああ、でも、ま、いいや。だって、伝わっていたから俺のこと、好きになってくれたんだよね?」
ああ、もう!なんだよ~~~。そんなことを言う?ほらね、もう、全部愛しい。ぎゅうって抱きしめたくなる。
「あ、なんか、まじ緊張した。だって、誰のことそんなに好きなのかって、すんげえ怖くって、ドキドキして…。やべ、力抜けた。いきなり眠気…」
圭介はそう言うと、もたれかかってきた。
「え?ここで寝ちゃ困るよ、兄さんのベッドに行って!」
「連れてって…」
「ええ?重いから無理だって」
「俺、意外と軽いから」
「無理無理、自分の足で歩いてよ」
「けち」
けちじゃなくって~~…。
ああ。やっぱり相当酔っていると思う。これ、明日には忘れていましたとか言わないかな。告白覚えているのかな…。
圭介は、ちょっとふらつきながら、ベッドからドアまで歩き、
「おやすみ」
って、言って、部屋を出てから、
「ああ~~。バッカだ、俺」
って、自分の頭をポカってやった。
「?何が?」
「だってさ、キスくらいしてもよかったじゃん。こういうとき、そういう機転が利かない。ってか、そういうの、する勇気も出ないっていうか、ああ~~。本当に、だめなんだよね、俺」
ええ~~~?それは心の中の声でしょう。口に出てますけど、いいんですか~?
「今からしても、いい?」
圭介は少し、甘える声で言ってきた。
「おやすみ。早くドア閉めてね。明日朝早くに起きて、一回家に戻るんでしょ。起きれるの?」
「…あれ?」
「何?」
「さっき、俺のことすんげえ好きだって、こくったよね」
「…それが?」
「いや、それにしては、冷たいなって」
「あほう。本当に早く寝なさい。起きれなくても知らないからね」
「は~~い。おやすみなさい」
バタン。…バタン。私の部屋と、兄の部屋のドアを閉める音、2回したから、これでもう大丈夫だろう。
心配なのは、朝になって、今の記憶が飛んでいないかってことだ。私の告白も自分が告白したことも。
それどころか、好きだなんて全部うそでしたってことはないだろうか。
いや、それどころか、これは私が、飲んだくれてみた夢だったりしないだろうか。ふわふわしていて、本当に夢の中にいる気がしてくる。
ベッドに横になる。さっき、圭介が座っていたあたりが、ほんのりと暖かかった。圭介のかもし出す、あったかいオーラにまた一気に、包まれた気がした。
隣の部屋で、寝ているんだな。すごく不思議…。私のこと、本当に好きなのかな。本当なんだよね。まだ、半分信じられないけど。
それからまもなく、私は深い眠りに入っていった。夢すらみないような、深い眠りに…。
翌朝、目が覚めて、思い出した。
「あ。そうだ。圭介がいるんだ!」
鏡を見て髪を整え、きちんと洋服に着替えてから部屋を出た。いつもの、よれたパジャマに、くしゃくしゃの頭じゃ、やっぱりいかんだろう…。
一階に行くと、あれま…。よれたTシャツに、パーカーをはおい、髪がすごいことになっている圭介が、半分ぼ~~っとしながらパンをかじっていた。
「んあ…、おはようございまふ」
パンをほおばりながらしゃべるので、よく、聞き取れない。
「おはよう」
少し照れくさくって、目が合わせられなかった。
「ぐ~~わ~~~~~。二日酔い。あったまいって~~。ちきしょう~~~。あんなに飲むんじゃなかった」
これまた、よれたスエットの上下で、髪をぼさぼさにしている修二が、ダイニングにきた。
「お、おはようさん、圭介。きちんと起きれてえらいじゃないか」
「いえ、お母さんにたたき起こされまして…。優しいようで、こわいっすね」
「あっはっは。おふくろ、圭介が子供みたいな気がしてるんじゃないの?」
「子供っすか、俺」
「いや、子供ってのは、自分の子供みたいってこと」
「そうよ~~。なんてったって、圭ちゃん、かわいいもの、あんたと違ってね。もう、圭ちゃんをうちの子にして、あんたを部長さんにあげたいくらい。さ、早く食べて、さっさと行きなさいよ。修二」
「げげ、なに?それ。傷つく修ちゃん」
朝からあほな親子っぷり…。
トーストにジャムをぬり、コーヒーを飲む。ああ、なんとか目が覚めてきた感じ。ってときにまた、母があほぶりを発揮する。
「あ、圭ちゃん。うちの子になっちゃいなさいよ。まじで」
「養子にでもなるんすか?」
母の切った、オレンジをほおばりながら、そんな冗談を圭介が言うと、
「ちっがうわよ。圭ちゃんが、瑞希と結婚するの。そうしたら、息子になるわけ。いいアイデアでしょう?」
ぶ~~っ。私は、思わずコーヒーをふき出してしまった。
「あっつい!」
「ごほっごほ」
どうやらオレンジにむせたのか、圭介が、むせていた。
「そっちの冗談のほうがきついんじゃないの?」
修二が、いかにも見下した感じで、母に冷ややかにそう言った。
「そんなのありえねえって~の。なあ、圭介。しっかりと、そういうのは嫌ですって断らないと、やばいぜ、この親子、本気になったらさ~~」
わざと聞こえるような声で、圭介の耳元で言うと、
「俺、朝いらない。コーヒーだけでいいよ」
と、リビングのソファに座り、新聞を読み出した。
のそのそって静かに、父がリビングに来た。いつもはパジャマだが、服に着替えていた。多分、圭介がいるからだ。ああ、まったく気を使わない修二は、父と同じDNAなのかって疑いたくなる。
「おはようございます」
圭介が父に挨拶をすると、父も、
「あ、おはよう」
と、軽快に挨拶をかえした。けっこう、機嫌がいいようだ。
このなんともいえないくらい、スムーズに、うちの家族になじんでいるのがすごいと思う。
「圭ちゃん、昨日は眠れた?」
特に、母は気に入っている。イケメンだし、めちゃ母の好みかもしれない。ということは、私と母は同じ好みなのか…。
「はい、すごくよく寝れて、爆睡しました」
「それは良かった」
「あ、でも髪乾かさないで寝たみたいで、すみません。シーツとか、枕とか、ぬらしたかも」
そうだよね。半乾きのままだったもんね。
「俺、風呂入ったんですよね。で、髪洗ったんですよね。そのへんは覚えてるんです。でも、どうやって部屋に戻ったか記憶がない。もしや、風呂場で寝てたりとかしてませんか?俺」
「ええっ?!!」
私が、すごい大声を出してたので、
「どうしたの?」
母が、その声にびっくりしていた。
「いや、あの…だ、大丈夫、自分の足で、きちんと、部屋に行ってたよ。覚えてない?」
「ああ、う~~~ん。覚えてないんだな~~。あ、風呂場の前で、会いませんでしたっけ?」
「会った」
「ですよね。その辺はうっすらと記憶があって」
が~~~~~~~ん。し、信じられん、信じられん!本当に心配していたことが、叶ってる。ああ、これも叶うというのか。
いや、待てよ。本当は覚えてて、私をからかってる…とか。いや、からかって何が楽しい?やっぱり忘れてる~~~? あ、あんなに、勇気を出して、告白したのに~~~?!!!
それから急いで顔を洗い、髪をなおし、よれた服のまま車に乗り込み、圭介は自分の家に帰っていった。その間も、「見事に、記憶ねえ」とつぶやきながら。
早起きしたので、会社にも早くに出た。圭介はまだまだ、来ないだろう。
パソコンを開けて、メールを調べる。手紙も封を開けて、仕分けをする。
「おはようございます」
次々に社の人が、現れる。
会社の始まる時間は、9時半。割とゆっくりめの会社だ。でも終わるのは6時。それが会社の定時だ。
朝は、9時半に来る人はめったにいなくて、みんなよっぽどのことがない限り、9時少し過ぎたあたりにはそろっている。が、今日はやはり一人、9時半を過ぎても現れなかった。
9時40分。
「お、おはようございます」
静かに、圭介が入ってきた。
「はい~~、遅刻~~」
社長にいきなり見つかっていた。そうっと入ってきたのにね~。ま、すぐ見つかるか、小さなオフィスだし。
「酒臭い?お前」
「すみません。昨日ちょっと飲みすぎて…」
「で、寝坊?」
「いえ、すんごい早起きして、家に一回帰ってから来たので…」
「何?朝帰りか~?」
圭介は、みんなの注目をあびた。
「何処に泊まってたんだよ?おい」
まさか「うちで~~す」と手をあげるわけにはいかないだろうな…。
圭介は、はああ~~と大きなあくびをしながら、席に着き、
「ども…」
と、お辞儀をした。
「どうも」
覚えてないっていうのが、しゃくにさわり、どうしてもつっけんどんな態度になってしまう。
「なんか、道混んでたんですよ。余裕で、出社できると思ってたのにな」
「ごめんね」
「え?」
「修二がさ、飲ませたから」
「ああ、いいすよ。まじ、楽しかったし」
「母親が、圭ちゃん、また呼んでねって気に入ってた。うちの家族クロまでが、圭介のこと気に入ったんじゃないのかな」
「まじっすか、じゃ、ほんとに、養子になれますかね?」
「養子ね~」
「あ、婿養子です、婿養子」
「え?」
ドキってした。思い出したかって…。
「冗談っすよ。ははは…」
こいつ、本当に私を好きなんだろうか、それまで、疑ってしまう…。
お昼、稲森さんとランチしに出かけた。
「あれ、あやしいな~~」
「え?」
「圭介よ。女のところじゃない?」
「え?」
「圭介、今日さ、なんか、女物の石鹸みたいな、シャンプーみたいな匂いがしてたんだよ」
ギク~~。怖い、そんなところまで、わかる?
「あれ?くんくん。あ!これよ~~。ちょっと、同じ匂い!」
「私と?じゃ、同じシャンプーかな~~。結構高いんですよ。これ…」
「ふ~~ん」
嫌だな~~、その「ふ~~ん」と、その目つき…。
あ、シャンプー。この匂いは覚えているんだろうか…。席に戻って、こっそりと、圭介に聞いてみた。
「あのね、昨日のシャンプー」
「はい?」
「本当に高いの。美容院でしか売ってないのよ」
「?なんのことっすか?」
「え?だから、昨日、圭介が使った私のシャンプー」
「え?俺が?使ってないっすよ。なんで、女物の使うんすか?」
「……」
だめだ、こりゃ。そこも覚えてないか…。
「で、でもな~~。髪から、匂わないかな~~?」
「誰のですか?」
「いや、君の髪から、その…」
「自分の髪の匂いなんて、かげないっすよ。短いし」
「ええ?そうなの?」
「そうですよ、だいたい、かいでる男がいたら変態ですよ」
だめだ~、これは~~~…。いつも私の匂いに包まれているみたいで、いいって言ってたじゃんか~~。なんなんだ、なんなんだ…?!
どこまで、本音?どこまで、本気?お酒飲んで酔っ払ったから、口から出たでまかせか?
ああ~~~。あの幸せなひと時は、なんだったの……?こう、目と目、見つめあったじゃない。それとか、髪を乾かしてあげたじゃない。キスしたらよかったなんて、冗談言って、ドキってさせたじゃない。
それとも、やっぱり、あれは私の見た夢か幻~~~?