11 告白
クロの体や足をタオルでふいてから、車に乗せ、日が沈む前に江ノ島を出た。道はそんなに混んでいなくて、スムーズに家に着いた。
家に着くともう、ウッドデッキに、お皿やグラスが並べてあった。修二が、鉄板をセットしていて、その横から母が野菜を持って、ウッドデッキに現れた。
「あ、お帰りなさい」
クロが、車から降りるとすぐさま、修二の足元にじゃれつきにいった。
「クロ、あぶないから、ちょっとどいてて」
クロの首輪を持って圭介が、自分の方へと引き寄せると、大人しく今度は、圭介の足元に座りこんだ。
「クロちゃん、良かったわね~。海、気持ちよかったでしょ」
「体砂だらけだな。あとで、一緒に風呂はいるか?」
そう修二が言うと、
「え?一緒に風呂とかはいるんですか?」
と、圭介が驚いて聞いた。
「そうなのよね~~。風呂場がクロの毛だらけになって、大変なのよ。掃除するのはこっちだから、あまり入れてほしくないんだけど、きたないままだと、家の中が汚れちゃうしね~~」
母が、ちょっと顔をゆがめながら、そう言った。
「へえ、でも、いいすね。クロ、すごいかわいがられているんすね」
「でもね、1番散歩に連れてってるのは、私なのよ」
「姉貴、1番暇だからだろ。休みの日も、何もすることないじゃん。あ、最近は、夜、食事に行ったりしてたっけ…って、ごめん…」
茂さんとのことを、気使って謝ったのだろう。修二にしては、一応気にかけてくれてるんだ、めずらしく。
「いいですね、俺も時々、散歩しにきていいっすか?」
「あら、どうぞ。クロちゃんも喜ぶわ」
「でも、いいのか?圭介君も、他に用事あるだろ。彼女とデートとか。こんなおばさんや犬相手にしてるよりさ。彼女とデートしてるほうが、いいんじゃないの?」
「修二~~、誰がおばさん?」
「うわ、こえ~~~。こんなよ、こんな怖いんだよ」
「あはは…。でも、俺、彼女いないし、仕事以外、することってあまりないし」
「圭介くん、彼女いないの?でも、もてるでしょ。かっこいいもの、イケメンだもの!」
「お母さん…」
あまりのくいつきに、こっちがびっくりしたわ…。
「じゃ、どう?瑞希…。ちょっと、年が離れてるけど…」
「お母さん?!」
今度はとんでもないことを言うから、声がひっくりかえった。
「いくらなんでもな~~。だって、一回り違うんだぜ」
修二は冷静にそう言ったが、母は半分本気だ。もう、こうなりゃ、誰でもいいのか?
「えっと…」
「ほら、圭介くんも困ってるじゃないか、ははは」
かなり、無理な愛想笑いをして、父がリビングから顔を出した。さすがの母の言動に、こりゃ黙っていられないと思ったのか、それとも、圭介のことをあまりにも気の毒に思ったのか。
「いえ、あの…」
まだ圭介は、めんくらったように動揺していた。
「ほ。ほほほ。冗談よ、冗談。まだ、21ですものね~~」
なんだ、そのまだ21ですものねっていうのは…。そのあとに何があるんだ、結婚は考えられないわよね、とでも言いたいのか。
「8月で、22になります。やっぱ、若すぎますか?俺じゃ」
「?」
うちの家族が全員、目がクエスチョンマークになっただろう。私もだ。
「若いよ。うん。若い。そんなに若いのに、こんなおばさんにひっかかったら、もったいない」
「修二~~~~」
本当に口が悪い、血がつながってるとは思えないほどの口の悪さだ。いや、血がつながってるから言えることか?
「やっぱ、若造ですよね…」
圭介が、少し声がトーンダウンしていくのがわかる。なんで、そこで落ち込むのやら…?
「さあ、そろそろ始めましょう!」
母がいきなり、元気に声を出した。
「お、焼こうぜ、ちょっと圭介くん、手伝ってくれる?」
修二も、気を取り直していた。
「あ、はい」
圭介も、気持ちを新たに、バーベキューするぞって顔つきに変わった。それからは、楽しい時間が過ぎていった。
車だからと、圭介はビールを断っていたが、そのうちに、
「泊まってけ、泊まってけ、兄貴の部屋あるから、で、明日1番で帰りゃいいじゃん」
と、酔っ払った修二に無理やり、飲まされ泊まっていくことになった。私は嬉しい、ずっと長くいられるのは。でも、圭介にとっては、苦痛じゃなかったかな?
ビールを母も、父も飲んだ。私も飲んだ。あまり遅くまですると近所迷惑なので、外では早めに切り上げ、家の中で引き続き、飲んでいた。
父はなんだか、嬉しそうだったし、母も陽気だった。いつも陽気な人だが、どうやら、圭介のあの人懐こさと、明るさにつられてますます陽気になったのだろう。ふだん、あまり話さない父でさえ、圭介といっぱい話をしていた。
修二は、途中から圭介って呼び捨てになっていた。そりゃあもう、お気に入りになってしまったようで、がはがは笑って、圭介の肩に手を回しては、
「なあ、圭介~~」
と言っていた。いや、あれはもう、からんでいたといってもいいかもしれない。でも、圭介はそんな修二にも、明るく答えていた。
私は、ちょっと離れたダイニングに腰をおろして、その光景を眺めていた。すごく不思議な光景だが、もうずっと、我が家になじみの深い人がやってきたようにも見えた。
ふと、圭介はいつも明るくしていて、疲れないのかなって思った。明るいだけじゃない部分だって、きっとあるだろうに…。ああ、そんなところまで、見せてくれたらな。圭介の、弱さとかダークな部分まで、全部、受け止められたらなって、そんな思いがこみあげてきた。
父は、そろそろ寝るとするかと、寝室に行ってしまい、母は、キッチンで洗い物を始めた。修二は、飲むのはやめたが、それでもしつこく圭介と話をしていた。
私は、今のうちにお風呂に入るかって、ちょっと酔ってはいたものの、お風呂に入ることにした。
今日は、クロはお風呂無理だな。修二が酔っていて、お風呂なんてとんでもないだろうし。玄関のマットか、リビングにクロ専用の、マットを敷き、そこで寝ることになるかな~。
お風呂からあがり、パジャマを着てバスルームを出ると、圭介が、目の前にいた。
「わ。びっくりした!」
「あ、すみません。風呂、入ったらって言われて。あ、なんだ…、もう少し早かったら俺、ドア開けてたのにな…」
「え?なんかがっかりしてない?」
「いえ、え~~と、少し。ははは…」
「もう~~、飲みすぎてるでしょ?お風呂平気?」
「ああ、はい。いつも飲んでもはいってます!」
「圭ちゃん!このバスタオル使ってね。あら、やだ、瑞希、お風呂入ってた?」
「入ってたよ。もう少し早くに圭介が来てたら、やばかったんですけど」
「あら、ごめんなさい。よかったわね圭ちゃん、おばさんの裸見ないですんで」
「お母さん!」
「あっはっは…」
「もう、こんなよ、うちの親とか、弟かは~~。まいっちゃうよ…」
「ははは。すごい、いい家族ですよね」
「どこが?!それよりも、お風呂で寝ないでね、のびちゃったりしないでちょうだいね」
「はい、わかってます」
了解って感じで敬礼をすると、バスルームのドアを開けて、入っていった。
ああ、圭介がうちにいるの、なんだか不思議な感じだな。それにしても、うちの親は…。圭ちゃんって、なれなれし過ぎるだろう…。
修二はやっぱり、飲みすぎていて、部屋に戻るとすぐに寝たらしい。時々、いびきが聞こえてくる。クロは可愛そうに、今日、玄関で寝ることになるのかな。
圭介が、お風呂からあがり、2階にあがってきたようだ。私のドアの前で、足音が止まっている。
「あの…」
小声で圭介が、ドアの外から声をかけてきた。
「おやすみなさい」
「あ、うん。おやすみ…」
さすがに、ドアは開けなかった。髪は乾いていたが、化粧も落としていたし…って、さっきも見られてはいるのだが…。
「今日は、すげえ楽しかったです」
「うん、私も…」
し~~んとしたまま、足音がしない。うちは、けっこう歩くと床の音がするんだけどな。まだ、部屋の前で立ち止まっているのかな。
しょうがないなって、ドアを開けた。髪を洗ってぬれたままで、ぼさぼさ頭の圭介がいた。バスタオルを肩にかけてはいるが、ぽたぽたと、しずくが床にたれていた。まだ、酔っ払っているのかな?
「濡れたままだよ。髪…」
「あ、すみません。ドライヤーどこかわかんなくって…」
「私の部屋にあるよ。待ってて」
部屋に入ってドライヤーを取ると、ドアの中に圭介が立っていて、
「へえ、なんか、イメージと違いますね」
と、つぶやいた。こら、入ってくるな勝手に!と怒ったが、まったく出て行く気がないのか、勝手に入った事も悪びれてない。
「もっと、女の子らしい部屋なのかって、想像してました」
「もう、33ですからね。そんな部屋には住まないですよ」
私の部屋は、物が少ない。ごちゃごちゃしていると、掃除が面倒だからだ。家具は、濃いブラウンで統一され、小さなテレビと、丸い小さめのテーブルがおいてある。唯一の置物は、チェストの上に乗った観葉植物のアイビーだけ。
カーテンはベージュだし、絨毯もベージュだし、とても、落ち着いている部屋だと自分でも思う。
圭介は、そんな私の部屋に勝手にずかずかと入り込み、ベッドにまで座ってしまった。
「気持ちいい部屋ですね。なんか居心地がいい…」
すうって、深呼吸をして、
「ああ、そっか。瑞希の匂いがして、心地いいんだ」
え?!かなり恥ずかしいぞ。
「ここで、髪乾かしてもいいっすか?」
もう、敬語とタメ語と、ごっちゃになっている。飲んで、分けわかんなくなっているんじゃないのかな。へたすりゃ明日には、記憶がないとか…。
…記憶がない?それは好都合か、それともその逆か?でも、私も酔ってるし、その勢いで云えるかもしれない。
云う…。告げる…。告白だ!
ガ~~~~~ッ。ガ~~~~~ッ。このドライヤーの音の中で、聞こえるだろうか。いや、この状況でそんな話は、なんていうか、ちょっと違うかな~~。
それにしても、ドライヤーをかけてはいるが、半分もうろうとしているのか、ドライヤーの風が、ほとんど圭介の髪に当たっていない。
「ドライヤー貸して」
「え?なんで?」
「やってあげるから。それじゃ、絶対乾かないよ」
「…まじ?」
何が、まじなんだか。自分では、しっかりやってるつもりだったのか。
バスタオルでまず、ゴシゴシって拭いてから、右手でドライヤーを、左手で圭介の髪を動かした。サラサラだった。髪からは私のシャンプーの匂いがした。ああ、私のを使ってくれたか。高いのにな。
修二はさ、男物のシャンプー使ってるのに、それも置いてあっただろう、おいおい。なんて思ったのが、通じたのか、
「瑞希と同じシャンプー…」
と、圭介はいきなり言い出した。
「うん。使ったでしょ。私の」
「匂いかいだら、瑞希の匂いしたから、あ、これ使ってるんだってわかって」
「男用のもあったはず。修二が使ってる…」
「うん…、でも、瑞希の使いたくって…」
「髪、いつもいいシャンプーのを使ってるの?」
「え?別に。親が買ってくるやつ、適当に」
「じゃあ、私のじゃなくても…」
「高いの?これ」
「けっこうするのよ。そういうの、気を使ってるの」
「そうなんだ。じゃ、同じの買えないかな…」
「?」
「なんか、いいじゃん、瑞希の匂いと同じって」
「なんで?このシャンプーそんなにいい匂いかな?」
「うん。瑞希といつも一緒にいる感じがしていいよ」
「?」
「あち!」
「あ、ごめん」
びっくりしたから、ドライヤーを思い切り、近づけてしまったようだ。
これなんだよな…。圭介の時々言う言葉。私のハートが嬉しすぎて、ひっくり返りそうになる。
「圭介の匂いも、いい匂いだよ」
「え?草原の匂い?とか?」
「うん」
「あはは…」
「まじで。本当に草原の匂いがするよ。さわやかな風の匂い」
「汗臭いんじゃなくて?最近、親に言われるよ。汗臭いから、風呂毎日入れって」
「そうなの?へ~~。じゃ、お母さんはDNA近くって、臭く感じるんじゃないの?」
「ああ、そっか。じゃ、俺と瑞希は、遠いんだ、きっと」
「かもね」
「そっか。へへ…。じゃ、お似合いってこと?」
「お似合い…?」
「うん。っていうか、相性がいいってことでしょ?」
「う~~ん。そうね、強い遺伝子が残せるってことかな」
「それって、年関係ないじゃん」
「え?」
「年齢差があっても、強いDNAは残せるよ」
「どうかな…」
「それにさ」
いきなり、ぐるって圭介は、顔をこっちに向けた。まだ半分乾いた前髪から、まんまるで一生懸命に何かを訴えようとする、きらきらした瞳がのぞいた。その瞳を見て、ドキってした。
「たいてい、女性の方が長生きすんだよ。だから、瑞希の寿命が終わるときと、俺が終わるときってきっと、同時期になってるよ」
「へ?」
「だからさ、今は年齢差があるって気になっても、おじいちゃんとおばあちゃんになったら、そんな変わらないし、それよか、ちょうどいい具合になるかも…でしょ?」
何が言いたいのかな。私と圭介は、相性が良くて、ちょうどいいって言いたいのかな。
「圭介は、結婚ってどう思う?」
「えっ?!」
その質問に相当驚いたのか、少し圭介は座ったまま飛び上がった。
「あ、そんなに驚かないでよ。別に結婚してって言ってるわけじゃなくて…」
と、言ってから、あ、変なこと聞いたかなって思った。
「ただね、茂さんにも聞いてみたの。結婚てどういうものだと思うかって。圭介なら、どう答えるかなって…。ほら、それぞれに結婚観って違うし。聞いてみたかっただけで。参考までに」
「……。結婚か…。まだ、考えられないっていうか、実感ないっていうか…」
「そうだよね。21歳だもんね」
「ただ…」
「うん」
「すごい好きな人としたいな」
「え?」
「なんか、この人とは、ずっと一緒にいたいとか、この人のことは全部知っても、きっと好きでいるだろうなとか、そんな相手」
「…いたの?そういう相手」
「まだ。あ、う~~ん。わかんないや…」
ドライヤーを消したら、すごく静かになった。ベッドに座ったまま、宙を見つめている圭介は、どこかはかなげにも見えた。なんでかな。ぎゅって掴んでないと、消えそうな気さえした。
色が白く、髪が黒い。髪の黒さが、肌の白さを際立たせる。少し今日、日に焼けたのか、赤くなっているようにも見えたが、きっと、すぐに色が落ちるタイプかな。私は日に焼けたら、そのまんま黒くなっていくから、羨ましいな。
そんな色白さがはかなげに見えたのか…。いつも明るくて元気で、はかなさなんて微塵も感じさせないのに、静かで黙っているからか…。
しばらく、黙っていた圭介が、ぽつりと口を開いた。
「瑞希は、結婚ってどう思う?」
「私?私は、なんかわからなくって…。だから、聞いてみたの」
「そか…」
また、しばらく圭介は宙を見て、
「じゃあさ、そういう相手、いた?」
「え?」
「ずっと一緒にいたくて、全部知っても、好きでいるだろうなって相手…」
「…いるよ」
「え?」
いきなり圭介は、こっちを向いた。
「いたんだ…。そうだよね、結婚とかも考えたりしたよね…」
「違う。いるの」
「?」
「現在進行中」
「え?」
「あのね、昼間言ったでしょ、夢が叶ったって」
「うん」
「私、すんご~~く好きな人が、できないかなって思ってた。もう、この世で、この人しかいないってくらい好きで、その人の全部大好きって言えるくらいの相手現れてほしいなって。そうずっと思ってた。そういう人とまだ、巡り会えてなかったから」
「叶ったんだ…よね?」
ふと、圭介の視線が下がった。
今の圭介の心の中がわからないから、告白して嫌がるのか、驚くのか、どう返事をしてくれるのか、まったく予想もつかなくて、ものすごく怖くなってきた。
「何?誰?会社の人?茂にいじゃないよね…」
それから、圭介は顔をあげて、
「茂にい?もしかして…。でも、想いが届かなかったとか。まさか、想いを告げてないとか?そのまんま、ふられたとか?」
圭介は、一気にそう言うと、私の返事を少し待ち、
「ああ、あ、えっと…」
と、うつむいてしまった。もし、茂さんだとしたら、俺、どう慰めようかとでも、思案しているのか?
「違うよ。安心してよ。茂さんにも言ったの。好きな人がいるからって、きちんと」
「え?」
圭介は、また目をあげた。
だんだん、目を合わせるのが、こっちが辛くなってきた。ああ、でも、云うんだ。ここまできて、云わなかったら、後悔するのは目に見えている。どんな返事が来ても、どんな反応があっても、云うんだ。だって、伝えなきゃ、想いは膨れ上がる一方だし…。
「あのね…」
「会社の人?。えっと、まさか、社長じゃないよね…」
「少し黙ってくれるかな」
「え?ごめん…」
黙った圭介の顔を見て、なんて鈍いんだろうかって思った。もう、自分のことだとわかっていて、わざととぼけているんじゃないのか。だとしたら、答えはNOじゃないか。
「は~~」
ため息が出た。
「え?」
ため息にまで、反応をしている。ああ、もう、今日はよそうか…。
しばらくの沈黙の中、思わず、見つめあってしまった。なんて、綺麗な瞳なのだろう。吸い込まれるようだ。男の人をこんなに、綺麗って思ったことないな…。
困った顔をしている、そんな表情もするのか…。もしや、私が今、くいつきそうな顔で見ていて、おびえていたりして…。そんなことを考えたら、ちょっと力が抜けた。
えっと…。ほら、なんだっけ…。ああ、そう。この人なら、何を云っても、受け止めてくれるだろう…。
もし、受け止めてくれなかったら?全面的に否定されたら…?
ああ、もういいや。もし受け止めてくれなくても、そんな圭介のことすら私は、好きでいるような気がする。どんな圭介も、大好きでいるような気がする。
圭介は、いったいいつまで黙っていたらいいのかっていう、そんな顔をしている。どうやら、じれったくなっているようだ。もう少し黙っていようか…。少し、意地悪心が出た。
私は、それから目線をはずして、真横を向いて座りなおした。さあ、話すとするかと、覚悟を決めた。
「あのね…」
「うん…」
圭介は、ずっと待てって言われて、ご飯を目の前で、待たされている犬のようだ。
「すごい好きなんだなって、思うんだ…」
「うん?」
「たとえば、その人が、ちょっとへこんだり、弱かったりしても…」
「うん…」
「その人が、元気でも、そうじゃなくても…」
「うん…」
「優しくても、意地悪でも…」
「うん…」
「その人が、その人なら、それで、好きでいると思うんだよね」
「うん…」
圭介は、真横を向いたまま、こっちを見ようとしなかった。そんな横顔を、私は、はっきりと見ながら続けた。
「ね、それ、すごいでしょう。初めてなんだよね。そういう人と会っちゃったの」
「ああ、うん…」
まだ、圭介は真横を向いたままでいて、視線は合わせない。
「やばすぎだよって、思ったんだ」
「うん…」
なんかさっきから圭介は、条件反射のようにうなずいている。
「それでね、そんなに好きになってるのも、初めは気づかなくて、っていうか、気づかないようにしてて、茂さんと付き合っていたりして…」
「…。うん…」
「でも、本当は自覚してて、好きなんだって」
「うん…」
「その人には…。あ、好きな人がいるって言ってたな」
そこで、はじめて、圭介はこっちを向いた。
「で…」
「うん」
圭介が、私の目をしっかりと見ていて、少し戸惑ってしまう。
「結婚とかも考えるし。だって、この年だし、でも絶対にその人とは、今すぐに結婚は考えられないし、だって…」
「……」
圭介は、黙ってただ、私を見ていた。
「その人、まだ、21だし…」
目をあわせて、そう言おうかってしたけど、恥ずかしさで目をふせてしまった。だから、どんな反応を圭介がしたのかがわからない。そのうえ、圭介は何も言わない。
顔を見るのも怖かったので、そのまま目を伏せていた。次に何を言ったらいいのかも、浮かばなかった。圭介に何かを言ってほしかったけど、何を言ってほしいのかもわからない。
しばらくして、圭介が、
「それ…」
って、言ってきた。そうだよ。圭介だよ。圭介のことだよ!心の中で私は、叫んでいた。
「俺と、タメのやつだ」
ガク~~~~~。力が抜けた。どこまであほか、いや、違う、わざとぼけてる。あああ、もうだめなのか…。そういう冗談で来たか~~~~。
黙って、何を言い返すかを考えた。
「なんてね、うっそ~~」って冗談にするか、「あほか~~」ってつっこんでみるか、それとも、「圭介のことだよ」って真剣に言うか…。
しばらく黙っていると、圭介が口を開いた。
「あ、俺…」
ドキ…。何?何?
「すんげえ、緊張してるかも…」
へ…?
「手振るえてんの。見て」
顔を上げ圭介の手を見ると、本当に震えていた。わざとじゃないようで、微妙にカタカタしている。
「やっべ~~」
そう言って、圭介は苦笑いをした。
「あ、顔もこわばってない?俺…」
こわばるほど、嫌なのか…。少し私の表情が、暗くなったのが伝わったのか、
「あ、いや、あの…」
圭介は、慌ててその場の空気をどうにかしようとして、それから、一回深呼吸をすると話し始めた。
「……。俺だよね?それ…」
コクン…。私は、黙ってうなずくしかなかった。