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祝福された黒い血  作者: 梅
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第3話この世の理の外側

「……ここが、別荘地ねぇ。物悲しい所だな」



 新幹線でガタガタ数時間

 件の別荘地が視界に入る位置にまで近付いていた。

 少し離れた位置には、【私有地につき立ち入り禁止】の看板と簡易的な柵が建てられている。

 一公務員が別荘とも思ったが、さして人も寄り付かない寂れた田舎にある小さな山

 これなら納得する。

 大した値段じゃねぇなと。



「んー見た目は普通の山だな。霊力も特に感じないし、何より奴の家で祓った気配を感じない。こりゃあ、一悶着あるかな?」



 実はここに来る前に除霊をしました。

 男の肩に在る爪痕を握り潰し、家に行って霊障の原因たる腕を捻じ切ってお終い。

 特に物色する気もないのでスルーしたが、案外腕だけは家のどっかに隠してんじゃねぇかと思った。

 何せ腕だけが、家の中を徘徊してる。

 中々にシュールな絵面だった。

 痴女のもつれだが何だか知らんが、もう少し色々聞き出しておくべきだったかな。

 ま、業は深く暗い程御し易いから構わんけどね。


 それはさておき、腕の破壊と共に気配は完全に消えてしまった。

 残滓すら残さずな。

 大抵の場合、霊障の原因は元となる肉体にある。

 死ねば肉体から魂が離れるのは世の道理

 未練にしがみ付くのが怨念

 そこに触媒となるモノがあれば、より強くハッキリと姿形を現すものだ。

 モノは何でもいい。

 縁があれば、それだけで糧となる。

 遺骨なんぞが良い例だ。

 在るだけで存在の証明となり、数多の想いが霊力の裏付けとなって霊体へと至る。

 言ってしまえば、死者を忘れずに想い続ける行為自体が、所謂幽霊と呼ばれる存在を認識させる一助となってるわけ。


 だから、男の元に殺した女の残滓が出るのは、特段おかしなことではないのだ。

 死んで直ぐに怨念となるケースもあれば、長い時を経て忘れた頃に呪うモノだっている。

 呪う相手の霊的適正が低ければ、互いの姿が交わることなく終わることもあるしな。

 そして、生まれたばかりの霊体ってのは雑魚いもんだ。

 自身の存在と自我の制御

 この2つすらまともに出来ない輩が大半を占める。

 故に怨念は正気を失ってるモノが多い。

 そういったものは、わりかしほっとけば勝手に自滅する。

 考えなしに怨念を振り撒くからな。

 直ぐに霊力を失って、時が経てばまた復活するんだ。


 触媒となるモノと、この世に残した未練がある限り、永遠に。



「山の入り口まで来ても何もないか。この時点で既に土地の所有地内だが、それ程弱っているのか……それとも、別の何かに使役されてるだけ、とかかなぁ」



 柵を抜けて幾らか歩いた矢先、土や枯れ葉で薄汚れた階段が視界に入ってきた。

 外から見た時は小さくて透けてると感じたが、中に入ると深く濃い緑と微かに吹く春の風が頬を撫で、割と穏やかで涼しげな気持ちになる。

 都会の鬱蒼とした空気に浸っていると、偶には息抜きとしてこういう場所に来たくなるのだろう。

 お偉いさんも楽ではないからな。



「ま、地元の田舎よりはマシかもな。あのジジイ、割と良い趣味してんじゃねぇか」



 多少男への評価を改めて階段を登り始める。

 既に辺りの霊気を探っていたが、特段収穫となるものはない。

 自然が持つ純粋たる霊気そのもの。

 そこには女の残滓も怨念もなかった。

 家の腕を祓った後、残滓を感じない時点で遠隔操作かと考えたが、ここまで近付いているのに何もないなんてな。

 腕だけ出るからてっきり触媒となる肉体があるかと思えばあては外れ、本体が眠る別荘地からは若々しい霊気しかない。

 恐らくは人工的に作った山なんだろうな。

 土地との結びつきが甘い。

 どこか歪なのは売買目的だからかな。



「悪くないコテージだが……これは、おかしいな。何も、ない? いや、確かに怨念ではあった。紛れもなく、あの両腕は、己の両腕を欲していた……掘り返してみるか」



 階段を登った先にあるのは、少し寂れた木造一軒家

 約100メートル程の山頂付近の中心部に位置する。

 辺りは陽光すら殆ど遮る木々が折り重なっており、どこか陰鬱とした空気が充満しているが、それは自然が形成したただの偶然だ。

 死体があるからではない。

 そんなものはどこにでも転がっている。

 ただ、自然を満喫する為に造られたコテージ

 その周りには件の庭がある。

 植えていたのは何かの花だったようだ。

 腐り枯れて土壌になりつつある植物

 その上には新緑が芽吹いていた。

 この下に切り分けられた死体を隠したのか。

 驚くくらい何も感じない。

 ホントに埋まってんのかね。

 正直疑わしいぜ。



「さてさて、どんくらい深く埋めたのかなぁ。流石に実物を目視すれば、ちょっとは残滓を感じると思うが」



 近くにあった錆びたシャベルで芽ごと掘り返した。

 食えないもんに興味ないんだよね。

 珍しいもんでも植えてんのかと思ったが、これは些か評価を下げざる得ないかな。

 鼻唄混じりに掘ること数分

 数十に切り分けられた死体をサルベージした。

 白骨化は進んでいるが、まだ肉片やら髪の毛やらが多少残っている。

 土の中だと遅くなるし、環境も適してはいないからこんなもんだろうさ。

 流石に両腕があるのは分からないな。

 まさか模型みたいに組み立てたくもない。

 めんどくせぇからな。



「……はぁ、拍子抜けだな。これからは何も感じない。ここには何もないのか」



 結論からして、この死体に未練など残っていなかった。

 全ての死体が未練を持ち怨念となる訳ではないが、殺された上こんな山奥に隠されて負の感情がないとは、余程のイエスマンだったと見受けられる。

 別に怨霊だけが幽霊という訳ではないが、一番残り易いのは矢張り怨念なのだ。

 人間は容易く負の感情を増幅させる生き物

 そういう意味では霊的素質はあると言えるが、この死体みたいに感情の波が平坦なモノは、辺りの霊気に魂ごと呑み込まれて消滅する。

 見てよく分かった。

 この死体には魂がこびり付く程の念はないと。

 何も残っていなかったんだ。



「ん〜霊体は破壊してるし、ついでにこのゴミも消滅させて終わりにするかな。何にせよ、証拠隠滅の願いは叶えたんだ。解せないけど、そこまで気にする必要はない、か」



 一箇所に集めた死体を霊力で燃やす。

 かつてあった死体の霊道から侵入し、他に取り零しがないかの確認も怠らない。

 制約は必ず果たす。

 それが絶対だからだ。

 結果として、別荘地の死体と男に取り憑いていた怨念との関係は分からず仕舞いだが、契約分の仕事は果たしたのだから充分だろう。

 後は近くの旅館でのんびり暇潰しの一泊だな。



「──誰だ、てめぇは? この俺の結界網をすり抜けたのか? それにその両腕は……」



 踵を返して出口の階段に足を向けた時、そこに突然女が立っていることに気が付いた。

 用心として霊力による結界を土地全体に張り巡らせていたにも関わらず、数十メートル先に立つ女は顔を下に向けたままこちらを向いている。

 ほんの少し前までは確かに居なかった。

 それが一瞬で存在を現している。

 両腕を持たない女

 もしやこいつが霊障の源なのかと一瞬考えたが、それはないと首を縦に振り一蹴する。

 アレは生きていない。

 霊力も感じないどころか、霊道そのものが、無いなんて。

 正直有り得ない存在だ。

 霊道とは物質と結び付く当たり前の理

 有機物、無機物問わず、存在そのものに対して在る。

 これは、この世界において絶対の仕組みだ。

 例外はない……筈なんだがな。



「ま、考えても埒があかんか。直接調べればいいだけだし、何よりも、久々に面白いねぇ〜」



 退屈が裏返る感覚に身体が震える。

 良い暇潰しになりそうだ。

 全身を傾けて地面を2、3歩程度蹴り女の眼前に迫る。

 見た目は人間だ。

 両腕がないだけの。

 ここまで接近しても反応はなし。

 実に好都合

 先ずは触れられるかの確認の為、女の髪の毛を無造作に掴んでみた。

 どうやら物質であり、肉体を有してると捉えてよさそうだ。

 俺の肉体や魂にも影響はない。

 ついでに女の反応もないが、構わず腕を吊り上げて顔を確認した。

 割と整った顔をしている。

 それなりの美人だったのだろう。

 眼球さえあればの話だがな。

 暗澹した空っぽの眼窩の先は、どういう理屈か底無しの暗闇が広がっていた。

 普通はあり得ない。

 霊能力を使えば可能ではあるが、そんな痕跡も霊力も感じられないし、何よりも意思が欠如している。

 矢張り幽霊の類ではないな。



「神霊……いや、妖怪かな。未知の何かで、霊力を感じさせないモノが在っても、それはおかしなことではないか?」



 可能性としては十二分にあり得る。

 ここまで無抵抗なことも含めて、一旦解体でもしてみるか、はたまた取り込んで持ち帰ろうかな。

 そう考えながら、何気なく底無しの眼窩に指を伸ばした。

 その瞬間、沸騰した様な突然の霊力の膨張

 暴風の如き怨念の叫びが辺りを包み込んだ。



『ァアあ、嗚呼ぁァガぇじでええェ〜わ、ワたしの──うでぇ〜がぇ、じてよぉおおオオォ! ねェ、ニ、にげ、逃げダァェェぇええぇええあああ!!!』



 その存在に一瞬身体が震えた。

 瞬時に髪から手を離し、自身に防護膜を施しつつ距離をとる。

 凄まじい霊力に強い念の嵐

 理由は不明だが、ここまで力が有れば、俺の霊体を潰す程度訳はないな。

 総量で言えば俺よりも多い。

 ちょっと悔しいけど、今は逃げるが勝ちだな。

 得体が知れん。

 これはめんどくせぇ。



「ん? そういや逃げろって伝わったな。まぁ、言われなくてもそうするけど……おかしいな。端までまだ辿り着かないのか? この距離ならほんの数秒の筈なんだが──景色が、変わってない、だと? 馬鹿な、この俺が霊能力で負けたのか……!」



 視認する景色に久しぶりに驚愕した。

 今や全力で駆け出しているにも関わらず距離が一向に縮まらない。

 それどころか徐々に女に近付いていた。

 この感じからして数分以内に接触するだろう。

 どんどん膨れ上がる霊力は、辺りに広がって霧散していた。

 これは漂う霊気に干渉して認識を歪めていないことの証明であり、己自身に影響が生じた言っているようなもの。

 あんまり信じたくないね。

 防護膜は破れてないし、常に霊道にはプロテクトを掛けて守っている。

 特に脳は魂の在り方 

 二重三重にして保護してるんだ。

 それを気付かないまま突破は考え難い。

 余程の力量差じゃないと不可能だ。

 しかし、そうなるとこの女の霊力と辺りの異変に説明がつかない。

 まるで女の周りだけが別世界の様な……



「……辺り一帯の霊力が消えている? おほ? 俺の知ってる理じゃ、ないねぇ。こりゃあ、一本取られたな」



 女との距離は直ぐ目の前で、嘆息する様に声を漏らした瞬間、俺の身体はそのままそれの中に吸い込まれた。


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