ダメ押しの一手
「少々失礼します」
僕は用意しておいた刷毛をある液体につけ、それでちょんとイズ王の紫陽花を濡らしてやった。
すると……。
「おおっ!」
みるみる内に紫陽花は、その色を青紫から赤紫へと変化させていく。
同時にイズ王もその表情を驚いたものへと変化させた。
「なんと……なんということだ!」
ここまで狙い通りにことが運んだことに僕も内心では驚きながらも、努めて冷静に説明する。
「先程ご説明した通り、このお菓子の紫陽花は本物と真逆の性質を持っています。紫陽花の花弁が土壌が酸性なら青に、逆にアルカリ性なら赤になるのとは逆に、このお菓子の紫陽花は酸性のクエン酸を含んだレモン汁をかけてやれば、赤く変色すると言う訳なんです」
そう、僕が刷毛につけたのはレモン汁だったのだ。
だがこの説明は、もはやイズ王には届いていなかった。
今更言葉など必要なかったのだ。
「なんと色鮮やかな……」
真上から覗き込むように顔を伏せた彼の瞳から、涙が一つ落ちる。
弱アルカリ性の雫が紫陽花を濡らし、また少し色を変化させた。
それから彼はポツリポツリと、語り出す。
「意地を張っている場合ではないことなど、私も承知していた。だが年を取るとどうにも頑固になってしまうものでな、折れるタイミングをずっと失っていたのだ。……女帝エリュシカよ」
「はい」
「根気強く私を説得するため、何度も会談の場を設けようとしてくれたこと、そして今回私から申し入れた会談を快く受け入れてくれたこと、心より感謝する」
ニコリと、エリュシカが微笑んだ。
次にイズ王は僕の名を呼ぶ。
「ナギよ」
「はい」
「この老人の凝り固まった考えをほぐしてくれて、どうもありがとう」
「……いえ」
それからイズ王は椅子から立ち上がり、こう宣言した。
「これより我がサラーガの国は政治、軍事に留まらず、全ての面においてイド帝国と協力していくことを宣言する!」
その瞬間「わっ!」という歓声が会議室のそこかしこから上がる。
そして一斉に立ち上がった両国の高官達が、皆笑顔で握手を交わしていた。




