甘くない
エリュシカはこちらを真っ直ぐと見詰めながら問うた。
「当然、護国の騎士団スイートナイツはこれを快く引き受けてくれるのだろう? しっかりとそなたの口から返事を聞かせて貰おう」
「……」
……知ってるぞ。
どうせ僕に拒否権なんて無いんだろ?
なのにエリュシカは、なおも僕の心を折るような言葉を付け加える。
「それと今回の会談、絶対に失敗出来ないとだけは言っておこう。失敗はすなわち、百三十七万二千九百五十九人もの臣民の命を奪うことに他ならないのだからな。消極的な大量虐殺にも等しい」
……おかしい。
なぜこうまで、こっちの気が引けるような言葉ばかりを重ねるんだ?
女帝なのだから、絶対命令を下せばいいだけのことなのに。
それくらいの強権はあるだろう?
それとも、まさか……。
僕の脳内に、ある一つの可能性が過った。
……逃げても……いいのか?
拒否しても……いいのか?
断ってしまっても……?
エリュシカが見せた、彼女らしからぬ優しさ。
もしかしたら今僕に掛けた言葉は、彼女自身が一番欲っしている言葉なのかもしれない。
肩にのし掛かる重責を放棄して、逃げ出してしまいたい。
でも自分はそれが出来ないから、代わりに僕にはその機会を今くれているんじゃないのか?
……だとしたら……だとしたら僕が逃げられる訳が無いだろ!?
エリュシカに全責任を押し付けて、逃げられる訳が無いんだ!
そんな優しい子に甘えて、逃げられるかよ!
……そうだよ、こんな小さな子に全部任せちゃいけないんだよ!
そもそも、僕はなんのためにこの世界に呼ばれた?
救世の勇者としてだろう!?
ナイフォンに平和をもたらしたいという優しい願いの元に、僕は召喚されたんだ!
男なら誰しもが小さい頃から憧れる、勇者と認められたからこそ呼び出された!
そして勇者だからこそ味わう、苦悩や重圧を背負っている。
当然なんだ、この苦しみは……。
……逃げちゃダメだ。
そんな選択肢、端から存在しない。
甘えるな。
今僕の目の前に居るのは甘えていい相手じゃない。
僕の全身全霊をもって、救うべき存在なんだ!
そこまで考えたところで、いつの間にか強く握りしめていた僕の拳に小さな手が触れる。
「一人じゃないぞ?」
「……エレミー」
手の力を解き、視線を上げる。
するとチェルシーもセバスも、エリュシカも。
みんなが僕に優しい目を向けていたことに気付く。
「みんな……」
レフィーが足りないが、まあアイツはそういうヤツだろうからよしとしよう。
僕は満を持して、こう答えた。
「お引き受けしましょう。スイートナイツの誇りにかけて!」
エリュシカは驚いたような表情をした後で、年相応の笑顔を見せる。
「ナギ……ありがとう」
こっちの世界……ナイフォンに来て、約二ヶ月。
僕はもう、そんなところにまで来てしまっていたのか……。
投げ出せない立場。
大事な居場所。
かけがえのない仲間達。
こうして、ついに一国の長との直接対決の火蓋が切って落とされた。




