遊び心がもたらしたもの
寒天が無いことで一度は諦めた、水と魚の表現。
だが僕は厚みのある錦玉羮に捕われ過ぎていたんだ。
葛で厚さを出せないのなら、土台に厚みを持たせればいいだけのこと。
それを気付かせてくれたのは、エレミーが見せてくれた小川だ。
小豆餡を葛で固めた土台の上に、黒胡麻と白胡麻を合わせて擂ったものを敷くことで川底の砂利を。
そこに赤く着色したこなしで作った紅白の平らな魚を並べることで魚影を。
その上から透明度を保てるギリギリに薄くした、葛に玉すだれのような模様をつけたものを置くことで川の流れを表現。
更にはエレミーとの散歩の際に思い出した、僕がかつて熱中していたジオラマ。
そこからも遊び心を貰ったことで水と魚だけではなく、水景をまるごと表現しようと思い至る。
緑茶葉の粉末を混ぜて作ったこなしで岸辺を作り、その上へ更に砂糖と緑茶葉の粉末とを混ぜたものをふりかけて草を立体的に見せた。
そして土台に使った葛で固めた小豆餡がむき出しになった側面を隠すよう、最後に白胡麻を付ければ完成だ。
この仕上げは黒い食材に抵抗を示すこちらの世界の人に対しての、僕なりの配慮である。
カリフォルニアロールにおいての海苔の扱い然り。
小豆餡をわざと隠すような真似は、邪道だと言う者もいるかもしれない。
けれどこちらの世界の食文化に歩み寄ることも必要だと、そう思い知らされたのだ。
食べる者のことも考えずに、自分の主張だけを貫き通してきたことへの反省。
おもてなしの心は、信念を曲げることでも表せるのだと新たに学んだ。
……でもいつかはこの世界の人々の全てが、抵抗なく小豆餡を食べられるようになって欲しいな。
こうした努力により生まれた、蓋の下の小さな皿の中に表現された夏の清流。
来賓の高官達はそれを存分に目で楽しんでから、次に食べ物なのかを疑うよう、恐る恐る黒文字で切り分けて口へと運んだ。
そして沈黙が訪れた。
全身の毛穴から、一気に寒気を伴う汗が噴き出す。
まさか、口に合わなかったのか!?
僕はそう思って狼狽したが、皆の顔をよくよく見れば、そうではないらしいということに気付く。
味わっているのだ。
まだ最初の一口だというのに、まるで最後の一口であるかのように……。
冷や汗は引き、今度は熱い何かが腹の底の方から一気に駆け上がってきた。
まず一人の高官が口を開く。
「一口の中に……なんと様々な食感と味があることか……。そのどれもがしっかりと主張しながらも、されど調和が取れている……。それにそもそもこんな味は初めてだ……。美味しい」
これに続くよう、他の高官達も賛辞の言葉を述べた。
「これが噂に名高い、木の実のお菓子ですか……。いやはや驚きました。噂に違わぬ……いいえ、噂以上の衝撃です。参りましたね」
「それにいつも食べているケーキなどと比べてサッパリとしたこのお菓子には、紅茶よりもこちらの緑茶の方が確かに合う。きっと紅茶では香りの強さが、このお菓子の繊細な味を邪魔してしまう」
「ええ、よく考えられていますね。緑茶ですか……これから紅茶のように普及するかもしれません」
「それだけじゃない! この菓子の岸辺の緑色の部分は、どうやらこの茶葉を粉末にしたものと見た! どうりでこの緑茶との相性もいいはずだ」
和菓子を食べきったエリュシカも緑茶を飲み、ホッと一息ついている。
その瞬間を僕に見られていたことに気付いた彼女は、ばつが悪そうにプイと顔を背けた。
いや子供かよ……子供だったね。
こうして僕を悩ませた会談のティータイムは、大成功の内に幕を閉じるのだった。




