開店初日
僕は小豆餡の入った壷を取り出し、それを小皿に乗せた木のスプーンに取り分けたものを二つ差し出す。
「もしよろしければ、小豆餡の味見をなさってみて下さい」
二人は顔を見合わせた後、毒でも食らうかのような面持ちでスプーンを口に加えた。
僕もエレミーも固唾を飲み、二人が次に発する言葉を待つ。
すると言葉よりも如実に、二人の表情に変化が現れた。
何とも言えぬ、優しげな顔。
奥さんの方が先に口を開く。
「なんて上品な甘味……」
「ああ、控え目ないい甘さだな。なんだか体にもよさそうな気がするぞ!」
「あなた、さすがにそれはないんじゃないかしら? ねえお兄さん」
「いえ、実はご主人の言う通りなんですよ」
「えっ」
「お腹の中のお掃除をしてくれる食物繊維が豊富な小豆を使っているのでお通じもよくなりますし、そちらのカステラという商品以外は今のところバターや乳製品等の油を使っていませんからヘルシーなんです。砂糖の量も他のお店のお菓子より使用量が圧倒的に少ないですしね」
「あらまあ、それは私には嬉しいわ」と、奥さんが驚く。
「なっ? やっぱり俺の思った通りだ!」と、ご主人も得意気だ。
「この葛団子を一つ下さいな」
「どれ、俺はこっちの餡団子にするかな」
注文を受けた僕は訊ねた。
「お持ち帰りですか? それとも店内でお召し上がりますか?」
「あらあら、じゃあこちらでいただこうかしら」
「どんな味か気になるしな!」
お代を頂いてから「あちらのお席にお掛けになって下さい」と僕が手で案内し、エレミーが二人に商品を届ける。
「お待たせしました」
目の前に置かれた注文の品を見て、二人は再び驚きの声を上げた。
「まあ竹のお皿? 透明な見た目とあいまって、涼しげでいいわ」
「俺のは笹の葉が敷かれてるぞ。なるほど、面白いアイディアだな」
そして二人はそれぞれの商品を食べて、今日一番の感嘆の声を上げる。
「美味しいわ!」
「上手い!」
僕はエレミーと顔を見合わせ、初のお客さんに和菓子の味が受け入れられた喜びを分かち合うのだった。
その後も素材の仕入れや、近所付き合いから仲良くなった人々。
この物件を紹介してくれた不動産や、その不動産屋を紹介してくれたホテルの一家。
それに珍し物好きな者などが、ちらほらと店に訪れる。
皆奇っ怪なものであろう和菓子を見るなり揃って驚いた目をし、中にはこの時点で回れ右をして店内から去っていく者もいたが、商品の説明をしてやれば納得してくれる者も少しは居た。
そして味見用の小豆餡が、この後も大きな力を発揮する。
もちろん味見自体を断られることも多かったが、意外にも半数以上の人が好奇心から口にしてくれた。
かなり甘味に対してはアグレッシブな国民性のようだ。
そして味見をした大多数が、商品の購入にまで至る。
これは僕の予想を超えた成果だ。
国も時代も、まして世界すらも選ばない。
恐るべし、甘味への飽くなき人類の探求心!
だが当然中には、味見をしても顔をしかめてしまう者もいた。
このように苦い思いをすることもあったが、初日にしては概ね順調な滑り出し。
店を出すに当たってほぼ尽き掛けていた軍資金の金貨三枚であったが、この調子でいけば僕とエレミーの二人が食うに困らない程度の生活は十分に送っていけそうである。
……でも、これじゃダメだ。
このままではやっていけない。
元の世界の人間からすれば、僕のこの生活は一見順風満帆な異世界和菓子チートのスローライフものにでも見えることだろう。
だが和菓子作りのための一番大事とも呼べる素材……餅米がどこへ行っても売っていないのだ。




