【二人称小説】昔、一度だけ会った綺麗で可愛い女の子。再会を夢見たイケメン男子は、高校生になった彼女がコミュ障になっていたのを知る。それでも彼は、彼女を受け入れた。――あなたは成り上がり彼氏を許さない!
登場人物は、三人です。
あなたは男の子を見ていた。
年に一度おこなわれる、神社の春祭り。
休日の日中で、人混みがすごかった。
そんな中、お祭りに来ていた男の子は、一人の女の子に目を奪われた。
長くて綺麗な黒髪。
白いフリルで美しく飾られた、青い華やかな洋服。
今日という日のために着飾ったような女の子は、屋台がたくさん並ぶ境内の端っこでしゃがみ込み、かき氷を食べていた。
そこで、男の子はつい見てしまった。白い太もものつけ根の先の……白い下着を。
下着は真珠みたいに光沢のあるシルクで、身に着ける洋服同様、高級感があふれている。
見てはいけないものだと思ったようで、とっさに男子は視線をずらした。
この時。
女の子と目が合う。
男の子は戸惑った。
けれども男の子は、女の子をかわいいと思ったようだ。
彼女が素敵な笑顔になり、男の子は余計に惹かれてしまう。
「一緒に食べる?」
女の子が男の子に声をかけてあげた。
「うん」
男の子が迷わず女の子の横にしゃがむと、彼女はプラスチック製のカップとスプーンを渡す。
かき氷のシロップは、めずらしい梨の果汁入りのものだった。
「分けてあげる。どうぞ」
「ありがとう」
男の子と女の子は、順々にかき氷を食べた。その時に色々と話をして、二人は楽しそうだった。
たくさんの人。
賑やかな声。
特別な雰囲気。
魅力的で優しい女の子。
この時の男の子にとって、さぞかし忘れられないような思い出になっただろう。
■
あなたは男子高校生を見ていた。
男の子にとって、あの日は確かに、忘れ難き思い出だったはずである。しかし、あれから何年も、あのお祭りに男の子は来ていない。
小学生だった男の子は、今ではもう高校一年生だ。
ある日、彼はあの時の綺麗な女の子を思い出したらしい。クラスの同級生の男子が、付き合い始めた彼女を自慢していたからだろう。
もしかしたら、同じお祭りの日に同じぐらいの時間、同じ場所に行ったら、またあの綺麗な子に会えるかもしれない。
そんな期待を寄せて、男子は休日の神社に足を運んだ……ということだろうか。
男子にとっては久し振りとなるお祭り会場は、当時のように人でいっぱいだ。晴れやかな浴衣で来ている女性も大勢いる。
男子は、何人もの同世代の女性に目を運ばせていた。成長した綺麗な女の子との運命的な再会を、男子は願っている。男子が人を捜す様子を見れば、分かる人には分かる。
あなたには、その男子の願いが叶うことが分かっていた。
そして、会える事実だけが叶うということも……。
「あの……っ」
男子は声をかけられて、振り向く。
その声の主は、特に着飾っていないジーンズ姿の貧相な女子だった。
華やかだった記憶との共通点を見つけるのが難しい。それでも男子は、当時の面影を見つけることが出来たのだろう。
そもそも、ここで話しかけられたことも考慮すれば、答えは一つしかなかった。
「……もしかして、りなこちゃん?」
「そそ、そうですっ! おっ、覚えてくれていて、ありがとう……ございます、アス君」
「ああ……」
受け答えする男子は、女子の挙動を不審に思っている。いきなり男子の両手を取って、握り上げたからだ。しかも、女子が顔を寄せていて、すごく距離が近かった。
内心、男子はこの女子の容姿に、落胆していたに違いない。
年を重ね、目が肥えた男子は、これまで仲が良かったであろう女子達と比較するはずだ。
この女子の外見は、彼にとって、中の下ぐらいに映っていただろうか。地味な服装だということもあり、とにかく彼女は存在感が薄かった。
「あのっ。もし良かったら、また、かき氷を食べながら、お話でも、いいかな?」
「ああ……そうだね。でもとりあえず、手を離してくれるかな?」
「あっあっ、ごめんなさいっ! わわ私、久し振りに会えて、嬉しくって、つい……」
あの時の美しさは思い出補正だったのか。そう男子は幻滅しただろう。
女子のロングヘアは茶色に染まっており、前髪の右側が長くて右目はまるで伺えない。……悪く言いたくはないが、近寄り難い雰囲気を持つ容姿に変わり果てている。
痩せた体型こそ当時と変わっていなくても、胸部の貧相さも変わっていない。
コミューニケーション障害……いわゆるコミュ障は、意思疎通を不得意とする人のことを指す。他人を恐れたり、避けたり、適切な距離感を保てなかったりで、うまくコミュニケーションを取れない。
それが今の彼女だ。
変わらないで良かった綺麗な見た目が変わってしまい、女性として豊かになっていい部分がまるで変わっていなかった。
一方で、男子は顔立ちを含めた外見だけなら優秀だ。つまり、彼はイケメンである。
背丈も、小学生の時は一つ学年が上だった女子のほうが高かったのに、今では見事に逆転している。
片や立派なイケメンに成長し、片や陰気なコミュ障へと落ちぶれた。
ああ、神はなんて残酷なのだろう。あなたは心の中で嘆く。
イケメン男子のほうも、コミュ障女子には見切りをつけて、この場から去りたかったのかもしれない。
だが、男子は踏みとどまった。
「私、かき氷を買ってくるねっ、アス君の分もっ」
女子がそう伝えたからだ。
「いや、俺の分はいいよ。悪いし……」
食べないで早々に帰りたかったのか、それとも、買ってもらうのを本当に悪いと思っていたのか。あなたには、分からない。
「あの……、私なんかと、おしゃべりしてくれるんだから、私に払わせて。……お願い」
「……分かったよ。よろしく」
「うんっ!」
今の笑顔が男子の心を揺さぶったのか、最初は乗り気でなかった男子も、まんざらでもない様子で女子の帰りを待った。
男子は淡い色のシロップがかけられたかき氷を見て、当時を思い出しただろうか?
あの時も、梨味だった。このめずらしい味のかき氷を、女子はお祭りでよく食べている。
二つ持っていたかき氷の片方を、女子は男子に渡した。
「ありがとう。りなこちゃん」
「……うん、アス君」
それから二人は人込みを避けて、境内の隅の、空いていた場所まで行った。
二人は昔のように、純粋に二人だけの時間を楽しんでいた。
内向的な性格の女子は、普段は人目を気にして、うまく喋れない。それなのに彼女は、いつもよりも笑顔が多い。
男子のほうは落ち着きがあり、女子が口下手でも、さほど気にしていなかったし、逆にフォローもしていた。そんな頼れる年下のイケメン男子に、ますます女子は惹かれてゆく。
あなたは、良くない傾向だと思った。
来年会えたら、また……、といった感じで、やがて二人は別れた。
あなたが一つ気がかりだったのは、男子が女子に対して、昔のような黒髪のほうが好きだったと伝えたことである。
男子は正直に感想を述べただけだろうが、女子が真に受けていたのは明らかだったと、あなたは直感した。
■
あなたは高校二年生になった男子を見ていた。
また同じお祭りの日に、男子は女子と会うつもりだ。
今度は、一年しか経っていない。だから男子は、彼女を見つけるのは容易だと思っていただろう。
けれども、今年の彼女は、去年よりもずっと魅力的になっている。片目に髪がかかっているのも変わっていたら、気づかなかったかもしれない。
女子の髪はかつての黒色に戻っており、白地に若草色の花がいくつも描かれた浴衣を着こなす。浴衣の帯は常盤色……濃い緑だ。
「りなこちゃん……だよね?」
男子が声をかけると、女子は目を輝かせた。
「アス君っ!」
男子は見違えた女子に驚き、さらに驚く事態になった。女子が近寄って来た直後に背伸びをし、キスをしてきたからだ。
「黒髪に戻させたりしたんだから、私の彼氏になってくれるよね?」
あまりにも大胆な行動と言葉に、男子は固まってしまっていた。
一途な女子のほうは、自分の思い通りになると疑っていなかったのだろう。これからはもう、お祭りの日だけでなく、毎日のようにデートをして、愛を深め合ってゆく……。そういう未来しか、見えていないようだった。
「……俺、彼女いるんだ」
イケメン男子は言った。
あなたは驚き、女子はそれ以上に驚き、すぐさま挙動不審になった。
「えっ、あっ、あっ! ごっ、ごめんなさいっ! そそ、そうだよね、アス君かっこいいもんねっ! そうとも知らず私ったら、どうしよう……」
女子が慌てふためく様子を眺めて、男子は満足だったらしい。ふふっと笑う。
「りなこちゃんが、俺の彼女だよ」
男子は女子を強く抱きしめた。
「本当は俺から先に言いたかったんだ。……りなこちゃん。好きだ。俺の彼女になってほしい」
「……はい」
抱かれたまま、嬉しそうに彼を受け入れる浴衣の彼女。
こうして本日、また新たなカップルが誕生した。
これを良しとしないのが、――あなただった。
□
あなたは、女子の妹だ。
毎年いつも一緒に、この春祭りへと来ている。
初めてこの気に食わない男を見かけたのは、小学生の時だ。ちょっと姉から離れていた時に、姉と仲良くかき氷を食べているのを目撃した。
ちょうどこの頃の姉は、綺麗な身なりを同級生に嫉妬され、からかわれることが多く、それが原因でコミュ障になってしまっていた。
今でも片目を髪で隠しているのは、なるべく他人に接したくないからだとあなたは推測している。
毎日会うことになるクラスの同級生ではなく、全く知らない男の子だったから。
それだけの理由で、まだ幼かった姉は、気兼ねなく男の子と接することが出来たのだろう。
それから数年間、男の子はお祭りに現れなかった。姉はその度に、残念そうな顔をあなたに見せた。今年もいなかったね、なんて言われるのが苦痛だった。
「お姉ちゃん。髪を染めてイメチェンしてみない?」
一昨年、姉が高校に上がる際、あなたは提案した。
姉は茶髪になって見た目こそ若干変化したが、内面はコミュ障のままだった。そして、容姿はより気弱な方向に成り下がっていった。
去年、あなたが高校一年になった際、あなたはこの男と偶然同じクラスになった。
この男の名前には『アス』が含まれていたため、もしかしたらあの男の子と同一人物かもしれない……と、あなたは心に留めていた。
神社でコイツを目にした後、姉から少し離れて見物していたら、案の定、二人は数年振りの再会を果たした。
二人で話をしていた際、コイツはあなたが妹だと知ったのだろう。お祭りの翌日に、教室であなたは別の高校に通う姉のことを聞かれたが、
「お姉ちゃんにあんまり関わらないで」
そうひと言、冷たく返すと、男子はすぐに引き下がった。
輝きを失った姉にそこまで興味を持っていないのかと思い、一年前のあなたは安心した。
しかし、その後、姉がどんどん輝きを取り戻していくのが分かった。恋を意識すると、自然と外見を磨こうとするらしい。今日だって、姉は自分から浴衣を着て行くなんて言い出したのである。
ただ、今年はコイツが現れないだろうと、あなたは高を括っていた。今日まで、コイツが姉と関わった形跡がなかったからだ。
それなのに。
あなたは、間近で、姉がこのいけ好かない男にキスするところを見せられた。
大好きな姉に、まぁそこそこ良い彼氏が出来たことは、本来喜ぶべきだろう。それでも、自ら祝福は出来ない。あなたには、姉を近くでずっと支えて来た自負がある。
コイツは姉と一度会っただけで、また会いたいなと姉に散々言わしめた。
二度目に再会した直後、姉は髪をコイツに言われた通りに黒へと戻した。自分が変えさせた色を、簡単に戻させた!
あなたとしては、許せない感情が渦巻く――。
□
「今日も、梨のかき氷にしようか。今年は俺に奢らせてほしい」
「うん……」
イケメンは姉に手を差し出し、姉は頬を染めながら手を取った。手をつないで屋台に向かおうとして――。
「ちょっと待ったぁっ!」
あなたは二人に向かって叫んだ。
茶髪のポニーテールと大きめの胸部を揺らしながら、紺色の浴衣を着たあなたは二人に駆け寄る。
「えっ、まーちゃん?」
あなたを知る男子同級生は目を丸くする。
「お姉ちゃんの前でまーちゃんなんて馴れ馴れしく呼ぶなッ!」
まーちゃんとは、幼少期からの呼び名だ。姉がそう呼ぶから、この男もそう呼ぶようになってしまった。
「だって名字がさ、りなこちゃんと一緒じゃないか」
「むしろ名字で構わないっていつも言ってんじゃん! それよりちょっとこっちに来なさいッ!」
あなたは男の腕を強くつかんで引っ張った。向こうはすごく痛がっているが、気にする必要など全く無い。
おどおどして立ち止まっていた姉から少し離れたところで、あなたはようやくイケメンの腕を解放した。
「――私、お姉ちゃんがアンタなんかと付き合うなんて、認めないからっ!」
あなたは宣戦布告する。
個人的な感情を抜きにしても、姉は進学を控えた三年生であり、こんな時期に付き合い始めるなんて、到底許容出来なかった。
「……それは困るな」
「困って結構! お姉ちゃんにあんまり関わらないでって言ったでしょうっ!」
「今日まではね。今日からはまーちゃんの姉とじゃなくて、俺の彼女と関わるんだ」
「ふざけんなっ! バカっ!」
「そうだよ、俺はバカだから、ベッドでりなこちゃんと何するか分からない」
「そっ、そんなことまでもう考えてんのッ? そんなのダメだもん! お姉ちゃんに変なこと、絶対にさせないんだからっ!」
必死なあなたに対して、男子は笑う。
「何がおかしいのよッ!」
「やっぱりまーちゃんは、りなこちゃんのこと、すごく好きなんだなって思ってさ。少しからかっただけなんだけど、まーちゃんもなかなか楽しいよね。りなこちゃんがダメって言うんなら、まーちゃんが俺と付き合う?」
男はあなたの胸部のほうを見ていた。
「誰がアンタなんかと!」
「じゃあ認めてほしい」
ここ一番のタイミングで、コイツは真剣な眼差しを向けてきた。
怯んだあなたは、彼の決意の強さに負けてしまう。姉にずっと執着し続けた不屈の魂は、どこに行ってしまったのだろう?
「……それはアンタの今後の行動次第よ」
あなたは彼の視線から逸らして答えた。
「ありがとう、まーちゃん」
「だからそう呼ぶのはやめなさいって!」
「それよりもさ、さっきのベッドの話は冗談だから、警戒しないでいいよ。体目当てで、りなこちゃんを好きになったわけじゃないから。そっち方面なら、まーちゃんのほうが適任だな」
「アンタったら変なとこばっか見てぇ……ッ!」
「さっきから動きが激しいから、浴衣が乱れてるよ。言うなら、ベッドの後みたいだ」
「ひょえっ!」
変な声を出したあなたは急いで襟を正す。
「まーちゃんが直している間に、俺はりなこちゃんと一緒にかき氷を買って来るよ。まーちゃんの分も含めて、合計三つだ」
「……えっ?」
彼は笑顔を見せて去って行った。彼が戻ると、ずっと待っていた姉が、笑顔になっていた。姉は、あなたと男子との関係を疑ったりはしないのだろう。
「うぅ……アイツぅ……っ!」
終始余裕だった姉の彼氏に、あなたは悔しさに似た感情を抱いた。
やっぱり、アイツに敗北したと、認めたくはない。
(了)
本作『あなたは成り上がり彼氏を許さない!』は、いかがだったでしょうか?
コミュ障、イケメン、あなたとの三角関係に発展しそうな感じで終わらせました。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます。
もし良かったら、作者の別作品、『サキュリバーズ!』や『ホラチョコ! ~チョコミント好きな女子高生の恐怖体験談~』も読んで下さいね。よろしくお願いします。