5.違和感を持っています
「パンジーの花言葉は、『私を想ってください』‥‥‥」
私は、先ほどから、自室の窓際に飾ったレオンさんから頂いたパンジーを見て、自分の体が熱を持っていることを感じています。
「私が、レオンさんに返すなら、真っ赤な薔薇かしら‥‥‥」
そう呟き、私は1人で、ますます体が熱くなり赤くなるのでした。
赤い薔薇の花言葉は、『あなたを愛しています』です‥‥‥。
私は、パンジーの花を見ながら、決意しました。
自分の気持ちをレオンさんに伝えたいと‥‥‥。
アレン王子に甘え、今までこの屋敷で暮らしてきました。でも、今のままでは、私は、元人質婚約者のままです。
リリアンは、『緑の乙女』です。人質婚約者の立場よりも、もっと重要な役目を持つ婚約者として、アレン王子の横に立てるでしょう。でも、今の私は‥‥‥。
リリアンの言った「目障り」「この国から出て行って欲しい」という言葉…‥。
私が、この屋敷から出て行けば、私はこの国にとっても、リリアンにとっても、目障りな存在ではなくなるのではないでしょうか‥‥‥。
私は、この国にいる為に、もう一歩踏み出そうと思います。
アレン王子の用意した屋敷から出て、用意されていたお金も王子に返したら‥‥‥、ただのユリアになったのなら、レオンさんに自分の気持ちを伝えようと思います‥‥‥。
「まぁ、なんてことでしょう‥‥‥」
体の熱が落ち着き、アンからの手紙を開いた私は、驚きの声をあげました。
そこには、私の想像とは全く違うことが書かれていました。
アンの手紙は、5枚あり、そのうち3枚は、アン自身の近況報告でした。
そこには、お付き合いしていた男性と順調に交際が続いていること、私がフロウ王国を出てから市場で物を売ることをはやめてしまったこと、イグニス公爵家での仕事の愚痴などが綴られていました。
そして、最後の2枚は、リリアンについて書かれていました。
アンの手紙によると‥‥‥、リリアンは、誰にも言わず、家を出たそうです。
ある貴族の男性に協力してもらい、馬車を借り2週間ほど前に姿を消したらしいです。
リリアンと親しかったその男性は、お父様に問い詰められて、リリアンの為に馬車を手配したことを話したそうです。
リリアンは、馬車を用意して欲しいとその男性に頼んだ際に、「ユリアお姉様が病気だから、ライティア王国まで会いに行きたい。家族には危険だからと反対されているの。」と涙ながらに訴えたそうですが‥‥‥。
『ごめんなさい。ユリア。私、ユリアに謝らないといけません。
ユリアから私に届いた手紙が、リリアン様に読まれていたようなのです。
ユリアからの手紙には、ライティア王国で売っているいろいろな物のことや、アレン王子の容姿のことが書いてありました。
リリアン様は、それを読んで、ライティア王国へ向かったのかもしれません。
もし、リリアン様がユリアの元へ行ったら、私のせいかもしれません。
リリアン様が家を出た理由は、ユアン王子から、婚約破棄の申し出があったことが原因だとみんなが、噂しています。
少し前に、リリアン様が、自分が水をあげた庭の薔薇が、ずいぶんと長い間咲いている、自分は『緑の乙女』だと大騒ぎをして、ユアン王子もお喜びの様子でした。
リリアン様の為にその薔薇を愛でる夜会まで開かれたほどです。
その夜会でリリアン様が着たドレスは、本物の宝石が付けられた豪華なものだったと、着付けを手伝った侍女が言っていました。
でも、その夜会の時に、緑の乙女の力を証明すると言って、リリアン様が、植えた薔薇は、すぐに枯れてしまったそうです。
その時は、ユアン王子も、『緑の乙女』の力に目覚めたばかりで、まだ、力が安定していないと言っていたそうです。
リリアン様は、ユアン王子との婚約が決まってから、随分と派手に買い物をしていました。
先ほどのドレスだけでなくて、お出かけの度に新しいかばんを買ったり、大きな宝石の付いた指輪を買ったりして、それらは、私達使用人から見てもわかるような高そうなものでした。
どうやら、その買い物には、ユアン王子がリリアン様に用意した、王妃となる用意と教育の為のお金が、使われていたようなのです。
それを知ったユアン王子が怒って、『緑の乙女』でないのなら、リリアン様とは婚約破棄すると言ったそうです。
屋敷では、リリアン様が家を出てから、奥様が倒れられて、食事も口にできないほど弱ってしまっています。
イグニス公爵様も、毎日不機嫌です。そして、とても疲れた顔をしています。
もし、リリアン様が、ユリアの元へ行ったなら、帰るように言ってください』
アンの手紙の最後の1枚には、こんな内容が書かれていました。
私はアンには、自分の婚約破棄のことや街で働いていることは、伝えていませんでした。リリアンは、最初は、この国の城へ私を訪ねて行ったのかもしれません。
リリアンが、勝手にこの国に来た上に、城に滞在しているなら、本来なら、大問題です。
ただ、アレン王子が何も言わず、滞在をさせているのなら‥‥‥、やはり、アレン王子は、リリアンが来たことを嬉しく思って、リリアンを自分の婚約者にするのだと私は思いました。
でも、フロウ王国を黙って出て来たことは、アレン王子へ伝えるべきでしょうか‥‥‥?
アンの手紙によると、リリアンは、『緑の乙女』でないようですが、リリアンは、アレン王子と公務へ行くと言っていました。
それなら、リリアンは、やっぱり、『緑の乙女』の力があるのでしょう。
‥‥‥そういえば、この間、アレン王子はフロウ王国へ行っているとリリアンと一緒に来た男性が言っていたわね。
リリアンとの婚約と、私との婚約破棄のことを王へ話しに行ったのかしら‥‥‥。それなら、イグニス公爵家の心配も解決するでしょう‥‥‥。
どうか、リリアンの『緑の乙女』の力によって、砂漠の呪いが鎮まりますように…‥。そして、これ以上、目障りな元人質婚約者と言われないように、私は、自分のやるべきことをしよう。
私は、そう思い、パンジーの花を眺めました。
この時、私は、小さな違和感を持ったのですが‥‥‥、その違和感は、彼のただの言い間違いだと自分で納得してしまい、すぐに忘れてしまいました。
ただ、パンジーの花束を真っ赤な顔で渡し、花言葉を伝えようとしてくれた人の想いを信じて、前に進もうと思っていました。
アンの手紙を読んでから、1週間ほどたった日の朝です。私は、いつも通り、公園の掃除をしています。
ただ、今日は、朝から「花の公園」には、多くの人が集まっていました。
「おい、あれ、この前、店に来たお嬢様じゃないか?‥‥‥そういえば、花壇の1つを使わせてくれって、市長から、通達があったって聞いたかも‥‥‥。なんかの行事か?」
私と一緒に、公園の歩道の掃除をしていたシュートさんがそう言いました。
確かに、人々の集まる輪の中心に金髪の女性が立っているのが見えます。
あれから、カフェでは、私とリリアンに関する噂が広まっては消えました。
今では、フロウ王国の貴族の屋敷で、お嬢様にいじめられた私が、ライティア王国に逃げてきて、新たに仕事を始めたのに、たまたま、ライティア王国に遊びに来たお嬢様に見つかった、という噂に落ち着いています。
あの日は、野次馬も集まり、カフェの中は騒々しく、リリアンの声は、途切れ途切れに聞こえていたそうです。それもあって、カフェにいた皆さんには、リリアンの話した詳しい内容は聞こえていなかったようで、誰も、この国の王子の婚約者についての話をしているとは思っていませんでした。そのことに私は、ほっとしていました。
「あ、レオンさん。おはようございます」
シュートさんの声がしたほうを見ると、そこには、レオンさんが立っていました。
私は、パンジーの花言葉を思い出して、頬が熱くなりました。
「おはよう。朝早くから、掃除か‥‥‥。いつもありがとう」
「い、いえ、そんな、お礼を言われるようなことは‥‥‥」
私は、赤くなった頬をレオンさんに見られたくなくて、慌てて下を向きました。
「レオンさん、こんな朝早くから、珍しいですね?」
シュートさんが言いました。
「あぁ、ちょっとしたイベントがあるから、見に来たんだよ。少し前に、新聞に『緑の乙女は誰だ?名乗りを上げる者は公園に集まれ』って載っていただろ、あれだよ」
そう言うレオンさんの目が、遠くに見えるリリアンの金髪を捉えています。
「あ、あれか!俺、ユリアちゃんにも参加を勧めようと思って、すっかり忘れてた!」
なんでも、数日前の新聞に公園で桜の花とレンゲを咲かせた『緑の乙女』を探す催しをすると載っていたそうです。
私は、仕事や引っ越し先を探すのに忙しくて、新聞を読みに掲示板へ行っていませんでした。
なんでも、アレン王子の提案で、自分に『緑の乙女』の力があるのではないかという女性を集め、この公園や王都のいろいろな場所で何度かに分けて、その力を試すということらしいです。
そして、その募集に手を挙げたのは、リリアン1人らしいのです。
「今日が、もう2回目だよ。3日前に北の公園に植えた種は、当然、まだ芽を出していない。今日も、一緒じゃないかな?‥‥‥次は、目抜き通りの花壇に薔薇の苗を植えて、どれだけ長い間、花が咲くのかを試して、それで最後だよ。‥‥‥とことん晒し者にして、国に帰っていただこうじゃないか‥‥‥」
レオンさんの言葉の最後は、口の中で呟くような言葉で、私には、聞き取れませんでした。
「レオンさん、詳しいねぇ。‥‥‥もしかして、あの金髪のお嬢様のファンかい?確かに、顔は美人だけどね」
シュートさんのその言葉を聞いて、レオンさんは、しかめ面をしました。
「まさか!あんな女‥‥‥」
「あんなお嬢様が、まさかユリアちゃんの知り合いとはねぇ。さあ、ユリアちゃん、あのお嬢様に見つからないうちに、行こうか」
「はい‥‥‥。そうですね」
レオンさんに会えて嬉しかったのですが、私の頭は、なぜ、アレン王子がリリアンを試すようなことをしているか考えることで、一杯になっていました。
別れ際にレオンさんは、私に言いました。
「あ、ユリアちゃん、手紙は読んだ?僕、近いうちにまたフロウ王国へ行くかもしれないから、また市場に届けようか?」
‥‥‥そのレオンさんの言葉は、私の心にあった違和感を思い出させました。
レオンさんは、前に「アンは市場であれこれ売っていた」と言ったのです。そして今も、手紙を市場に届けると言いました。
でも、アンの手紙には、「私がフロウ王国を出てから市場で物を売ることはやめた」と書いてありました。
私もアンも、レオンさんには、自分達がイグニス公爵家の侍女だとは言っていません。
公爵家の侍女が、市場で物を売っているなんて、その家の給料が安いと言っているようなもので、人に知られると大事になりますから‥‥‥。
もし、レオンさんがわざわざ、イグニス公爵家へ行って、アンの手紙を受け取ったのだとすれば‥‥‥。
レオンさんは、私が、イグニス公爵家にいたということを知っているのでしょう。
そして、それを知っている人は‥‥‥、この国では、限られた人だけです。
ケーキ屋のご主人の言っていた馬の図柄にAの刺繍のハンカチを持つ人‥‥‥、当然、その人も、私がイグニス公爵家にいたことを知っています。
でも、私は、婚約破棄されたはずで、彼は、新しい婚約者を見つけたはずで‥‥‥。
読んでいただき、ありがとうございました。
※(6/30)レオンの台詞「いつまで花が咲くか」⇒「どれだけ長い間」に訂正しました。
伝わりにくかったようで、ご指摘を受けました。
ご指摘いただいた方、ありがとうございました。