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2.仕事を始めました

「さぁ、今日から、仕事を探しましょう」


 私が城を出て、アレン王子が用意したという屋敷にやって来た翌日の朝です。


 屋敷は、随分前から、念入りに準備されていたようです。きれいに掃除もされており、生活に必要なものは全て揃っていました

 ゴミ1つ落ちていない部屋や、綺麗にセットされたベッドを見て、私は、少し悲しい気持ちになりました。

 私は、アレン王子にとって、早く出て行って欲しい存在だったのかもしれません。


 王都の中心近く、貴族達が邸宅を構える一画のはずれにあるこの屋敷は、大きくはないですが、私と侍女のユーリが住むには十分です。それに、庭には温室があり、花を育てるにはもってこいの屋敷です。


 ユーリは、私の引っ越しの手伝いが済むと、城へ帰るものだと思っていましたが、「アレン様の命令ですので」と屋敷に住み込みで働くと言い、今日も、朝から洗濯をしてくれています。


 私は、朝食を済ますと、屋敷のことはユーリに任せて、早速、街へ仕事を探しに行くことにしました。

 ユーリからは、アレン王子からだと当面の生活費を渡してもらったのですが、それを使う気は、私にはありませんでした。

 幸いなことに、私には、フロウ王国でハンカチと花を売ったお金の蓄えが少しあります。

 節約して暮らせば、2ヶ月はなんとかなりそうです。ですが、早く仕事を見つけて、ユーリのお給料も、私が払いたいと思っています。


 それにしても、お金まで用意してあるなんて‥‥‥、予定外の地味な人質婚約者は、慰み者にもならなかったのでしょう。

 私は、その現金は、おそらく手切れ金、もしくは講和条約を破ったことの口止め料だと思いました。

 行く場所はここの他にないので、屋敷はありがたく使わせてもらうこととしても、そのような現金を受け取ることは、私には気が引けました。


「まずは‥‥‥、糸を少し買い足しましょう。きっと、市場があるはずだから、また、ハンカチに刺繍をして売りましょう‥‥‥。小物を作るのもいいかもしれないわ‥‥‥。あとは、折角、温室もあるのだし、花も育てましょう」


 王都の目抜き通りを歩きながら、私は、久しぶりにウキウキとした気分でした。

 やっぱり、侍女として生きていた私には、こういうものが向いているのね、と思いながら、あちらこちらの店を見て回りました。


「‥‥‥ん‥‥‥?ケーキ屋さんが、売り子を募集しているのね?」


 私は、目抜き通りにある掲示板を見て足を止めました。そこには、求人情報や貸家の情報などが貼り付けてありました。





「おぉ、字が読めて、計算ができる!すばらしい。採用だ!‥‥‥今日から、お願いできるかな?」


 早速、ケーキ屋を訪れた私は、その日から仕事を始めることになりました。

 

 店長からの説明によると、店のカウンターに並んだケーキや焼き菓子の売り子の仕事で、ケーキの名前を覚えるのに苦戦しましたが、それ以外は、私でもなんとかできそうでした。


 店には、フロウ王国では、見たことの無い可愛らしい小さな焼き菓子が並んでいました。戦争で、国力を弱めた私の祖国(フロウ王国)とは違い、ライティア王国は、緑の大地が多くある豊かな国だとは聞いていました。しかし、さきほど覗いた数軒の店でも、売っているものや品数がまるで違っていました。


 祖国を思いながらも、私は、ケーキ屋の店主からの説明に集中しました。



「いやぁ。ユリアちゃん、すごいね。可愛い女の子が店にいるせいか、いつも1日かかっても売り切れないケーキも焼き菓子も、もう、売り切れたよ‥‥‥。ひっきりなしに人が来るから疲れただろう。今日は、しっかり休んで」


「は‥‥‥はい。」


 私は、疲れた表情で、店長に答えました。

 

 私が、店長と一緒に売り場に立った途端、ひっきりなしにお客様が来て、たった3時間のうちにケーキは売り切れてしまったのです。


 そして、その翌日も、そのまた翌日も、同じことが起こりました。

 店長は、私のおかげだと喜んでいましたが、私は、特別なことをしたつもりは無く、何故、急にそんなに人が来るようになったのかと考えても、わかりませんでした。


 当初は、9時から17時までと聞いていた仕事でしたが、ケーキが売り切れるのが早く、14時には仕事が終わってしまう為、私は、週に3回ほど、午後に新たな仕事を追加しました。それは、カフェの店員の仕事です。





「あら、レオンさん、今日もいらしてくれたのですね」


 アレン王子からは、その後、何の連絡もないままです。

 気が付けば、カフェでの仕事を始めて、2週間ほど過ぎました。


 今日も、いつも通り、茶色い髪に大きな眼鏡がトレードマークのレオンさんがやって来ました。いつも、夕方の閉店間際にやってくる常連のお客様です。


 実は、私は、彼のことを以前から知っているのです。

 レオンさんは、いろいろな国をまわる商人で、フロウ王国の市場で、私の育てた花やハンカチを数回、買ってくれたことがありました。


 レオンさんは、このカフェで私の顔を見た途端、ポケットから、ハンカチを出して、ひらひらと私に振って「覚えてる?」と声をかけてくれたのです。

 それは、私が幸運を運ぶとされる青い鳥を刺繍したハンカチで、私が以前、たくさん買ってもらったおまけに差し上げたものでした。ハンカチを差し上げたのは、数年前のことでしたので、まだ、持ってくれていたことに、私はとても嬉しくなりました。


 私との再会をレオンさんは、とても驚いていました。

 私は、「戦争が終わって仕事探しに来ました。住まいは、親戚がこの国の貴族の屋敷で働いている関係で、空き家となっていたある貴族の屋敷に、掃除することを条件に住ませてもらっている。」とこれまで2つの仕事の面接で言った説明をしました。


 レオンさんは、再会してすぐに、知り合いのライティア王国の王都のお店を数軒、私に紹介してくれました。

 そのおかげで、最近では、数軒のお店にハンカチや、私が育てた花のブーケや鉢植えの花を置かせてもらっています。

 そして、ありがたいことに、少しずつ、予約や追加の注文が入るようになってきています。


「ユリアちゃん、今日も、可愛いね」


 ‥‥‥レオンさんは、いい人なのですが、少し軽い雰囲気の方です。


「ありがとうございます。‥‥‥お世辞は、もう、いいです‥‥‥」


 レオンさんとは、私がカフェで働く日は、ほぼ毎回、顔を合わせますが、その度に、可愛いだの、きれいだのと言葉をかけられます。その言葉は、慣れたつもりでも、やはり恥ずかしいものです。


 私は、頬が熱くなっていることを感じながら、運んできた紅茶をレオンさんの前に置きました。


「ねぇ、ユリアちゃん、君ってさ、花を育てるの、上手なんだね。‥‥‥実はさ、僕も、前から思っていたんだけど‥‥‥、花屋の主人も、君の育てた薔薇の花は、普通の薔薇よりも花弁が大きい上に、長く咲くと言うし‥‥‥」


 レオンさんは、紅茶を一口すすり、言いました。


「はい‥‥‥。上手というか‥‥‥昔からなのです。私、実家でも、今と同じように花を育てて、市場で売っていたのですが、買った方から、やはり、同じようなことを言われていました」


「‥‥‥貴族なのに、花を売っていた。やっぱりか‥‥‥」


 レオンさんは、何やら小声で呟いています。


「レオンさん?どうしました?」


「い、いや‥‥‥。ユリアちゃん、今度、家に行っていいかな?一度、君が庭で育てている花を見せて欲しいな。もしかしたら、別の仕事を紹介できるかもしれないし」


「はい。別に構いませんけど‥‥‥。仕事…‥?どんなお仕事ですか?」


 レオンさんは、私の質問に答えず、私の都合がいい日にちを聞くと、さっさと会計を済まし、急いで帰っていきました。


「お、ユリアちゃん、赤い顔して‥‥‥。ついにデートに誘われたのか?」


 会計係のシュートさんが、にやにやと笑いながら、私を見ました。


「違いますよ‥‥‥。私の育てている花を私の家へ見に来たいそうです。また、お仕事を紹介してくれるらしいのです」


 私は、顔が火照っているのを感じながら、否定しました。確かにレオンさんはいい人ですが、まだ、知り合ったばかりですし、そもそも私は、戦利品の人質なのです。


「でもさ‥‥‥、ユリアちゃん、気をつけなよ。朝に来るお客さんで、街の北側で花屋をしている人がいるんだ。それで、ユリアちゃんとレオンさんのことを話したんだけど‥‥‥。レオンなんて商人は知らないって言われてさ。いや‥‥‥レオンさんは、悪い人ではないと思うんだけど‥‥‥」


 シュートさんの言うように、レオンさんは少し不思議な人です。

 私を紹介してくれた花屋の店長や雑貨店の店長も、親しいというよりは、レオンさんには緊張した面持ちで話していた気がします‥‥‥。

 屋敷にレオンさんが来る日は、念のため、ユーリにも同席してもらおう、と思いながら、私は、「お姉さん、注文お願い」いう声に「はい」と返事をしました。

読んでいただき、ありがとうございました。


誤字脱字報告をいただき、ありがとうございました。

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