第9話 女魔導士の哀しみ、そしてクラリスのやきもち焼き!
「はい、落ち着こうね女魔導士さん」
俺が女魔導士の目を見て、説くようにそう言うと、女魔導士は大人しくなった。
これも女魔導士の放った、チャームの威力かな?
「あぁ、わかりました」
効いてる効いてる!
でも、クラリスの怒りはまだ収まらないようだ。
あの冷静なクラリスがあんな勢いで喧嘩するなんて、嫉妬って恐ろしいですわ。
ん? 嫉妬? そうなのかな?
まぁ、ここは取り敢えずいいや、話をすすめることにしましょう。
「んで、女魔導士さん……んーん、女魔導士じゃ呼びにくいな、まずはお名前を聞かせてくれるかな?」
「あぁ、スクリプトちゃん。そういえば、自己紹介がまだだったね、私はマラサ。シガナイ黒魔導士でね」
「それで、どうしてこんなところでずーっと一人で暮らしているんだい?」
マラサと名乗った女魔導士の顔が曇る。
「……待っているのさ……私のいい人を、さ」
「いい人、あぁ恋人?」
「恋人なんて言葉じゃ言い表せない、黒い糸で結ばれてる運命のお方さ」
クラリスが口を挟む。
「へえぇ、それでもう何百年も経っているって? 捨てられたんじゃなくって?」
言葉に棘がありすぎですよ、クラリスさん……。
キッとした表情を一瞬みせたマラサだったが、次の瞬間驚いた顔になる。
「な……何百年?! まだ一年と経ってないじゃないのさ。なにを戯けたことを!」
ノームの長老とクラリスの話が正しいとすれば、マラサの言っている、いや体感している時間がおかしいってことになるか。
「その一年間、どうやってすごしていたんだい? 1年経っても、その美しさを若々しく保っていられって相当努力したんじゃないの?」
俺はマラサの言っていることに、口裏を合わせて聞いてみた。
クラリスがキッと俺を見つめている。ちょっと、いやかなり怖いんですけどクラリスさん……。
「……ふふふ、聞きたい? 聞きたいのね、私の美しさを保つ秘訣を、若さの源を」
「……そ、そっすね……。ぜひお聞かせ願いたいです」
「そ・れ・は、私の調合したことのお薬を飲むとね、若々しくいられるのさ! 黒魔術とお薬のハイブリッドなのさ! いつまでも、いつまでも、若くあるために……。あのお方のために……」
「その薬って原料がなにか必要でしょう?」
「え、えぇ……」
マラサの顔に影が落ちた。何か話したくない訳があるみたいだな。秘術かなにかだから、門外不出とかかな?
「どうしても話さないといけないのかい? スクリプトちゃん……」
「そうだね、是非!」
「わかったよ。そこまであんたに言われたらしょうがないね……それは……」
「……それは?」
「洞窟アオキノコと、その……グリュフォンの、に、ににに、尿なのさ……」
「グリュフォンのオシッコ?!」
クラリスが素っ頓狂な声をあげる。あまりの話にビックリしたんだろう。
「な、なんだい! いつまでも美しくいられるエルフとは違って、私たち人間には美つくしさを保つのに、必要なのさ……その……獣の尿ったって、私の魔術でちゃんと綺麗にしてるわよ……」
「それで若さを保ちながら、愛しい恋人を待っていたってわけなんだね?」
「……そうなのさ。でも、何か月経っても帰って来やしないのさ。ここで待っててっていったきり……」
何か月じゃなくって何百年なんだけど。彼女の話のそこがおかしい。
「その相手って人間? どんな約束をして出ていったの」
クラリスがちょっと同情したように口を開いた。
「うん……私と同じ人間さ……。なんでも、私の求めていた宝玉の在処を見つけたって。それで私のために、採ってくるって言ったきり……」
「その宝玉って?」
「私の魔術を完璧なものにするために、どうしても必要な……賢者の石さ……でも、危険なところだっていってね。私をここに置いて、一人で行ったのさ、勇敢な男なのさ……」
クラリスの瞳がちょっと潤んでいる。俺も少し同情してる。
「そうか……。それで、まだ待ち続けるのかい?」
「……もういいわ。っていうか、さ、もう本当は何百年と経っているんだろう? あんたたちの話はきっと本当なんだろうね……」
「薄々気づいていた? もうだいぶ時間が経っているって。でも、どうして1年足らずだと思っていたんだい?」
「私は黒魔術師としてはまだまだなのさ……。きっと若返りの薬にかけた魔術が完全じゃなかった……。若返りには成功したけど、記憶も一緒に若返っちまったってわけさ……」
「そんな……それでも、待ち続けてるなんて……その……グリュフォンのおしっこを使ってまで……」
マラサは、クラリスを見つめて呟いた。
「あんたたちエルフはいいわね。いつまでも、生きられて。若々しくいられて……」
クラリスはハッとして、なにかを言い淀んだ。
「クラリスはマラサが気の毒だってさ。それと提案なんだけど」
「なんだい? 提案なんて、私はもういいのさ。ここで朽ち果……」
「そんなのダメ! 許さないんだからっ!」
「クラリス……」
「その賢者の石を手に入れればいいじゃない! そのために恋人は旅立ったんでしょ? あなたのために命がけで! ならあなたが探しなさいよ!」
「……そうだね……でも、私にはあの人しかいない……」
「……でも……」
クラリスはマラサを説得しようとしている。生きろって。
そして、そう言われたマラサは口を開いた。
「……でも、……もういいのさ、彼の人は……なぜなら……」
「なぜなら?」
「他のいい男を見つけちまったからね! スクリプトちゃん!」
俺はギョッとした。クラリスの目に炎が宿るのが見て取れる。なんて恐ろしい目をしてるの、クラリスさん……。
「生きるわ、私は……あんたの言う通り、賢者の石も見つけに行く! スクリプトちゃんと一緒にね!」
「な、なな、馴れ馴れしいわよ! あんたちょっとは恥じらいを持ちなさいよ! それにスクリプトさまを『ちゃん』づけなんて!」
「なにさ、エルフの年増ねーさんが! 生きろっていったのはあんたじゃないのさっ! 生きるさ、私は、スクリプトちゃんと一緒にね!」
なんか、いつまでもやっていそうなので、俺は扉を開いて戻ることに決めた。ノームの村へ。