第2話 シックオブウォーターソード!!
俺は意識を取り戻した。すると、身体が漆黒の中で浮かんでいた。
「うわっ、俺……浮いてる?!」
そして、さっきまでの出来事を思い出していた。魔法の儀式をノリノリでやっていたら、ディスプレイから無数の手が伸びてきて……それで俺は……?
「貴様か、我を長き眠りから呼び覚まし者は」
辺りから声が聞こえた。いやこの声は脳に直接呼びかけている?!
その声は続いた。
「魔力を生贄に力が欲しいと、言ったのはお主で間違いあるまいな?」
漆黒の空間に緑色の光の塊が俺の目の前に現れた。
その緑の光は俺の前でクルクルと回る。
「う、なんだこれ、なんだこれ? どこだここは?!」
つい大声を出していた。
するとその緑色の光が縦に伸びたかと思うと、光が割れ、その中は暗闇になっていた。
その暗闇から腕が伸びてくる。その腕には鱗がびっしりと生えていて、手の先の6本の指にはカギヅメがついている。その腕が俺を掴む。強く握るでもなく、軽く添えるような感じがした。
「うわああああ、なんだ、どこなんだここはっ、た、たすけて……」
その腕の主だと思われる声が応える。
「我を呼び出しておいて怯え、助けを求めるとは、変わったやつだ。ふん、いいだろう」
するとその腕はふっと消え、代わりに光の合間の暗闇から少女が現れた。年の頃、18,9歳くらいだろうか、一糸纏わぬ肢体をさらしている。俺はついまじまじとみてしまう。いや、見惚れてしまっていた。
「ふん、いやらしい奴め。姿を変えただけで恐れがあっという間に思慕の念に変わるとは、面白い」
声の主の声音が野太い男の声から、少女らしい声に変った。
「これなら、冷静に話ができそうだな」
「れ、冷静って……」
突然の出来事に俺の頭は混乱していた。腕が少女に変わるし、突然暗闇に放り出されて宙を浮いているし、どうやって冷静になれっていうんだ。
「お主が望んだのだろう? 魔力と引き換えに力を手に入れたいと」
確かに、俺は魔方陣に向かってそう叫んでいた。だが、あれはほんのお遊びのつもりだった。中二病をこじらせたサラリーマンのストレス解消のようなものだったんだ。それが、これは夢……。
「夢などではないぞ」
俺の心を読んだ?!
「そうだ、お主の心などまる裸だ。お主、我を求めておきながら何も理解しておらぬようだな。フン、面白い。お主の行った儀式はお主の願いを叶える儀式で間違いない。だが、その代わり代償を払ってもらう」
「だ、代償……」
俺はハッと考えた、命と引き換えに……。
「そのような小さき命など我は欲さぬ。魔力を引き換えに、というから呼んでみたものの……。どこにもそのようなものは持ち合わせておらぬ様だな」
魔力なんてあるわけがない。中二病患者の妄想ならばいくらでもあるけど。
「フハハハハハ、その能力は面白い! お主、それ以外は持ち合わせておらぬのか?」
なんだか、わけのわからないことを言う少女の体をした存在に、ちょっといらだっていた。中二病をからかわれた気がしたから。
「お、俺はたんなるサラリーマンだ。ち、力ったって体力なんて全く自信ないし、プログラムを書くことぐらいしか……」
すると、少女の目から怪しい紫色の光が走り、俺の体を上から下まで嘗め回すように走りまわる。
「ふん、なんだあるじゃないか、力が。よくわからぬ言葉を介して、世界を構築する力ではないか。いいだろう、そなたのその不思議な世界の一端を書き換える能力と引き換えに……」
「ま、まった。なんだ、俺にそんな力があるわけがないじゃないか……」
だから、サラリーマンプログラマーなんてやっていたんだし、世界の一端でも書き換える力なんてあるなら中二病なんかをこじらせたりはしない。
「それだ、ぷろぐらむ、とお主の世界では言うのか。それが世界を書き換えていく力だ。それと引き換えだけでは、足りぬな。お主の他の諸々の力も頂戴しよう。それと引き換えにお主には力を授けてやる。さぁ、受け取るがよい!」
まばゆさを増した緑色の光が俺を包み込んでいく。どこか優しく感じられる。
「ん? ぬぬぬ、お、お主このようなものを! 謀りおったのか! うおおお、不快、不快じゃああああ。なんだこのカユミはっ!」
ん? カユミ? あぁ、そういえば、先週あたりから水虫が酷くなってきたんだった。ひょっとして、水虫も持って行ってくれたのか?
「おぬし、やりおる。この我を謀るとは!」
これはひょっとして俺のターン?
「痒いだろう? 我が魔術、シックオブウォーターソード!」
「く、魔力などないと思っておったら、とんだ力を! 痒い痒い!」
「クククク、フゥハハッハハ! さぁ、俺と契約を再び結ぶ時だ! 俺に力を!さぁ!」
「力、力などお主にはこれをくれてやる! その代わり、こいつらを返すぞ!シックオブウォーターソードとやらもな!」
光から俺の体に電撃が走った。身体の力が抜けていく。その代わりに、目が覚めるような熱い力が湧いてくる。それと同時に足元の痒みも戻ってきたが……。
「我を謀った、その報いは受けてもらうぞ! お主をこの世界の辺境へ飛ばしてやるわ!」
少女の表情が妖しくなる。彼女は右腕を伸ばすと、俺に光を放つ。その光に押されるように俺は浮かんでいた身体に重力を感じた。
「お、落ちるううううううううううう!」
「ふん、そこで精々足掻くがよかろう。約束通りお主の力をいただく代わりに、別なる力を授けた。さぁ、我を楽しませよ!」
どこまで落ちるんだろうか。長いこと自重のままに下へと落ちていく感覚が続いた。そして意識がスーッと遠のいていった。
眩い光を瞼に感じた。ん、朝か。変な夢を見たな、そう思って瞼をあけると、そこは粗末な藁の上だった。