柳眉倒豎の君に
車で30分ほど走ると、人気のない山道の停車帯を見つけた。
あたりはすっかり夜明け前の景色が広がっていた。
車を停め、後部座席のテニスバックを確認する。
チャックを閉めていないため、窒息してはいないはずだが。
バックから出した彼女は救出した時とほぼ変わらないように見える。
バイタルを測定し変化のないことを確認し、タオルで全身を拭く。
濡れていると体温を奪われるからな…
ある程度清潔になったのち、タオルで彼女の体を覆いその上からガムテープで巻き、身動きのできない状態にする。
相当うるさい作業だったが、幸い彼女はまだ眠っている。
…今のうちにトイレを済ませておこう。
彼女が起きたら僕は身動きがとれないのだから。
再び運転席に座ると、達成感と疲労感でとてつもない睡魔に襲われた。
彼女はまだ起きる気配がない。
…少し休もうか。
目を閉じ、眠気に身をゆだねながら少し考える。
…僕が寝ている隙に彼女が起きたらどうする?
起きる気配がない根拠は何だ?
人気がない道路とはいえ、誰も通らない保証なんてない。
車を停め、外から車内を覗いた人はどう思う?
…。
体を起こしアクセルを踏む。
寝る理由は思い当たらなかった。
「…あと、8時間ってところか…」
2時間ほど車を走らせていると後ろからうめき声が聞こえた。
「…何?どうなっているの?」
彼女が目を覚ましたようだ。
「あっ起きた?」
「…あなた、誰ですか?…って、なんで簀巻きになっているんですかっ!?」
彼女が大声で叫んだ。
「ごめんごめん、僕は蓮、橘蓮っていうんだ。君の名前は?」
「…」
どうやら警戒しているようだ。
それはそうだ。
僕だってする。
「少し我慢して。すぐ停められる場所を探すから」
帰りはなるべく人気のない道のりを通っている。
すぐ見つかるはずだ。
「…あなたが私を助けてくれたのですか?」
彼女は恐る恐る尋ねてきた。
「瓦礫に埋もれていたところをね。怪我はなかったようだけど、どこか具合の悪いところはない?」
「…喉が渇いています。あと腕が痛いです」
「僕も喉が渇いてる。用意してあるから車を停めたら飲ませてあげるよ。腕は…暴れないって約束できるなら外してあげたいんだけど、たぶん無理だね。申し訳ないけど我慢して」
「あなた…私を誘拐するつもりですか?」
直球な質問だ。
「まあ、簡潔に言うとそうだね」
「…」
彼女はまた黙ってしまった。
冷静な子のようだ。
「叫ばないんだね」
「喉がとても痛いの。それに車の中じゃ意味ないでしょ」
「聡明で助かるよ。…あっ、あそこ、停められそう」
停車帯を見つけ、車を停めた後、助手席にある買い物袋から水と風邪薬を取り出しシートを下げた。
「水だ。風邪薬もある。痛み止めも入ってるから飲むといいよ」
「誘拐犯が出すものなんて飲めるわけないでしょ」
おっしゃるとおりだな…
「…君の気持ちはよく分かるけど、水だけは飲んでくれない?喉の痛みは命に関わらないけど、脱水は命に関わる。よく見て。封は空いてないよ」
彼女にペットボトルをくまなく見せる。
「…わかったわ」
彼女はまるで毒を飲む決意をしたかのような顔で水を飲んだ。
水を飲ませる加減が分からず、彼女の口から水が零れる。
彼女がむせてしまった。
「…もっと、ゆっくりして」
「ごめん」
あっという間に一本飲み干してしまった。
相当渇いていたのだろう。
「あと一本しかないんだ。まだ5時間は走るよ。ペースを考えて」
「買えばいいじゃない。お金ないの?」
「君を一人にしてはおけないでしょ」
彼女は驚いたあとすぐあきれ顔になった。
「…言葉面だけはいいのね」
「はは。そうとも取れる言葉だったね」
体調は大丈夫そうだ。
車を発進させ道のりを走らせると、彼女が語り掛けてきた。
「アンタも喉が渇いてたんじゃないの?」
よく覚えているものだ。
「君がどれだけ飲むかわからなかったから手を付けられなかった。正解だったようだね」
「じゃあ、もういいじゃない」
「君がどれだけ渇くかわからないでしょ」
彼女はまた黙ってしまった。