夜明け前より
余震が収まると同時にテレビをつける。
チャンネルはすべて地震の速報で溢れていた。
マグニチュードは9ほどの大震災で、震源に近い地域は今にも津波が押し寄せるとのこと。
…こんなチャンスは二度と来ない。
すぐに車の鍵に手をかけ、財布と携帯を持ち家を出た。
携帯で検索し被災地までのルートを確認する。
…真夜中には間に合いそうだ。
エンジンをかけ、ガソリンの確認をし、アクセルを踏む。
必要なものは走りながら確認して道中で買おう。
…夢があった。
皆は僕ほどの努力もしていないのに、何故か楽しそうに生きている。
僕が容易に手に入るものを羨ましがっている連中が、僕の欲しいものを持っている。
きっとそれを持っているがゆえに、笑って生きていられるし、楽しく生きていけるのだ。
最初は何か分からなかったが、今でははっきり理解できる。
それは、親友だったり恋人だったり様々だが、要するに信頼できる他者なんだ。
これを持っている人々は人生を謳歌している。
それも社会のステータスとは無関係に…
…僕もそれが欲しかった。
こればかりは金で手に入るものではないし、僕が相手にすり寄って得られるものでもない。
僕を羨むでも蔑むでも盲信するでも欺くでもない、時には諭して、時には論じて、時には肯定してくれる、対等な存在が欲しいんだ。
振り返れば、高校時代はそれを探すことに従事していた。
沢山の人と話し、素敵な女性と付き合い、教員とも円滑に接した。
しかし、男と話せば出るのはスポーツとゲーム、勉強の話で、女と話せば恋愛話、教員とは進路の話と、少し考えれば必然と答えの出るものばかりで、誰と接してみても面白味に欠け、最終的には世辞と機嫌取りに終始していた。
お陰で友好関係は広がりもしたが、それは僕にとってはただの重荷で、人間関係には辟易していた。
思いついた解決策はいたってシンプルだった。
『いないのならば作ればいい』
僕に合わない人間しかいないのならば、僕が育て、仕上げればいい。そう結論付けた。
娘連れの母親と結婚し、母親を退場させる。
親権を勝ち取ったのちに離婚してもいいし、事故にみせかけてもいい。
その後に残った娘を育て、子をなす。
…理想の家庭の完成だ。
手間のかかるプランだが仕方がない。
人はみな、よりよい家庭を目指し、維持しようと努力しているのだから…
それが今、絶好の機会が訪れた。
被災地は凄惨な状況になるのは目に見えているし、死者や行方不明者で溢れかえるだろう。
こんな十年単位の途方もない計画を一段飛ばしで実行できる機会はそうは訪れない。
…僕の夢が叶う。
そのためには細心の注意を払う必要がある。
ひとつのミスも許されない。
ガムテープはいるな…
テニスバックとタオルは車のトランクに入っている。
…解熱薬やペットボトルも必要かもしれない。
あとは何がいるか…
明るくなる前に被災地に着くのがベストだ。