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Double bind  作者: 佐々木研
22年目の独白
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「疲れた」って座り込んだアスファルトの上

 「やつれてんな」

 「…分かるか?」

 話題もなく黙々と煙草を吸っていた僕に、桜井が語りかけてきた。

 「それだけ醸されたら誰だってな」

 新しい煙草に火をつけている。

 「それで?首尾よく事は運べたのかよ?」

 …。

 「興味あるのか?」

 桜井も僕と同じで面倒事には首を突っ込まない質だと思っていたが…

 「ねーよ。ただそんな面で隣に座られたら折角の煙草が不味くなる。それになぁ。お前と話せるってだけで俺にお鉢が回ってくんだよ…。…いい加減解決させろって」

 それは悪い事をしたな…

 …だが。

 「そんな簡単に言うなって」

 「ここまで引きずるような事でもねーよ。懸賞問題ミレニアムよりは簡単だろ」

 まぁな。

 そんなものを引き合いに出されても…

 「何百年も答えが出ていないと言う点で見れば似たようなものだろ」

 「まぁ、それもそうだな」

 咥えた煙草を吸う。

 「お前でも困る事があるんだな…」

 煙と共にそう吐き捨てた。

 …。

 「皆は僕をどう認識してるんだ…」

 なぎも椎名さんも後輩達も教授も、まるで口裏を合わせたかの様に僕を持ち上げる。

 その上桜井まで言い出し始めたら…

 「…はぁ」

 思わず溜息が零れる。

 「いちいちうぜぇなぁ。辛気臭ぇんだよ」

 …僕だってそう思う。

 だが、現実問題、事は簡単に運ばないのだから仕方がない。

 「だったら助けてくれよ」

 そう切り返すと、桜井は持っていた煙草を地面に落とした。

 「…は?」

 膝に手をついたまま固まっている。

 「桜井は顔が広いだろ?ノウハウでもレクチャーしてくれ」

 驚き顔の桜井の表情が徐々に変化した。

 怒っている様にも呆れている様にも見える。

 「はぁ…」

 苛ついたように深い溜息を漏らした。

 コンクリートで燃え続けてる煙草を踏みつけて消す。

 「じゃあ、昼飯はテメーが奢れよ?」

 そう言って立ち上がると、学食棟のある方角に歩き去って行った。


 昼時の食堂は人で賑わっていた。

 トレイを持って席を探しているが多くいる中、6人掛けのテーブルを一人占領している桜井。

 その周りを少し離れて見ているのは、桜井の友人達だろう。

 仲間内で密かに耳打ちしながら、横目で僕達を観察している。

 「…視線が痛いんだが?」

 「そんなの気にする奴だったか?」

 僕の抗議を軽くいなした。

 「ならそれはいいとして…。で、お前はどこまで知っているんだ?」

 「お前を取り巻く環境のことか?殆ど又聞きで断片的にしか知らねー。さっさと要点を纏めて教えろ」

 面倒臭そうにそう言って生姜焼きを口に入れた。

 「…聞く気あるんだろうな?」

 「あうあぅ。はっはおはあへ」

 ご飯をかき込みながら箸を向ける桜井。

 何を言っているかは分からないが、催促していることは見て取れた。

 「…じゃあ」

 まずはどこから話そうか…


 「日本の学生の自主性が低いと言う話は聞いた事あるだろ?それは僕達の大学も例外じゃない。と言うか、寧ろ顕著だと言っても間違いじゃないんだ。僕達の大学は日本の最高峰と謳うだけあって、少し勉強が出来る人間にとっては憧れとなる事が多い。だからこそ、入学が人生の最終目標に据えられがちで、入学後に腑抜ける学生が一定数存在するんだ」

 「そんなのどこの大学も一緒だろ」

 「あぁ。だが、俺達はどんな動機があれ、この大学の入学試験をパスしたんだ。こと勉学において、その有用性は担保されていると言って差し支えない。にも拘らずこの体たらくに理事会はメスを入れ始めた」

 「それがばばあの案件か?」

 「そうだ。片桐教授は専門主義を鼻で笑っている嫌いがある。医療界のジレンマを経営学で解決出来ると思っているし、幾何学の難問も情報科学で総当たり出来ると考えている」

 「それで梅野と富樫の話に繋がるのか」

 「あぁ。彼女達は条件付きで教授の研究室所属になったんだ」

 「条件?」

 「一つは教授の納得するような完成度の高い論文の作成。もう一つは…」

 「お前の勧誘、だろ?」

 「やっぱりそうなのか…」

 「梅野が『橘蓮をどうにかしろ』ってうるせーからな。あのばばあに謀られてんだろ?自分の納得するような研究を行うには橘の力がいるとかなんとか言って、梅野達にアプローチをかけさせてる」

 「そうなんだ。このままなし崩しで協力関係を続けていたら転部でもさせられそうな勢いだ」

 「別にいいじゃねーか。お前なら数学者でも何でもなれんだろ。それともそこまで医師に拘る理由があんのか?」

 「別にないけど…。六年間も大学に通っておいてまだ親の庇護下にいるのはなぁ…」

 「お前ん家、金持ちじゃなかったか?別に遊び惚けてるわけじゃねーんだからいいだろ」

 「ん?…あぁ。でも、学者はきっと僕には向いていないと思うんだ。探求心があるわけでもないし…」

 「だったら医師だって向いてねーだろ。お前に奉仕の精神があんのか?」

 「まぁ、ないけど…」

 「だったら素直に求められている所に収まっとけよ、鬱陶しいな」

 「でも…」

 「『でも』、なんだよ?」

 「…」

 「やりたい事があんならはっきり言えよ。それかやりたくない事でもいい」

 「…やりたくない事?」

 「あぁ。研究なんて七面倒臭くてやってらんねーとか、後輩の世話なんて手に負えねーとか、お前が結局、何がしたくて何がしたくねーのかが分かんねーから扱いに困んだよ」

 「…」

 「橘。お前はこれから何がしたいんだ?今まで何を考えて、何に重点を置いて、何のために生きてきたんだ?」

 「…。僕は…」

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