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Double bind  作者: 佐々木研
灰色のオセロー
130/148

君の半分が満たすんだ

 予約してくれていた旅館は古くも所縁ゆかりある老舗のような所だった。

 きっとこんな旅館が、趣があると評価されるものなのだろう。

 なぎと二人で荷物を運ぶ。

 「はぁ…。…だらしないわね」

 息を切らせて荷物を運ぶ僕に、なぎが呆れて溜息をついた。

 「荷物、多すぎない?下着とかいらないでしょ」

 服なんて旅行先で買えばいいのに…

 「ちょっと!勝手に見ないでよ」

 なぎが開きかけていたバックを奪い取る。

 「いいからアンタは黙って荷物を運びなさい」

 僅かに赤くした顔でなぎが怒鳴った。

 僕を置いて先を歩く。

 「部屋、分かるの?」

 「子供扱いしないで」

 なぎはそう言って速足になった。


 やっとの思いで着いた部屋はそれなりに広く、主室はリビングほどのスペースがあった。

 畳張りで窓辺にしか椅子がなく、あるのは木製の座椅子と低い机だけ。

 …。

 なぎが襖を開けて奥の寝室から出てきた。

 「はぁー。やっぱり、畳が一番よね」

 寝そべって寛いでいる。

 これが男女の差なのだろうか…

 適応力が高い。

 「なに馬鹿みたいに突っ立ってるの?さっさと荷物を置いてきなさいよ」

 机に肘をついて僕を見上げる。

 …。

 「そう、だね…」

 …。

 落ち着かないな…


 木で出来た座椅子の座り心地は悪い。

 足を延ばして座っても、胡坐をかいても、左の大腿筋に負担がかかった。

 「…何?痛むの?」

 スマートフォンを弄っていたなぎがこちらを向く。

 「うん。少しだけどね」

 気付けばもう、取り繕うことを辞めていた。

 僕は嘘が下手なようだから…

 どれだけ良く見られようと気取っても、付き合いが長くなれば、親密になれば、僕の浅はかな装いは容易に見透かされる。

 偽ることの是非を問うつもりはないが、看破されると印象が悪いと言う事は理解している。

 だから…

 「アンタ、ちゃんとマッサージとかしているの?リハビリは?怠けていたんじゃないでしょうね?」

 …。

 「最近はよく外出しているし、いいかなって…」

 「馬鹿じゃないの?重症だったのでしょう?何でそんな自己管理がずさんなのよ?そんなのじゃあ医者になっても…」

 …。

 「ははっ」

 思わず笑いが零れた。

 「なっ、何よ…」

 なぎが気味悪そうに僕を見る。

 「いやっ、可笑しくってさ…」

 つい、笑ってしまっただけだ。

 「…なぎってさ、ちょっと口煩いよね」

 もっと落ち着いていて寡黙な子だと思っていたが、それなりに活発で、それなりに弁が立つ。

 僕と似ていると思っていた所も、冷静に見ると、似ている事の方が少なかった。

 なぎを見つめる。

 「…はぁ!?」

 目を見開いて悪態をつく。

 スマートフォンを握っていた指先が指圧で真っ赤になっていた。

 「何それっ!?どの口が言うのよっ!」

 抱きかかえていたクッションを投げ付けて、座椅子を何度も蹴る。

 足癖も悪いなぁ…

 「ちょっ、ごめんって…」

 「うるさいっ!もういい!喋りかけないで!」

 立ち去ろうとしたなぎの足を掴んで止める。

 「触らないでっ」

 僕の手をもう片方の足で蹴った。

 「まぁまぁまぁ…」

 力任せに手繰り寄せる。

 「んあっ!?」

 なぎが間抜けな格好で転がって、仰向けのまま畳を滑った。

 「ぅえっ!?」

 急に大人しくなったなぎが変な声を漏らす。

 「どーどーどー」

 膝の上に乗せて適当に宥めた。

 「…」

 小さくなったなぎが凄い剣幕で睨んでいる。

 「…落ち着いた?」

 見下ろすと同時に目線を逸らされた。

 借りてきた猫の様に縮こまっている。

 「…離して」

 さっきまでの勢いがなくなっていた。

 心なしか声も小さい。

 「折角の旅行なんだから仲良くしようよ。いつもみたいにさ」

 そう言って微笑みかける。

 「何がいつもみたいに、よ…」

 「気持ち悪い」と吐き捨ててのそのそと離れると、クッションを拾い上げて自分の座っていた座椅子に戻って行った。


 漠然と見続けていたテレビは退屈の一言に尽きた。

 普段見る習慣のないテレビでも、目新しいものはなく、得られることも殆どない。

 …。

 なぎは黙ったまま、スマートフォンを弄っている。

 はぁ…

 「あのさぁ」

 なぎに問いかける。

 「…何?」

 なぎの目線がこちらを向くことはない。

 「折角旅館に来たんだし、温泉にでも入らない?」

 流石に退屈だ。

 部屋にも備え付けの露天風呂があったが、広さは一般的な浴槽と大差がないしな…

 この無為な時間を有効に使いたい。

 なぎを見る。

 「…そうね」

 そう言って勢いよく立ち上がった。

 「変な奴に絡まれて疲れたし、リラックスしたいわ」

 ふっ…

 「ご愁傷様。旅の汗でも流してこようか」

 ゆっくりと立ち上がる。


 温泉は男湯と女湯と混浴の3つ。

 男湯の中は閑散としていて、入浴しているのは僕だけだった。

 隣の混浴の方では数人の話し声が聞こえる。

 はぁ。

 こっちに来て正解だったな。

 辺りにはこの温泉の効能が書かれた札がいくつも並んでいた。

 胃腸症や痔などの消化器疾患からアトピーや火傷の皮膚疾患、リウマチ等の膠原病からハンセン病まで…

 『湯治』なんて言う言葉もあるが、学術的な信頼度は低い。

 …。

 これで僕の傷が癒えるのなら世話がないな…

 ゆっくりと浸かって一息つく。

 …。

 目の前の看板には源泉の歴史が書かれていた。

 『この温泉は戦国時代、甲斐国の武将武田信玄が戦での疲れを癒すために使われていたと記録されています。晩年の信玄は…』

 …纏めると、刀傷や病で傷付いた昔の武将がここに来てこの湯に入り、みるみる傷が治った、とのことだった。

 胡散臭さに拍車がかかる。

 …。

 ん?

 …刀傷?

 太腿を触る。

 まさか…

 なぎの顔が浮かぶ。

 「まさか、な」

 そんな訳ない、か…

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