いつだって最後はNo Logic
「何で私だけ駄目なんですかっ!」
「当然だ。橘と審議した結果、お前には見込みがないと結論付けた。桜井からも知らされただろう?」
…雅君の説明と違う。
「嘘ですっ!橘先輩は雅君の前例があるから大丈夫だって言ってたんですよねっ!?」
なのに片桐教授が独断で私を落とした。
…しかも。
「何で百合が合格で、私が不合格なんですかっ!」
二人で不合格ならまだ納得できた。
でも、何で百合だけ…
「協議の結果だ。…不採用の理由が人手不足だとは聞いているだろう?それは事実だ。橘はお前達に及第点を出したが、このゼミでの研究は、お前達には無理だと私は考えている。だが、橘の判断に委ねると言った手前、私も収まりが悪くてな。だから折衷案として、使えそうな1人を無理矢理迎え入れたのだ。その定員に残れなかった自分を恨むんだな」
…はぁ?
てめーの目が節穴なんだろ?
「…もう一回考え直してください」
「無意味だ。結果は変わらん」
このくそばばぁ…
「…どうしても駄目、ですか?」
「あぁ。現状では、な」
…?
げんじょう?
「…どういう」
「自分で考えろ」
豪快に教授が笑う。
…。
「方法はある、と言うことでいいですか?」
「さぁな。これ以上、私からは何も言わん。…梅野、健闘を祈るよ」
教授はそう言って後ろ手に別れを告げて去っていった。
片桐の言い分はこう。
私達には魅力がない。
本当はそんな人間を研究室に迎え入れたくないけど、総務部から研究費が出ることや教員の責務があること、私達との約束があったことから、一人くらいなら受け入れてもいいと判断した。
橘先輩の私達への評価は『条件付きでの合格』。
卒業論文の提出も、人手を借りることができれば可能だと判断した。
それは片桐からしたら合格ラインとは言えないまでも、雅君の前例もあって門前払いは難しい。
…だから。
私達が自立して卒業論文の研究・執筆ができる、もしくは『協力者』がいればいい。
椎名先輩と雅君に助力したあの人が…
…。
よし。
スマホの電話帳からさ行を探す。
…いたいたっ。
数回コールが続く。
『何だよ?俺は今…』
「雅君!お願いっ!!」
彼の声の後ろでガヤガヤ話し声が聞こえた。
また私抜きで楽しんでる…
『…めんどくせーの以外なら聞いてやるよ』
一拍置いて素っ気ない返事が返ってくる。
「かんたんかんたん!今回はぜんぜんメンドーじゃないってっ!」
本当に。
「何だよ。早く言えって」
さっすが雅君。
なんだかんだ言って優しい。
「橘蓮の連絡先教えてっ!」
…あれっ?
沈黙が続く。
『…だから知らねーって言ってんだろ。ったく、どいつもこいつも…』
『ほか当たれ』と割れた声が耳を劈いて、ブッツリ電話が切れた。
雅君はあれだけ顔が広いのに、あの人の連絡先は知らないみたいだった。
…よっぽど社交性がないヤツなんだ。
雅君はあんなに親しみやすい人なのに…
でも、当てはある。
まずは椎名先輩。
彼女も一応は研究室の長なんだ。
連絡先くらい知ってるでしょ。
でも、私とは接点がないし、話しかけるのはちょっとな…
…。
アイツは確か…
『…もしもし?』
「あっ、桃?わたし私、椿だよー」
『わかってるよ…。…どうしたの、また急に…』
「あのさぁ。この間話したじゃん?アンタ、医学部のパートナーシップ制度に登録してるでしょ?まだ橘先輩に教えて貰ってるの?」
『…うん。先生は蓮さんだけど…』
「そうなんだ~。桃は先輩の連絡先とかって知ってる?」
『うん?私は知らないけど…。あっ、あやめちゃん達なら知ってるかも』
…あやめ?
誰それ。
『…先生の番号が知りたいの?』
話が早いじゃん。
「そうそうっ。お願いっ!!」
…。
沈黙が続く。
『分かった。二人に聞いてみる』
…。
桃は昔から空気が読める子だった。
桃は昔から使えない子だった。
高校生のときから頭は良かったけど、主体性がなくて、おどおどしててイラつく、そんな子…
歯切れも悪いし、どんくさいし…
『ごめんなさい、梅野さん。なんかあやめちゃんもあいりちゃんも、今はそんな感じじゃないみたいで…』
…。
そんな感じじゃないってどんな感じだよ…
「そっかー。ありがと」
…。
役立たず。
理学部の研究科棟の3階。
『数理統計学研究室』
簡素な看板が立てかけられた教室から明かりが零れていた。
3回ノックをする。
『…はい』
中から消え入りそうなか細い声が聞こえた。
…よし。
あのばばぁじゃない。
「梅野です。しつれいしまーす」
パソコンの前で小さな女が座っていた。
椅子を回して振り返り、眼鏡を上げる。
「どうしたの?」
初対面の時とは違って、堂々とした様子。
…。
「ご相談がありますっ!」
椎名先輩は小さく溜息をついて頷いた。
少し気持ち悪いくらい順調に事が運んだ。
橘先輩の連絡先を聞くと、椎名先輩は驚くくらいあっさりと連絡先を教えてくれた。
…先輩は橘蓮が好きなんだと思ってた。
初めて会った時も、彼女は彼をチラチラ横目で見てたし…
知らない人の来訪に無意識に頼りになる橘蓮に目を向ける。
そんな弱い女だと思っていたから、今日の対応は意外だった。
…。
まぁ、どうでもいいか。
念願の鍵は手に入れた。
後は相手の出方次第。
…。
そう。
そんなのいつも通りだ。
進学の時も雅君の時も、私はいつも上手くやってきた。
だから…
電話番号を打ち込む。
…。
コールが続く。
…。
ブツッ
「あっ!たちばなせん…」
『只今、電話に出るこ…』
「ふざけんなぁー!!!」